僕と私の戦争記
翌日。
俺たちは言われた通り、指定の時間に指定された場所へ向かった。
どうやら、公園のようだった。
いまどきにしては小さく、遊具も2つ3つあるだけの、小さな公園。
ブランコの前にある柵に腰かけて、あいつは俺たちを待っていた。

「やっぱ、来ましたか。」
「当たり前だ。」
「湊のためだからな。」
「わざわざ東京までようこそ。」

裕也くんは腰をあげて、俺たちの方へ歩いてくる。

「ここ、俺んちの近くなんスよ。ちっさい頃からよくあいつと遊びに来てて。」
「……」
「俺たちここらじゃ有名な3兄弟だったんです。金髪で目立ちましたしね。」
「湊さんは、何処っスか。」

待ちきれずに尋ねた黄瀬に、あいつは1枚の封筒を差し出した。

「これは…?」
「湊から、皆さんへ。」

封筒をひっくり返すと、そこには≪海常の皆へ≫と記されていた。
間違いない。
彼女の字だ。

「あいつが海常へ行くって言いだしたのを後押ししたのは、俺なんです。」
「え、」
「兄貴を宥めるの、大分苦労したんですよ。」
「…何故、背を押した。」

笠松が尋ねると、彼は小さく笑った。

「あいつが言いだした事だったからです。」
「…?」
「今までは俺たちについて回るだけだったあいつが、初めて自分で決めた道だったから。」
「湊が、」
「だからこそ。こんな形で投げ出すことは許さない。」

あいつはそれだけ言って、踵を返した。

「おい、」
「俺はそれ渡しに来ただけッスから。もう神奈川戻ってもらって大丈夫ッスよ。」

ひらりと後ろ手に挨拶をされ、そのまま俺たちだけが公園に残された。
沈黙が俺たちの間に流れたが、黄瀬が封筒を開けたことで視線が1つに合わさる。

「湊からか。」
「…あの人の字ッス。」
「なんて?」
「読んでいきますね…」

朗読を始めた黄瀬を、俺たちは囲んだ。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

海常の皆へ

急に練習に出なくなってしまってすみません。
朝練に行かなかったあの日の昼に、部室でDVDを見つけました。
中身も、見ました。

私が3年前しでかした事を、皆さんはもうご存知なのでしょう。
私たちが≪幻≫と呼ばれる理由を作ったのは、私です。
ダークホースと呼ばれ、一時的でも持て囃されたチームのメンバーが傷害事件を起こしたと知られるわけにはいかなかった。
それが、私たちが1年だけしか明るみに出なかった、一番大きな理由です。

私が人よりも短気なのを知っていると思います。
それを抑えるために、ずっとつけているイヤリングを触ることも。
あれは、兄が私にくれたものです。
最初は、緊張して友達も作れない私を励ますためにと渡されました。
緊張したら、触る。
兄が、傍にいてくれることを確認していました。
それがいつしか、私の心のストッパーになるようになったんです。
あれがなくなった瞬間、私の心は暴走する。
それを、あの日身を持って知りました。

皆との海常での時間は、とても楽しいものでした。
イヤリングを触る時間も、今までと比べたら極端に短くなりました。
皆さんのおかげです。

私は、海常の皆が大好きでした。
一度は離れたバスケに、もう一度引き込んでくれた事、感謝しています。

これから

1/3
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「…おい、どうした黄瀬。」
「続きは?」
「……ここで、終わりッス。」
「は?」

中村が手紙を覗き込むが、小さく「ほんとだ」と呟いただけだった。

「どういうことだ。」
「分かんないッス。」
「1/3ってことは、まだあと2枚あるってことか…?」
「…」

隣で小堀が考え込むような仕草。

「皆、神奈川へ帰ろう。」
「小堀?」
「どうしてっスか!裕也さん、家すぐそこだって言ってたじゃないっスか!」
「そうです!探して、湊の居場所を聞けば、」
「裕也くんは、俺たちをまだ信用してくれている。」
「…?」
「彼が俺たちにこれを渡しに来たってことは、少なくとも俺たちと湊をもう一度会わせようとしてるってことだ。そして、彼は俺たちに神奈川へ帰る事を促した。」
「…ああ」
「俺は、彼の言葉に乗ってみたい。」

