小夜と今剣の甘えたDAY

湊がこの本丸へやってきて、そろそろ四月が経とうとしていた。
最初はどうなるものかと頭を抱えたりもしたものだが、何だかんだと共に生活する刀たちも増えて来た。
つまり、それはそれぞれと接する時間も減っていくということで。

「…………」
「何をそんなに怒っておるのだ、今剣。」
「べつにおこってません。」
「そんな不満を絵に描いたような顔で言われてもなあ。」

同じ三条である三日月と岩融と共に縁側に座る今剣。
いつもなら他の短刀たちと遊びに出ている時間なのに、どうしたのかと首をかしげるふたりに、もどかしそうにぱたぱたと足を動かしたあと後ろへ倒れた。

「あ―――――!もう!!」
「本当にどうしたのだ、一体。」
「何が不満なのだ。」
「…ふたりは、いいのですか。」
「「?」」

首を傾げる三日月と岩融に、今剣は小さな足先で庭を指した。
それを追うと、先には粟田口の面々に囲まれた湊の姿。

「…ああ、そういうことか。」
「なんだ、構ってもらえなくて拗ねておるのか。」
「すねて!!ません!!!」
「ははは。」
「あああああああもおおおおおお!!!」

珍しく駄々っ子状態の今剣の元に、丁度遊び仲間がやってきた。

「今剣、」
「さよくん!」

ぱっと体を起こした今剣は、小夜に同意を求める事にした。

「さよくんも、おもいませんか!」
「なに、が…」
「さいきん湊は、あたらしくきた かたなたちにつきっきりだと!」
「…構ってもらえなくて、拗ねてるの?」
「さよくんまで!!」

がん、と効果音でもつきそうな表情でよたりと一歩後ろへ後ずさる。
首を傾げる小夜に、何と言ったらよいものかと今剣が思案していると、何かを悟ったように小夜がとたた、と駆け寄ってきた。

「さよくん?」
「ぼくも、」
「?」

今度は今剣が首を傾げる番だった。
ほんの少しだけ視線を泳がせた後、小夜がきゅっと口を結んでから小さくこぼした。

「……ぼくも、湊がずっと一緒に居てくれた頃が、少し懐かしい。」

照れたように口をもごつかせる小夜に、今剣はきょとりと目を丸めた後嬉しそうに笑顔を浮かべた。


××××××××××××

「と、いうことなので、かまってください!」
「…どういう、事なのでしょう。」

縁側で洗濯を畳んでいた湊のところへやってきて、なんの前触れもなく言い放った今剣に、ただただ疑問符を浮かべる。

だまってついてきたようだった小夜が、ぽつりと言葉をこぼす。

「…最近、かまってくれないよね。」
「え?!」

突然の言葉に、思わず驚きの声をあげる。
確かに頭数は増えたが、皆同様に大切にしているつもりだった湊からすれば、多少ショックなことではあった。

「そ、そうでしょうか…」
「そーです!さいきんは、つるまるがずっとそばにべったりではないですか!」
「そこまででは、ないと思いますけど…」
「呼んだか?」
「でた!!!!!」

ひょい、と表れたのは丁度話に出てきた白い影。
何やら面白い話の予感を感じてやってきたようだが、今剣からしたら面倒この上ない。

「おまえが!あのばんいらいずっと湊にべったりなので、ぼくらがかまってもらえないんですよ!!」
「俺は湊の持ち物だ。持ち主の傍にいることは当たり前だろう?」
「よくもぬけぬけと!!」
「…べったりなのは、否定しないんだね。」

こころなしか、小夜の声もぶすくれている。
苦笑いを零しながらどうしたものかと思案していると、ひょっこりと更に鶴丸の後ろから頭が覗く。

「あぁ、ここだったんだね。」
「歌仙。」
「なんですか、いまいそがしいんです!」
「悪いね、湊、少し買い物へ出てくれないか。」
「買い物ですか。」
「またじゃまが!!」

