僕と私の戦争記
この間の森山とのデートと言う名の拉致があってから、湊の様子がおかしい。
ぼーっとする時間が多くなったし、下を向く回数も増えた。
何よりも、

「…またか。」
「どうした、笠松。」
「小堀」

俺が目を湊に向けると、小堀も一緒に顔をあげる。

「湊か?」
「最近やけに耳の、触ってると思わないか?」
「イヤリングか?確かに…言われてみればそうかもな。」

暇があれば手が耳を触っている。
前まではイライラを抑えるためなんだと思っていたが、今回は何かが違う。

「何かあったのか…?」
「…そういえば、」

小堀がふと思い出したように言った。

「人間って、知られたくないこととか不安なことがあると手を組んだり、無意味に手を動かしたりするらしい。」
「は?」
「自分の中へ踏み込んでくるな、っていう深層心理らしい。この間読んだ本に書いてあった。」

その話からいくと、あいつは俺たちに知られたくないようなことがあるってことか。

「…あいつなら、もしそうだとしてももっと上手くやるかと思っていたが。」
「どうだろな?今までも気付かなかっただけかもしれないし、今回も違うかもしれない。」

結果、あいつが何を考えてるのかは分からなかった。
俺たちが寄って行くと、カチリとスイッチが切り替わったようにいつもと同じ湊に戻る。
尋ねてみても、特には、としか返ってこなかった。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

チリ

耳元で音がして、やっと自分がまたイヤリングを触っていたことに気が付いた。
最近ずっとこうだ。
音がして、気が付いて、手を離して、また音がする。
ノイローゼになりそうだ。

理由はわかってる。
この間の森山さんとの話を引きずっているんだ。
あの時は、まだ1年もあるとか、カウントダウンには早いとか、いろいろ言ったけど
やっぱり自分には嘘はつけなくて。

練習しているコートを見て、指示を出す姿や、シュートを打つ姿、ゴール前でボールに向けて飛ぶ背中が、来年の今頃には違う誰かになっていて、先輩たちじゃないだれかが、先輩たちが背負う番号を受け継いでいるのかと思うと、なんというか、心が重たくなるというか…

だめだ、うまい例えが見つからない。

でも、できるだけ長い間先輩たちの背中を見ていたくて
帰り道に歩く道も、意図的に一番後ろを歩くようになった。
皆は危ないから前歩けっていうけど、やんわり断って最後尾を陣取っている。

大きい背中には、私にはわからない何かをきっとたくさん背負っているだろうなとか
所詮選手にはなれない私には、きっと一緒に背負う事なんかできないんだろうなって思ったり。
考えれば考えるほど、心が沈んでいく。

こんなに、マイナス思考だったかな、私。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

いつもの帰り道を歩いて家のちょっと手前で鍵を探して鞄を漁っていると、
ドアの前に人影が見えた。

「…?」

じっと目をこらすと、私は反射的に口を開いた。

「なんでいるの。」
「何となく。困ってる気がしたから。」

よ、と手をあげるのは、双子の兄だった。



中へ入れて、ココアを淹れる。

「はい。」
「ありがと。お、あのココア開けたんだ。」
「ああ、この間、皆が来て、て…」

思わず言葉が詰まると、察したように裕くんに隣へ座るように促された。


「先輩たちと何かあったのか。」
「私ってそんなにわかりやすいのかな。」
「双子だぞ。本当は1つだったものが2つになってんだ。わかるに決まってんだろ。」

あきれたように言われ、やけに納得した。
無言で先を促されたので、ぽつぽつ言葉をこぼす。

「この間、森山さんに、あと1年なんだな、って言われて。」
「うん。」
「その時は、強がりしか、言えなくて、」
「うん。」
「でも、練習してるのとか見てたら、来年には、ここには先輩たちはいないんだな、って思って。」
「うん。」
「そんなの、昨年だって、おんなじだった、はずなのに、」
「うん。」
「なんで、こんな、…ごめん、纏まんない。」
「うん。」

