僕と私の戦争記
湊に今日の練習はなくなったと伝え、
わざわざいつもと同じように一緒に一度帰宅した。
5時から、ということだったのでそこからまた学校へ逆戻り。
ここまでする必要があったのかとは思ったけれど、先輩方の指示なので仕方ない。

「なんだろうな?」
「…さあな。」

早川と一緒に、部室への道のりを歩く。
少しだけ、嫌な予感がする。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

二人で部室へ戻ると、既に他の4人は椅子を陣取ってスタンバイしていた。
俺たちもそれにならって空いてる場所へ腰を下ろす。
地べたへ直で座った俺に黄瀬が自分の座っていた椅子を変わろうと立ち上がったけど
それを笑って制した。
こうやって気遣いができるようになったのも、湊の教育のおかげもあるだろうと思ってる。

レギュラー全員がそろったのを見て、笠松さんが口を開く。

「昨日、飯食ってるときに、鈴ヶ丘のキャプテンから1枚のDVDを預かった。」
「DVD?」

首を傾げると、右手に持った何も書いていない白いままのそれをひらりと振った。

「鈴ヶ丘の、公式戦のDVDらしい。」
「!!」
「湊の出て(る)試合の?!」

思わず身を乗り出すと、デッキにそれをセットしながら続ける。

「これを見て、あいつの本質を見極めろと言われた。」
「ほん、しつ…?」
「俺たちも初めて見る。だが、あの日湊の家で語った3年前の話が全てではないという事なんだろう。」
「…」
「フル画面でコート全体が撮ってあるから顔の判別はつかないと言われている。が、背番号も一応は分かってるし、何よりあいつの頭は目立つ。各自、追ってくれ。」

ごくり

緊張した面持ちで、全員が画面を見つめる。
映ったのは、言っていた通りコート全面の映像。
深緑のラインの入ったユニフォームを纏う鈴ヶ丘のメンバーがラインに並ぶ。
背丈は女子バスケの中でも明らかに低い。
一番高い湊でも、まだ低いくらいだ。
身体的ハンデはでかい。

『お願いします!』

俺たちよりもずっと高い声で挨拶が交わされ、それぞれ1人ずつを残してコートに散っていく。
残るのは、勿論湊だ。

どうやら、冬の本戦トーナメントの初戦らしい。
個人技ではぱっとしないが、パス回しは恐ろしく精錬しつくされたものだった。
5人の間に、声かけは全くない。
目線だけで合図を出し合っている。

「すげえ…」
「点失っても、全く動じない。こりゃ、精神的にきついわ。」

第1試合は、終始鈴ヶ丘ペースのままゲームセット。
湊も、昨日見せた“あれ”は出てこなかった。
笑顔で交わすハイタッチが、眩しい。

「初戦じゃ、全く本気が見られないな…」
「怖えの。」
「余裕の勝利、って感じだな。」

そこからも倍速でどんどん続きを見ていく。
全7戦中、湊が目を覆ったのは、ラスト2試合だけだった。
あれを使った試合の後は、疲れが見えたが他のメンバーに声をかけられれば
手を振って返していた。
次に映ったのは、そのまま始まったであろう表彰式だった。

「…え?」
「なんだよ、終わったぞ?」
「普通に試合して、普通に優勝したって感じだけど…?」
「あのキャプテンが言ってたのは、何だったんだ?」

皆で同じように“?”を浮かべる。

「何があったんだろう…?」
「湊が隠すような何かがあったとは思えないが…」

乗り出していた体を後ろへ倒すと、手をついたところに丁度DVDプレーヤーのリモコン。
ピ、と音がして早送りされていく。

「あわわ、」
「何してんだ早川ー。」
「と、止めますよ」

慌てて停止ボタンを探していると、笠松さんの声が飛んだ。

「待て!止めるな!!」
「へ、?」

顔をあげると、表彰式は終わって、また試合の映像が続いているようだ。
停止を探していた手を止めて、再生ボタンを押す。
既に試合はどうやらハーフタイムを迎えた所まで行ってしまったらしいが、
戻すことはせずにそのまま続きを見始める。

