廃本丸番外@三条と一緒
時は、梅雨も最中。
空梅雨となりつつあるこの本丸でも、ちらほら蛍が見られるようになってきた頃だ。

「「こら――――!!!」」
「「ははははは!!」」
「待て―――!!」
「もー!!」

厨から聞こえる怒声に、自室の襖を開けて苦笑う。
ここ最近、毎日のように同じくらいの時間に聞こえてくる二つの怒鳴り声と三つの笑い声。
犯人も被害者も、いつも同じだ。

「あ!」
「おお、今日は部屋におるのか。」
「少し仕事をしていまして…」

どすどすと足音高らかに近寄ってくる三人。
肩に今剣を乗せた岩融と、手に丸盆を持った三日月だ。
盆には、綺麗に丸められたおはぎが乗っている。

「まったく、またやったのですか。」
「お前もどうだ?」
「遠慮しておきます。歌仙と光忠に私も叱られてしまいます。」
「なんだ、つまらんな。」
「お前が同罪になれば、俺たちの罪も軽くなるかと思ったんだがなあ。」
「罪の意識はあるんですね。」
「このくらいは。」

今剣が人差し指と親指を一分ほど離して片目でそれを覗いた。

「さて、今日は何処で食べようか。」
「なら、ししのいけのほとりがいいです!いまなら、こかげができててすずしいですし、つるもいるでしょう。」
「なら、そうしよう。」

ではな、とそれぞれ声をかけて歩いて行ってしまった。
私も仕事が一段落したので、厨へ行ってお茶を一杯貰おうと思い立つ。

すらりと襖をあけると、歌仙と光忠が丁度おやつの準備を終えた所だった。

「おや、何か用かい?」
「お茶を淹れに。」
「なら、ここで飲んでいきなよ、淹れてあげるから。今日のおやつはおはぎだよ。」

笑顔でおはぎが二つ乗った小皿を、作業用の机へ置かれる。
その前へ椅子を引いて座ると、ややあってから歌仙が湯気の立つ緑茶を差し出した。

「ありがとう。」
「いいえ。」
「今日のは自信作だよ!」

穏やかに微笑む歌仙とニコニコ笑う光忠からは、先ほどの声に乗っていた怒りは見受けられない。
いつもおやつは皆何も言わなくてもそれぞれ取りに来るので、二人も机を挟んで反対側の椅子へ座った。

「…怒ってないんですね。」
「ん?」
「ここ最近、いつもおやつの時間になると二人の怒鳴り声が聞こえてくるので。」

ほら、今日も。と言うと、二人は顔を見合わせて困ったように笑った。

「まぁ…なんていうか、いつもじゃないからねぇ。」
「ずっとなら僕らももう少し手を打つけれど、仕方ないさ。」
「?」

首を傾げる私に、二人は納得がいったように小さく頷いた。

「ああ、そうか。」
「君がここへきてから、まだ何月かしか経ってないものね。」
「最近はとても居心地がいいから、何だかもっと長い間一緒にいるような気がしていたよ。」
「どういう事です?」

尋ねた私に、彼等はこの本丸での“恒例”を教えてくれた。

「今現在下ろされている付喪神の中でも、三条の彼等はとても古い刀たちだ。」
「一番ではないのですか?」
「一番古い刀は、他にいるよ。まあ、でも二番から七番までが三条の五振さ。」
「今は三振しか人型は保っていないけれどね。」
「はあ、」

知らないことも多いものだ、と聞いた事をしっかり記憶しておく。
彼等は、更に続けた。

「今年の梅雨は、雨が降らないだろう?」
「ええ。」
「池とそこから引いてある川は獅子王くんの力で無事だけど、井戸はそうはいかない。」
「作物の類も、いくら水があるとは言っても日照りが続いていては気温が下がらなくてダメになってしまう。」

そういえば、最近小夜と大倶利伽羅が並んで畑の畝を覗き込んでいるのを見かける。
つばの広い麦わら帽子が可愛いけれど、しゃがみ込んだ背中が少し寂しそうだったのを思い出した。

「そういう時は、彼等の力を借りるのさ。」
「え?」
「皆が顕現している時は、いつも石切丸と御手杵の仕事だったんだけど…今はふたりともいないからね。」

詳しい話は分からないが、要は雨乞いをするのだそうだ。

「…それと、おはぎに何が?」
「はは、要はその“お駄賃”なんだよ。」
「お駄賃…」
「あれらがタダで動く訳ないだろう?」

全く困ったものだよ、と苦笑う歌仙。
光忠も笑いながら、勝手口から外を覗く。

「丁度今日なんじゃないかな、ね?歌仙くん。」
「ああ、今日は満月か。」
「曇らないといいねぇ。」
「君も今日は起きているといい。風呂へ入ったら、縁側に出ておいで。」
「しっかり髪は乾かしてから来るんだよ!」

口煩い光忠に自分も苦笑いを返して、夜を楽しみに待つことにした。


××××××××××××


夜になった。
雲も少ない、綺麗な満月の夜だ。
多少霞がかってはいるが、明かりがなくても辺りは明るい。

「なんだ、起きておったのか。」
「岩融。」

声をかけてきた彼を振り返ると、首を傾げたその姿は戦へ出る装束だった。
後ろからぱたぱたとやってきた今剣と三日月もだ。

「お風呂はまだですか?」
「ん、ああ。」
「まだこれから一番の仕事が残っておるのでなぁ。」

にこりと笑う三日月の笑顔は、やはり美しい。
少しだけ立ち話をしていると、続々と他の面々が縁側へ顔を出した。
一体何があるのかと尋ねようとしたとき。
廊下の向こうの方から声がした。

