僕と私の戦争記
「湊、元気にしてたか?」
「あぁ…うん、元気だよ。」

ドアを開けた瞬間に聞かれた。
もう少しなんか違う話ないのか。
お前は父親か。

裕くんが凄く疲弊し切った顔をしている。
3兄弟の真ん中は損をするというのは、うちの場合しっかり当て嵌まるようだ。

「てか、何で急に来たの?明日には皆で海常へ来るんでしょ?」
「最近会ってなかったし、折角だから泊めてもらおうと思って。」
「先に断わり入れてから来いよ。」

我が兄ながら溜息が出る。

別に兄が嫌いな訳じゃない。
勉強もできて、努力家で。
誰にでも厳しいが、自分に対して一番厳しい。
いつだって私たち二人の見本であろうとする姿勢。
ひとつしか違わないのに、お兄ちゃん扱いされて損をしたことだって山ほどあるだろうに、
この人は大きくなった今でも私たちの世話を焼いてくれる。
…良くも悪くも。
ドルオタなのも、ひとつの事に一生懸命になれるのはすごい事だと思うし、
そういう趣味が持てる兄を、私は全部ひっくるめて尊敬している。

が、だ。

「ちゃんと飯食ってるか?学校で困ってる事とかないか?海常のやつらに苛められてないか?」
「…うん、大丈夫だよ、清兄」

何度でも言おう。
お前は親父か。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「本当、悪かったな。」

兄貴が風呂に入ってる間に、久しぶりに顔を合わせて妹と話をする。
兄貴の湊溺愛っぷりは、傍から見ていて家族愛を通り越して些か気持ち悪い。
甘受しているこいつも、なんだかんだ懐が広いと思う。

「いいよ、久しぶりに清兄にも会えたし。」
「どうだ?海常での生活は。」
「裕くんまでそういう事聞くの?」

若干うんざりした表情を浮かべるものの、浅い溜息をついて続ける。

「楽しいよ。私は海常の人たちが好きだし、あの人たちのバスケが好きだから。」
「そか。」
「秀徳へ行かなかった事を悔やんだ事がないとは言わないよ。やっぱり、清兄や裕くんと一緒に学校へ通えたら楽しかっただろうな、とは思うから。」
「うん。」

相槌をうちながらも、こいつの思ってる事はなんとなく感じ取れる。
話も、一歩先を予想することも。
こういうのって、双子でしかわかんねーもんなのかもな。

「でもね、やっぱり今の生活も楽しいんだ。
 笠松さんの怒鳴り声を聞きながらタオルの用意したり
 森山さんのナンパ講座を仕方なさそうに聞く小堀さんの隣でぼーっとしたり
 早川くんと中村くんと一緒に帰りに寄り道したり
 最近入ってきた手のかかる後輩の相手したりとか。」
「うん。」
「きっと秀徳へ行ってたら行ってたで、別の楽しい毎日があったんだろうけど、
 そうすると海常の皆との今はなかったから。」

珍しく小さく笑顔を浮かべての近状報告。
本当にあの人たちの事が好きなんだと感じさせられる。

「私が今ついて行こうと思えるのは、笠松さんの背中だけだよ。」

言い切ったところで、兄貴が戻ってくる。

「裕也、風呂あいた。」
「ああ。じゃ、借りるわ。」
「うん。」

あまり心配はしていなかったけれど、ほんの少しだけ抱えていた不安を取り除けた俺は、
だいぶ心が軽くなった。
…これで明日なにもなく1日が終わってくれれば一番いいんだけど。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「冷蔵庫に飲み物入ってるから、何でも好きに飲んでね。」

ベッドへ背を預けて読んでいた本のページをめくる湊。
お言葉に甘えて遠慮なく冷蔵庫を開けて麦茶を拝借する。

「清兄、ちゃんと頭拭いてよ。」
「すぐ乾くだろ。」
「結べるくらい長さあるのに何言ってんの。ここ座って。」

この会話もいつもの事だが、言われた通りにベッドへ背を向けて座る。
湊がベッドに座って、肩にかけたままだったバスタオルで拭いていく。

「このくらい自分で出来るようになってよ…いつか風邪ひくよ。」
「今までも平気だったんだから大丈夫だろ。」
「安直。」

一通り水分が取れたところでドライヤーのスイッチを入れた。
音が大きいので、自然と会話する声も大きくなる。

「お前、まだそのイヤリングしてんのな。」
「何その言い方。くれたの清兄じゃない。」
「そうだけどよ。それやったの中学入った時だろ。」

湊が今でもずっとつけているらしいイヤリングは、俺が中学へ上がった年に
誕生日プレゼントにやったものだ。
その頃は小遣いがアップして、ほしいものも沢山あったから
やった俺がいうのもなんだが、安物だ。
見た目はじっと見なければ作りの粗さは分からないかもしれないが、
高校生の女子の耳には、あいつはかなり場違いだ。
と、思う。

