アングラ・シンデレラ
▼鈍色の初仕事
3番ホームへ向かう途中、目的の人物は見つかった。

「カズマサさん。」
「ん…?あっ、フィオラさん!」
「おはようございます。今日から、よろしくおねがいします。」
「お願いします!制服、お似合いですよ!」

にこにこ笑顔のカズマサに、フィオラもつられて笑みを浮かべる。

「ありがとうございます。」
「フィオラさん、どこ行くんですか?お一人ですか?」
「カズマサさんを、探しに来たんですよ。」
「えっ」
「クラウドさんからの、初仕事です。なかなか帰ってこないから、迎えに行ってくれって。」

フィオラに言われ、カズマサはアタフタしながら時計を確認した。

「うわっ、本当だ…!大変だぁ、ありがとうございます!」
「いえ、…でも、どうしてここに?」
「えっ?」
「3番ホームへお掃除にでかけたんですよね?ここ、1番ホームですよ?」
「えっ、ええっ」

至極驚いた表情で辺りを見回し、電光掲示板に1の文字を見つけて頭を抱えた。

「うわあ、本当だ…もう、何でこうなっちゃうんだろ…」
「……なかなか筋金入りの方向音痴なんですね。」
「そうですね…小さい頃からずっとなので…」

とほほ、と肩を落とし、はっとしたようにフィオラへ向き直る。

「す、すみません!インフォメーションに来たのに、僕を探すのが初仕事だなんて…」
「いえ、大丈夫ですよ。見つかってよかったです。」
「本当お手数おかけします…あっ!ヒトモシ!」

やっと肩に乗るヒトモシーー基メタモンに気がついたらしく、ぱっと明るい表情に戻った。

「やっぱり、残りの4体のうち1体はヒトモシだったんですね!」
「え、ああ…ええと」
「一昨日クラウドさんに言われて気がついたんです。あっそういえば、フィオラさんの手持ちって、みんなイッシュじゃない所からきてるんですよね?」
「そうです。」
「やっぱり、じゃあこのヒトモシも、違う地方の生まれなんですね。故郷の子ですか?」
「……はい、そうです。」

まだメタモンの事は伏せておこう、と肯定も否定もしないまま、生まれの話にだけ乗っかった。

「かわいいなぁ、ボス達もシャンデラを連れてるんで、もしかしたら何か感じるものがあるかもしれませんね!」
「そうなんですね、私カズマサさんのナットレイ以外は合った事がないので…」
「そうなんですね、大丈夫。すぐ会う事になりますよ。皆トレイン終わりは出して歩いてることも多いですから。……っと、うわ!」

自分の話が出てきたからなのか、カズマサの腰のホルダーからナットレイが勝手に飛び出した。

「ナットレイ!もー、急に出てこないでよ、びっくりするじゃないか。」
「ナーット!」
「あっ、こら!」

不満げなカズマサを放って、ナットレイはフィオラにぴょんぴょんしながらじゃれつく。
慌ててそれを止めに入ったものの、フィオラが特別反応せずにナットレイの前へしゃがんで撫で始めたので、伸ばした右手は行き場を失ってしまった。

「元気ですね、ナットレイ。」
「ナット!」

笑顔を絶やさずに撫で続けるフィオラに、カズマサは同じようにしゃがんで続けた。

「前も思いましたけど…ナットレイもお持ちなんですか?」
「え?いえ、どうして?」

首を傾げるフィオラに、カズマサはナットレイの棘を優しく撫でた。

「ナットレイって、どこ触っても大抵棘だらけですから。躊躇なくこの子を撫でてくれるので、そう思ったんですが…」
「ああ…それは、手持ちに同じような子がいるからです。」

丁度いい、と腰のボールをこつこつノックする。

「ドヒドイデ。」
「ヒド!」

現れたのは、水色の棘を纏うポケモン。
カズマサは、初めて見るポケモンに思わずずい、と近づいた。

「本当だ!ナットレイにちょっと似てる!トゲトゲだ!撫でてもいいかな!?」
「ド」
「耐久にふれたポケモンです。火力のあるアタッカーではないですが、とても優秀なポケモンですよ。」
「………」

フィオラの説明に、撫でやすいように頭を傾けたドヒドイデを撫でながらキョトンとした顔をした。

「…なにか?」
「いや…フィオラさん、バトル慣れされてるんですね。」

カズマサの言葉に、フィオラの喉は知らずのうちにヒュッと鳴った。

「なん、で」
「え、だって耐久とか、アタッカーとか、バトルに大分入れ込んだ、それこそ廃人たちが使うバトル用語ですよ。僕らは職業柄よく使いますけど…」
「…」
「でも、それならインフォメーションなんて仕事じゃなくて、僕らと一緒にトレインに乗れば」
「やめてください。」

焦ったような冷たい声が、カズマサを突き刺した。
メタモンをきつく抱いて、震える声を押し殺しながら絞り出す。

「私は、もうバトルはしないって決めてるんです。それも、こんな、廃人バトルは。」
「えっ」
「先日はテストで避けられなかったから、受けただけです。そうでなければ、しなかった。」
「フィオラさん…」

