僕と私の戦争記
「どういう事なのか、教えてもらってもいいっスか。」

私が座って他のチームの試合を観戦していると、黄瀬くんがやってきて
やけに真面目な顔で言われた。

「何を?」
「黒子っちや火神っちから聞いたッス。後半になって、急にパスが通らなくなったって。」
「それが?」
「後半入る前、湊さん必ずあの紅い人に何か言われてるッスよね。で、ぎゅって目閉じてから1回瞬きする。」

後半の乱れを生んでいるのが私だと、彼は気づいている。
そして、理由を知りたがって私のところへきた。
ここで教えたっていいけど、それはそれで味気ない。

「自分の目と耳で確かめたら?」
「え?」
「さっきの誠凛戦、勝ったんでしょう?」
「…はい、僅差、でしたけど。」
「なら、次当たるの、私たちだから。」

にっこり。
いつもなら、こんな効果音のつきそうな笑い方なんてしない。
私の「スイッチ」が入ってきた証拠。
暖機運転には、長すぎたくらいだ。

「海常の皆が相手なら、頭から崩しにかかるから。」

私の宣戦布告に、黄瀬くんは目を丸くした。

「笠松先輩や、森山先輩たちによろしく。負けねーッス。って、ね。」

立ち上がってチームメイトの所へ向かった。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「…笠松、『先輩』?」

湊さんは先輩たちは皆「さん」付けだったはず。
それに、なによりも。

「今の、って…」

頭が混乱してきた。
ああ、先輩の誰かを一緒に連れてくるべきだった。
完全に絶好の機会を逃してしまった。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「あ、山吹。」
「おかえり。黄瀬くんに声かけられてたね。」
「感付いてた。私が後半からのペースブレイカーだって。」
「まあ、あんだけ回数こなせばね。」

紅が笑う。

「で?海常と当たることになったわけだけど。勝てそう?」

紺先輩の声に、左手で目を覆って、一度深呼吸。
この手が離れる時には、次は「私」じゃない。
にんまり笑って、手を外す。

『当たり前ッス。勝てなきゃ、意味なんてない。』

他のメンバーが、楽しそうに笑うのが見えた。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

4戦目。
俺たちが当たったのは、湊のいるチームだった。

「運がいいのか悪いのか…」
「本領発揮ってな。こんな近くで見られることなんてない。いい機会だ。」

センターラインに並んで挨拶を交わして、ジャンプボールを取りに行く俺を残して
他のメンバーはコートへ散り散りになっていく。
今回は、セオリー通り。
ジャンプボールに出て来たのは、湊だ。

「やっと、スタートから取りに来る気になったのか?」

俺が声をかけると、20センチほど下にある湊の顔がにんまりと笑うのが見えた。
彼女のこんな表情、珍しい。
少し意外だな、と思っていると、彼女の口から放たれた声に俺は目を見開いた。

『先輩たち相手に、手は抜いてられないッスから。』

確かに、聞き覚えのある声。
ずっと一緒にバスケをしてきた、仲間の声だ。
でも、彼女の声じゃない。
この、声は―――…

「…黄、瀬?」
『負けねッスよ、小堀センパイ。』

心がザワザワする。
鳴ったホイッスルの音にうまく反応できず、一手遅れる。
が、身長差が功を制した。
俺が弾いたボールは、笠松の手へ。
いつものように鋭くよく通る声が指示を飛ばす。

「森山!!」

森山にボールが渡って、すぐにシュートの構え。
手を離れたそれは、綺麗にゴールへ吸い込まれていった。
先制点は俺たちだった。

「っしゃ!」
「ナイッシュ!森山センパイ!」

黄瀬とハイタッチを交わした森山。
喜ぶべき場面なのに。
なんだ、この感じ。

「どうした、小堀。」
「か、さまつ…」

自分にもよくわかっていないため、ただ眉を寄せて彼を見下ろす。
それを感じ取ったのか、笠松も一緒になって顔をしかめた。
そっと目線を湊に戻すと、ばっちり目があう。
先制を許したってのに、あいつは笑ってた。

そっと目を左手で覆って、ゆっくりと離す。
どこか余裕を滲ませた、口元だけで作るような笑い方。
俺たちは、よく知ってる。
3年間、隣にいたんだから。

「森山だ…、」
「おい、どういう事だ。」

一緒に見ていた笠松が少し慌てた声で言う。
俺に聞かれたって、分からない。

「続けますよー?」

紫の彼女の声に慌てて振り返るが、ボールは今度は彼女たちの間を綺麗につながっていく。
行きついた先は、ゴール下まで出てきていた湊。
シュートの体勢に入った湊を早川がブロックに入ると、彼女は2回瞬きする。
涼し気な空気を纏っていた彼女の目に、今度はギラリと力が籠るのが分かった。
まさか、そう思ったときには遅かった。

