僕と私の戦争記
Y.K side-

湊が隠してきた、あの試合を見た後。
俺たちは、中村の言葉に乗った。
あいつが、意味もなくあんなことをする訳がない。
きっと、相手の4番が放った言葉に、何かあいつを激昂させる何かがあったんだ。
それに、明らかにあの試合、落ち度は向こうにあった。
あいつらは、何も悪くなかったはずだ。

それを肯定する言葉が、あいつの口から欲しかっただけ。

勿論、俺たちは何があってもあいつを突き放すような事はしないし、
もしも「なにか」あったとしても、その時は俺たちが殴ってでも道を正してやればいい。
それが、仲間だ。
少なくとも、俺はそう思ってる。

朝練はあいつは日直だったらしく、参加しなかった。
どうせ話すなら、ゆっくり話を聞いてやりたい。
そう思っていたから、俺も他のメンバーも特に昼休みに会いに行ったり、
わざわざ午後練の話をあいつに持ちかけたりはしなかった。





あいつは、その日の練習には現れなかった。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

Y.M side-

俺たちが、決意を新たに午後の練習に向かった時。
少し遅れて部室へ行った俺は、入り口を塞ぐ早川の背中にぶち当たった。

「おい、どうしたんだよ?」

あいつにしては珍しく、俺が話しかけてもぴくりともしなかった。
不思議に思ってあいつの肩口から中を覗き込んで、俺も思わず目を見開いて言葉を失った。

いつもは湊が綺麗に整理して定期的に掃除までしてくれている部室に、
DVDが散乱していた。
あいつが「海常カラーだ」と言って愛用していたノートとファイルも一緒に。
すべての一番上には、DVDプレーヤーのリモコン。
最初までもどしたはずのDVDが、例のあの試合の途中で停止されている。

あいつがDVDの存在を知ってしまった事を悟った。
整理整頓には煩かった彼女が、ここまですべてを投げ出してここから逃げ出すほど
どうしても知られたくなかった事だったことも。

あまりにも安易に、そして無遠慮に、彼女の中に踏み込みすぎたのだ。
その時になって、俺たちは今更ながらに気が付いた。


湊が部活に来なくなってから、既に4日。
朝練は勿論のこと、午後練にすら出てこなくなった。
あいつの教室へ探しに行っても、毎回どこかに行方を眩ませた後で。
同じ2年生である中村や早川でも、会う事はおろか姿を見かけることすらできなかった。
あんなに、目立つ風貌だというのに。

根気よく彼女を探していたが、合わなくなってから3日目で、とうとうあいつは学校も休んだ。
体調不良、としか聞けなかった。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

She side-

海常の皆に、あの試合の事を知られた。
あの人たちなら、あれを見た所で今までと変わらないだろう。
きっと、私の話を親身に最後まで聞いてくれて、それぞれ言葉をくれるだろう。
それは、厳しい言葉かもしれないが、あの人たちが私をこの事が原因で突き放すことはない、と思う。

でも、もし、そうじゃなかったら?

あの試合の後。
我に返った私は、いったい何が起こったのか自分でも分からなかった。
やけにビリビリと痛む右手も、私の足元で顔を腫れさせて倒れる相手のキャプテンも、泣き叫ぶように私を呼ぶ紺も、左頬を押さえたまま私を何とも言えない目で見つめる紅も、いつもついているはずのイヤリングが私の視界の端で打ち捨てられているのも。

相手の4番に、気を逆なでされたところまではギリギリ記憶がある。
そのあとは、すでに大人数人に羽交い絞めにされて他の選手たちから引きはがされていた。

記憶は曖昧でも、その時の情景がすべてを物語っていた。
自分が、いろいろやらかしたことも、やっとわかった。

回りの人間が自分に向ける目が、恐かった。
侮蔑、軽蔑、蔑視。
言葉は何でもいい。
そういう類の感情が向けられているのは、よくわかった。

その眼を私は今でもよく覚えている。
忘れることはない。

その眼を、もう一度、彼らに向けられたら?
私は、もう一度、戻ってこられるだろうか?