何と返したらいいのか分からず、カズマサは狼狽えた。

「……すみません。」
「あ、いえ…」
「……確かに、昔は、強さを求めるバトルの仕方もしてました。どうしても、勝ちたい相手がいたから。」
「勝ちたい、相手…」

反芻するカズマサに、フィオラは自分の頭の中の記憶を振り払うように何度か首を横に振った。

「それも、もうなくなったんです。…もう、バトルはしたくない。」

フィオラの過去に何かがあったことは明白だったが、彼女の表情を見るとそれ以上突っ込んで聞くことはできなかった。

「……ごめんなさい。行きましょう。」

ドヒドイデをボールに戻すその瞬間に、カズマサの手にドヒドイデの手が触れて、申し訳無さそうに視線を下げた。
まるで、フィオラの代わりに謝るように。





「ただいま戻りました。」
「おっ、無事見つかったか?」
「はい。」

入り口から避けると、後ろにカズマサが立っていた。

「あ、戻りました…」
「お前いつまで掃除しとんねん。今日シングル担当やろ。もう始発出てまうぞ。」
「えっ、わ本当だ!すぐ行きます!」

慌てて掃除用具を置いて、自分の机のピンバッジを引っ掴んで出ていった。

「全く…慌ただしいのぉ。」
「あの、カズマサさんが持っていったバッジって…?」
「ああ、あれはバトルトレイン乗りの証みたいなもんや。あれしてると、その日バトルトレインに乗らなあかんから、雑用とか急な呼び出しから基本外されるねん。」
「へぇ…」
「それに、あのバッジがないと駅員は挑戦を受ける側として乗られへんのや。昔、バトル要員やない駅員が、負けた腹いせにやっかみ受ける事件も多々あってなぁ。」
「なるほど…」
「せやから、その日に乗るやつ以外は大抵裏返してつけてんねん。」

ほれ、とクラウドが自分の制服の襟をめくると、そこには先程カズマサが持っていったものと同じバッジがちょこんと収まっていた。
どうやら裏表になっているようで今表になっているところには…

「……エモンガ」
「そ。わしの可愛いパートナーちゃんや。」

ほれ、ご挨拶や。とボールを投げると、中からエモンガが飛び出し、頭上にふわりとホバリングした。

「可愛らしいポケモンをお持ちなんですね。」
「いかつい奴もいてるけどな。」

なー、エモンガぁ、と語尾にハートマークでも飛びそうな勢いのクラウドに、フィオラは何と反応したらいいのか悩んで、結局曖昧に笑みを浮かべた。

「ま、そういう訳やから、これから先バトルバッジ…ああ、そう呼んでるんやけど。これつけてる奴見つけたら、大目に見たって。」
「わかりました。」

また一つ新しいルールを知ったフィオラは、心の中のメモ帳にしっかり書き留めてインフォメーションへ足を向けたクラウドの後を追った。





「インフォメーションの仕事やけど、大きく3つや。」
「はい。」
「まず、迷子の子供、ポケモン、あとは道を尋ねられた時の応答。駅の外の事聞きはるお客様もおるからな。ライモンの事はよう知っといた方がええで。」
「わかりました。」
「次に、駅構内の見回り。落としもんとかが無いか、確認するんや。併設されてる落とし物カウンターも、インフォメーションのお仕事やからな。」
「はい。」
「最後は、荷物とか手紙の受け取り。ここに郵便屋さんとか配達の人は寄ってくからな。それを振り分けて、駅内で配送をするんも、インフォメーションの業務。」
「はい。」
「他にもまあ、全員があたる雑務とかは色々あるけど、取り敢えずインフォメーションのはこの位かな。そいじゃ、いっこずつ確認してくで。」

クラウドは、インフォメーションの窓口に呼び鈴を置いて『御用の際は押してください』の立て札を立てた。

「こうしておけば、誰か来てもわかるからな。あと、これ。」

手渡されたのは、ライブキャスターだった。

「私、自分の持ってますよ。」
「これは仕事用。この呼び鈴押されるとーー」

クラウドが一度呼び鈴ボタンを押すと、ライブキャスターがピリリ、と鳴って振動・点滅した。

「こんな感じに教えてくれる。これで、離れてても大丈夫や。一応通話もきくようになってるから、光ってる間に通話ボタン押せば、呼び鈴についたスピーカーと話できるからな。出かけてるときに配達の人が来たりした時に使ってくれ。」
「わかりました。」

その後、大まかに業務内容を教わったフィオラは、必要なことを自分の手帳にメモを残してから腰から下げるエプロンバッグに仕舞った。

「何かわからんことあるか?」
「いえ、今のところは大丈夫です。」
「そか。ほな、すまんけどよろしくな。」

わし今日は駅員室におるから何かあったらおいで、と残してクラウドは去っていった。
先程渡された業務用のライブキャスターを見てみると、どうやら他のメンバーの連絡先も入っているらしい。
ノボリとクダリから始まって、クラウド、カズマサ、更にはまだ会ったことのないメンバーの名前までのっている。

「仕事してれば、会うことにもなるよね。」
「モシ」

ぴょんとカウンターへ飛び移ったメタモンに急かされ、クラウドが置いていった立て札を横へずらす。

「さて…お仕事しますか。」
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