アングラ・シンデレラ
▼消えたシンデレラ
「おーそーいー!!!」
「すみません。」

あれから足早に買い物を済ませ、サブウェイへと戻ったノボリ。
夕飯を待ちきれなかったクダリが、応接室のソファに足を載せて伸びていた。

「お止めなさい。行儀が悪い。」
「だって、もうお腹ペコペコ。皆も待ってる。」
「ええ、先程お渡ししてきました。」
「僕最後!?」

不服そうにブツブツと文句を言いながらも、手渡された紙袋を開けてパッと更に笑顔を浮かべました。

「やった!あそこのサンドイッチ!」
「たまたま思い出したので。」

クダリを横へ押しやって隣へ腰をおろすと、ノボリも自分の袋を開けた。
中身は、スモークサーモンとマスカルポーネチーズのサンドイッチだ。

「ところで…」
「はい?」

もぐもぐと口を動かしながら、クダリがじろりとノボリを上から下へ眺めて尋ねた。

「何があったの?」
「…なに、とは?」
「いや、それを聞いてんじゃん。」

あはは、と笑いながらも、「なにか」が起こった事は既にわかっている風な口ぶりのクダリが、更に続けた。

「ひとーつ。シャンデラが出てる。」
「…」
「ふたーつ。スラックスの裾。砂埃がついてる。外でバトルしてきた証拠。」
「……」
「みーっつ。」

長い指でノボリの着ていたコートを指さす。
壁にかけられたそれにノボリも視線を移すと、クダリが言いたいことがわかった。

「コートについた白い粉。あれ、ファンデーションでしょ。ノボリが珍しい。」
「別に「わかってるって。」…」

楽しそうに笑うクダリは、ふわりとよってきたシャンデラの相手をしながら続けた。

「女の人引っ掛けて帰ってくるには、ちょっと時間なさすぎ。」
「……クダリ。」
「だから、聞いてるの。「何が」あったの?って。」

ノボリは深くため息をつきながら、先程の一部始終を伝えた。
話を聞き終えたクダリは顎へ手を当てて、何かを考え込むような仕草を見せる。

「うーーん…いくらライモンとはいえ、こんな街中をそんなドレスで駆け回るなんてあるかなぁ?」
「しかし、事実でございます。」
「まあ、疑いはしないけどさぁ…」
「………しかし、」

今度はノボリが、思考を巡らせるようにあたりを見回した。

「あの方…何処かで見た事があるような気がするのですが…」
「え、何。知り合い?」
「いえ、そういう訳では……」

言いかけたノボリの視線が、とあるものを捉え、止まる。
ああ、と合点がいったように小さく呟くと、そこを指さしながら言った。

「あの方でございます。」
「……………え?」









どうにか追手を撒いた私は、やっとの思いで自宅へ戻ってきていた。
追いつかれるわけにはいかなかったので、途中で折れてしまったピンピールを脱ぎ捨ててほぼ裸足の状態で帰ってきてしまった。
どうせ一人暮らしにポケモンたち、という暮らしなので、別にかまわないのだけれど。
擦りむいてしまった足をとりあえず洗って消毒しなくちゃ。

「いいよ、みんな。」

太ももにつけていたホルダーを外して声をかけると、ボールのいくつかが光って中からポケモンが飛び出した。

「フワン…」
「大丈夫だよ、フワライド。」

心配そうに近づいてきたフワライドを撫でると、足元にフサフサとした感触が。
視線を落とすと、そこには救急箱を乗せたコリンクの姿。

「ありがとう。でも、もう大丈夫だよ。」

箱を受け取って言うと、コリンクは心配そうな表情のまま少し私から離れ、まばゆい光に包まれた。
光が収まると、コリンクの姿はなく、代わりにメタモンがしょんぼりと項垂れていた。