小堀の強い言葉に、皆が口を閉ざした。
目線は、キャプテンに。
事の行く末は、笠松にゆだねられた。
目線を落として、少しだけ目を泳がせる。


「…帰ろう。」

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

電車の中でも、俺たちは終始無言だった。
黄瀬だけが、隣で湊からの手紙を見ては、悲しそうにぎゅっと眉を寄せていた。

「中村。」
「なんだ。」
「お(れ)たち、湊の事、何も分かってなかったのかな。」
「…」
「お(れ)たちが、一番あいつの傍にいた時間が長かった筈なのに。」
「…彼女のやさしさに甘え過ぎた結果かもな。」

俺の言葉に、ぽつりと返した。
中村も、黄瀬と同じように眉間に皺を作った。

神奈川県に入って一番大きな駅で、俺たちは乗り換えのために電車を降りた。
降りたホームの先には、ハニーイエローが風に揺られていた。

「悪かったな、あいつじゃなくて。」

持ち主は、湊ではなかったけれど。

「どうして、お前がここにいる?」
「可愛い妹弟からの頼みだ。聞かねえわけねえだろ。」

さっき渡されたのと同じ封筒を、宮地さんが今度は森山さんに押し付けた。

「『やっぱり引きずってでも秀徳へ入れておくべきだった』なんて、思わせないでくれよ。」
「宮地…」
「信じてやりてぇんだ。あいつが選んだ道も、あいつが選んだお前らの事も。」
「…どこかでも、同じ事を言われたな。」

森山さんが、ぎゅっと手紙を握りしめた。
それを見て宮地さんは裕也と同じように小さく笑って、手を離した。

「俺の大切な妹だ。お前らだから、預けたんだ。今度泣かせてみろ。俺はお前らを本気で殺しに行く。」

宮地さんの目は、マジだった。
それだけを伝えて、反対側のホームへ歩いて行った。

「…」
「森山、手紙開け。」
「ああ。」

ホームで、できるだけ邪魔にならないように端っこへ寄ってから、
今度は森山さんが朗読をする。
手紙は、さっきの続きからのようだ。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

これから先、私がバスケに携わることはもうないでしょう。
私がバスケ部にマネージャーとしてだとしても関わろうと思えていたのは、
皆だったからです。

海常バスケ部以外に貢献しようとは思わないし、他に私の居場所もありません。

笠松さん
いつも気にかけていただいてありがとうございました。
貴方が背負う海常がとても好きでした。
海常の4番は、貴方しかいません。

小堀さん
私、小堀さんの笑顔が大好きです。
何かあっても小堀さんが笑って頭を撫でてくれたから、
またこれからも頑張ろうって思えていたんです。

森山さん
私たちと離れるのは寂しいって言ってもらえて、うれしかったです。
帰り道も絶対近くにいて、一人孤立しないように気を使ってくれてましたよね。
森山さんのそういう押しつけがましくない優しさは、一番の美点だと思います。

中村くん
ホラー見る時、いつもくっついて座ってくれてたよね。
びくってなる度に手握ってくれて本当に安心したの。
私が取ってた部誌も、結構マメに見て練習に活かしてくれたよね。

早川くん
いっつも早川くんには元気をもらってたよ。
気分が沈んだりしたときに強めに背中叩いて「大丈夫だ!」って言ってくれるの
本当に助かってた。
いつも、私を止めてくれてありがとう。

黄瀬くん
真面目に練習に来るようになって、黄瀬くんの頑張りはよく見てきたよ。
マンツーマンでやる基礎練も、ずっとついてきてくれて。
おっきい犬みたいだなって何度も思った。懐いてくれてるみたいで嬉しかった。
唯一の1年生だけど、しっかりね。先輩たちと仲良く頑張って。

本当に、私は6人が大好きです。
これは、何があっても変わりません。
今まで海常で過ごしてきた時間は、私にとってかけがえのないものです。
その中心は、いつだって皆でした。

大きな背中を見守る事が出来なくなるのは、残念だけど。
私はいつでも青の精鋭を応援してます。
本当に、いままでありがとうございました。

信じてくれた皆を、こんな形で裏切ることになってしまって
すみません。

2/3
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

読み終わっても、俺たちから言葉は出なかった。
ややあってから、俺が持つ手紙に、ぽたりと水滴が落ちて来た。
見上げると、覗き込んできた黄瀬の目からぼろぼろと涙がこぼれていて。

