僕と私の戦争記
「湊さ、明日放課後暇?」

朝練の後。
いつものように着替える中村くんと早川くんを背を向けながら待っていると、
目の前にひょっこりと森山さんが現れた。
私の膝に顎を乗せてこっちを見上げる彼は、本当黙ってれば美形だ。
神は二物を与えず?だっけ。
この人がその代表だと思う。

「暇、って…今日も明日も練習じゃないですか。」
「終わってから!」
「ひ、暇です、けど…」
「どっか行くのか?」

小堀さんが尋ねると、待ってましたとばかりに立ち上がって語り始める。

「よくぞ聞いてくれた!俺がモテないのは、ズバリ!乙女心の予習が足りていないからなんだと思うんだ!」
「違うと思う。」
「どうしたものかと思っていた時だ!この間2年の教室の前を通る用事があったのだが、その時に湊!お前クラスの女子に言われていたな!」
「聞いちゃいねえ。」
「言われてって…何を、」

小堀さんと笠松さんの声を総無視して私を指さす。
へし折ってやろうか。

「『宮地さんかっこいいよね!そこらの男子よりずっと素敵!』」
「あー…確かに、覚えがあります…不本意ですが。」

これでもあの美形な兄たちと同じ血が流れているのだ。
見た目は、よく言えば中性。
声も高くもなく低くもなく。
背は女子から見れば高いし、高いところの物をとったり、荷物を運ぶのを手伝ったりすると毎回同じようなことを言われる。
一応、これでも普通の女子だという事を踏まえれば大変不本意である。

「確かに、男の俺から見てもお前は気遣いも出来て痒いところに手が届く感じはある!」
「はあ…」
「明日俺と放課後デートしてみないか!それで俺のダメな所を指摘してほしいんだ!」
「小堀さんと中身入れ替えれば何もしなくても女子が寄ってきますよ。」
「小堀は今のままでもモテるだろ!」
「なら私じゃなくて小堀さんから教わってください!」
「男から教わるのはいやだ!」
「女なら良いってのか!余計に空しいと思わないんですか!!」
「思わない!」
「思えよ!!」

クソめんどくさくなることが見え見えである。
私は行きたくない。
てか、そんな事のダメ出しをしたくない。
何か突破口をと部室を見渡した時、いつものように笠松さんに悪絡みする明るい黄色。
これだ!!!

「黄瀬くん!黄瀬くんがいるじゃないですか!」
「え?俺?」
「黄瀬くんは自他共に認めるイケメンモテモテボーイ!彼に聞けば一発ですよ!」
「黄瀬はやだ!俺は別に黄瀬になりたいわけじゃない!」
「私になりたいわけでもないでしょうが!」
「あれ、なんだろう。完全に流れ弾に被弾した気分っス。」

珍しく笠松さんに(おざなりに)慰められる黄瀬くんを横目に続いた不毛な言い合いは、小堀さんの鶴の一声で収束を迎えた。

「湊、少しだけ付き合ってやってくれよ。な?」

私は、小堀さんの笑顔に弱い。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「行こう!湊!」
「はいはい、ちょっと待ってください。」
「気を付けてな、湊!」
「うん。それじゃ、お先に失礼します。」
「お先!」
「へいへい。」
「お疲れ。」

昼からずっとそわそわしていた森山さんに急かされながら靴紐を結びなおして、自分の鞄を持った。

「てか、デートって言ってもどこ行くんです?」
「時間も時間だもんな。大通りの方歩いてくか。」
「そうしましょうか。」

いつもは7人で3列になって歩く道のりを、今日は2人で歩く。

「そういえば、森山さんと2人でこうやって歩くことってないですよね。」
「そうだなあ。お前の隣、いつも2年ふたりがキープしてるし。」
「それ、前の秀徳戦の時も言ってましたよね。そんなにずっと一緒にいますかね。」
「いるいる。黄瀬が入って尚更だな。昔はもう少し俺たち3年の傍にいたのになあ。」
「…そう、ですかね?」

ここ最近の事を思い出してみると、こないだの映画鑑賞も両隣は黄瀬くんと中村くんだったし、いつも歩いてる時も確かに早川くんがいることが多いような気がする。

「先輩としては、少し寂しい気もするもんですよ。」
「私、先輩方好きですよ?」
「はは、それは分かってるって。お前がこうやって半径1m以内にずっと置いとくのなんか俺たちくらいだもんな。」
「意識したことないですけど…」

でも、確かにこんなに体が触れ合いそうなくらい近くにずっと居ても不快に思わないのは、バスケ部の人たちだけかもしれない。
女子なら、鈴ヶ丘の時のチームメイトとリコも平気だと思うけど。

「森山さん、思ったよりも人の事見てますよね。」
「思ったよりって何だよ。」

柔らかく笑う彼をこうやって見上げるのも、言われてみれば確かに久しぶりで、
自覚してしまうと、なんとなく先輩たちが恋しくなってしまって。
丁度信号待ちで止まっていた森山さんの腕に少しだけすり寄ってみる。

