アングラ・シンデレラ
▼シルバーバレッタ
その日は、本当にたまたま地下を抜け出していました。
いつもならもう少し遅い時間に退勤し、なんなら繁忙期であれば、既に軽食を胃の中へねじ込んでクダリを捕まえ、書類整理や最終が終わった路線の見回り当番表を確認している頃でございました。

しかし、偶然にもその日は繁忙期でもなく、仕事もあらかた片付いておりました。
クダリや他の皆さんとじゃんけんをして、少し早いですが夕飯の調達へ出かけてきた所でございました。
流石にマスターである私に行かせるわけには行かないと、クダリを除く他の方々が買い出しを変わってくださると言い出しましたが、じゃんけんとはいえ、負けは負け。
勝敗を商品に働く私達に、そこを有耶無耶にすることはあってはならないのです。
皆さんの優しさを丁重にお断りし、財布を持ってサブウェイを出ました。

何にするかは買い出し係に任せる、という話でしたので、私はキョロキョロとあたりを見回しながら夕飯を画策しておりました。

「さて……どういたしましょうか。」

アレルギーがある方はいらっしゃらなかったはず、と思考を巡らせていると、ふと少し狭い路地を見つけました。
そこは、以前クダリが美味しいと言っていたサンドイッチ店があるところです。

「……サンドイッチと、少し肉料理をどこかで調達して帰りますか。」

つぶやきながら路地を曲がり、少し進んだその時でした。

「……ッ!」
「あ…!」

繋がる横路地から、人影が飛び出して来たのです。
ほぼ真横からぶつかったので受け止める事もできず、相手の方はよろけた結果路地の壁へとぶつかりました。
おかげでこける事はありませんでしたが、その影を確認して私は更に慌てました。

飛び出して来た人影は、私よりも頭1つ分小さい女性だったのです。
淡いブルーのプリンセスドレスに、綺麗に巻かれたブロンズの髪。
手に嵌めたまっさらなグローブには、モンスターボールがひとつ握られておりました。

「だ、大丈夫でございますか?」

こんなところで人に会うと思わなかった私は、声をかけるのが一拍遅れました。
女性は手の中のボールを確認してほっと息を吐くと、やっと私へ視線を向けました。

美しいブルーの瞳に引かれたアイラインは元より大きいであろうその方の瞳を更に際立たせ、チークやリップも白い肌に少し浮いてしまうほど発色の良い物でした。
例えるなら、そう。

どこかの地方の特集記事で見た、人形のようでした。

「平気です。」

短く答えた彼女は私の格好を一瞥し、少々訝しげな表情を浮かべました。

「ああ、私怪しいものではないのです。すぐそこの、」

言い訳のように自身の事を語りだした私の声の向こうに、小さく人を探す声が聞こえました。

ここか、とかあっちへ行った、とか。
どうやら人海戦術で虱潰しにこの路地を回るようでございます。

彼女はその声が聞こえた瞬間弾かれた様に今来た道を振り返り、また走り出そうと足を踏み出しました。

しかし、がくん、と突然体勢を崩し、今度は私の方へ倒れ込んできました。
慌てて抱きとめると、彼女は忌々しそうに足元へ視線を投げました。

「失礼」

足元のドレスを少し退けると15センチはあろうかというヒールが、根本からぽっきりと折れておりました。
路地裏はあまり道が整備されておらず、煉瓦造りの古い道が続きます。
高いピンヒールは隙間へ刺さって、折れてしまったようです。

「……追われているのは、貴女様で間違いありませんね?」

一応そう尋ねるも、彼女はイエスともノーとも取れない表情で視線を彷徨かせるのみ。
どうしたものかと思案していると、向こうから追手がこちらを見つけて怒鳴り声を上げました。

「いたぞ!!」

その声を皮切りに、わらわらと増える人影。
路地は暗く、更に既に時刻は夜。
相手のことは見えませんでしたが、馴染みのある赤い閃光が光ったのが見えました。

「…まったく。」

彼女を背に隠し、腰につけたホルダーからボールをひとつ手に取りました。
ほぼ同時に追いついてきた相手は、私の後ろからはみ出すドレスの裾を確認して大声で怒鳴りつけました。