「おお、集まってるな。」
「鶴丸…」
「おそいですよ、つる。」
「悪いな、久しぶり過ぎて思い出すのに時間食った。」
「まったく…しっかりしてくださいよ!」
「ああ、兄様。」

揶揄うように言って、鶴丸は私へ近づいた。

「見学かい?」
「ええ、お邪魔でしたら戻ります。」
「邪魔なものか。お前がいた方が、奴らもやる気をだすだろうよ。」

庭へと降りていった三人を目で追いながら、鶴丸は羽織を脱いで私の肩へとかけた。

「鶴?」
「そんな薄着では体が冷えるぞ、着ておけ。」
「え、冷えるって…」

いくら雨が降らないとは言っても、湿度は高い。
じめじめと体にまとわりつく蒸し暑さに、鶴丸の羽織は少しばかりきつい。

「着ておけよ。」
「獅子…」
「な。」

にっこり笑う彼に押され、しぶしぶ羽織の前を握った。

「ほら、始まるぜ。」
「…はい。」

小さくつぶやかれた獅子の声に、一同が同じように庭へと目を向ける。
誰一人として、縁側からは降りない。

鶴丸が、深く深呼吸をして、懐を探る。
取り出したのは、いつぞやに買ったあの笛だ。

そっと構えると、庭で月を見上げる三人を見遣り、大きく息を吸った。








声が、出なかった。
鶴丸の奏でる笛に今剣が更に高い笛の音を上乗せし、綺麗に響く旋律へ三日月と岩融が舞う。
いつもの豪快さとは似ても似つかない岩融と目を伏せたままに月光を受ける三日月、池の縁石を器用に一本下駄で渡りながら、今剣もそこへと入っていった。

「きれいだろ。」

ぽそりと獅子が声をかけてくる。
目をむけると、彼は緩く微笑みながら彼等を見ていた。

「今剣の一番最初の主さんが、笛が好きだったらしくてな。ずっと見ているうちに覚えたらしい。鶴丸の笛も、今剣仕込みなんだっつってたな。」
「へえ…」

ただただ唖然とその神秘的ともいえる光景を眺めた。
少し経った頃。
屋根瓦に雨粒があたる音がした。

ぱた、ぱたぱた、と次第に増えていくそれは、すぐに満月を隠す雨雲と共に本丸を覆った。
外の三人を見遣ると、岩融と今剣は空を見上げ、三日月は顔を伏せて目の上へ手をかざしている。

「これで、大丈夫だな。」
「終わりでよいか。」
「ああ。」

岩融が懐から手拭を出して三日月の目を覆った。
今剣に手を取られて戻ってきた彼等に、慌てて光忠から受け取った大判のタオルをかける。

「おお、すまんな。」
「すごいですね、本当に降るなんて。」
「ぼくらも、いちおうは かみさまですからね。」

今剣はかしかしと頭を拭きながら鶴丸の方へと向かっていった。
音を外しただの、練習を怠っただのと、師匠からお叱りを受けているようだ。

「っと、」

縁側へと足をひっかけた三日月がよろける。
咄嗟に肩を支えると、不思議そうに首を傾げたあと緩く微笑んだ。

「ああ、お前か。すまんな。」
「いえ…目、外しますよ。」

彼の後頭部へと手を回そうとすると、それを岩融に引き留められた。

「三日月のそれは、明日の朝まで外してはならん。」
「何故…?」
「それの瞳には、月が浮かぶ。月が出てしまっては、雨が止んでしまうのでな。」
「そういうことだ。」

笑う三日月に小さく溜息をついて。
がしがしと頭を拭いてやりながら、短刀たちに彼の着替えを手伝ってやるように言った。


××××××××××××


「どうだった?」

皆が寝静まってから、縁側でとても久しぶりに見る雨を眺めていると、歌仙が戻ってきて声をかけてきた。

「想像以上にすごかったです。陳腐で簡単な言葉ではありますけれど、神秘的で美しかったです。」
「気に入ったなら、何よりだ。」

自分がしていたわけでもないのに満足そうに微笑む彼は、同じように空を見上げた。

「今剣も言っていたけれど、僕らも神だからね。ああいったことも出来るよ。」
「歌仙もですか?」
「できなくはないけど、雨乞いには向いていないかな。」
「向き不向きがあるんですか。」
「昼もいったけれど、石切丸の祝詞と御手杵の力があれば一発だよ。」
「へぇ…」

まだ見ぬ刀剣達を想い、私も視界を雨へと戻す。

「この先、貴方達のそういった力を見る機会も、あるんでしょうか…」
「あるかもしれないね。」

少しおかしそうに声を緩めた歌仙に、私も笑顔を浮かべる。

「皆の力が気になる所ではありますが…楽しみにとっておくことにしましょう。」
「見られるといいね。」
「歌仙のもですよ。」
「僕はそんな大仰なことはできないよ。」
「ご謙遜を。」

その日は、歌仙を付き合わせて夜遅くまで、降り続く雨を見上げていた。


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