僕と私の戦争記
試合はドローで終了した。
ボールをぶつけられた森山さんがコートに出ることは終ぞなく。
珍しく試合へ出ていた裕くんと早川くんの1on1になった時はドキッとするくらいの気迫だった。
清兄も奮闘していたけど、いつもの清兄のやり方と違ってたように見えたから、100%だったかと言われればそれはNoだろう。

「お疲れ様でした。ゆっくり休憩取ってください。」
「ありがとう。」

海常のメンバーにいつものようにタオルとドリンクボトルを渡してから、
秀徳のベンチへ向かう。

「これ、よければ。」
「お、悪いな。」
「いえ、これも仕事です。」
「湊ちゃん、だっけ。」
「はい。」
「そんな畏まんないでよ。宮地さんと裕也さんの妹なんでしょ?」
「ええ。」
「先輩たちとは全然違うね、真ちゃん。女の子ってのもあるんだろうけど。」
「凶悪な笑顔がないのだよ。」
「…別に宮地家の人間みんなああじゃないよ。」

あの物騒な物言いやぞわりとするような笑顔は、確かに清兄と裕くんは似てるけど、
私にはない。
普通に過ごしてるつもりだけど、あんまり笑ってるとこ見ないって言われる。
そんなの、うちの笠松さんだって一緒だし。
あの人もにぎやかだけど、笑ってるのはあんまり見ない。
それに、海常の6人の前じゃ普通だもん。

「でも、何で秀徳来なかったの?兄貴たちがいるから?」

思わずボトルを持っていた手が揺れる。

「別に、そういうわけじゃ、」
「ふうん?そんなに海常がよかったの?」
「いや、別にそれも…」
「?じゃあ、何で、「おいコラ!!」いでっ!!」

高尾くんの声を遮ったのは、裕くんの声と清兄のげんこつ。

「他校でマネージャーだからって、急に名前呼びにタメ口はないだろ!」
「身内だからって甘くは見ねえぞ。先輩は敬え。」
「え、へ?」
「いいの、名前、お兄ちゃんたちと被るからそれでいいって言ったのは私だから。」
「それでも、せめて口の利き方は改めろ。」

溜息交じりに言った裕くんに、いまだに高尾くんは目を白黒している。

「え、だって、宮地さんや裕也さんの妹だって…」
「……ああ、そうか。」

裕くんが高尾の頭を柔くなでる。

「言葉が少なかったな。湊は兄貴の妹。俺の双子の片割れだ。」
「双子?!」

ものすごく驚いた顔で私を見てくる。

「湊さんは2年生ッスよ!」
「黄瀬くん。」
「お前何しにこっち来てんだ轢くぞ。」
「先輩たちに湊さん迎えに行って来いって言われたんス!!ほら、戻りましょ湊さん!」
「ん、失礼しますね。」
「ああ、お疲れさん。」

ぺこりと会釈を残して海常のベンチへ半ば引きずられるように戻る。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「はあ〜、双子だったなんてなあ。なあ、真ちゃん。」
「……」
「真ちゃん?」

じ、と向こうへ戻って行った彼女を見て何かを考え込んでいる。

「どしたの?」
「…彼女、見たことがある。」
「え!?」

真ちゃんがわざわざ人の顔覚えてたことに衝撃を受ける。

「どこで?」
「確か…全中だったはずなのだよ。」
「全中?!なんだ、経験者だったんだ。」
「俺がひっかかるのは、そこではないのだよ。」
「?」

宮地さん兄弟の方へ真ちゃんが投げかける。

「なぜ、彼女が男子バスケ部のマネージャーなんかをやっているんです。」
「え、ちょ、どういう事?」

宮地さんと裕也さんは、じ、と真ちゃんを見返す。

「彼女を見たのは、全中の決勝戦だったはずなのだよ。女子バスケの世界で語り継がれる、≪幻の一年≫の優勝校のスタメンにいたはずだ。」
「ま、幻…?」

真ちゃんの話ではこうだ。

今から3年前の1年間。
今まで連覇を続けていた学校が決勝戦で無名校に敗れた。
夏冬の優勝は確実にそこだろうと踏まれていたため、
結果的に優勝したその学校の事は誰も目にも留めていなかった。
1位以下は入れ替わることも多々あり、全くノーマークだった5人は
全く情報が残っていないという。

その年の優勝校の名は、都立鈴ヶ丘中学。

ベンチには人をいれず、5人のスタメンだけで予選の初戦から決勝までを勝ち上がったチームだ。

更に、その年が幻と呼ばれる所以は、その前後にもあった。

その年より前にも後にも、鈴ヶ丘は予選トーナメントを初戦突破すらできていない。
優勝した年は、3年生2人、2年生2人、1年生1人の布陣だったらしいが、
その前後では優勝した年のメンバーは一度も出ていないそうだ。
勿論、月バスが放っておくわけもなく、取材をと何度も足を運んだが
まともに取り合ってもらえず。
終ぞ彼女らが明るみに出てくることはなかった。

「で、そのスズガオカの幻の一年を作り出したのが、湊ちゃんだっての?」
「間違いない。男子の決勝が終わってすぐに女子の決勝をしていて、見て帰った覚えがある。鈴ヶ丘の7番は、彼女だった。」

確信したように言って、俺たちは一緒に宮地さんと裕也さんを床に座った状態から見上げる。

「兄である貴方たちなら知っていて当然なのだよ。」
「湊ちゃん、マジでその鈴ヶ丘のメンバーだったんスか?」

二人は顔を見合わせてから、小さく溜息をついた。

「まあ、お前らならいいか。」
「確かに、あいつは鈴ヶ丘のSGだった。」
「詳しくは俺たちからは言えない。知らないしな。」
「だが、その≪幻≫の片棒担いでるのは確かだ。」