一度作った姿勢を崩して、軽く地面を蹴ったあいつの体は、ゆっくりと後ろへ傾く。
これだって、俺たちはよく知ってる。
何度も、助けられてきたんだから。

早川のブロックを抜けてゴールを揺らしたフェイダウェイは、間違いなく笠松が使うそれだった。

「フェイダウェイ…」
「笠松の打ち方と全く一緒だ。」
「よく似てるでしょ?お宅のエースくんと。」

後ろから聞こえた声に振り返ると、愉快、と言わんばかりの笑顔で俺たちを見る紅色の彼女。

「どういうことだ。」
「山吹も、まねっこは得意なの。」

ふふ。
小さく笑ってから、続けた。

「黄瀬くんと違うのは、技術的に習得できるわけじゃないってこと。」
「…どういう、ことだ?」
「黄瀬くんは、コピーした技は次も使えるでしょう?それは、彼の生まれ持った才能。」
「彼の持つ運動神経とかポテンシャルが成せる技。でも、山吹先輩は違う。」

今度は、緑色の少女。

「あの人はそんなに器用じゃない。だから、先輩は試合になると、「自分」を捨てるんです。一時的に。」
「いつもは相手の動きとか仕草をインプットするのに時間がいるから後半、第4Qくらいからしか使えないけど、ずっと見て来た貴方たちが相手なんだったら、話は別。」
「初っ端から、大分飛ばしてるわね。私たちもあまりあんな山吹見ることないけど…」

向こうで青いCと話をしている湊は、もう既に笠松じゃなかった。
でも、湊でもない。
笑い方、仕草は試合前に会った桐皇のマネージャーそのもの。

「マジかよ…」
「さ、再開しましょうか。」

ボールを俺たちに渡す。

「コート内で交錯するたくさんの“声”の中から、本物だけを聞き取ることができるかしら?」

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

火神っちや黒子っちが言っていたことがようやく分かった。
何故、パスが通らないのか。
すべてはやはり、湊さんに理由があった。

ボールを持ってあがっていけば、誰かが止めに入ってくる。
そこで仲間に名前を呼ばれれば、反射的にそっちへボールを渡す。
が、その声は本来の持ち主のものではなくて。
だからと言って、パスを一瞬でも渋れば、コースがぶれて取られる。
完全に悪循環だ。

「『黄瀬!!こっちだ!』」

両サイドからまったく同じ声で聞こえる俺を呼ぶ声。
頭がこんがらがる。
本能的に右側へパスを出すと、受け取ったのは湊さんで。

「あ゛ー!またハズレ!」
「バカ!当てモンじゃねえんだぞ!」
「笠松先輩だって何回か間違えてんじゃないっスか!!」
「喧嘩するなよ二人とも…」

小堀先輩が止めに入ってくれるけど、あまりにもうまく行かなくてイライラしてくる。
これを相手が狙っていると分かっていても、どうしようもない。
これでも大分粘っているけれど、点差が10点まで開いてきた。
そろそろ追い越しにかからないとまずい。

「どうする、笠松。」

笠松が小さく息をつく。

「残りの時間でどこまでできるか分からねえが、仕方ない。」
「どういうことだ?」
「いいか、この試合中名前は封印だ。」
「?」
「どういう事っすか?」

笠松の出した打開策はこうだ。
俺たちの間でかける声では、それぞれ名前を呼ぶ事を禁じる。
呼ぶのは、それぞれの背番号。

「理屈はわかりますけど、そんなことできるんスか…?咄嗟に背番号が呼べるとは思えないッス。」
「できるか、じゃねえ。やらなきゃ、あいつの声のトラップは敗れねえ。」
「…今の所はそれしかない、か。」
「慣れるまでは難しいかもしれないが、やるしかねえ。」