どうやら第2Qから湊は稼働中らしく、既にさっきまでよりも疲労が見え隠れしている。

後半戦が始まって、ボールが回り始める。

「うわ…」
「どこでもあるんだな、こういうの。」

相手チームに、ラフプレーが目立つ。
相手校でやっているのか、ファウルを報せるホイッスルも鳴らない。
Cである紺色の彼女は、特に標的になっているようだ。
湊が途中から攻めるのをやめて、中へ入っていった。
紺を庇いながらプレーしているのが見える。

ガードの固い湊に、相手が仕掛けていくのが見える。

「霧崎第一を思い出すな。」
「陰湿だ。」

顔をしかめる先輩たち。
俺と中村は、ただモニターを眺める。

「あ!」

黄瀬の声に先輩たちも目を戻すと、紺がゴール下でこけたのが見えた。
と、次の瞬間。

レイアップに飛んでいた選手が、彼女の上に着地した。

「「?!」」
「な…!?」

慌てて鈴ヶ丘のメンバーが彼女に寄って行く。
さすがに今回はホイッスルが鳴って、試合が中断される。
紺の前にしゃがみ込んだ湊の後ろで、相手チームが何かを話しているのが見える。
4番が、湊に話しかけた。

振り返って、じっとその声を聞いていた湊だったが、
少しして手を握りしめて相手の方へ向き直った。
何かを言い返しているが、いつもの湊からは想像もできないような、荒れ様だった。

ややあってまた何かを言われた湊は、また相手に向けて1歩を踏み出す。
それを、紺が右手でパンツを掴んで止めた。

悔しそうに、ぎゅっと手を握ってからいつもの様な触れるようなものではなく、
耳に手を当てるように荒々しくイヤリングを触った。

メンバーを安心させるように笑顔を浮かべた紺に、試合は再開した。

事実上片手しか使えなくなった紺を外へ出して、代わりに湊がCを継いだようだ。
大分頭に血が上っているらしく、プレーにも粗さが見えてくる。

第4Qに入る頃には、湊は4ファウルを食らっていた。

紺と桔梗に宥められ、冷静さを取り戻そうとする湊。
耳を触る回数もどんどん増えてくる。

ボールが回ってきて、湊がダンクを決める。
あの身長で出来るのはあいつの恐ろしいところではあるが、
ゴールにぶら下がる彼女が見たのは、相手の4番がまた紺に執拗なチャージをかけているところで。
体勢を崩した彼女の肩を狙って、また足を踏み込んだ。

湊が持ち前のバランスで着地したと同時にボールを4番に向けて投げる。

頭に丁度当たってバランスが崩れたため紺が再度足蹴にされることはなかったが、
もう既に湊の限界は超えていた。

ボールがあたったことにホイッスルが鳴ってストップがかかるが、そんな事もう映像の中のあいつには関係なかった。

右手で耳からイヤリングを引きちぎるように取って投げ捨てると、
相手に思い切り殴りかかった。
1発、モロに食らった4番は倒れこんだが、湊はその上に馬乗りになると
また拳を振り上げた。

他のメンバーも、相手チームの奴もそれを止めに入ったけど、ブチ切れた湊は止まらなかった。
4番に3発ほど入れて、他のメンバーにも殴りかかろうとした所で、
それを紅が制した。

完全に回りが見えなくなったのだろう。
湊は、紅にも1発殴りかかった。

もう、試合どころではなくなって。
大人が数人がかりで羽交い絞めにされて、やっと湊は止まった。
紺は泣きながら湊を呼んでいるようだったし、他のメンバーも唖然としたまま動かない。
紅も、殴られた頬に手を当てたまま、俯いた。



そこで、映像は止まった。



「………」
「…これって、」
「湊が言ってた、最終戦って、」

恐らくは、そういうことなのだろう。
怪我人が出たから、全員で辞めた。

嘘ではない。

ただ、他の要因があったことも確かだ。
スポーツマンとして、暴力沙汰を起こすのは絶対的タブー。
あってはならないことだ。

「…あいつの言ってたのは、こういうことか。」
「これを見た俺たちは、どうしろっての…?」

森山さんが、少し顔を青くしてこっちを見た。
黄瀬も呆然と目を見開いているし、小堀さんは顔を伏せた。
笠松さんが、デッキの電源を切る。

「俺は、別に変わりません。」

凛と部室に響いたのは、中村の声だった。

「こんなのが、何だっていうんです。俺たちが見て来た湊は、間違いなく彼女だったはずです。出会ってここまでの彼女を、俺たちは仲間と認めて今までやってきたんじゃないですか。」