先輩たちの言葉の後に、俺のすぐ後ろからボールの跳ねる音。

「げ。」
「…幻?」

そこにいたのは、恐らく俺か真ちゃんに1on1を申込みに来たであろう黄瀬くんだった。

「やべ、海常の奴らには言うなってあんなに念押しされてたのに。」
「どういう事っスか?湊さん、経験者だったんスか?」

黄瀬くんの声に、真ちゃんが眼鏡のブリッジを押し上げながら言った。

「今先輩方も言っていただろう。間違いない。」
「なんで、俺そんなの知らな、」
「≪幻の一年≫は今から3年前だ。黒子は1軍入りもしていなければ、お前に至ってはバスケ部ですらなかっただろうが。」
「…っ」

あーあ、こりゃ、早くお暇した方がよさそうだ。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

練習もそこそこに、秀徳のメンバーは引き上げていった。
なぜか帰り際に兄たちが謎の責任の押し付け合いをしながら謝罪してきた。
なんだったのかは分からなかったが、とりあえず頷いておいた。

「俺たちも行くか。」
「そっすね。」

歩き出した先輩たちに、私も足を踏み出すと
後ろからジャージの裾を引かれた。
振り返った先には、むくれた表情の黄瀬くん。

「…どうしたの?」
「湊さん、俺たちに隠してることあるッスよね。」

確信的に聞いてくる彼に、私は首をひねった。

「何?」
「…」
「湊ー黄瀬ー、行くぞー」
「はい!」

森山さんに呼ばれたので、とりあえず黄瀬くんを連れて歩き出す。
聞こうとしても完全に拗ねてしまっているので、お話にならない。

「あー、今日も、うち寄って行きます?」
「お、いいのか?」
「ええ。帰りにスーパー寄って行きましょう。」
「やった!」
「つか、俺らも湊のこの言葉待ってるとこあるよなぁ。」

けらけら笑う先輩方に苦笑いを返してから、黄瀬くんを振り替える。

「黄瀬くんも、これから用事なければ寄って行きなよ。」

少しだけ機嫌パロメータが戻ったのが見えた。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

買ったものはいつものように中村くんが冷蔵庫へ入れてくれる。
夕飯の準備をする間に、他のメンバーはじゃんけんをしてお風呂の順番を決めていた。

うちにくることも多い5人は、いつの間にか全員の仕事が決まっていた。

荷物持ちは大抵中村くんがしてくれるし、
料理の手伝いは小堀さんが、
リビングの片付けや食器の用意は森山さんがして
笠松さんはじゃんけんには参加せずに毎回最後に入ってお風呂を掃除して出てきてくれる。
早川くんは味見係兼運搬。
毎回定位置になっているカウンターの向こうから私と小堀さんをとても楽しそうに眺めている。
最初は居辛かったけど、最近ではむしろ彼がここにいないと変な感じがする。

初めて来る黄瀬くんは、何かやらねばと思う気持ちはあるのだろうが
うちの勝手がわかるわけもなく。
ひとりあたふたしている。

「黄瀬くん、クローゼット開けて「冬服」って書いた段ボール出してくれる?」
「冬服…?開けていいんスか?」
「いいっスよー」

箱をカウンターへもってきて、早川くんと一緒に荷解きを始める。

「カップ…?箸とか、歯ブラシとかもあるッス…」
「ああ。宮地が来るから隠したのか。」
「はい。」

早川くんが楽しそうにこれは誰のだとかを逐一説明を入れながら出していく。
最初は楽しそうにしていた黄瀬くんも、途中からまた少しむくれはじめた。

「俺もこういうの欲しいッス!」
「置いても(ら)えよ。」
「どうせ俺たちと同じように入り浸ることになるだろうからな。」
「早川くんも小堀さんも勝手なこと言わないでくださいよ…別にいいですけど。」

口をとがらせて森山さんのカップをつついている黄瀬くんが少し笑えて。
濡れた手のまま部屋の隅を指さす。

「食器棚、開けて?」
「…?はいッス」
「あ、左ね。」

左、左、と呟きながら食器棚の扉をあけると、そこには似合わない木箱が1つ。

「…?」
「開けてごらん。」

箱を持って戻ってきた黄瀬くんは、早川くんの隣でそれをあけた。
早川くんと小堀さんもなんだなんだとそれを覗き込む。

「!!これ…っ」
「私から、うちのエースくんへ。」

分かりやすいくらいに目を輝かせてそれを目の前へ掲げる。
皆と同じ種類の、色違いのカップ。

「黄色!!俺の色ッス!!」
「よかったな、黄瀬!」
「っはい!」

丁度そこに一番風呂から帰ってきた森山さんが手元を覗き込む。

「お、黄瀬のカップか?」
「そっス!黄色いカップっスよ!俺のッス!」
「はいはい。よかったな。」

少しあきれたように笑いながらくしゃりと彼の頭をなでた。
今度は定位置になっているソファでテレビを見ていた笠松先輩のところへ走っていく。

「笠松先輩!見て!!」
「分かったっつの。よかったな、ちゃんと礼言っとけよ。」
「はい!湊さん!ありがとうございますッス!」

眩しい笑顔を向けられて、私も小さく笑顔を返した。

「悪いな、黄瀬の分まで。」

隣からこそりと小堀さんが言う。

「いえ、彼もうちの大事なメンバーですから。」
「…ああ。そうだな。」

二人でくすくす笑いながら、出来上がったソースを早川くんの口へ突っ込む。

「いつもと一緒だ!うまいぞ!」
「ありがとう。」

とりあえず、彼の機嫌は直ったようだった。
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