幻
※くどいようですが、原作とは別物です。
湊の過去のチームメイトが出てきます。
変換はありませんが、話の関係上区別はつくようにしています。
特に覚える必要等はないかと…
「中学は?」
「都立鈴ヶ丘…」
「ポジションは?」
「大抵はSGだよ。」
「背番号は?」
「黄瀬くんと同じ7。この話、前もしなかったっけ…?」
「いいじゃないっすか。趣味は?」
「…音楽鑑賞。」
「好きな色は?」
「ハニーイエローと青…」
自主練を終えて着替えようと部室へ戻ると、少し早くあがっていた黄瀬と、部誌を書く湊が一問一答を繰り返していた。
「…何してんだ?」
「あ!お疲れ様っス、小堀先輩!」
「小堀さん…黄瀬くんどうにかしてくださいよ…」
湊の定位置になっている椅子。
背もたれに腕を乗せてぐったりと俺を見上げる。
「ずっと繰り返してるんですよ…」
「どうしたんだ黄瀬?」
「俺、海常に入ってそこそこ経ちましたし、ずっと基礎練湊さんに見てもらってますけど、湊さんのことあんまり知らないなって思って。」
「めちゃくちゃどうでもいい事を只管聞かれるんです…変わってください。」
「ダメっすよ!」
「頑張れ。俺たちもちょっと前に1人ずつそれやられてるから。」
「えええ…」
苦笑いながら、自分のロッカーを開ける。
「休みの日は何してるんスか?」
「大体買い物に出てるか家で昼寝してるよ…」
「じゃあ、今度の休みもっスか?」
「いや、明日はちょっと呼び出されてるから。」
湊の言葉に、ひっかかりを覚える。
「明日、休みなのか?」
「笠松さんから聞いてませんか?明日体育館の整備が入ることになったから、急遽休みになったんです。」
「そうだったのか。」
笠松のことだ。
どうせ俺たちは残るだろうと踏んで他のメンバーにだけ伝えたな。
「明日は何するんスか?」
「明日は、「お、やってるやってる。」森山さん、中村くん。」
湊の言葉に、ちょうど帰ってきた森山の声がかぶる。
中村は湊からタオルを受け取って、顔を拭いている。
「明日、休みなんだって。聞いた?」
「あー、さっき笠松が言ってた。鍵番で職員室いくから伝えといてって言われてたんだけど。」
「黄瀬は何やってんの。」
「黄瀬流一問一答ッス。」
「ご愁傷様。」
「「ひどい。」」
黄瀬と湊が同時に言う。
ニュアンスは違ったけど。
「先輩たちは1年は一緒にいるからいいかもしれないっスけど、俺はまだ何か月かしか経ってないんスよ!ちょっとでも先輩たちの事知りたいじゃないっスか!」
黄瀬がむくれながら言う。
こういう素直に言えるところは、こいつの美点だと思う。
少しは笠松にもその社交性を分けてやってほしい。
主に女子相手の際の。
着替え終わったのでロッカーを閉めてそこにもたれかかる。
湊が手を差し出してきたので、手に持ったままだったタオルを渡す。
洗濯籠にそれを放り込みながら、何かを考えるような仕草。
「じゃあ、明日一緒に来る?」
「え?」
「明日なんかあ(る)のか?」
ちょうど戻ってきた早川が同じようにタオルを渡しながら聞く。
「これ。」
「「「「「?」」」」」
5人で、差し出された紙を覗く。
「≪5on5≫…?」
「東京の方なんだけどね。秀徳や誠凛のメンバーも来ると思う。」
「誠凛…!」
黄瀬が目を輝かせた。
それは、あの影の薄い彼を思ってのことなのだろう、と思う。
「何しに行くんだ。」
ずい、と俺と森山の間から、鍵を持って帰ってきた笠松が顔をのぞかせる。
「バスケ、っスか?」
「でも、5人だろ?いったい誰と。」
「兄貴たちとか?」
早川の声に、湊は首を振った。
「黄瀬くんが言ったんだよ。私の事もう少し知りたいって。」
「…え、」
紙を自分の鞄にしまって、何食わぬ顔で言った。
「≪幻≫を、見せたげるって言ってるの。」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
次の日。
俺たち6人は勿論一緒にでかけることになっていた。