「探したぞ!ボールを渡せ!」
「女性ひとりに男がよって集って怒鳴り声をあげるなど、レディに対して失礼だとは思わないのですか。」
「なんだお前!そこをどけ!」

私、これでもカミツレ様程ではないにしろ、ライモンでは有名人だと思っていたのですが。
無謀にも相棒のワルビアルと共に牙を向くトレーナーにため息をつき、自分の背後へ声をかけました。

「一応お伺いしておきますが…そのモンスターボールは、貴女様の物なのでございますね?」
「…!」

弾かれたように顔を上げ、些か怒りの籠もった表情を向けて口を開きましたが、彼女は声を発することなくまた少し俯き、そして深く頷きました。

「…わかりました。貴女を信じる事に致しましょう。」

帽子を被り直し、ボールを軽く空へ投げ、相棒の名を呼びました。

「シャンデラ。少し、相手をして差し上げなさい。」

閃光と共に出てきた彼女は、ゆらりと怪しげな光を灯しながら私の前へと出ました。
戦う気は十分なようで、普段よりも頭の炎が大きく揺れています。

「邪魔するなら、お前もタダじゃ…」
「おい、待て!」

苛立ちを隠しもせずに食ってかかるワルビアルのトレーナーとは裏腹に、あとから追いついてきた仲間であろう男性は、些か青ざめた表情で肩を掴んで言葉を遮りました。

「あのコート…帽子…口調、それにシャンデラ…!まさか、あいつ…!」

そこまで言ったところで、どうやらもうひとりも気がついた様ではっとした表情でこちらを見やりました。

「お前…!まさか、」
「なんでこんなとこにコイツがいんだよ…!?」

たじろぐ相手には申し訳ありませんが、ここを通す気はありません。

「喧嘩を売った相手が、悪うございましたね。」
「やっぱり…!サブウェイマスター…!」
「サブウェイ………?」

相手が私を呼んだのを聞いた彼女は、ふいにそれを繰り返しました。
私は彼女への自己紹介も兼ねるつもりで、相手へ口上を述べました。

「私、サブウェイマスターのノボリと申します!さて 次の目的地ですが、あなたさまの実力で決めたいと考えております。
ポケモンのことをよく理解なさっているか、どんな相手にも自分を貫けるか…。勝利、もしくは敗北…どちらに向かうのか…では、出発 進行ッ!!」

私の言葉を皮切りに勢いよく飛び出していったシャンデラは、とても調子が良うございました。
困惑するトレーナーからの指示がなく、アタフタするワルビアルをねじ伏せるのは、私のシャンデラにとっては些か簡単すぎる事だったようです。
かすり傷ひとつつかず勝ちきったシャンデラがふわりと戻ってきたのを、優しく撫でて労りました。

「ありがとうございます。すみません、トレインの外でまで貴女の力を借りることになるとは。」

とんでもない、とばかりに頭を振ってすり寄るシャンデラにもう一度謝礼を述べると、シャンデラは私の後ろを見て不思議そうに揺れました。

「どうしました?」

導かれるように振り返ると、そこには既にあの方の姿はありませんでした。

「行ってしまわれましたか…」
「シャン…」
「いいのですよ。無事だといいのですが。」

私の顔色を伺うように覗き込んだシャンデラをゆるく撫でて、消えていったであろう方向をなんとなく見つめました。

「シャン!」
「ん…?」

何かに気がついたシャンデラが私の頭の上を飛び越えて、足元へと降りました。
合わせるように膝を折ると、そこには数少ない街灯の光を受けて不自然に光るバレッタが落ちていました。

「あの方の物でしょうか…」

そっと手に取ってみると、細かい細工が施された大変美しい物でした。

「……またお会いできたら、お返しいたしましょう。」

ポケットからハンカチを取り出してシルバーのそれをそっと包み、またポケットへ戻しました。

「さあ、行きましょうシャンデラ。急がないとクダリに怒られてしまいます。」

伸びてしまったワルビアルをボールへ戻した彼は、分かりやすく捨て台詞を吐きながら逃げていきましたし、もうここには用済みです。
私もシャンデラへ声をかけて、また薄暗い路地裏を奥へと歩き出したのでした。
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