僕と私の戦争記
眠たい。
洗濯をしながらうとうと。
閉じそうになる目をこじ開けてたくさんのタオルと練習着を畳む。
なぜかうちではこれはマネージャーの仕事だ。
全員持って帰れや。
自分ちで洗え馬鹿野郎。

「あ――――、だめだぁあああ」

正座した膝の上のジャージに顔を埋めた。
あぁ、これ、中村くんのだ。
ずっと一緒にいる彼の匂いを間違えるわけがない。
他のメンバーもだ。
うと、うと。

ふと目線だけを少しずらすと、そこにはレギュラージャージ。
畳んだ時にどうせ分けなきゃいけないからと山から別にしたんだった。
無意識に腕をその山へ伸ばす。
何枚かを腕の中へ引き込む。
これは、笠松さん、こっちは、森山さん。
この一際大きいのが小堀さん、やけに新しい綺麗なのが黄瀬くん。
あぁ、腕の所が伸びるから腰に巻くのはやめてっていったのに、もう、早川くん…

皆の顔を頭に思い浮かべながら、少しだけ昼寝することにした。
落ちる寸前に辛うじてポケットの携帯で15分アラームをセットできた自分を褒めた。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「やっぱり。」

いつも時間ぴったりに戻ってくる湊が遅れているからまさかとは思ったけれど。
腰に手をあてて溜息をついてから、彼女の前へしゃがむ。

「湊、こんなところで寝たら風邪をひく。湊ったら。」

少し揺さぶってみるが、起きる気配がない。
嫌そうに身じろぎをして、ぎゅう、ともっと小さくなってしまった。
と、そこで彼女が抱いている物が何なのかやっと気づいた。

「…俺の、ジャージ…」

分別がつかなくなるからと彼女が裏地へ入れてくれた名前の刺繍が見えた。
これを入れてもらったのは、俺たちレギュラーだけ。
俺の、小さな自慢だ。

先輩たちには俺も早川も彼女を好きすぎると毎度言われるけれど
なんと言われようと俺もあいつも彼女から離れる気はない。
先輩方や黄瀬と同じように、この小さな女の子だって俺の大切な仲間だ。

話が逸れた。
眼鏡のブリッジを直してから、今度は強めに彼女を揺する。

「湊、起きないとまた笠松先輩に怒られるぞ。この間どこでも寝るなと注意を受けたばかりだろう。」
「う〜〜〜…」

やっと目をあけた湊にほっとする。

「なかむら…くん」
「あぁ。おはよう。」

少しずつ覚醒してきた彼女は、がばりと起き上がって携帯を確認した。
あぁ、一応起きようという気持ちはあったのか。

「大丈夫。向こうの仕事の時間にはまだ早いよ。」
「あぁ、よかった…寝過ごしたかと…」

本当に安堵した溜息をついて俺に謝罪をいれた。

「戻るよ、ごめんね。」
「いや、まだ平気だけど…最近多いな。寝不足か?」

何の気なしに聞いた。

「んー、黄瀬くんの面倒見るようになってから、仕事する時間が減っちゃってさ。」
「だから最近遅くまで仕事してるのか…」

今までは居残り練をする俺たちをラスト30分は見学してから一緒に帰っていたのに
見学に来なくなったし、俺たちが帰ってもまだ残ってることもある。

「でも、下手に弱音も吐けないし。やっぱきつかったかって言われたくないじゃない」
「だが、無理はよくない。」
「まだ全然大丈夫だよ。それよりも…」
「どうした?」

言葉を濁した彼女に首をかしげると、もごもごしながら言った。

「…嫌な予感がする。」
「…誰に対してだ。」

彼女の予感はよくあたる。
よかれ悪かれ、だ。

「いや、今回は私なんだけど…」
「何か不安なことでもあるのか?」
「…」

考えるように顎に手を当てたと同時に置いてあった携帯がメッセージの受信を告げる。

「…?」

練習についての連絡も湊にくるようになってるから、彼女は練習中も携帯所持を許されている。
勿論、関係ないことならすぐに閉じてポケットへ仕舞うのだけど。

「…これか」
「?」

心底嫌そうな顔をした彼女の手元を覗き込む。
隠さないところをみると、俺が見ても大丈夫なものなようだ。

送信主と内容を確認したところで、俺は彼女をほっぽって部室を飛び出した。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

派手な音を立てて開いた扉にそこに残っていたメンバーが皆目を向ける。
そこには珍しく冷静さを欠いた中村の姿。
何故片手にジャージを握りしめているのかは、今は置いておこう。

「どうした、なかむ(ら)。」

先陣を切って尋ねた早川に、中村が切羽詰まった顔と声を向ける。

「…来る…」
「?」
「どうした中村何があった?」

小堀が中村の背中をさすりながら優しく尋ねる。
ジャージがあるという事は部室に行ったんだろうが、そこからここまでの距離で
こいつが息を乱すということは、それだけ動揺することがあったのだろう。

「奴が…来ます…」
「奴、ってまさか、」
「?」

何もわかっていない黄瀬だけが怪訝そうな顔をしている。
だが、俺たちからしたら死活問題だ。
午後の練習を切り上げてでも対策を打たねばならないかもしれない。

「さっき、湊の携帯に監督から連絡が入ってて、」
「…あぁ」
「明日、急に練習試合をする、ことに、なったって…」
「まさか…」
「…相手は、」

恐れていた返事が返ってきた。

「衆徳、です。」

俺たちはボールも何もかも放って部室へ走り出す。
わたわたする黄瀬の首根っこを引っ掴んで一緒に連行する。

今日の練習は、切り上げが決定した。
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