わあわあ騒ぐ今剣を避けて、歌仙から手渡されたメモへ目を向ける。
きょとりとした後、また歌仙へと視線を戻す。

「これ…」
「頼んだよ。今剣、小夜。」
「なんですか!!」

半ば自棄になっている今剣に笑いそうになるのを我慢しながら、一つの提案を投げかける。

「湊一人じゃ、少し心許ない。暇なら、ついて行ってやってくれないか。」
「「!」」

歌仙の言葉に、途端に嬉しそうにしながら湊の手を取って早く行こうと急かす二人。
半ば諦めの滲む笑みを携えて、湊は、いってきます、と残して二人と共に出ていった。

スキップでもし出すのではないかと言うくらいに浮かれる足元を見送りながら、歌仙が鶴丸を見遣った。

「ついていこうとは、しないんだね。」
「流石の俺だって空気は読むさ。お前さんこそ、なかなか粋な事をするじゃないか。」
「何の事だい?」
「しらばっくれるなよ。」

鶴丸が楽しそうにカラカラ笑ってつづける。

「さっきのメモ、真っ白だったろう?わざわざ今剣と小夜をつけて外へ出したな?」
「さあ、どうだったかな。」

肯定も否定もせずに踵を返した歌仙。
鶴丸からはメモが見えていたので肯定も否定もないのだが、初期刀様の心遣いに水を差すこともないだろう、と話は切り上げることにした。

「さて、土産は期待できるだろうか?」

きっと夕方も遅くならなければ戻ってこないだろう。
鶴丸はたまにはゆっくりと昼寝でもしようと、自室へと歩みを進めた。

××××××××××××


「さて。」
「何を買いにいくんです?」
「どうしましょうね…」
「?」
「ああ、いえ。」

真っ白なメモを受け取った湊は、困り果てていた。
一応はおつかいと称して出て来たので、それらしいものは買って帰らねばならない。
ただ、白いその紙の理由も何となく察したので、適当に買い物をして帰宅、とはいかない。

「(困りましたね…)」
「湊…?」
「なにをかうのか、わからないのですか?」
「え、あ、いえ。」

ひとまず“おつかい”は最後にして、彼らとの時間を大切にしようと思い直す。

「丁度お昼時に出てきてしまったので、昼食を食べ損ねてしまいましたね。」
「そうですね。」
「おなか減りません?」
「僕は、「へりました!」…今剣。」
「ふふ、では、ひとまず腹ごしらえと行きましょうか。」

何を食べましょうか、とふたりの手を取って歩き出す。
今剣から多少支離滅裂な話を聞きながら歩いていると、静かだった小夜の歩みが止まる。
くん、と引かれた右手に振り返ると、止まった小夜の視線の先には…

「…ラーメン?」
「そういえば、湊がきてからは、まだでたことなかったですね。」
「美味しいんですか?」
「湊は食べた事、ない?」
「ええ。」

和食は大体食べたことがあるけれど、基本的にその他の食べ物には疎い。
妖の世界に通じる食べ物はこちらにはないし、実験施設に居た頃は質素という言葉が似あいすぎるほどの食事だった。

「小夜は、よく知っているんですか?」
「…僕が、昔いたところで、今はよく食べられてるらしい。」
「小夜が、昔いたところ…」
「“ふくおか”!きゅうしゅうですね!」

ひょい、と顔を覗かせた今剣の言葉に、小夜が小さく頷く。
小夜が見遣るその店の幟には、『福岡ラーメン』の文字。

「…では、お昼はそこにしましょうか。」
「えっ」
「いいですね!ぼくもひさしぶりにたべたいです!」
「で、でも…」
「小夜は嫌ですか?」
「そうじゃ、ないけど…」

