アングラ・シンデレラ
▼ヴァイオレットの出会い
二人が出会った次の日。
フィオラは仕事場を訪ねてきたカミツレに足の怪我を見つかり、お叱りを受けていた。

「貴女本当プロ意識に欠けてるわ!!」
「そんな怒らないでよ…」

足の裏を擦りむいただけで、酷い怪我ではないものの
フィオラは舞台に立つ際ドレスにピンヒールでいる事が多い。
ヒールで体重のかかる足裏に怪我をしてしまっては、舞台でのパフォーマンスに支障が出てしまう。
カミツレの言うことも、最もだった。

「たまたま今日は裏だったからよかったものの、来週からの舞台どうするのよ!?」
「そんな。ちょっと擦りむいただけだから、来週の公演には出るよ。」
「本当に大丈夫ですか…?もしよければ、来週だけ私が舞台立ちますけど…」

フィオラの出る舞台は2交代制で、ダブルキャストで回っている。
同じ役柄を演じる女優が寄ってきて、心配そうに声をかけた。

「いえ、大丈夫です。すみません、ご迷惑をかけてしまって。」
「そんな、私は全然…」

公演はチケットを取る際、見たいキャストに合わせて選ぶ客が多い。
自分の公演には自分の、彼女の公演には彼女のファンがついているのだ。
突然変わってしまっては、双方のファンに申し訳が立たない。

「でも、本当に大丈夫かい?いつもの事ではあるが、今回もヒールは15センチ以上ある。足に負担がかかってしまうよ。」

支配人が話に加わって心配そうに尋ねるが、フィオラはにこりと笑って 大丈夫、と繰り返すだけだった。









「全く…」
「もういい加減機嫌なおしてよ。」

支配人に連絡のために来ただけだったので、ジムへ戻るカミツレと一緒に劇場を出たフィオラ。
まだご立腹な様子のカミツレを宥めながら街を歩く。

普段は夜の講演に合わせて夕方か、終わった後の深夜にしか出歩かないので、明るい街並みは久しぶりだった。

「カミツレと会って話すのも、久しぶりだね。」
「そうねえ。貴女劇団に入ってすぐに舞台に立ち始めちゃったし。」
「電話はたまにしてたけどね。」

流れ者のフィオラにとって、カミツレは唯一と言っていい友人と呼べる相手だった。
劇団の面々はどちらかと言えば仕事仲間で、自分の事を今一番良く知っているのはカミツレだ。
彼女の存在は、フィオラにとってとても大きなものだった。

「一体、何でそんな怪我したのよ。」
「ちょっと、また追いかけられちゃって。」
「またぁ?過激なファンもいるものね。」

カミツレには、メタモンの事は伝えていない。
彼女もジムリーダー、バトルを仕事にする人間だ。
ないと思いたかったが、万が一のことがあったらと怖くて言えなかった。
稀にあるこういったいざこざは、全て「過激なファン」がやった事にしてある。

「いつも運良く逃げ切れるからいいけど、次は本当に危ないかもしれないのよ。」
「あ、でも今回は助けてもらったの。」

しかし、カミツレ相手で気が緩んだのか、ぽつりと漏らしてしまった。
普段なら、絶対言わないのに。

「あら、珍しいわね。フィオラだって、弱いわけじゃないのに。」
「今回はちょっと、衣装のまま追いかけられちゃって。いつもバトルに出してる子たちのボールが出せなかったの。」
「フィオラをバトルで庇えるような人がいたのね。」
「………うん」
「なに、その間は。」

じとりとした目で睨まれ、フィオラは苦笑いを浮かべて黒い彼の事を伝えた。

「サブウェイのボスが、助けてくれたの。たまたま会って。」
「クダリが?」
「いや、黒い方。」
「ノボリがサブウェイから出てきてたの!?」

ひどく驚いた様子でこちらを振り返られ、更に苦笑いが上乗せされる。

「私はあんまり二人については知らないけど、でもノボリさんだったのは間違いないよ。自分で名乗ってたしね。」
「意外だわ…私生活時間が合わないのもあるけど、二人と外でばったりなんて一度もないもの。」

