「さみぃな…」
「そうだね…」
高校の卒業式の日に付き合いだしてから、早数年。
私と健ちゃんは同じ会社に就職した。
部署は流石に違うけど、仕事の関係上時々会社内で会うこともある。
今日はたまたまゲートを出たところで健ちゃんに会って、一緒に家までの道のりを歩いている。
「久しぶりだね、こうやって一緒に帰るの。」
「そーだな。最近はお前が大体先帰って飯の用意してくれてたし…」
「今日こんなに早いと思わなかったから、何も用意してないよ。」
「途中でスーパー寄って帰ろうぜ。肉食いてえ。」
「えー、私今日おさかなの気分。」
じっと少しの間見つめ合って、年甲斐もなく結構な大声でじゃんけんの掛け声を入れる。
「やった!!」
「くっそ、マジかよー…」
「今日は鮭のホイル包み焼きね!」
「へーへー。」
とっても残念そうにしながら顔をマフラーへ埋める健ちゃん。
ちょっとかわいそうだったかな。
明日はお肉にするからね、今日は譲らないけど。
「そういえば、何で今日早いの?いつもはあと1,2時間は遅いよね?」
「…あー、まあ。」
「何かあったの?」
「あった、というか、ある、というか…」
「なあに?歯切れ悪いなぁ。」
「いいから、買い物行こうぜ。さみぃ。」
「もう…」
寒い寒いと繰り返しながら私をほっぽって歩いていく。
手は手袋もしてあるはずなのに、ポケットにしっかり入っている。
冬がくると、健ちゃんと手をつなげる回数は極端に減る。
少し寂しい気もするけど、まあ、寒いのは私だって寒いし。
こう何年も一緒だと慣れても来る。
「…さむいなぁ。」
ミトンの手袋がはめられた手をにぎにぎと動かして、また健ちゃんを追って歩き出した。
💙💙💙💙💙💙💙💙💙💙
買い物を終えて、健ちゃんが男らしく荷物を持ってくれるなんて言うから。
こういう所も健ちゃんの良いところだなぁなんて思いながらエコバッグを預けた。
にまにましながら歩いていると、隣の健ちゃんに心底嫌そうな顔で「きめぇ」と一言。
大変遺憾である。
「とーちゃっくっと、」
「鍵開けろ、はやく。」
「待ってよー、ええと鍵カギ…」
「遅ぇ…何で女の鞄ってそう目当ての物が出てこねぇんだよ…」
「し、仕方ないでしょ、待ってよ」
「俺の上着のポケットに入ってっから、それで開けろ。」
ほら、と両手に荷物を持ったまま左側のポケットを私の方へ向ける。
さっさと入りたかったので、私も遠慮なく漁って目当ての物を探す。
「えー?鍵なんてないよー…」
「あ?いつもそっち入れてんだから入ってるって。もっと本気で探せって。」
「本当にこっちなの?逆じゃない?」
「あっ、バカやめっ!!」
「あっ!!」
反対側のぽっけを探ろうとしたとき、健ちゃんが慌てて私の手を引っ掴んで止めた。
つまり、彼の手にあった買い物袋は地面へ落下したという事で。
しかも、そっちの手に持っていたのは卵の入った袋。
がしゃり、と嫌な音をたててそれは着地した。
「「……」」
いつもなら、ここで卵の安否を(わかっていても)確認しているところだが。
私も健ちゃんもそれどころではなかった。
理由は、私の手に握られた手のひらサイズの箱。
健ちゃんが卵を犠牲にして掴んだ私の手は、既に彼のポケットの中のものを掴んだ後だった。
しかも、ちょうど掴んだ時に引きはがされたので、それは寒空の下に輝く蛍光灯のもとへと引きずり出された。
私がどんなにバカでも、流石にわかる。
中にはきっと、この世の何よりも綺麗に輝く銀色がちょこんと座っているだろう。
「健ちゃ、」
「…とりあえず、入ろう。」
そっと顔を覗き込むものの、ふいと顔を逸らされて。
自分で鍵をあけ、荷物を拾って入っていく。
私もそのあとについて家へ入った。
ばたん、と音をたててドアが閉まると同時に、健ちゃんに前から抱きしめられた。
エコバッグはまたもや、がしゃりと音を立てて乱暴に廊下へ着地した。
もう卵の無事は期待できない。
「健、」
「やめろ、点けんな。」
手さぐりで廊下の電気のスイッチを探すと、それを察した健ちゃんに止められた。
言われるがままに探すのはやめて、手を彼の背中へ回す。
「もう、さ。分かってっと思うけど。」
「…ん。」
「俺、もうお前と離れるつもりねぇから。」
「……ん。」
「それでもいいなら、受け取ってほしい。」
受け取ってほしい、なんて言いながらもさっきの箱は未だに私の手の中なのだけれど。
ぎゅう、とこっちからも力いっぱい抱き着きながら言う。
「これ、私が受け取っちゃったら、健ちゃん、死ぬまで私と、一緒なんだよ。」
「ああ。」
「いいの、それで。」
「覚悟の上だ。」
「なに、それ…」
そこは、「お前がいいんだ」とか言ってくれればいいのに。
でも、言葉のチョイスの仕方が、ひどく彼っぽい。
嘘みたいで返事も出来ない私に、健ちゃんは少し心配そうに私を呼んだ。
「ふ、ふつつかもの、ですが。」
「んなこと分かってるっつの。」
「ひど。」
はは、とひどく安心の滲む声で笑う彼に全力で抱き着いた。
とりあえず、今日のばんごはんはオムライスにしよう。