▼モスグリーンの入口
次の日、カミツレを無事送り出したフィオラは約束通りライモンシティ駅へとやってきた。
「前来たときは、張り紙なんて気づかなかったけどな…」
独り言とともに駅を徘徊していると、ふと階段の下に立っている男性と目があう。
「き、君…」
「え?」
つかつかと足早に近寄ってきた男性は、ずい、と顔を近づけて鼻息荒くフィオラに声をかけてきた。
「君の手持ちのポケモン、見せてくれないかな!?」
「は…?」
「何だか、素敵な空気を感じるんだ!おねがい、一目でいいから!」
突然無理矢理寄ってきた彼に不信感はあったが、自分の大切なポケモンたちを褒められて悪い気はしなかった。
「じゃあ、少しだけ…」
「いいねぇ、ワクワクするよ!」
適当に腰からボールを取って、中に入っていた一体を呼び出す。
眩い光と共に出てきたのは、フワライドだった。
「おいで、フワライド。」
「フワワン」
機嫌良さげに出てきたフワライドは、呼ばれるままにフィオラの側へとおさまった。
「うーーん…」
「?」
あんなにテンションの高かった男性は、フワライドをじろじろと眺め、そして首を傾げた。
「この子じゃないなぁ。」
「え………?」
「あっ、いやフワライドがダメってわけじゃないんだよ?でも、この子は特攻にふれてて少しだけバランスが悪いかなぁ。」
男性の言葉に、ふいに故郷での事がフラッシュバックした。
「バランス…?」
「他にもポケモンいるよね?見せてもらえないかな?」
フィオラの様子が変わったことにも気づかず、男性はワクワクした表情を崩さずに詰め寄った。
突然呼ばれ、知らない男性に評価を下されたフワライド
も横で少し不安そうにフィオラを見下ろしている。
「さあ、次は一体「あ、あの!」…ん?」
急かす男性の後ろから、これまた知らない男の子が彼に声をかけた。
邪魔をするなと言いたげだったが、男の子が抱いているチュリネを見て目の色を変えた。
「ジャッジさん、ですよね?あの、僕のチュリネ見ていただけませんか?!」
「うんうん!君のチュリネ、言うことない!素晴らしい個体値を持った子だね!」
男性ーージャッジが男の子に気を取られている隙に、フィオラはフワライドを連れてその場を後にした。
途中足早に歩くフィオラの表情を不安そうに確認したフワライドが怯えたようにびくりと震えた理由を、フィオラは分かっていた。
ジャッジは、フィオラの持つメタモンに吸い寄せられて声をかけてきたのだ。
何故ボールに入ったままのメタモンに気がついたのかは、わからない。
ただ、男の子との会話から、ジャッジが個体値の選定に一役買っているのは間違いない。
「………最悪。」
自分のポケモンたちを褒められたと、バカ正直に喜んでいた自分が情けない。
元々個体値のせいで追われることになったフィオラとメタモン。
フワライドを含めた手持ちは、その後の旅の途中で出会ったポケモンたちだ。
フィオラとメタモンの間に起こった事は、深く知らない。
フィオラは個体値の話をする人間が大嫌いだった。
それぞれに個性があるのに、ただ生まれ持ったバトルの強弱のせいでたまごから孵った瞬間に捨てられてしまうポケモンも中にはいる。
個体値がよくないせいで虐げられるポケモンたちも、メタモンのように良すぎるせいで普通に生活することもできないポケモンもいるのだ。
「(そんなの……不公平だ。)」
無意識に強く握った両手に、優しくフワライドが触れる。
ハッとして視線をあげると、心配そうに覗き込む丸い顔。
「…ごめんね、嫌な思い、させちゃったね。」
優しく撫でながら言うと、フワライドは小さく横に揺れた。
少しホッとしたように緩まる丸い赤い目が、何故か対象的に碧い故郷の仕事仲間の目を思い出させた。
少し目立つフワライドをボールへ戻して、また当初の目的探しへ歩き出す。
さっきジャッジに会ってしまったのは、どうやら知らないうちにバトルトレインに近づいてしまったからな様だ。
今度は反対へ向けて、壁に貼られた紙を一つずつ確認しながらゆっくり進む。
「ないなぁ…」
もしかして、 もう人が見つかってしまったのかもしれない。
それなら、カミツレに断るいい理由ができたな、と少し気楽に感じていると、前にいた人にぶつかってしまった。
「ったた…、すみません。ちゃんと前、見てなくて…」
「いえ、大丈夫ですか?」
ぶつかったのは、駅員だった。
帽子を少しあげて尋ねた駅員は、フィオラの顔を見てぱっと笑顔を浮かべた。
「この間の…!」
「え?」
ぶつかった恥ずかしさから伏せていた顔をあげて相手を確認すると、フィオラも少し目を見開いた。
「インフォメーションのお兄さん、」
「いや、インフォメーションが本職ではないんですが…あはは…」
苦笑いを浮かべる彼に、 フィオラは再度謝罪した。
「すみません、捜し物をしていて…」
「今度はお姉さんが落とし物ですか?」
「いえ、張り紙を、探してて…」
「?」
首を傾げた駅員に、この人なら知っているかも、と尋ねることにした。
カミツレに断りを入れる際、ちゃんとした証拠がなければ引き下がらないだろう。
「少し前まで、駅に駅員募集の張り紙がしてあったと聞いたんですが…」
「ああ!インフォメーションの人員募集のやつですね!白ボスが持ってっちゃいましたよ。」
「やっぱり…もう決まっちゃったんですよね?」
イエスの返事に期待を込めて言うと、駅員は首を横にふった。
「いいえ、人が来ないのは張り紙のレイアウトが悪いからだとか何とか。作り直すからって、昨日回収して回ってたみたいですよ。」
「………え」
「あっ!もしかして、それで今日は来られてたんですか!?」
「いや、」
「あぁよかった!全然人来ないから、皆困ってたんですよ!僕、この間会ったときに、お姉さんみたいな人がインフォメーションにいてくれたらなぁ、って思ってたんです!このご時世、知らないこどもの世話を態々焼いてくれるような人、少なくなっちゃいましたしね。」
「違、」
「あっ、でも仕事の中身とか気になりますよね………そうだ!今丁度ボス達見回りから戻ってきてる筈ですから、駅員室行きましょう!どうせ張り紙もそこにあるだろうし!」
「あの、」
「僕からも推薦しますよ!あっ、でもバトルは手は抜きませんからね!僕こう見えても、結構戦績いいんですよ
![](//img.mobilerz.net/img/i/12316.gif)
」
にこにこと人畜無害な笑顔を向けられ、違うの一言がなかなか出ない。
行きましょう、と白いグローブのはまった手で手を捕まれ、そのまま歩き出した彼に、フィオラは諦めの溜息をついて言った。
「駅員室、反対って書いてありますけど…」
結局何故かフィオラが手を引く形で駅員室までやってきた二人。
道すがら名前を聞かれ、流れで彼がカズマサというのだと知った。
カズマサは極度の方向音痴で、そのせいであの日インフォメーションに入れられていたことも。
「ここに配属になって、そこそこ経つんだけどね…昔から道覚えるの苦手で。」
言い訳しながら駅員室のドアを開け、少し大きな声で部屋全体へ挨拶した。
「ただいま戻りました!」
「あ?カズマサやないか。珍しいのぉ、一人で戻ってこれたんか。」
「いや、ええと…はは。あ、あの、ボス戻ってますか?」
「何やその笑いは……」
「戻っておりますよ。」
「何々?何の用?」
淹れたてのコーヒーを持って呆れた顔をするクラウドの向こう側、部屋の一番奥のデスクから返事が返ってくる。
カズマサの背中越しに少し覗くと、全く同じ顔が2つ並んでいた。
「(本当に、双子なんだ…)」
噂では聞いていたものの、そういうものに疎かったフィオラはサブウェイマスターたちの顔も知らなかった。
先日ノボリに助けられた際、何となく気になって調べてみて顔をちゃんと認識した。
あの日は薄暗い路地裏で、しかも背に庇われていたのでよく分からなかったのだ。
「白ボス、昨日回収して回ってたチラシ、まだあります?」
「あるよー、今作り直してるとこー。いる?」
はい、とわざわざ立ち上がってカズマサの元まで紙を届けたクダリは、思っていたより長身だった。
礼とともに紙を受け取ったカズマサが、振り返ってそのままフィオラに渡したところで、やっとその存在に気がついたらしい。
「?君、だれ?」
不思議そうに首を傾げるクダリに、フィオラは居心地悪そうに視線を泳がせた。
「あっ、クラウドさん、この方ですよ!この間の、ほら。インフォメーションの。」
「…ああ!あの日の!」
「インフォメーション?」
更に首を傾げるクダリを無視して、クラウドはコーヒー片手に近づいてきて、帽子を取った。
「うちの姪っ子が世話になったらしくて。すんませんなぁ。」