今度こそ、どん底から這い上がることはできなくなるのではないか。
そう思った。


私が選んだ道は、逃走。
それしかないと思った。

どうせ同じ結果しか待っていないのなら、自分から手放すことにした。
そのほうが、自分が受ける傷は少なからず浅くて済むと思ったから。

授業は、ちゃんと出た。
先輩たちや黄瀬くんはともかく、同い年の二人から逃げるのは骨が折れた。
とりあえず、と教室から休み時間毎に逃げるように出て行っていたが、
帰ってくると毎回誰々が探していたよ、と言われるので
彼らが私を探していることを知った。

もう、放っておいてくれればいいのに。
もうわかったから。
何を謝って、何に許しを請えばいいのかわからないけど、何でもするから。
あんなに大好きだった6人に、こんなに会いたくないと思ったのは初めてだった。

彼らに会わなくなってから3日目。
とうとう私は知恵熱を出した。

夢遊病の気でもあるのかと思うほど、無意識のうちに私はぼんやりした頭のまま食器棚の前に立っていた。
とても大切にしていたはずの、色味の無い我が家で唯一光っていた7つのカップは、
気が付いたら私の足元で粉々になって混ざり合っていた。

片付けなければと思っていた時、清兄から連絡が来て、実家へ強制送還された。
どうやら裕くんが調子が悪いと言いだしたらしく、もしやと思って電話をよこしたらしい。
電車でも1時間半ほどある道のりを、わざわざ清兄は迎えに来た。
荷造りまでしてくれて、兄と一緒に久しぶりに辿る実家までの道のりを歩いていた。

どれだけ寝ても熱はおさまらず。
気分も下がったまま戻らなかった。
清兄がベッドを貸してくれて、そこで布団をかぶってただ目を閉じていた。

外も暗くなり始めた頃、がちゃりとドアが開いて裕くんが入ってきた。
表情が暗い。

「ゆうくん、」
「大丈夫か、湊。」
「ん…ごめん、裕くんも、不調そうだね。私のせい、かな。」
「こんな時まで俺に気使うなよ。」

さらりと頭を撫でられる。

笠松さんは、もっと乱暴にがしがし撫でるんだよな。

無意識に思って、またダメだと心に蓋をして。
また頭痛がひどくなる。
目を閉じて、眉間に皺を寄せる。

「また、先輩たちと何かあったのか?」
「……」
「…俺にも、言えないことか?」
「…なんでもない。」
「なんでもないって、」

布団に顔をうずめて、くぐもった声で言う。

「隠し事がバレちゃっただけ。それだけだよ。」

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

K.K side-

本格的に湊が行方を眩ませてから1日。
俺たちはダメ元で彼女の家を訪れたが、
インターホンを鳴らしても返事はなく、無駄足で終わってしまった。

完全に道を絶たれてしまって途方に暮れていた時だった。
俺の携帯に、彼女の片割れから連絡が入ったのは。
藁にもすがる思いで、通話ボタンを押した。

「もしもし…っ」
『小堀さん、ですか。』
「ああ、裕也くん、だよな。湊の、」
『そのことで、話があります。』

俺の言葉を断ち切って、彼は俺に言った。

『明日、この後メールで地図を送るので、そこに来てください。海常のメンバー全員で。』
「え、」
『俺からできることは、します。あいつは、俺の唯一無二の片割れですから。』
「裕也、くん…」
『勘違いしないでください。今回に関しては、俺は貴方たちの味方ではありません。』

いつもよりもきつい声色を向けられる。
兄貴なんではないのかと、一瞬思えるほどに。

『このまま終わるのは、許さない。あいつが貴方たちから逃げることは許さないし、あんたたちが、あいつをこれ以上むやみに傷つけることも絶対許さない。』
「…」
『俺から連絡するのは、今回だけです。来るも来ないも自由ですが、これ以上のお膳立てはしません。』

挨拶もなしにそこでブツリと切れた通話に、彼の本気を見た。



← →
page list
Back to top page.
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -