戦争記でプロローグ5
放課後になった。
そそくさと帰る用意をして教室を出ようとしたが、待ち構えていた中村に肩を掴まれた。

「げぇ。」
「げぇ、じゃない。何帰ろうとしてるんだよ。」
「だって…」
「お前を連れて行かないと俺たちが怒られるんだ。さっさと行くぞ。」
「えー…」

しっかりと腕を掴まれて文字通り連行される彼女の顔には、めんどくさい、と
貼り付けたようだった。
途中で出会った早川のアシストもあって、最早100%逃げられないことが確定したため
しぶしぶ足を体育館へ向けた。

「お疲(れ)様です!!」
「連れてきました。彼女です。」

中村が声をかけた先には、男子が2人。
笠松は自分から言いだした事とはいえ緊張は免れないのか、顔をしかめているし
森山は珍しく寄って行くこともなく、顎に手をあてて何かを考えだした。

「…先輩?」
「ああ。」
「2年生のな。皆スタメンだぞ。」
「へえ…」

思わずこちらも品定めするような目線になるのは許してほしい。
そう思いながら目線を合わせていると、急に自分と森山との間に、にゅっと頭が降りて来た。

「え、」
「彼女が言ってた子か?」
「はい。宮地です。」

自分よりも20センチ以上高いであろう相手に、思わず固まった。
いつもは自分のパーソナルスペースに入れるのは中村と早川だけなので
急に現れた彼に反応し切れなかった。
彼もまた森山と同じ目線をよこしてから、横をすり抜けて二人の方へ歩いて行った。

「…あの人も、?」
「うん。」
「うちのCだ!」

上級生3人(主に睨み付けるような笠松)の視線に耐えきれなくなって
早川の背にそっと隠れる。
これだから知らない人は嫌なんだ、と、人見知りを通り越してコミュ障ともいえる言い分を心で唱えた。

「お前。」
「…はい。」

隠す気もない笠松のきつい声色に、彼女も眉間に皺を寄せる。

「早川や中村と一緒にここで昼練付き合ってたな。経験者か。」
「……少しだけ。」
「試合に出た経験は。」
「あります…一応、スタメンでしたから。」

早く帰りたい一心で、問われた事に返事をしていく。
第一印象は、双方あまりよくないようだった。
気付かれないように溜息をついたところで、早川のところへボールが飛んでくる。
軽々受け取った早川は、それを背中にひっついたままの彼女へ手渡す。

「え?」
「相手し(ろ)って。笠松さんが。」

目線を早川から笠松へ逸らすと、指先だけで彼女を呼んだ。
更に嫌そうに顔をしかめた。

「これ、本当にやらなきゃいけないの…?」
「他の先輩たちに頭下げて助けてもらうなら別だけど。」
「…わかったよ」

溜息をついて、上履きで体育館へあがる。
ブレザーを中村にあずけて腕まくりをして、笠松の前へ立った。

「お前がオフェンスでいい。」
「…どもです。」

彼女がドリブルをする度、体育館に音が反響する。
やけに、ドリブルの間隔が広いなと姿勢を落としながら笠松が思った瞬間。
目の前にふわりとハニーイエローが舞う。

右側を抜こうと走り出した彼女を、笠松が下がって止める。
キュ、とスキール音がした後すぐにまた一歩下がってから笠松の懐へ入る。
自分よりも背の低い選手の相手をしたことがなかった笠松は、
持前のバランス感覚で小回りを駆使する彼女に顔をしかめた。

「へえ…」
「女子らしいやり方だな。」
「女バスの中じゃ特に低いわけでもないだろうから、きっと相手が笠松だからだな。」

楽しそうに実況する小堀と森山に、中村と早川は顔を見合わせた。
そうこうしている間にも、2人の攻防は続く。

右手と左手を行き来するボールに、珍しく笠松が苦戦しているのが見える。
打点が普段よりも低いこともあるのだろう。

左へフェイントを入れて、右へ一歩踏み出す。
それを読んで笠松が前へ立ち塞がる。
進めなくなって、また一歩戻る。

どうやら笠松が手を出さないところを見ると、ボールを取る気はないようだ。
それが普段からの女性恐怖症から来るものなのか、ただ力が見たいからなのかは定かではないが。

それに気が付いた彼女は、悔しそうに顔をしかめて地面にたたきつけるようにボールをバウンドさせた。
脇を通って高くあがったそれを、読み切れなかった笠松が慌てて追う。
張り付いていた視線がはがれたのを確認して、振り返ったのとは反対側をすり抜け、
空中でボールを受け取ると、そのままゴールへ押し込んだ。

静寂がながれる体育館に、てんてんとボールが転がる音だけが響く。

「まじかよ…」
「あの身長で、ダンク…」

使っていたのが男子試合用の高いゴールではないにしろ、170センチの選手がやすやすと届く場所ではない。
目を見張る笠松を、彼女はゴールから手を離して振り返った。

「私の勝ち、でいいですよね。」
「あ、あぁ…」

あっさりと認めた笠松に、ぎろりと睨み付けて続けた。

「取る気がないなら、1on1するとか言わないでもらえますか。」
「は、」
「女だからってそうやって手抜かれるのが、一番ムカつきます。」

笠松が女性を極端に苦手とする事を知らなかった彼女が吐いた言葉は
現在は従順な猫が毛を逆立てた瞬間だったと、後にも語り継がれることになったのだ。


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bkm
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