もごもごと少し困った風な小夜を、湊は笑って引いた。

「じゃあ、行きましょう。」
「……ん。」

小夜が握る手に、少しだけ力が入った。


××××××××××××


「ごちそーさまでした!」
「美味しかった…」
「思ったよりも…些か重たい食べ物でした…」
「まあ…味はいろいろあるから。」

ご満悦なふたりを連れて勘定を済ませ、店を出る。

「さて、と…」
「あ!湊、あそこへはいりたいです!」

今剣が指さす先は、小間物屋。
寄って行くと、店先にはいろいろな物が並んでいる。

「へぇ…」
「きれいです!」
「そうですね。」
「みてきてもいいですか?」
「ええ、どうぞ。」
「わあい!さよくん、いきましょう!」

ぱっと離れた手は代わりに小夜の手を取って走り出した。
他の方に迷惑にならないように、と声をかけて自分も店へと足を踏み入れた。

どうやら、隣にあった呉服屋と繋がっているらしい。
切れ端で作られたであろう手提げや巾着が並んでいたりする。

「素敵な色…」
「ありがとうございます。」

呟いた言葉に返事が返ってきて、思わず顔を上げると老婆がにこやかにこちらを見ていた。

「美しい色ばかりですね。」
「最近はもっと派手なものが好まれる時代ですけれどねぇ。私どもにはそのくらいが似合っているんですよ。」
「落ち着きがあって素敵だと思います。」
「おや、お若いのに変わっておられる。」

ふふふ、と笑われて少しだけ困った笑顔を返した。
妖として生きて来た時間は恐らく老婆よりも遥か上を行くのだが、何も知らない彼女には黙っていた方がよさそうだ。

「あの子たち、貴女のお連れさんですか?」
「え?ええ、すみません騒がしくて…」
「いえいえ。この通りは審神者の方しか来ないからねぇ。お供に男士を連れる人は多いですから。」

店の丁度反対側で綺麗に並ぶそれらに目を奪われているふたりに緩く微笑むと、老婆は湊に言った。

「母親のようなまなざしですね。」
「えっ、」
「多いんですよ、若い娘さんたちでもね。短刀…でしたっけ、彼等を連れていると特にね。」

穏やかに言われ、少しばかり居心地が悪くなる。
彼等の歳をいちいち確認したことはないけれど、もしかしたら自分と並ぶかもしれないのに。

「(…まあ、それを言えば人間の場合何百倍も年上相手、ということになるか。)」

視線を再度陳列棚に戻すと、丁度視線の先に端切れの山。

「これは?」
「ああ、それはこれから売り物にしていこうと思って置いてあるんですよ。」
「…触っても?」
「どうぞ。」

籠に山積みにされているそれらを触っていると、背中へのしかかる重み。

「なにをみているんです?」
「っと、今剣…」
「端切れ…?」
「ええ。丁度良かった、ふたりはどれが綺麗だと思いますか?」

籠を差し出すと、ふたりはがさがさと中身をひっくり返しだした。

「こ、こら乱暴に扱っては、」
「大丈夫ですよ。」
「す、すみません…」
「これ!!」

ばさ、と今剣が広げたのは、紫に薄く金糸の引かれた布。
どこかいつも一緒にいる彼と、彼の弟の目に浮かぶ月を彷彿とさせる。

「小夜は?」
「……」

両手に持っているのは、水色と桃色の木綿布。

「お兄さんの色ですね。」
「…ん。でも、」
「あ!」

今剣と小夜が同時に手を伸ばしたのは、木蘗色のそれ。
淡く色づいたそれは、手触りも滑らかだった。

「これ!これがいいです!」
「僕も。」
「…いいんですか?」
「いいんです!」
「はあ…」

首を傾げながらも、湊はふたりが選んだ紫と水色、桃色、そして木蘗色のそれを老婆に差し出した。

「これ、売っていただくことってできますか?」
「ええ、構いませんよ。ちょっと待ってくださいね。」

代金を受け取って綺麗に包まれたそれを、老婆は今剣と小夜へと手渡した。
小声でぽそりと言われたその言葉に、ふたりは目を見合わせてから笑って大きく頷いていた。

××××××××××××


通りをぶらぶらしておやつを食べ、“おつかい”である酒を一本買ってから帰路についていた。
小夜の手には先の包み、今剣の手には酒、湊は両手でふたりと手を繋いでいる。

「いいんですか、持ってもらって。」
「いいんですよ!」
「持ちますよ?」
「いい。」
「湊がもったら、だれがぼくらとてをつなぐんです!」
「…そう、ですか。」

なんとなくくすぐったい気持ちを抑えて、本丸の門をくぐった。

至極ご満悦なふたりは、少し向こうに見えた自分の兄弟たちの所へ走って行った。
きいてください、と興奮気味に聞こえる今剣の声に笑いながら、湊は酒を持って厨へ向かった。