練習がなくて体を動かしたかったってのも1つ。
何より、噂でしか聞いたことのなかった≪幻≫が目の前に現れるというのだから
行かない手はない。
「でも、よかったのか?」
「何がです?」
「≪幻≫なのは、お前らがひた隠してきたからだろ?」
「ああ、いいんです。今日は参加するのはいろいろな所から集まった人で、あの1年を知っている人は少ないでしょうし、知っていてもまさか今更こんなところに集まっているとは思いませんよ。」
「でも、」
「それに、言われてるんです。主将は少なくとも連れて出て来いと。」
「あ?」
何故俺なんだ。
「まあ、リコたちも来るって言ってたんで。私はバスケしに来たっていうよりは皆に会いに来たって言った方が正しいんですけどね。」
「ふーん…」
湊がいるからか、森山も今日は比較的おとなしい。
湊を先頭に歩いていると、自販機の前に見慣れてしまったハニーイエロー。
「「「げえ。」」」
「失礼だろ轢くぞコラ。」
3年3人の声がそろってしまったのは、見逃してほしい。
俺だって、小堀の口から「げえ」なんて出たのは驚いたくらいだ。
中村と早川が両側から湊の肩を抱いてる。
黄瀬も後ろからのっしりと乗っかって、「うちの」アピールを欠かさない。
「こないだぶり、清兄。」
「おう。元気にやってるみたいだな。」
「うん。裕くんは今日はいないの?」
「今日は俺たちだけだ。」
「そか。」
この状況で普段と変わらない会話ができるこいつがすごいと思う。
早くこの場を立ち去りたい。
エントリーのために本部がある方へ歩き出そうとしたとき。
湊よりも少し高い声がした。
「山吹先輩!」
その声に反応したのは、他でもない彼女で。
まさかこいつを指しているとは思っていなかった俺たちは、つられるように一緒に振り返った。
「若。」
「お久しぶりです!元気でした?」
若、と呼ばれた女子。
湊を見慣れた俺たちからしたら、大分小さく見える。
「キャプテンがエントリーしといてくれましたよ。」
「わかった。」
「もう皆来てますよ!第一コートの所にいるから、急いでくださいね!」
「うん。」
彼女は人懐っこい笑顔で湊に声をかけてきた。
俺たちの横を通るときに目があったが、くりっとした丸い大きな目で俺を見上げて
「ふうん」と一言言っただけだった。
「…なんだ、あいつ。」
「彼女も、≪幻≫と呼ばれたメンバーですよ。」
「あんなちっちゃい子が?!」
「…若は160ありますよ。私たちの中でも、一番小さいわけでもないですし…」
森山の声に、湊が答える。
「そういえば、お前のこと、『山吹』って…」
「私たち、皆色の名前で呼び合ってたんです。」
「色…」
「そういえば、一人を除いて後はキセキのいる学校に通ってます。各々ついてる色の名前も、そこのキセキのメンバーについてる色と似通ったものですし。」
偶然って怖いですね、なんて言いながら本部の方へ向かっていく。
俺たちも顔を見合わせながら、自分たちのエントリーへ向かった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ベンチ込みで6人でもかまわないと言われたので、俺たちは仲良く1チームに収まった。
本部のお姉さんに笑顔で登録完了の旨を伝えられ、俺はとうとう発症した森山を抱えてそこを離れた。
「あれぇ、きーちゃんだあ!」
高い声に反応して、今度は黄瀬があたりをきょろきょろ見回す。
ちらり。
目の端を桃色がなびく。
「桃っち!」
「海常も来てたんだね!」
「桃っちがいるってことは、青峰っちも?」
「うん。今日はちゃんとスタメン皆いるよ!」
とても嬉しそうに笑う彼女。
桐皇のマネージャーか。
「今日はまた情報あつめっスか?」
「そうなんだけど…今日の目当ては、」
意味深に言葉を切った桃井さんは、黄瀬をよけて湊に笑顔を向けた。
「≪幻≫が出てくるって聞いたから、興味本位、ってのが一番かな。」
「さつきちゃん、大輝くんがまたゴネてるよ。」
また増えた声。