「今年の誕生日に新調してやるよ。東京帰ってくるだろ?そん時買い物に出ようぜ。」
「え、いいよ。」
「あ?んでだよ。」

裕也ならホイホイ飛びついてくるのに。

「私はこれが気に入ってるの。清兄が初めてくれた私へのプレゼントだもん。」
「…そうだったか?」
「うわ、今私良い事いったのに台無し。」

年子で生まれてきた双子を、俺は両方自分なりに大切にしてきたつもりだ。
それは、これからも揺らぐことはないと思う。
が、何をやったかとか、そんなことまで逐一覚えてない。

「でも、それ学校で友達とかに言われねぇのかよ。変だって。」
「皆きれいだねって褒めてくれるよ。私、この色好き。」
「ふーん?」
「清兄と、裕くんの色だよ。ハニーイエロー。」

乾かし終わったのだろう。
ドライヤーを切って、髪に手櫛を通しながらいう。

「…お前もおんなじ色だろうが。」
「そうかな。私は二人の色が好きだけど。」
「変わんねぇよ、バカ。轢くぞ。」
「あ、久しぶりに聞いた。」

俺を間に入れるように開いていた足に、なんとなく頭を預ける。

「どしたの、清兄。」
「なんでもねぇよ。」

俺や裕也と過ごすうちに、こいつは無意識に遠慮というものを小さい頃から着々と身に着けて行っていた。
家族相手なのだから、そんなもの必要無いと毎回いうけれど
こいつは無意識にやっているらしく、毎回首を傾げられて終わる。
湊が最後に甘えて来たのだって、もう随分と昔の話だ。

「変なの。また裕くんにあきれられるよ。」
「煩ぇ轢くぞ。」
「2回目。」

そのままの体勢で目を閉じると、優しく頭を撫でられた。

「寝る?」
「ん。」
「ベッド使っていいよ。裕くんと私は床に布団敷くから。」

言われた通りにベッドへ横になる。
190オーバーの俺には若干小さいが、仕方ない。

優しく上布団をかけられて、いよいよ本格的に眠くなってきた。

「あした、」
「分かってるよ。走りに行くんでしょ。6時に一回起こすから、あとは自分でしてってよね。」
「あぁ…」

何も言わなくても伝わる。
親とはまた違う安心感。
意識がなくなる瞬間に、湊が俺の頭に額をあてて優しくつぶやいた。

「おやすみなさい、いい夜を。」

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

風呂から上がると、湊が兄貴を寝かしつけていた。

毎回やる、湊のまじない。
俺も小さい頃よくやって貰ってた。
これをしてもらった日は本当によく眠れて、次の日は気持ちよく起きられる。
効果は抜群だ。

「兄貴寝たのか?」
「うん。やっぱ練習後だったから疲れてたのもあるんだろうね。」

こうしているのを見ると、どっちが年上か分からなくなる。

「しっかりしてるつもりでも、やっぱり心配かけちゃうんだね。」
「いいだろ別に。何してても心配になるのが家族だし、兄貴はそれも楽しんでるじゃねえか。」
「そうかな。」

台所へ行って、麦茶をコップへ注ぐ。
私も、と声がかかったので、コップを2つに増やして湊の隣へもどる。

「清兄、ほんとどうでもいい事でもよく連絡くれるの。」
「知ってるよ、大抵それ俺の隣で打ってるからな。」
「そっか。…なんか、大切にされてるなって、改めて思うの。」
「お前、今更何を…」

顔だけはいい残念イケメンの兄が、バスケ以外で真面目な顔をするのなんか
大抵湊関連の時だ。
自他共に認めるほどに、湊の事を溺愛しているのに。

「今更か…そうだね。」

ふ、とまた笑う湊と少しばかりの思い出話に浸ってから
俺たちも明日に備えて布団へ入る。

久しぶりの兄弟だけの時間。
半ば無理やり作った時間だが、今回は兄貴に少しだけ感謝した。
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