「歌仙。」
「ああ、おかえり。」
「戻りました。はい。」
「“おつかい”は何に化けたかな?」

手渡されたそれに、歌仙は笑った。

「これは、晩酌のお誘いかな?」
「それもいいですね、光忠におつまみをお願いしましょうか。」
「はは、きっと酒の匂いをかぎつけた奴らが寄ってくるだろうね。」

戸棚へ仕舞いながら笑う歌仙に、湊はもう一つの包みを抱きなおしながら隣の部屋へとあがった。

「歌仙、裁縫道具ってどこでしたっけ。」
「え?ああ、それならこの間堀川が使ってたから、棚の三段目に入ってるよ。」
「ありがとうございます。」

ばさりとそれらを広げて針に糸を通しだす湊に、歌仙が隣から手元を覗き込む。

「何だい、それ?」
「今日のお供をしてくれた、素敵な紳士たちにお礼をと思って。」

首を傾げる歌仙に、湊はただ笑顔を返した。

××××××××××××


夜になった。
夕飯を終えて風呂から戻ってきた短刀軍団へ、後ろから声をかける。

「小夜、今剣。」

ふたりが振り返ると、湊が真顔でこちらを見ている。

「どうしたんです?」
「何か用…?」
「いらっしゃい。」

一言だけ残して部屋へ入って行った湊に、一同が揃ってぽかんと口をあけている。

「…何したの?」
「さあ…」
「とりあえず、行ってみよう。」
「はい。」

小夜と今剣だけが湊の部屋へと入ると、部屋の奥で手招きをする彼女。
多少恐々寄って行くと、前へ座るように言われた。
ちょこんと腰を下ろすと、ふたりの前へと箱が置かれた。

「?」
「開けてください。」

少し強張る湊の声にふたりが木箱をあけると、そこには同じ色の巾着が並んでいた。

「わあ!」
「これ、昼の…」
「今日の、お礼です。」

小夜と今剣が顔を見合わせてそれを手に取る。
中を覗くと、更にふたりは目を輝かせた。

「いわとおし、みかづき!!」
「兄様の色…」

ふたりが選んだ布は裏地にと綺麗に縫い付けた。
一枚だけでは心もとないからとしたことだったが、どうやら思った以上に喜んでもらえたようだった。

「ありがとうございます!!」
「大事にする…!」
「そう言っていただけると、私も嬉しいです。作った甲斐もあるというものですよ。」

ふ、とやっと表情を緩めた湊。
どうやら無意識のうちにすこしばかり緊張していたようだ。

「おそろいですね、さよくん!」
「うん。」
「巾着は裏表どっちでも使えるように作ってありますから、木蘗色は裏でもいいんですよ。」

湊の言葉にふたりは顔を見合わせてから、緩く首を横に振った。

「いいんです、これで。」
「この色がいいんだ。」
「?そうですか。」

首を傾げる湊に、ふたりは再度礼を告げて巾着を大事そうに抱きしめた。






(お姉さんの色、なんだね。)




小間物屋で小さく言われた言葉を思い出す。
不思議そうにする湊の肩から滑り落ちた髪を一瞥してから、また顔を見合わせて意味深に笑った。


Dear,パンデミ様
企画参加ありがとうございます。

遅くなっており、すみません…
かなり書き始めてから終着まで長くなってしまったのですが
このような感じでよかったでしょうか?
私自身その時の気持ちに任せてお話書いてるので、
多少不安は残りますが…

廃本丸読んでくださってありがとうございます。
これからも頑張って更新していくので、お付き合いいただけると嬉しいです!
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