「気にしないで。大丈夫だよ。」

笑顔をむけると、もぞもぞと近寄って床に座った私の膝へ登ってきた。

私の手持ちは、6体。
そのうちの1体である、このメタモン。

この子が、私が追われていた一番の理由だ。

私のメタモンは、所謂V付きのメタモンだ。
しかも、6Vを持つ個体値最高の。

私の生まれ故郷で出会い、ずっと一緒にいるこのメタモン。
ひょんな事から、6Vを持つことを知った。
でも、私にとってVの数はどうでもよかった。

この子が、この子だから。

だから、私は今まで一緒にいるのだ。
でも、廃人と呼ばれる人たちにとっては、そうじゃなかった。

Vのつくメタモンなんて、彼らにとってはどんな大きな宝石や大金よりも貴重なもの。
喉から手が出るほどに、欲するものだった。

生まれ故郷にいた頃、メタモンと一緒にいるところを私は何度も襲われた。

最初は命からがら逃げていた私たちも、流石に何度も追いかけられて襲われれば耐性がつくもので。
月日が経つのと同時にバトルの腕も上達していった。

そうして逃げながら集めた仲間が、今の私の手持ちたち。
みんな個体値は知らないけど、バトルの腕はピカイチだ。

でも、いつまでも逃げ続けるわけにもいかない。
困り果てていた私を助けてくれたのが、少しだけ交流のあった、チャンピオンだった。
どうにかしようと色々と手を打ってくれたのだが、あまりうまくいかず、結局ほとぼりが冷めるまで一度故郷を離れることになったのだ。

そうしてやってきたのが、このイッシュ。

この歳になってまさかまた旅をすることになるとは思わなかったけど、それはそれで楽しかった。
しかし、思ったよりも騒ぎは収束せず。
故郷へ帰ることができないまま、根無し草でフラフラとしていたところを拾ってくれたのが、このライモンのジムリーダーだった。

カミツレにも、詳しい話はしていない。

失礼を承知で、「話したくない」といえば、彼女は少しだけ寂しそうに、でも優しい笑顔を向けてくれた。
行くところが決まっていないなら、ライモンにずっといればいい、と言われて働き口まで紹介してもらった。

平日の日中は自由に過ごしているけれど、夜になれば私は今やトップスターだ。

ライモンに常駐するポケモンミュージカル。
そこでポケモンたちと一緒に舞台に立っている。

今日も、その公演が終わったところだった。

お客様を送り出して舞台裏へ下がり、あとは着替えて化粧を落として帰るだけ。
その時だった。
へんしんしたままだったメタモンは、元の姿に戻る時に一瞬明るく光る。

夜の闇に、その光はどうやら浮いてしまったようだった。
誰も来るはずがないと思っていた建物の裏だったのに、どこからか迷い込んできたのだろうか。
不思議な格好をした男に見つかった。

メタモンは少しだけこちらでは珍しいみたいで、あまり騒がれるのが好きじゃないこの子はいつも違うポケモンに化けていた。
あちゃあ、と思いつつもメタモンをボールへ戻し、男へ声をかけた。

「あの、ここは関係者以外立ち入り禁止ですよ。大通りなら、戻って二つ目の角を…」
「………ンを、」
「…はい?」

ぼそりと呟かれた言葉が聞き取れずに反射的に聞き返すと、少しうつむきがちだった顔をばっとあげて突然叫びだした。

「ポケモンを、開放しろおぉぉぉぉおおお!!!」

雄叫びと同時にモンスターボールから飛び出したワルビアルを見た瞬間、私はボールを抱えて逃げ出した。
流石に、そこでバトルするわけにも行かなかった。



そこで、彼に助けられたのだ。



ポケモンたちにごはんの用意をしてから、熱めに張ったお風呂で体を温める。
無意識に出た溜息に苦笑いして、ぼんやりと先ほど会った彼のことを思い出していた。

路地は暗くて街灯も少ない。
おかげで襲ってきた相手の顔も、助けてくれた彼の顔もあまりよくわからなかった。

でも相手には、どうやらシャンデラが照らした彼の顔が見えていたようだ。
彼を見て怯えていたし、何より彼が自分で名乗っていた。

「…ノボリ」

ライモンに住んでいて、知らない人なんていない。

この街に張り巡らされる、地下鉄のマスター。
車掌としての仕事も勿論だが、彼らに課せられた最たる業務…それが、バトルサブウェイの運行。

そこは廃人たちが蔓延る、バトルの聖地。

今度会ったらお礼をしないとと思うのと同時に、故郷で自分やメタモンを付け狙っていた輩たちを思い出す。
色々な思いを巡らせた結果、二度と関わらないのが一番だという結論に行き着いた。

彼のバトルも、結局は少しも見ていない。
彼の口上が終わると同時に、カタカタと揺れる自分のモンスターボールに急かされてその場をあとにしたから。

廃人の巣窟である、サブウェイの長だ。
そう簡単に負けることはあるまい。

「……お礼だけでも、言ってくればよかったかな」

ほんの少しだけの後悔は、天井からぽとりと落ちた水滴と一緒にバスタブに飲み込まれた。
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