裕くんは、ただ相槌をいれて聞いてくれる。

「先輩たちに、いかないでって、言いそうな自分がいて、でも、それって、黄瀬くんとかの仕事で、私は、それを宥める立場でいなきゃいけないのに、」

今度こそ詰まって出てこなくなった言葉に、裕くんが初めて うん 以外の言葉を発した。

「湊さ。先輩たちに「なんかしてほしいことないのか」とか「我儘言えよ」とか言われねぇ?」
「え、?」

全く脈絡なく突っ込んできた話に、私は小さく頷く。

「時々、言われる、し、その時森山さんにも言われた、けど…」
「湊さ、マネージャーを重く受け止めすぎなんじゃないか?」
「…どういう事?」

裕くんはココアの入ったカップを置いて続けた。

「確かに選手を支えるのがマネージャーの仕事だ。でも、全部をお前が受け止めなきゃいけないわけじゃないだろ。」
「…?」
「先輩たちは、お前が頑張ってんの知ってるよ。知ってて、頑張りすぎだって言ってんじゃないの?」

言ってる意味が、いまいち分からない。

「お前が選手たちのコンディションを心配するのと一緒で、選手だってお前の事よく見てるよ。きっと、お前がちょっと今重たい気持ちでいるのも、気付いてるだろうな。」

確かに、笠松さんにも小堀さんにも聞かれた。
森山さんは、目が合うとなんとなく申し訳なさそうな顔をされる。

「心配かけないように黙って自分の中にしまっておくことも、時には大切だ。でも、今は違うんじゃないか?」
「ちがう、って」
「先輩たちに、思ってる事言ってもいいんじゃないの?言ってしまえば、きっとお前が思ってるほど重たいものでもないかもしれないし、先輩たちが一緒に持ってくれるかもしれない。今のままじゃ、お前もしんどいし、先輩たちもお前を気にしながらバスケしなきゃいけなくなるだろ。」

裕くんは、それ以上は何も言わずに ただやんわり微笑んで「がんばれよ」とだけ言った。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

次の日は土曜で昼からの練習だったらしい裕くんは、朝一で帰って行った。
わざわざ本当にこのためだけに来てくれたようだった。
本当、なんでも筒抜けなんだな。

「おはよう、湊!」
「おはようございますッス!」
「おはよ。」

家を出たところで下3人に会う。
おはよう、と返事をして一緒に学校へ向けて歩き出す。
昨日よりは、自然に笑えたと思う。

―――

いつもと同じように午前練を終えて、いつもと同じように輪になってお弁当を広げる。
いつもと違うのは、そのメンバーが先輩たちと、私だけだってこと。
他の3人は笠松さんの命令によりコンビニまで飲み物を買いに行った。
私も、と立ち上がろうとしたところを小堀さんのやんわり引き留められて、今がある。

「その、湊。」
「はい?」

小堀さんが少し言いづらそうに口を開く。
待ってみても来ない続きをおとなしく待っていると、今度は笠松さんが言った。

「最近、お前変だぞ。」
「え、」
「何かあったんだろ。」
「何かって、」
「俺たちには、言えないことか。」

聞かれて、思わず口を結んだ。
言う気がないと踏んだのか、森山さんが仕方なさそうに言う。

「俺が、余計なこと言ったからだよな。」
「え、」
「なんだ、森山なんか知ってたのか。」
「知ってたっていうか、うん。」

笠松さんが顔をしかめるのも気にせずに、私を見てまたあの時とおんなじやんわりした笑顔を向けられる。

「俺が、変に先の話をしたからだよな。ごめんな。」
「何の話だ。」

笠松さんの問いに、森山さんがあの日の話をかいつまんで二人にしていく。
全部が終わったあと、他の二人の感想はえらくあっさりしたものだった。

「なんだ、そんなことか。」
「もっと、何か深刻なことあったのかと思った。」

思わず目線を落とす。

チリ

また耳元で音がした。

「あのな、湊。別に俺たちはここの生徒じゃなくなるだけで、何も今生の別れってわけじゃないんだぞ。」
「分かってます、」
「会いに来ようと思えばいつだって来れる。またいつだってバスケできるだろ。」
「普通に出かけることもな。」
「わかって、ます、」

どんどん俯いていく私に、笠松さんは仕方なさそうに浅く溜息を吐く。

「俺たちからしたら、今のお前が意外過ぎて吃驚だわ。」
「確かにな。」
「湊はいつだって、弱ってるの見せないようにしてるもんな。」

森山さんに優しく頭を撫でられて、なにか がまた心の底を燻る。

「でも、不謹慎だけどちょっとうれしいな。」
「え、」
「今まで隠し通せてた湊の弱ったとこが隠せなくなるくらい、俺たちがここを出ていくのを寂しいって思ってくれるってことだろ?」

はにかんだような小堀さんの笑顔に、とうとう なにか が心の中じゃ留めきれなくて、外へあふれてくる。

「え、」
「ちょ、おい、え、湊?!」

慌てて森山さんが自分のタオルを私の目にあてる。
あれ、私泣いてる?