中村の声に、俺もやっと強張った表情筋が戻ってきた。
が、そこに笠松さんの声が降ってくる。

「今までのあいつが、本当にあいつだったと、言い切れるか?」
「は、?」
「どういう、ことです。」

一度目をぎゅっとつむってから、眉間に皺を寄せて俺たちに言った。

「昨日のあいつを見ただろう。俺たちに向けていたいままでの“湊”が、作り物でないという証拠がない。」
「な…!」
「今までのあいつを、疑うって言うんですか!!」

思わず立ち上がって声を荒げると、今度は小堀さんが口を開く。

「俺たちだって、そんな事思いたくない。でも、それを否定するための証拠がない。」
「紅に言われた事だけど、な。」

森山さんも苦々しく言う。
なんだよ、なんだよそれ、

「証拠なんか、い(る)んですか!」
「早川…」
「あいつは、あいつです!!お(れ)たちにだけ向けてく(れ)てた笑顔だって、作(り)ものなんかじゃなかった筈です!!」
「………」
「ッ黄瀬!お前も何とか言えよ!!」

黄瀬に話を振っても、あいつは未だに何も映っていない画面から目を離さない。

「黄瀬!!!」
「先輩たちは、もし俺や早川に同じ事が過去にあっても、同じ顔をするんですか。」

中村の静かな声がやけに響く。

「それは、」
「あいつの声や自在に入れ替わる人格の事から言ってるなら、俺はそれは絶対ありえないと言い切れます。」
「…どういう事だ。」
「あいつは、そんなに器用じゃありません。鈴ヶ丘のメンバーもそう言っていた。教室にいるあいつを見ていても、人と距離を少しおいて話をしているのを感じます。それがなくなるのは、俺たちとの間だけです。」
「…」
「先輩たちだって、湊の事を疑いたくなんてないでしょう。」
「そりゃあ、勿論…」
「なら、もうその真相を確かめる方法は1つだけでしょう。」

事もなさげに言い放った。

「あいつ自身に、聞けばいい。それしか、方法はもうないでしょう。」

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

日直が当たっていたので、今日は朝練は私はおやすみした。
これは毎回のことなので、連絡も入れていない。
早川くんが知ってるだろうし、先輩たちも特に何か言ったりはしないだろう。

昼休みになって。
いつも朝練の時に用意しているタオルやドリンクの粉のチェックをしに部室へ行った。
棚を漁って、備品の在庫チェックも兼ねてノートを開くと
ベンチの上に出しっぱなしになっているモニターのリモコンに気づいた。

「あれ、仕舞ったと思ったんだけど。いつからだしっぱだったのかな…」

いつも使うのは私くらいなので、不思議に思いながら手に取ると
今度はモニターに目が行く。

「え、モニターもついてる…何で?」

どっちかならまだしも、モニターも付きっぱなしでリモコンもだしっぱなんてありえない。
前に何を見ていたかな、と、興味本位でプレーヤーを開く。
吐き出したのは、何も書かれていない真っ白なDVD。

「…?」

DVDの管理は私の仕事だし、全部欠かさずラベリングはしてあるはずだ。
最後に増えた誠凛戦のDVDだって、ちゃんと油性のマーカーで記入した覚えがある。
真っ白のまま置いておくのはよくないと、中身を確認するために再生ボタンを押す。

「………え、」

映ったのは、懐かしい深緑のユニフォーム。
間違いない。
鈴ヶ丘の、ユニフォーム。

どうやら、冬のトーナメントの時のやつのようだ。

「…何でこんなものがここに?」

なんとなく懐かしくなって、早送りで過去を振り返る。
ああ、そうそうこの試合紅の無茶振りで前半から大分飛ばしてて、
なんて思いながらずっと辿っていくと、表彰式が映る。

おととい会った時に誰かから受け取ったのかな?

その程度にしか思わなかったが、切り替わった画面に映ったものを見て、手に持っていたノートやペンを床にばら撒いた。

忘れるわけがない。
忌々しい、あの空色の、ユニフォーム。

「 う そ 」

問題の 私たちの 最終戦。

震える手で再生を止めた。
DVDが、最初まで巻き戻っていたということは、最後まで誰かが見たってこと。

誰が。

ここのデッキを使うのは、レギュラーの6人しかいない。
と、いうことは。




「皆が、このことを、知ってる…?」
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