ふんわりと深い藍色の髪をなびかせている。
「紺先輩。」
「久しぶり、山吹。」
紺と呼ばれたその子を追って、コートの方から別の影。
今度は湊が俺たちに向けて紹介を入れてくれた。
「遅くなりましたが、若…若草が秀徳、この人が桐皇に通ってます。」
湊が残り2人に目を向ける。
一人は火神によく似た色の頭、もう一人は藤色の髪をしていた。
「赤い方が誠凛の紅、紫の方が陽泉の桔梗先輩です。紅は鈴ヶ丘のキャプテンでした。」
キャプテン。
≪幻≫を背負った、鈴ヶ丘の4番。
思わずじっと見ていると、ばっちり目があってふわりと笑顔を向けられた。
半歩下がって、目を逸らす。
やっぱり、女は苦手だ。
「初めまして。この間の練習試合行けなくて残念に思ってたんです。こんなところで会えるとは思ってなかったから、うれしいな。」
「どうも。」
「山吹が世話になっているようで。」
「や、世話をやいてもらってるのはこっちだからな。」
俺の代わりに小堀が対応してくれる。
「今日は、どこかで当たるかもしれないですね。」
「楽しみにしてますね。」
「お手柔らかに。いくよ、山吹。」
「はい。」
紅、紺、桔梗と順に俺たちに声をかけてから、湊を連れて行ってしまった。
あいつは律儀に俺たちに会釈を残して行ったが。
「…なんか、ちょっと拍子抜け、かもッス。」
「もっと、なんていうか、青峰とかみたいにオーラビシビシ出し手くるかと思ってたのに。」
俺も最初会うまではちょっと思っていた。
が、今あった感じだと湊を含め、そういう感じではない。
いたって普通の女子だった。
「こりゃ、読めないな。あの子たちが≪幻≫とまで呼ばれているとは俄かに信じがたい。」
「俺もそう思う。笠松は?」
小堀の声にこたえないまま、離れていく4つの背中を目で追う。
…背中なら、まだ頑張れる。
湊もいるし。
「どうしたんです?」
「…最初に会った緑色。俺と目があった時に、言わなかったが考えてることが手に取るように分かった。」
「?」
「『なんだ、こんなもんなんだ。』ってところだな。」
「は?!」
黄瀬が大袈裟に反応する。
「なんスかそれ!」
「あいつらの目、全員揃って宮地の目と一緒だ。」
「…て、ことは。」
俺は今日これからのことを思って溜息をついた。
「湊がうちにいることを、よくは思ってないってことだろ。」
「マジか。」
「湊は人気者ですね!」
どことなく嬉しそうに言う早川に、おざなりにそうだなと返して1戦目に向かった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ねえ、山吹?」
「なんでしょう。」
「どうして、海常なんか選んだの?」
「私も思った。確かに強豪と呼ばれるとこかもしれないけど、言ったら悪いけど所詮は神奈川地区でしょ?」
「宮地さんのお誘い蹴ってまで、海常に何があったの?」
先輩2人の言葉を、ただじっと聞く。
「私、海常に山吹はもったいないとおもうなあ。」
先輩たちの言葉に、私は無言でイヤリングを触った。
その意味を知っている彼女たちは仕方なさそうに笑って話を切り上げた。
「あ、せんぱーい!初戦ですよー!」
第三コートから若が手を振っている。
小さく溜息を吐いて、試合へ気持ちを向けることにした。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「お前が女の子に囲まれたりしてるからだぞ!」
「初戦終わっちゃってたらどーすんだ!」
「だ、だってぇ」
「…間に合わなかったみたいですね。」
「でも、2戦目はちょうどこれか(ら)です!」
俺たちが2戦目を終えて第三コートへ走っていくと、ちょうど整列しているところだった。
「初戦はやっぱ勝ち上がってるみたいだな。」
「そりゃ、こんなところで負けねーだろ。」
小堀先輩の声に、笠松先輩が返す。
お願いします、と声が響く。
相手は、男5人のチーム。
背丈は勿論、相手の方が高い。
そこからは、驚きのオンパレードだった。