俺たちはとりあえずの案として、それに乗った。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

鳴り響くブザー。
最後に決めたのは私たちだったけど、結果は敗退。
海常の主将さんの機転に、私たちは敗れた。

山吹の唯一の欠点は、インプットしたら一度綺麗に抜けるまではアップデートができないこと。
いつもは後半だけだから対策を打たれる前に終わってたんだけど、やっぱりフルはハイリスクだったな。
番号呼びが徹底された海常のメンバーに、山吹は対応できなかった。
私たちも点を取りにいったけど、基本的にパスカットやルートの確保は山吹の仕事だからあの子が動けなければ意味がない。
更に言うなら、続いた試合にうちのスコアラーである先輩たちにガタが来始めたことも1つの要因だった。
第3Qに乗った時点で紺先輩が右足を少し引き始めたのを見て、申し訳ないけど私は今回の試合の負けを確信していた。

両チームとも疲弊しきっていて、息が荒い。
私は山吹の所へ行って、いつものように声をかける。

「お疲れ。もういいよ。」

私のこの声が、山吹のスイッチを切る合図。
いつもなら少し手で目を覆ったら直るんだけど、今回は時間が長かったからかうまく戻ってこれないらしい。
顔をしかめて額に手をあてている。
タオルを頭からかぶせて、コートの外へ出す。
座らせて、そっとしておくことにした。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「まさか、湊にあんな特技があったなんてな。」
「知らなかったなあ。今まであんなのやってるの見たことなかったし。」
「…湊さん、?」

一応勝てた事に喜んでいると、黄瀬がぽつりとつぶやくようにあいつの名前を呼んだ。
皆で黄瀬の目線を追ってみると、大きな木の根元に座り込んで頭にタオルを乗せた湊がいた。
今日はずっとあっちのメンバーがつきっきりだったので、これ幸いとばかりに一人でいる湊に寄って行く。

「湊!」
「お前、あんなこと出来たんだな。驚いたよ。」

小堀さんが声をかけたけど、湊は顔をあげない。

「…おい、?」

森山さんが肩を揺すると、ゆっくりと顔をあげた。
俺たちに向けた湊の目は、無色、だった。

「湊、?おい、どうした!湊!」

笠松さんが慌てて肩を掴んで強く揺さぶると、慌てた声でストップがかかった。

「ダメダメ!今は!」
「紺、さん」

持ってきたスポーツドリンクのペットボトルを湊に握らせながら笠松さんと森山さんを湊から離れさせた。

「山吹はリセット中なの!今声かけちゃったら意味ないじゃない!」
「(リ)セット…?」

首を傾げると、紺が教えてくれた。

「山吹は自分の中からインプットした情報を吐き出してしまわないと、元に戻らないの。いつもは手で目を覆うのがスイッチの切り替わりになってるんだけど今回は使ってる時間も長かったし、戻るのにもすこしかかるだろうから。」

そっと覗き込むと、湊の目はじっとペットボトルを眺めていた。

「私たちは負けちゃったし、それぞれの学校の応援に戻るから山吹ここに置いていくけど。」
「ああ。」
「俺たちがいるよ。変に声かけたりしなければいいんだろ?」
「ありがとう、よろしくね。」

またあとで見に来るから。
そう残して彼女は桐皇が試合をしている第2コートへ向かっていった。

「こんなに気抜けてる湊初めてかもな。」
「確かに。」
「いつもはしっか(り)してますもんね。」

湊の隣をさり気なく陣取りながら言う。
と、左肩に軽い衝撃。
湊が、俺の肩に頭を預けていた。
さっきまで虚ろに開いていた目は完全に閉じられて、小さく寝息まで聞こえる。

「あーあ。」
「オヒメサマはお眠か?」

おかしそうに森山さんがいう。
ここからの試合は、どうやら俺はお預けらしい。





大会が終わって。
散り散りになっていた鈴ヶ丘のメンバーがそれぞれの学校のメンバーを連れて戻ってきた。
飯でも食っていくかという話になっているらしく、俺たちもせっかくだからとそれに乗った。
もうそろそろ大丈夫だろう、と言って紅が強めに湊の肩を揺すった。

「山吹、山吹起きて。ごはん食べ行こう。」
「湊、行くぞ。」

笠松さんの声に、ゆっくりと目を開ける。
どうやらもう大丈夫そうだ。
くしくしと目をこするのをやんわりとめて、優しく声をかける。

「おはよう、湊。」
「…ん、お、」

はよう。
そう続くはずだった言葉が途切れて、湊はバッと自分の口を押さえた。

「…湊さん?」

黄瀬が顔を覗き込むと、ややあってから湊が口を開いた。

『声が、戻らない。』

聞こえたのは、やたらと滑舌のいい俺の声だった。
← →
page list
Back to top page.
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -