とある日。
夏も真っただ中、蝉の声すら煩い昼下がり。
当本丸の主、湊はひとり部屋へ隔離されていた。
げほげほと繰り返される咳と、遠くに聞こえる刀たちの話し声にどんどんと心が萎びていく。

「……なんで、こんなことに。」
「君が馬鹿だからだろう。」

もぞもぞ布団の中で体勢を整えながら体を縮めていると、すらりと開いた戸の向こうから呆れた風に漏らされた声が聞こえて来た。
目を布団から出して視線を投げると、自分の初期刀である歌仙が溜息をつきながら自分を見下ろしている。

「がぜん゛…」
「………雅じゃない。」

止まない溜息に、向けられた湊も漏らした本人もげんなりしていく。

「しっかりしないか、皆が不安がるだろう。」
「ぞう゛…い゛わ゛れ゛でも゛…」
「はいはい、鼻かんで。」

ずびーっと色気の欠片も見当たらない音をたてて鼻をかんだ湊の隣で、歌仙は着々と看病の用意をしていく。

「がぜん、ぐすっ、ごめん、ゴミ箱取って…」
「はいはい。」

枕元へ寄せられたそれへチリ紙を捨てたところで、ぱたりと力尽きたように半身を布団から出した状態で倒れる。
歌仙は仕方なさそうに彼女をずるりと布団へ戻してやった。

「もっと早く言わないから、こういう事になるんだよ。分かっているかい。」
「…だって、」
「言い訳はもういいよ。十二分に聞いたからね。」
「……私だって、お説教はおなか一杯だよ。」

事の始まりは、前日の昼過ぎにまで遡る。


――――――――――――――――


何度やってきても、夏の暑さには皆慣れないようだ。
縁側で短刀たちと一緒になってだれていた所に、畑に水やりをしていた脇差たちが通りかかった。

「あーあー、だらしないよ皆!」
「だってぇ〜」
「何で堀川さんそんなに元気なの〜…」
「いち兄に怒られっぞ。」
「残念でしたぁ、いち兄は今お出かけ中で夜まで帰ってきませんー。」

比較的いつも通りな脇差たちに比べ、主を含めた短刀軍団は最早何のやる気も起きないようだ。
仲良くぐだりと同じ体勢で並ぶ彼等に、少し思案するように顎へ手を当てた物吉がぱちんと指を鳴らした。

「そうだ。」
「?」
「どうしたの。」
「涼しくなればいいんですよね。」

そう言ってその場を一時離れた彼は、畑の水やり用水道からホースを引っ張って戻ってきた。
大変に面倒な事に、鶴丸を連れて。

そこからは、察するに余りあるだろう。
わくわくした表情を崩しもせずに水をあたりにまき散らし、寝転がった状態で頭からそれをかぶる事になった短刀たちは慌てて起き上がった。
顔を拭って楽しそうににやにやする鶴丸に気が付いてからは、もうそれは酷かった。

辺りはびしょびしょ。
どんな激しい夕立が通ったのかと思われるほどにぬかるんでしまった地面を、一行は泥だらけになりながら走り回った。
夕方も近かったので急激に気温が下がってきていたが、テンションだけは只管持続されるため
結局遠征へ出ていた一期や歌仙たち(この本丸では保護者組と呼ばれるメンバー)が帰ってきてお叱りをいただくまで続いた。

堀川や燭台切たちが風呂を用意してくれている間に、皆並んでびしょ濡れの体を拭いていた。
拭いてくれと甘えてくる短刀たちに大人気だった一期と湊は、せがまれるままに拭いてやっていた。
その間、勿論自分はほったらかしな訳で。
段々冷えてきて寒気を覚え始める自分に目をつむりながら、最後に五虎退の頭を拭き終わった時。
丁度風呂の用意ができたからとお呼びがかかった。

流石に一緒に入る訳にも行かないので、先に行っておいでと他の面々を送り出したのだが。
一応は着替えたが、それでも冷えはしっかりとは取れず。

結局風呂場でもう一戦交えていた短刀たちが更にお叱りを受けてやっと出て来たのは
水浴びを始めてから既に一刻半ほど経った頃だった。

結局それから風呂に入って体は温めたものの、芯から冷え切ってしまった湊はくしゃみが止まらなくなっていた。
燭台切にもお小言を貰い、兼定には大爆笑を向けられ、堀川には自業自得だよと言われながらゆず湯を淹れられた。

寝る前に一応短刀たちと鶴丸、脇差の部屋をそれぞれ覗いて様子を見てみたが、いつもと変わらない様子だったのですっかり安心しきっていた。

まさか、自分が風邪を引くことになるなんて。

次の日。
朝になっても起きてこない主に、短刀たちが部屋を覗きに行くとげほげほと咳を繰り返して蹲る姿。
涙を目いっぱいにためながら一期たちを呼びに走って行ったのを、湊は止めきれなかった。

朝からかわるがわるやってくる保護者組のお説教も、湊の頭痛を助長させていた。

「頭がいたい…」
「そうだろうね。全く…」

更に上乗せされた溜息に、湊は何だか泣きたくなってきた。
確かにいつも何かしらやらかしてはお説教をいただいているけれど、こういうときくらい優しくしてくれてもいいのではないのか。

ぐすりと鼻を鳴らすと、異変に気が付いた歌仙が布団へ手をかけた。

「主?」
「やめて、歌仙離して。」

頭まですっぽりと布団をかぶってしまった湊に、今度は眉を下げる。

「まったく…仕方のない子だね。」

湊の頭のすぐ横へ腰を下ろした歌仙は、布団の上から彼女の頭を緩く撫でた。
そろそろと様子をうかがうように頭を出した湊を気にしないようにしながら、薬や水と一緒に持ってきていた書物を開いた。
元々ここへ居座るつもりだったのだろう。
長居の予定で引っ張り出されていた座布団も、今は横へ除けられている。

「かせん…」
「なんだい。」

目線は本からは外さず。
今度は直接優しく撫でてくれる歌仙の手に、湊は本格的に目に涙を滲ませた。
別に悲しいわけではないのになあ、と心の中で誰に聞かせるでもない言い訳を零す。

「かせん、」
「大丈夫、ここにいるよ。」

ぱらりと頁をめくる事で離れた彼の手に、少し寂しくなった。
直ぐ近くに居るとわかってはいても、触れているのといないのとでは大分違う。
もぞもぞ布団ごと歌仙へすり寄った湊は、彼の綺麗に揃えられた膝を叩いた。

「ん?」
「崩して。」

何がしたいのかと首を傾げながらも、言われるがままに胡坐をかいた。
彼の足と程よくついた(言えば怒るが)むちっとした体、本を読む腕の間にできる空間へ頭を無遠慮に乗せてしっかりと布団をかぶった。

「…寝にくくないかい?」
「……ちょっと高い。」
「布団でちゃんと寝た方がいい。首を悪くするよ。」
「いい。」
「いいって…」
「いまだけ。」

ぎゅっと更に縮こまってしまった彼女に、また溜息をもらす。
先ほどまでと違うのは、歌仙の表情が緩められている事だ。

「夕飯の用意が出来たら起こそう。それまでは寝ておいで。」
「ん…」

優しい声に、すぐに睡魔がやってくる。
頭痛も、額に当てられた彼の手で大分マシになってきた。
うとうとと夢へ片足を踏み込んだ時。
頭上から、彼の声が聞こえた気がした。

―――――――――――――――――――


夕飯を食べて薬を飲んだ後も、歌仙は何だかんだ湊の隣にいた。
寂しいから一緒に寝てほしいと言われた言葉に、いつもなら飛び出す「雅じゃない」の言葉も彼は飲み込んで。
どこか親にでもなった気分になりながら、彼女の隣へ自分の布団を敷いた。

結局は、もぐりこんできた湊をないがしろにできるわけもなく。
はみ出ないように細心の注意を払いながら、歌仙は湊を布団で包んだ。

熱もあって寒気が酷かった湊は、上布団があって丁度よいほどだったが
歌仙は真夏の蒸し暑さにやられそうだった。
できれば離れて欲しいところではあるものの、安心しきった主の表情を見ていると
そんな事もどうでもよくなっていた。



「完!全!復!活!!」
「はいはい、よかったね。」

次の日、先に起きた歌仙は主の熱がしっかり下がったことを確認して、自分の布団を片付けた。
ややあってから起きて来た湊は、昨日のしおらしさはどこへ行ったのかという勢いで
元気満々に活動を始めた。

部屋の戸を開けると、廊下には団子のようになった短刀たち。
必然的に上から覗く形となった湊はきょとりと目を丸めた。

「皆?」
「あっ、主様っ!」
「大丈夫ですかっ」
「昨日はお顔を見られなかったので、」
「僕ら、心配で…」

口々に言う短刀たちに、湊はじんわりと口元が緩んでいく。

「大丈夫だよ!もう元気百倍!」
「本当ですか?」
「お熱は、もうないですか?」
「もう平気だよ。」

湊に変わって、彼女の後ろから顔を出した歌仙が証言する。
それを聞いてやっとこさ安心した表情になったチビたちは、主の手を引いて厨へ向かっていった。
今日の朝餉はなんだとか、昨日一日にあったこととか。
好き勝手話す彼等の言葉をできるだけ拾いながら、湊はその場を後にした。




「之定。」
「ん、やあ、小夜。おはよう。」

ひとりその場へ残った小夜に声をかけられ、歌仙は視線を主の背中から足元へ下げた。
小夜は同じように一度主である湊の背中を見た後、溜息まじりに歌仙へ視線を戻した。

「よく、我慢したね。」
「え゛」

びくりと肩を揺らした歌仙に、小夜は事もなげに言った。

「僕が気が付いてないと思ってたの。」
「…なんの事だい。」
「………まあ、隠していたいのなら、それでもいいけど。」

何でも知っているとばかりに言う小夜に、歌仙は瞳を彷徨わせる。

「でも、それなら一度考え直した方がいいよ。」
「は、」
「之定の表情、明らかにあの人を見る時だけ違うから。」

ばっと腕で口元を覆った歌仙は、今度は自分が溜息を向けられることになった。

「な、にを、」
「…お前は、本当に昔から嘘をつくのが下手だね。」

もう少し、取り繕う事を覚えなよ、との助言を残して、小夜は他の短刀たちの後を追った。


「……嘘、だろ。」


自分では完璧に隠し通せていたつもりだった。
だが、小夜のあの言い方からして筒抜けだったのだろう。

今までの自分を振り返ってみると、確かにバレる要素はあったかもしれない。

少しの眩暈を覚えて戸へ半身を預けて顔を覆う。
付き合いの長い小夜だからバレてしまったのだと思っていたかった。


遅れて顔を出した厨で向けられた燭台切や堀川たちの生暖かい表情によって、
それも無理なのだと悟ってしまった。


当の本人は、また今日も縁側で短刀たちとぐだぐだ時間を過ごしているのだろう。
どこにむけたらいいのかも分からないこの心のモヤモヤを投げつけに行こう。

歌仙は、また縁側へと足を向けた。

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