「え、どうしたんだ急に。」
「別に、何でも。」
「あ、ちょ、待って湊!」

一人で歩き始めた距離も、彼にすぐに追いつかれる。
やっぱり、背丈の違いはこういう所に顕著に出るな。

「あ、」
「?」

どうやら無意識だったようで。
私が森山さんの発した言葉に反応すると、誤魔化すように何でもないと笑われた。
さっき彼が見ていた方を追っていくと、そこにはスポーツ用品店。

デートがどうとか言ったって、やっぱりこの人の中心はいつだってバスケなんだ。
森山さんらしい。

「私、欲しいものがあるんですけど、あそこ寄ってもいいですか?」
「え、でも、」
「お願いします。」

ちょっと躊躇する森山さんに、もうひと押し。

「ね?」
「…本当、適わないなぁ。」

見上げて少し首を傾げれば、兄たちは絶対にいう事を聞いてくれる。
先輩たちも、同じ属性だ。
まあ、この手口を使うのがこういう時だけだから聞いてくれるってのもあるんだろうけど。

「もう少し、我儘言ったっていいんだぞ?いつも俺たちの世話ばっかやいてんじゃん。」
「そんなことないですよ。私、かなり我儘ですし、そう感じないなら、皆さんの心が広いだけです。」

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

最終的に何も買わずに出て来た私に、よかったのかと聞く森山さんはずるい。
分かってたくせに。

「なあ、湊。」
「はい?」
「ちょっとだけ、付き合ってくんないか。」

連れられて行ったのは、すぐ近くにあったストバス場。

「ほら。」
「っ、全国区の選手が、マネージャーを捕まえて何を?」
「先輩の我儘だ、聞いてくれよ。」

いつものふざけた感じを捨てて笑う森山さんに、仕方なく鞄を置いてブレザーを脱ぐ。
ボールはわざわざ持ってきたらしい。
本当、用意周到なことだ。

「1on1ですか?」
「いや、別に点の取り合いがしたいわけじゃないんだ。ただパスくれたらいい。」
「?」

本当に、彼の真意がわからない。
とりあえず、言われた通りパスを出すと、それを受けて、またボールが返ってくる。

「今日、こんなのでよかったんですか?」
「ん?」
「女心は、わかったんです、か!」

少し強めにパスを出すけど、それも軽く片手で受け取られた。

「いいんだ。」
「?」
「少しだけ、湊といる時間が欲しかっただけだったから。」
「はあ?」

また返ってきたボールを持ったまま首を傾げると、パスを催促される。

「お前は、俺たち皆を平等に面倒みてくれるだろ?」
「面倒、っていう言い方はどうか分からないですけど。」
「でもさ、よく考えてみろよ。」

丁度森山さんの手にボールが渡った時、彼はあの独特なフォームでシュートを打って言った。



「俺たち3年がお前たちと一緒に居られる時間は、もうあと1年ないんだよ。」



私の後ろで、ゴールネットを通ったボールが、てんてんと跳ねる音がする。
時が止まったみたいで、足が地面にくっついて動かなくなった。

「俺は、海常のバスケ部で今のメンバーでバスケが出来て、すげえ楽しい。」
「…」
「まだまだ一緒にバカやって、ずっと同じコートに立ってられたら、どんだけ幸せだろうって、最近時々思うんだ。」
「森山さん…」
「俺が海常の選手として打つシュートはもう、100もない。」

小さく笑いながら動かない私の代わりにボールを拾う。

「笠松に蹴り入れられる数も、湊の家に急に行って入り浸る回数も、もしかしたら0かもしれない。」
「……森山さんが引退まで笠松さんを怒らせないってのは、ないと思います。」
「言ってくれるな。」

言葉が、弱くなっていく。

「他の奴らとはずっと一緒にバスケしてるけど、湊はマネージャーだし、別ンとこで仕事してることもあるから、一緒に過ごす時間は絶対的に少ないだろ?そう思ったら、何となく、一緒にいる時間が欲しくなったんだ。」

悪いな、なんて。
謝罪なんていらない。

「い、」

寸での所で、言葉を絞って言葉をとぎらせる。
本音が、口から出そうだった。

「ん?」
「…今更何を。先輩たちがあと1年なのは、当たり前のことでしょう。」
「ちょ、ひど。もうちょっと寂しがってくれたって」
「まだ1年あるんです。カウントダウンには、まだ早いです。」

チリ

無意識に、手がイヤリングを触っていた。

「…そだな。」
「そういう悲観的なの、森山さんには似合いません。」
「おいどういう意味だコラ」
「私は、いつもの残念な森山さんが好きです。」
「微妙な気分だわ。」

優しく頭に乗った手が、ふんわりと私を撫でた。

「ありがとな、我儘に付き合ってくれて。」
「…こんなの、我儘じゃないです。」
「それは、お前の心が広いからじゃないかな。」

私の短気さを知っているはずなのに。
ぎゅ、と眉間に皺を寄せて、迫りくる なにか を心の底に閉じ込めた。




「いかないで」




言えたら、どんだけ楽だったか。


「あと1年、よろしくな。マネージャー。」
「任せてください。」

今は、これでよかったんだと
目を伏せた。
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