「ちょ、どうしたんだよ、」
「泣くなよ、な?」

一度出てしまうと、とまらなくて。
優しく先輩たちの声が聞こえるたび、蛇口をどんどん回されたようにぼろぼろと目から涙がこぼれた。

『先輩たちに、思ってる事言ってもいいんじゃないの?』

裕くんの声が、頭の中で再生されて。
壊れたように、ひきつった声で言葉を紡ぐ。

「……で、」
「え?」
「ごめん、湊聞こえないよ。」

涙を拭いてくれる森山さんの手をぎゅっと握って、今度はちゃんと聞こえるように、今出せる精いっぱいの声で言う。

「いかないで、引退、しないでください、」

私の言葉に、3人は同じように目を見開いた。

「私、先輩たちが好きです、大好きなんです、まだまだ先輩たちが、バスケしてるの、見てたいんです、先輩たちが抜けた穴を、ほかの誰かが埋めるのなんか、見たくない、先輩たちが抜けたら、黄瀬くんの面倒は誰が見るんです、中村くんのオカルト話を、私はどうやって聞けば、暴走する早川くんを、誰がとめるんです、誰が、」

嗚咽が混じる声でも、私は必死だった。

「誰が、海常を、ひっぱっていくんですか…!」

しゃくりあげるのは、もう仕方ない。

「私が、まだ、ここでマネージャーなんかしてるのは、先輩たちが、いるから、で、私は、先輩たちが抜けた先で、どうやって、いけば、いいんです…っ」
「湊…」
「どうにもならない、我儘だってこと、くらい、分かってます!ごねたって、どうにもならない、ことだって…!でも、!」

肺いっぱいに息を吸って、今出せるだけの声で、半ば叫ぶように言った。

「「今までありがとうございました」なんて、一言であっさり送り出せるほど、物分りはよくないです…!!」

ぐずぐずと泣き続ける私に、森山さんと小堀さんが困ってるのが気配でわかる。
少し離れた所に座っていた笠松さんがゆっくり寄ってきて、私の前にしゃがみ込んだ。

直後。

私の脳天を笠松さんの手刀が襲った。
気を抜いていたのもあって、めちゃくちゃ痛い。

「いたい!!!!」
「アホか。」

威力とは違って、声はとっても静かだった。

「むしろ、「今までどうも」ってあっさり送り出されたら、俺たちだって味気ないっつの。」
「っ、」
「そうそう。少しくらい引き留めてほしい気持ちだってあるよ。」
「でも、可愛い後輩にこんだけ言ってもらえれば、先輩冥利に尽きるってもんだな。」

ふふ、と笑う小堀さんに私は充血して真っ赤になっているであろう目を向けた。

「お前が言ったように、まだ1年あるんだ。泣くには早すぎるだろ。」
「でも、」
「でも、じゃねえ!」

笠松さんがあきれた声でかぶせてくる。

「そういうのは、俺たちがここを抜ける時でいいんだよ。今やられたら、本当に抜ける時に変に気まずいだろが。」
「笠松、さん」
「俺たちだって、ここを離れるのは寂しいよ。早川や中村や黄瀬と一緒にコートへできるだけ長く出ていたいし、湊ともっといろいろ話もしたいよ。」
「確かに早川たちと比べれば、俺たちとお前らがいられる残りの時間は短いけど、でも俺たちはその時間を大切にしてんだ。」

ようやく少しおさまってきた涙を、ぐい、と拭われる。

「泣かないでくれよ、な?」
「まだまだ今年は始まったばかりだろ。」
「やらなきゃならねえことだってまだまだあるんだ、しっかり頼むぞ!」

代わる代わる頭を撫でられて、また泣きながら、元気に返事を返した。




数分後に帰ってきた3人が、泣き跡の残る私を見て先輩たちと戦争になるのを、森山さんが貸してくれたタオルを抱いたまま笑って見ていた。
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