「黄瀬…」
「俺、まだ湊さんに何も返せてないッス。たくさん、面倒見て、もら、ったのに」

言葉の後半は、もう嗚咽が混じっていて苦しそうだった。

「そんなの、俺たちだって一緒だ。」
「お(れ)たち2人は、他のメンバーよ(り)も余計長い時間を一緒に過ごしてきたんだ。こんな終わ(り)方、」
「…あってたまるか。」

中村と早川も、眉間に皺を寄せてぎゅっと拳を作った。
笠松が鞄からタオルを出して黄瀬に渡す。

「これからどうなるにしろ、もう一度あいつには会わなきゃならねえ。」
「そうだな。」
「2/3って事は、もう1枚はあいつが持ってるんだろう。」
「て、事はまだ湊も俺たちに会う覚悟はできてるってことだ。」
「…次は、」

小堀が俺を見下ろす。
手紙を丁寧に畳んで封筒に戻しながら、頷く。

「恐らくは、海常だ。」

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

迷いなく海常へ戻ってきて、いつも歩く道のりを辿る。
体育館から部室への道すがら、彼女は空を見上げていた。
暗くなった空に、ぽっかり穴が開いたように月が浮かんでいる。

「湊」

森山が呼ぶと、ゆっくりとこっちを振り返った。
目は虚ろで、笑顔を向けられ慣れた俺たちには少しキツい。
手には、今までと同じ青い封筒と、件のDVDがあった。
俺たちに向きなおった湊が、封筒だけを無言で差し出す。
黄瀬が走り寄っていきそうなのを、笠松が掴んで止めた。

「笠松センパイ…?」
「それ、俺宛てだろう。」

ぴくり。
彼女の手が震えたのが見えた。

「悪いが、受け取れねえ。」
「ちょ、センパイ?でも、湊さんからの最後の手紙、」
「3枚目は、退部届だな。」

笠松の言葉に、黄瀬や早川が目を見開く。
中村や森山は見当がついていたようで、今日何度目か分からない顰め面を浮かべた。
湊が、ゆっくりと手を下ろす。

「確かにそのDVDは見た。俺たち全員でな。」
「…」
「だが、それがどうこうでお前を罵ったりとか部から追い出そうとか、そんな事考えてるわけじゃねえ。」

俺たちはただ、笠松の言葉を聞いていた。

「仲間をやられて、大方他のメンバーの奴らの事を何か言われたんだろう。」
「……」
「お前が意味もなく当たり散らすとは思ってねえよ。ずっと大切にしてるイヤリングを無下に扱うともな。」

湊の右手が、そっとイヤリングを触る。

「海常バスケ部は、選手だけで構成されてるわけじゃねえ。マネージャーもいれて、全員で1つだ。」
「………」
「俺たちからお前に伝えなきゃいけないことも山ほどあるんだ。今ここで終わらせるなんて許さねえぞ。」

笠松の声に、湊が顔をしかめた。
名前を呼んで黄瀬が1歩近づくと、湊が1歩後ずさる。
黄瀬が酷く傷ついた顔をすると、またびくりと震えた。

「ぁ、」

湊が黄瀬に手を伸ばしかけて止める。
目線が俺たちを外れた瞬間。
黄瀬が走り出して、湊を覆いかぶさる勢いで抱きしめた。

「湊さん、辞めないで、お願い、お願いだから…!」
「…」
「練習も今まで以上に頑張るッスから!先輩たちにも迷惑かけないように気を付けるし、我儘も言わないから、だから…っ、」

必死に言葉を探す黄瀬。
少しして、カシャン、と軽い音がした。

「湊さん…?」

湊の手から滑り落ちたDVDケースを見て、顔を覗き込んだ黄瀬が急に焦った声をあげた。

「湊さん!?ねえ、しっかりして!!」

黄瀬に隠れてうまく見えないが、彼女の足から力が抜けたのが分かって全員で寄って行く。

「湊!?」
「湊、おいしっかりしろ!!」

完全に黄瀬に体を預けたまま目を瞑った湊。
森山がそっと顔を触って、目を見開く。

「黄瀬!そのまま抱いてけ!」
「えッ!?」
「湊熱い!体調不良って、本当だったんだ…!」

慌てて抱き上げた湊に上着を脱いでかける。
俺の大きさなら、十分だろう。
笠松が先導して走り出した。


行先は、行き慣れた彼女の家。
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