まず、ジャンプボールに出て来たのが、湊さんじゃなかったこと。
彼女たちの中なら、170ある湊さんが一番高いはずなのに。
180近いであろう相手の男に対峙するのは、160そこそこの緑色の彼女。
「あ(れ)、湊じゃないのか。」
「読めんな…」
ホイッスルと共に上がるボール。
しかし、ボールを取ろうと跳んだのは男の方だけだった。
緑のあの子は少し跳ねただけで取りに行く気は最初からなかったようだ。
完全にペースを乱された相手チームの出したパスは、あっさりと彼女たちに取られていた。
そして、さらに読めないのは彼女たちの動き。
PGの紅い彼女は、センターラインからほとんど動かない。
ただ試合の行く末を見ながら、時々指示を出すだけ。
点をとっているのは見る限り青と紫。
湊さんも一応試合には加わっているけど、完全にパス専門。
ハーフタイムを挟んだ後半戦。
紅に何かを言われた湊さんの目つきが急に変わった。
何も見えてないみたいに一瞬無を映したけど、1回瞬きをすると元に戻った。
「…?」
「なんだ、今の。」
「さあ…?」
先輩たちも同じように疑問を覚えているらしい。
そこからだった。
急に相手のペースが乱れ始めたのだ。
さっきまではちゃんと通っていたパスが、一向に通らない。
パスした先には、彼女たちの誰かがいたり、パスコースの途中で取られたり。
結果は、言うまでもなかった。
後半になって相手チームがボールを持っていた時間は異様に短かった。
ダブルスコアで、彼女たちは快勝した。
当たり前、とばかりに軽くハイタッチを交わす彼女たちだったが、湊さんはそれには応じず、手で目を覆った。
「湊さん、?」
おずおずと声をかけると、ぴくりと反応した後ひとつ息をついてから手を離した。
いつもと、変わらない彼女だった。
「黄瀬くん。」
「あ、えと、おめでとうッス。」
「ありがとう、そっちもまだまだ余裕そうだね。」
「まあ、まだ先輩たちも温存って感じッス。」
普段通りの彼女に少しほっとしながら、笑って答える。
「他の学校も順調に勝ち進んでるから、そろそろ当たるんじゃない?」
「そっすね。」
ちらっとトーナメント表を見る。
3回戦を超えたら次は誠凛のようだ。
でも、どうやら俺たちと当たるのは先輩たちで組まれたチームらしい。
1年5人で組んだチームにあたるのは…
「あ、次誠凛だ。」
湊さんたち。
「やりにくいなあ。でもリコや順平に後輩相手に手抜くなって言われてるしなあ。」
「紅。」
「山吹は海常と当たったらどーすんの?」
俺たちを前にした状態で聞く。
良い性格してる。
湊さんは、少し考えてから答えた。
「相手が本気でくるなら本気で相手をするし、向こうが手を抜くなら、私だってそう返すだけだよ。」
「ふふ、山吹らしい。」
嬉しそうに笑った紅は、湊さんを連れてまたコートへ戻って行った。
どうやら、あっちは連戦らしい。
俺たちも次があるので、別のコートへ向かった。
俺たちの試合が終わって歩いていると、ちょうど黒子っちと火神っちが見えた。
軽く手をあげて声をかける。
「どもっス。」
「黄瀬くん。」
「どうだったっスか、≪幻≫は?」
やけに静かな火神っちを見ると、どうやら負けてしまったらしい。
黙ったままの火神っちのかわりに黒子っちが答えてくれた。
「不思議な感じでした。」
「不思議?」
俺が繰り返すと、黒子っちはひとつ頷いて言った。
「こんなこと初めてです。」
「どういう事っスか?」
「黒子のパスが、勝手に相手の方へ向かうんだ。」
火神っちが苦々しく言う。
「…?」
「僕が火神くんや降旗くんたちへ向けて出したパスが、どれも相手に取られてしまうんです。僕にも正直何が何だかわかりませんでした。」
「…それって、もしかして後半入ってから、っスか?」
「そうです。特に、第4Qに入ってからですね。」
2つ向こうのコートへ目を向けた。
俺たちに向けるのと同じ笑顔を浮かべる湊さん。
一体どういうことなのか。
これも、≪幻≫と呼ばれる所以のひとつ、なのだろうか。