僕と私の戦争記
皆でご飯も食べて、お風呂も入り終わった。
完全に全員が各々スウェットとかジャージなのを見ると、
どうやら泊まっていく気らしい。
黄瀬くんには、清兄の服を貸した。
丁度同じくらいで助かった。

まったりとテレビを見ている皆に、いつものように温かい飲み物を淹れる。
ひとつ増えて7つになったカップを横に並べて、
それぞれいつも飲むものを淹れていく。

「黄瀬くん、何飲む?」
「あ、コーヒー、ありますか?」
「あるよー。何か入れる?」
「砂糖スティック3本と、牛乳とコーヒー1:1で。」
「3?!」
「お前、糖尿になるぞ…」
「いつも太るとか肌に悪いとかなんとか言ってたのはどうなったんだよ。」
「これはちっちゃい頃から変わらないんでいいんス!これだけ特別!」

皆の会話に小さく笑いながら自分の分のゆず茶を入れる。
と、私の後ろから覆いかぶさるように森山さんが上にある棚を開ける。
いつも飲み物の用意を手伝ってくれるのは、決まって森山さんだ。

「森山さん、ココアならこないだのでラストですよ。」
「え、マジで。」
「新しいのあるんで、取ってもらえますか。」

私の言葉にキッチンを離れて今度は食器棚の下の扉を開ける。

「あれ、いつもと違う。」
「裕くんが美味しいって言ってたので、今回はそれにしてみたんです。実家で私も少し貰いましたけど、美味しかったですよ。」
「へぇ。」

缶を持って戻ってきた森山さんは慣れたように引き出しを開けてティースプーンで粉を入れていく。
ちょうど笛を吹いたケトルを持って、森山さんと場所を入れ替えて端からお湯を注いでいく。

落ち着いた色が好きなので派手な色は今まで彼らの使うカップくらいしかなかったのだが、このケトルも例外的に派手な色だ。
出所は笠松家で、うちに笠松さんが入り浸っているのを知ったお母様がわざわざ私にくださった。
自分では絶対に選ばない色ではあるけど、とても気に入っている。
こいつがうちに来てから電気ケトルは棚の一番奥へ仕舞いこまれた。

「先持ってくよ。」
「はい、ありがとうございます。」

5つの色とりどりなカップが乗ったトレーを持って行った背中を、私も両手に別のカップを持って追う。
右手には、今日仲間入りしたばかりの黄色いカップ。
もう片方には、私のゆず茶カップ。

「はい。」
「ありがとうございますッス!」

にぱ、と笑顔でカップを受け取る黄瀬くんは、私の左手をみてきょとんとした顔をした。

「あれ、湊さんはお揃いじゃないんスか?」
「え、」

私が使っているのは、白と橙のボーダーのカップ。
持ち手のところには、私のイニシャルが入っている。

「…あー、これは、その、昔の仲間に貰ったものだから、捨てらんなくて。」

まだ使えるなら、一人暮らしの家にカップは1つあればいい。
思わず目を伏せた私に、黄瀬くんが「あ!」と声をあげた。

「そうッス!それ、聞かないとって!」
「え?」
「湊さん、バスケ経験者だったんスね!」

急に出て来た話題に、思わず目を見開く。
なんで知って、と思ったところで、帰り際の兄たちの慌てた様子がよぎる。
…今度会ったら許さん。

「まあ。少しだけね。齧ってた程度だよ。」
「嘘!緑間っちが言ってたっス!3年前に頂点取ったチームで、湊さんを見たって!」

この野郎。
どこまで知ってんだ。
溜息をついて、自分の定位置である笠松さんの隣へ座る。

「何を、誰から聞いたの。」
「女バスの中で語り継がれる≪幻≫って呼ばれた1年、無敗を守った学校があるって。その1年だけだったから、情報とかは何も残ってなくて試合に出てた5人が誰なのかはもう分からないって。出所は緑間っちッス。宮地さんたちの裏も取れてるッスよ!」

ぬかった。
緑間くんはあの年もうスタメンだったのか。

「鈴ヶ丘の話か。」
「小堀さん知ってるんスか!」
「まあ、噂くらいは。俺もさっきの黄瀬の話までくらいしか知らないよ。」

じ、と6人に見つめられて完全に気まずい。
…まあ、お兄ちゃん達に黙ってろって言ったのは、海常に入ったばっかりの時で
周りに広まるのが困るからだったし。
いまなら、別にいいか。

「他言無用、ってことでお願いできますか。」
「ああ。」
「聞いてもそんな面白い話は出てきませんよ。」
「構わん。」

諦める気のない目線に、溜息まじりにぽつぽつと3年前を思い出しながら話し出す。

「私はその≪幻≫と呼ばれる年に確かに鈴ヶ丘のスタメンでした。背番号は7。ポジションは、その時はSGでした。」
「その時は…?」
「まあ、その話はまた今度。今となっては幻なんて呼ばれてますけど、本当にたまたまだったんです。たまたま、その年に勝てるメンバーが集まって、たまたま全中優勝を勝ち取った。」
「でも、緑間っちの話だと、その前後の年には5人は出てこなかったって。」
「言ったでしょう。たまたまだったの。その年のレギュラーは、優勝を取った年と2か月間くらいしか女バスには在籍してないわ。」
「え、」
「ピンチヒッターみたいな形で入った私たちは、優勝した次の練習試合を境に部を離れたわ。」

ずず、と少しぬるくなってしまったゆず茶を啜る。

「どうして、辞めたんだ?」
「ちょっと、怪我をしまして。いい機会だからと、全員で同時に辞めました。私たちはそのメンバーだったからバスケをやってましたけど、他の部員たちとは笑えるくらい噛み合わなくて。」
「もうや(ら)ないのか?」
「時々中村くんと早川くんは練習相手してるじゃない。」
「や、だから、女バスには、入らないのかってこと。」
「言ったでしょ。私が優勝できるほどの力が出せたのは、あのチームだったから。黄瀬くん、緑間くんに聞かなかった?うちは個人技よりもチームワークで勝ち上がったチームだったの。」
「確かに、言ってたッス…」
「それに、私は今海常の男バスのマネージャーを気に入ってるので。海常の女バスで試合に出たいとはこれっぽっちも思いません。」

私が言い切ると、なぜか皆が浅く息を吐いた。

「?」
「や、もしここで女バスへ行きたいって言われたらどうしようかと思って…」
「行きたいなら最初から男バスへ入ったりしませんよ。」
「そ、か。」
「湊はうちの仲間だもんな!」

早川くんが、ぎゅ、と私の手を握って下から見上げてくる。
彼の笑顔は、本当に癒される。

「そういってもらえると、嬉しいな。」
「へへ。」

緩く私も笑顔を返すと、隣りから腕が伸びてきて私の頭に着地した。
辿っていくと、彼は私の頭をなでるのとは逆の手でコーヒーを飲んでいた。

「笠松さん…」
「うちとしてもお前を欠くのは痛いしな」
「そうそう。湊だから俺たちも安心してバスケ出来てるんだしな。」

小堀さんと森山さんが机を挟んで向こう側から言う。
ここに入ってよかったと、改めて思った。
← →
page list
Back to top page.
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -