アングラ・シンデレラ
▼飴色の脅迫
カミツレに怒られた数日後。
足は無事に治り、フィオラは舞台へいつも通り立っていた。
公演を無事終えて少し遅い帰路についたフィオラは、たまたまジムから出てきたカミツレと鉢合わせた。
話をしながら歩いているうちにフィオラの家へつき、次の日もジムで仕事だというカミツレを自宅へと招き入れた。

「いいの?突然きちゃって。」
「別に一人暮らしだもん。言ったでしょ、いつでもどうぞって。それにカミツレの家までまだ結構あるじゃない。危ないし、明日もジムならうちから行った方が早いでしょ。」
「なら、お言葉に甘えて。」

風呂と着替えの準備をしながら入浴剤を吟味するフィオラに、カミツレは尋ねる。

「ねぇ、ずっと劇団にいるつもりなの?」
「え?」
「なんか、いつも貴女アブナイ奴に追われてたりするじゃない。ライモンに腰を据えるつもりなら、もう違う仕事探したら?」
「…」
「ずっといればいいとは言ったけど、ぶっちゃけすぐに居なくなっちゃうと思ったから、劇団に推薦したのよ。まさか表に立つようになるとも思ってなかったし。」
「まぁ…そのつもりだったけど。」
「今もバイトと同じくらいの給料で働いてるんでしょ?勿体ないわよ。」
「うーん…」

カミツレの言うことも、もっともだ。
確かに給料はいいとは言えないし、変な奴らに付け狙われることも少なくない。
ただ、生まれ故郷の事や自分の事を多く語らなくても雇ってくれて、優しく接してくれる劇団の面々がフィオラは好きだった。

「あんまり、履歴書に書けるような人生送ってないし…雇ってくれるところなんかないよ。」
「あら、あればいいのね?」
「?」

どういう意味、と入浴剤を手に部屋へ戻ると、カミツレはバッグからライブキャスターを取り出して少し操作し、画面をフィオラの方へと押し出した。

「…読んでいいの?」
「いいからこんなに出してるんじゃない。」

ほら、と手渡された端末に視線を落とすと、そこにはサブウェイの主の名前が記されていた。
おそらく、やり取りをいくつかした後なのだろう。
少しそこだけ切り取るには不自然な文面ではあったが、フィオラに意味は伝わった。

『もー全然だよ。やっぱり張り紙みたいなアナログなやり方だけじゃ人なんてこないって。カミツレ、いい人いないの?ジムリーダーの伝手なら強い人いくらでもいるでしょ?』

仕事の内容は分からなかったが、仕事の募集をしていること、人がなかなか集まらないこと、バトルの腕が必要なことは理解できた。

「………で?」
「私からの推薦にしておいてあげる。そうすれば、履歴書はパスできる。」
「でも、これバトルって…サブウェイに乗るって事でしょ?」
「いいじゃない。少しくらい。」

呆れたように言うカミツレに、フィオラも溜息を返す。

「あのね…何度も言うけど、私はバトルからはもう退いた身なの。もう、関わりたくないの。」
「たまに私のポケモンたちの相手してくれてるじゃない。」
「それは、皆がやりたいって言うから…それに、相手がカミツレだからだよ。」

故郷にいた頃の事を色々思い出すと、もうバトルは懲り懲りだ。
いい思い出は、一つもない。

「仕事を選り好みしてる場合じゃないでしょう?」
「別に劇団のままでいいよ。気に入ってるし…」
「貴女もう少し危機感持ちなさいよ。色んな意味で。」
「…なら、ライモンジムで雇ってよ。事務員として。」
「残念ながら、うちは手が足りてるわ。」
「……」
「それとも、私と一緒にモデルの仕事やる?フウロもいるわよ。たまにだけど。」
「カミツレとフウロと並べっていうの?冗談でしょ?」

イッシュでも一二を争う美人二人と並んで、しかもモデルという人気商売に挑戦するなんて恥知らずもいいところだ。
フィオラは別に不細工ではないが、至って平凡。
劇団のスターとなり得たのだって、メイクが映えるからだ。
ナチュラルメイクでは、カミツレと並ぶのだって内心憚られる。

「受けるだけ受けてみなさいよ。ダメなら次いきゃいいんだから。」
「だから…」
「劇団へ入れた恩、忘れないでよね。」

それを引き合いに出されては、ぐうの音も出ない。

「私、この間仕事に遅れそうになった時にクダリにアーケオス借りてるの。借りは返さなくちゃ。」
「自分で返してよ…」
「だから、『いい人材を紹介する』ことで返すんじゃない。」

カミツレは楽しそうににんまりと笑ってフィオラを見やる。
こうなってしまってはもう何を言っても無駄な事を、フィオラは経験から学んでいた。

「…取り敢えず、内容を詳しく知ってから考えるよ。」
「前向きにね。」
「………明日駅へ行ってくる。」

カミツレのメールから察するに、駅には詳しい事が記載された張り紙があるということだろう。
一先ずこの場をおさめるために打開案として提示したが、カミツレはもう決まったかのような満足気な笑みを浮かべて、ライブキャスターをいじり始めていた。

「(新しい仕事…か。)」

故郷にいた頃に仕事にしていた事を思い出し、ふいに窓から外を見遣った。
一緒に仕事に勤しんでいた彼らは元気だろうか。
また、近況報告だけでもいれておくか…とレターセットの所在を頭の中で確認した。



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