そんなに珍しいことだったのかと少し驚きつつも、あの時彼がいないと家まで追いかけられていたかもしれないのは事実。
やはり、礼くらいは言うべきだったと申し訳ない気持ちになった。

「そういえば、今日はカミツレ休みなの?」
「これからジムリーダーの仕事!明日はモデル。休みらしい休みなんてないわよ。」
「相変わらずだね。」
「まあ、それも気に入ってるからいいんだけど。」
「余裕できたら、一緒にでかけよう。」
「そうね。また家にもお邪魔しに行くわ。」
「うん。いつでも。待ってる。」

にこりと笑みを浮かべるフィオラに、カミツレも笑顔を返す。
それじゃあ、と手を振って別れたあと、買い物へでかけるために駅の方へと歩き出した。

「……あれ?」

切符を買って改札を抜けた先。
自分の乗る電車を探していると、ホームの端に設置されたベンチに小さな人影が見えた。
そっと近寄っていくと、3,4歳ほどだろうか。
淡い紫のワンピースに、ヒトモシのポシェットを下げた女の子だった。
困ったようにキョロキョロしながら、ポシェットを握っている。

「どうしたの?」

前へ屈み込んで尋ねると、泣きそうに目を潤ませる。

「カナワ、の、おばあちゃん、」
「うんうん。」

拙いながらも伝えてきた内容によると、カナワに祖母の家があるようだ。
そこまで行く途中、落とした帽子を探していたら道に迷い、電車がわからなくなってしまったらしい。

「帽子は見つかった?」

フィオラが尋ねると、女の子は更に目を潤ませて首を横に振った。

「そっか…落としちゃったのは、この駅についてから?」
「うん。」
「じゃあ、落とし物で届いてるかもね。行ってみようか。」

手を差し出すと、女の子はおずおずと顔を上げた。
手を取るべきか迷っているらしい。

「(どうしよう…無理に連れて行くのもよくないしな。)」

どうしたものか、と頭を悩ませていると、腰につけていたボールがポン!とひとつ開いた。

「あら。」
「わあ…!」

フィオラの肩の上へ現れたのは、ヒトモシだった。

「ヒトモシだ…!お姉ちゃんも、ヒトモシ好きなの?」
「え?あぁ…そうだね。」

出てきたのは、正確にはメタモンだ。
泣いている女の子を放っておけなかったのだろう。
ヒトモシの姿に化けて、女の子の方へよじよじと近づいていく。

メタモンの機転のおかげで、女の子は自分で歩き出した。
えらく気に入られてしまったヒトモシ、基メタモンは、女の子の腕の中におさまっている。

「まずは、帽子があるかどうか見に行こうか。」
「うん。」

二人と一匹は、仲良く並んで駅のインフォメーションに辿り着いた。

「あの、すみません。」
「はーい」

出てきたのは、若い男性の駅員だった。
にこにこと人好きのする笑顔で対応にあたってくれた。

「何でしょう?」
「子供用の帽子が届いていませんか?駅で無くしてしまったらしくて。」
「帽子ですね。どんな帽子だったかな?」

視線をフィオラから女の子へ移し、詳細を聞き出している。
男性の人となりもあって、スラスラと答えることができていた。

「なるほど。少し見てきますので、お待ち下さい。無くしたのは、今日だね?」
「そうです。」

頷く女の子ににこりと笑顔を残して、駅員は裏へと引っ込んだ。
少しして帽子をいくつか抱えて出てくると、女の子はそのうちの一つを指さして叫んだ。

「それ!その帽子!!」

駅員に手渡された帽子を、今度は無くならないように深く被ってぺこりと頭を下げた。

「ありがとうございます!」
「いえ、見つかってよかったね。」
「ありがとうございました。」
「いえ。」

同じように頭を下げるフィオラに、駅員は少し照れくさそうに帽子のつばをさわった。

「カナワまで、電車に乗れば一人でいける?」
「うん。大丈夫。」
「じゃあ、ホームまで送るよ。」
「ありがとう、お姉ちゃん。」
「ヒトモシ、そろそろこっちおいで。」

二人のやり取りを聞いていた駅員は、後ろ姿を見送りながらぽつりと独り言をこぼした。

「あんな人だったら、きっとぴったりなんだけどなあ。」
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