「姪っ子…?」
「ヒトモシのポシェットに、赤いリボンの帽子の女の子や。」
そこまで言われて、ようやく思い出した。
「ああ、カナワの…」
「うちの親が、カナワに移住してきてましてな。遊びに行く途中に迷子になったらしくて。」
「無事に辿り着いてたんですね、よかった。」
「あの日、クラウドさんもご両親のところへ行く途中だったんですね。」
「ああ。一緒に行けばよかったな。手間かけて、すんません。」
「いえ、とんでもないです。」
ぺこりと頭を下げると、我慢しきれなかったクダリが間に割って入ってきた。
「ねえ!そろそろ聞かせてほしいんだけど!」
「あ、ああ…すみません。」
苦笑いを浮かべたカズマサが一連の流れを説明している間に、フィオラは張り紙に目を通した。
業務内容は、基本的にインフォメーションでの雑務。
緊急時には、バトルトレインにも乗車する。
休みは、毎週シフト制で変則的。
「(給料は…比較的いい。)」
パートと同等、またはそれ以下の今の月給から比べれば、どこで働いても下がることはないのだが
それを加味しても、そこに記載された給料はよかった。
その他諸々の注意事項にも目を通したが、特別ひっかかる事はなかった。
「(……バトルの件がなければ、文句無しなのにな。)」
小さく溜息をついて、チラシをクダリの前へ差し出す。
「ありがとうございます。」
「ううん、どう?」
「あの…ここまで来て申し訳な「あれっ?」…?」
話を遮ったクダリは、高い体を少し屈めて顎に手を当ててフィオラをじっと見つめた。
「……な、何か?」
「ストロベリーブロンドの髪に、碧い目…右手に腕時計…君、フィオラ?」
「えっ、」
短いが的確な反応は、何も言わずともクダリの言葉を肯定していた。
「やっぱり!カミツレに聞いてるよ。直接来るなんて、コウドウリョクがあるんだね!」
「カミツレ…?」
反芻して、やっと気がついた。
昨日の夜、話をした後ずっとライブキャスターを触っていたのは、クダリに自分の話を通しておくためだったのだ。
簡単には逃げられないように手回しをされて、既に色々な物が後手に回っている気がした。
「本当にくるか半信半疑だったから、一応張り紙作り直してたんだけど。よかった!これでインフォメーション問題が解決する!」
「いや、その、」
「ね、ノボリ!」
くるりと振り返って、もうひとりのサブウェイマスターに声をかけると、ため息とともに彼も近くへ寄ってきた。
「弟のクダリが、失礼をいたしました。私、サブウェイマスターのノボリと申します。」
「あ、その節は、ありがとうございました。」
「…?」
一応言っておかなければと、ぺこりと頭を下げたが、ノボリは何の事だかわからないようで、不思議そうに少し目を細めただけだった。
「(あ、そっか…化粧も格好も違うし、今日はヒールも履いてないから)」
見た目では、確かにわからなくてもおかしくはない。
分からないならそれでもいいと、フィオラは名乗ることはしなかった。
「しかし、いくらカミツレ様のご推薦でも、試験を全てパスするわけにはいきません。」
「でも、せっかく来てくれたのに。これ逃したら、もう当分ないかもよ?」
既に受ける前提で話が進んでいることに、フィオラは内心頭を抱えた。
「…履歴書はパスしましょう。筆記試験は、流石に外すわけには参りません。」
「ちぇ。」
「面接は、そうですね…カミツレ様の面目もありますし、テスト採用の期間を作りましょう。それで問題なければ、そのままお願いする形で如何でしょう。」
「いいんじゃない?」
「では、あとはバトル審査だけですね。」
バトルの言葉に、ぴくりと反応したフィオラを、ノボリは見逃さなかった。
「…?」
「相手はカズマサだよね。」
「あっ、はい!よろしくおねがいします、フィオラさん!」
元気よく言うカズマサにフィオラは困ったように眉根を寄せたが、ノボリ以外には誰にも気付かれる事なく話は進んでいった。
「それじゃあ、試験は週末でいいかな?」
「…あっ、え?」
「筆記ったって、そんな難しいもんじゃないし、大丈夫でしょ。」
「週末ですね、楽しみだなあ!」
にこにこと笑顔を浮かべる二人に、もう断りを入れることはできなかった。
結局、指定されたとおり、その週の土曜日にフィオラの採用試験は実施される運びとなった。