僕と私の戦争記
湊をベッドへ寝かせて、6人はやっと少し気を落ち着かせた。
鍵は、湊のポケットから拝借した。
早川は枕元に座り込んでいるし、黄瀬も湊の手を握ったまま離れなかった。
小堀は小さく溜息をついたあと、足を食器棚へ向けた。

「あれ、」

勝手知ったる他人の家。
飲み物でも入れようといつもと同じように自分たちのカップを取りに行ったのだが、
扉を開けた先には、カップは1つも見当たらなかった。
湊の、あのオレンジのボーダーのカップも一緒に姿を消したのだ。

「(どこ行ったんだ…?)」

きょろきょろとあたりを見回すと、いつもは定位置に片付けられている掃除機が
無造作に部屋の隅に置かれていた。
まさか、と、キッチンのごみ箱をあける。

「…やっぱり」

そこには、無残な姿になったカップたち。
この間黄瀬にプレゼントしたばかりの黄色いそれも、粉々になっている。

どれか1つを割ってしまうことはあっても、7つもあるカップがいっぺんに割れるとは考えにくい。
恐らく、彼女が意図的に割ったのだろう。

とても大切に扱っていたことを知っているだけに、小堀の胸は締め付けれられた。
ここまで、彼女を追いこんでしまったのか。
やはり、あの時DVDは受け取るべきではなかったのではないか、と。

小堀は、ぱたん、とゴミ箱を閉じた。

部屋へ戻ると、中村が彼女の額を触っていた。

「どうだ、まだ熱いか?」
「俺、元々冷え性なんでちょっと信憑性に欠けるんですけど…さっき早川が触った時も熱いって言ってたんで、きっとまだ高いんだと思います。」
「早川は?」
「救急箱探しに行きました。体温計くらいはあるでしょうから。」

少しして早川が箱を抱えて戻ってきた。
がちゃりと音を立てて開いたドアに、黄瀬がぴくりと反応する。

「湊さん…?」

手を握ったまま、彼女の顔を覗き込む。
少ししてゆっくりと開かれた目は、虚ろに黄瀬を映した。

「湊さん!」
「目、覚めたか。」

笠松が寄って行って、中村と同じように額を触る。

「大丈夫か。」
「……な、んで、」
「お前が急に意識ブッ飛ばすからだ。勝手に邪魔してる。」

手をどけると、湊がふらりと起き上がる。
慌てて止めたが、大丈夫だと聞かなかった。
仕方なさそうに小堀が寄って行って、枕を退けたところへ彼女に背を向けて腰を下ろす。

「小堀さん…?」
「背もたれくらいにはなるよ。体重預けてていいから。」

少し躊躇したが、遠慮気味に小堀の背中へもたれた。
重さを受け止めた小堀は、少し笑って顔を前へ戻した。

「お前、本当に体調不良で休んでたんだな。」
「どういう事ですか…」
「てっきり俺たちに会わないための口実だと思っていたが。」

ずばり言われ、湊はまた目線を落とした。

「部活へ行かなくなって2日は意図的に避けてました。でも、3日目からは本当に熱があったんです。多分、いろいろ考えすぎちゃったから。」
「一度部屋へ来たが、出てこなかったろ。それも、意図的か?」
「私がいた間ここへ来たのは知る限り清兄だけです。寝ていて気付かなかったか、実家へ帰った後だったかです。」
「湊さんっ!!」

がばりと湊に詰め寄った黄瀬。

「俺、湊さんの事好きっス!」
「黄瀬、くん…?」
「湊さんが俺たちの事大好きだって言ってくれて、すごい嬉しくて、俺たちの為にいろいろやってくれてるの知ってたのに、甘え過ぎてたって、今更思って、でも、湊さんが、居なくなるのは、絶対、嫌で…っ!ああもう、纏まんない、」

震える手で湊の手を握りしめて必死に言葉を探す。
じんわりと涙が滲み始めた黄瀬の頬に、握られた方と逆の手があてられる。

「こんなことで泣かないで、黄瀬くん。」
「…っ、こんなこと、なんて言わないで欲しいッス!俺にとっては、死活問題ッス!!」

ぎろりと睨み付ける黄瀬の頭に、大きな手が乗る。

「こ、ぼりセンパイ…」
「俺たちは、湊に出て行ってほしくないよ。だからわざわざ宮地の所まで行ったんだ。」
「…」
「戻って来いよ、湊」

静かに言ったのは、意外にも早川で。
少し離れた所で聞いていた笠松が深く溜息をついてからベッド脇まで寄ってきて
どっかりと黄瀬のとなりへ腰を下ろした。

「聞いてやるから、全部吐き出せ。」
「笠松、さん…」
「話の順番とかこの際どうでもいい。お前が思ってること全部出しきれ。」

笠松の言葉に口をぎゅっと結んだ湊だったが、顔を上げてちょうど目があった森山に優しく微笑まれ、ぽつぽつ話をはじめる。

あの試合で、笠松が言うように紺や他のメンバーの事を悪く言われた事。
自分たちで勝ち取った全中の優勝すら、八百長だったのではと疑われた事。
カッとなった後は、気が付いたらああなっていた事。
その時に向けられた視線や空気に、今でも怯えている事。

今まで隠してきた事も、思いつく限りすべて話した。
ここまで来て、隠し事はしたくなかった。

「…それで最後か?」
「………はい」

耐え切れなくなっていつもの癖でイヤリングを触ろうとした湊の手を黄瀬が取る。

「え、」
「ここに居ない宮地さんよりも、俺たちを頼って欲しいッス。」

ほら、俺も黄色ッスよ!と湊の太ももあたりにぐりぐりと頭を押し付ける黄瀬。
さらりと流れる黄色をそっと撫でると、さらに強くすり寄った。

「お(れ)も!黄色くないけど、撫でていいぞ!」
「俺は撫でるほうがいいな。」

今度は湊がふわりと優しく撫でられる。
森山の手があまりにも優しくて、思わず目を閉じる。

「ほら、見ろ。」
「え、?」

笠松がそっぽを向いたまま言った。

「全部聞いたところで、俺たちは変わんねえよ。」
「…」
「俺たちがお前を大切に思ってることだって、んな小せえ事で覆ったりしねえってことだ。」

笠松の言葉に、止めようと思う時間もないままに、ぼろぼろと涙を流した。
黄瀬もつられてまた泣き始めてしまい、小堀が苦笑いをこぼす。
洗面所からタオルを持って戻ってきた中村が、二人の涙を甲斐甲斐しく拭いてやった。



泣き疲れて黄瀬と湊が仲良く落ちた後。
森山が3枚目の手紙の入った封筒を手に取る。
開けると、笠松の読み通り入っていたのは退部届で。
小さく溜息をついたあと、文字も読めなくなるほどびりびりに破いた。

「森山?」
「もういらないだろ?」

ばらばらとゴミ箱へ捨てて言う森山に、小堀が笑って頷いた。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「湊っさ―――――ん!!」
「おはよう、湊!」
「あっ、早川センパイずるいッス!湊さんの隣は俺ッスよ!」
「早い者勝ちだ!」
「え―――!!」

復帰した湊の隣を取り合う黄瀬と早川。
ぐだぐだしている間に中村と森山が両隣へ座ってしまう。
またそれを見て吠える2人を小堀が宥める。

最早恒例と化してしまった光景だった。

「全員揃ってるな。」

職員室から戻ってきた笠松が声をかける。
横を通りすぎる時に湊からバインダーを受けとり、その手でふわりと触れるように頭を撫でる。
これも、最近は恒例行事だ。

「今日は、今週末にある練習試合のフォーメーション確認からだ。」

ホワイトボードの前へ立つ笠松は、いつも通りの貫禄。
やはり、海常を背負って立つのは彼しかいないのだ。
そして、彼を支えるのも、今この場にいる5人に他ならない。

小さく微笑み、青のノートとDVDを撫でる。

「今度のチームは、守りが固いチームだ。湊。」
「はい。これがついこの間あった相手校の試合風景で―――」

そして、自分はこの6人を支えて行けるようにならなければならない。
世界の終わりだとも思えた底の底から引きあげてくれた彼らに報いるため。
何よりも大切な、仲間の為に。

今日も彼女は自分の力すべてを使って、彼らを勝利へ導くのだ。




fin…?
← →
page list
Back to top page.
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -