12月10日

つい最近まで、私はごく普通の一般人だった。
友達が審神者業に就いていて、私はたまたまそこへ遊びに行っただけだった。
沢山の刀剣男士たちに囲まれて、楽しそうに、でも偶にすごく真面目な顔で仕事を熟す友人は私から見ても、とてもカッコよかった。

完全に触発された私は、その直後にあった審神者試験を受けに行った。
皆には言えないが、その時受けた試験は「資格試験」だと思っていた。
受かったら、いつでもなろうと思えば審神者になれる、そんなものだと。

「…どうした?」
「んー、ああ。おはよう、むっちゃん。」
「ああ、おはよう。」

本当は、受かった時点で審神者になることは決定で。
私は試験が終わると同時に、政府のやつらに呼ばれてあれよあれよという間に初期刀を選ばされた。
訳が分からないまま目の前にあった一振を選ぶと、更に問題。
人型を取った彼は、異国語を話す人だった。

本当に、ほんっっっっっっとうに大変だった。
私は相手のいう事がほぼほぼ理解できないし、相手も新米で何も分かっていない審神者の所へやられてお手上げ状態だった。

それでも、彼は根気強く私を支えてくれた。

何もかもうまく行かなくて全部が嫌になった時でも、彼は明るく笑い飛ばしてくれて。
あたたかい笑顔と偶に見せてくれる真剣な表情に、彼をパートナーに選んだ自分を心の底から褒めた。
まだ日は浅いけれど、それでも彼に救われた回数はもう両手どころか足まで入れても足りない。

「腹が減った。朝飯にしよう。」
「うん。」

彼は、あまりにも聞き取れない私のために、言葉を標準語へ寄せてくれる。
それでも、私からすればイントネーションが変だし、まだまだ訛っているのだけれど
彼の心遣いが、とても嬉しかった。








わしらの主は、鈍くさい奴じゃった。
未だに本丸に慣れんのか、偶にぶつかっているのを見かけるし、何よりわしを一目見た時のあの間抜け面は、今でも忘れられん。

明るく、元気に、前向きに。

それが、あいつを表す一番の言葉じゃ。


ただ、いつでも笑顔が絶えない彼女だが、一度だけ。
手が付けられないほどに泣き崩れた事があった。

わしの初陣の時じゃった。

ここへ来たばかりで他に刀剣たちもいないまま、わしは単騎戦場へと赴いた。
今のわしからすれば、一発入れられても痛くもかゆくもないが
あの時のわしは練度も低かったし、刀装なんてものも持っていなかった。

血まみれで、早くも死がすぐそこまで迫っていたわしを、やつはキツネに言われるがままに手入れ部屋へと突っ込んだ。
酷く丁寧に手入れされ、人の身というのは難儀なもんじゃと思った時。
あいつは傷の治り切ったわしを見て、さっきまでとは打って変わってぼろぼろと泣き出した。

わしも、ひどく狼狽えた。

「ど、どうしたがや、」
「…う、っ、……っちゃ、ん、」

ぎゅう、とわしの着物を引っ掴んで離さん主を、とっぷりと日が暮れるまであやし続けていた。


そんな主も、最近では審神者業が板についてきたようじゃ。
何振か増えた仲間たちと、わしは毎日内番や出陣、遠征に精を出していた。

とある寒い日の夜。
月が上って久しい丑三つ時。
凍える体になかなか寝付けず、わしは本丸内を散歩していた。

からりと湿度の少ない空気に浮かぶ霞がかった満月は、とても美しかった。
ふいに角を曲がると、ひとつの部屋から明かりが漏れている。

「…主?」

彼女の自室から覗くその光へ、吸い寄せられるように足を向ける。
そろりと戸を開くと、気配に気が付いた主が振り向いた。

「むっちゃん。どうしたの?」
「……おんしこそ、こげな時間に何しちゅう、」
「ああ、ちょっとね。お仕事。」

机の上へ沢山広げた資料を適当にまとめて、わしに笑顔をむけてくれる。
なんとなく呼ばれた気になって、他の連中を起こさないようにそっと戸を開けて中へ入った。

「寝られない?」
「…ん。」

そっと主の傍へ腰を下ろすと、火鉢をずりずりと寄せてくれた。
冬に入った時に彼女から支給された褞袍の前をぎゅっと握りこむ。

「最近冷えが激しいもんねぇ。私も手冷たくってさ。」
「眠れん。」
「分かるけど、ちゃんと寝ておかないと体壊すよ。」
「おんしが言うがか、それ。」
「私はいいの。」
「…おーぼーじゃ。」
「はいはい。」

ほら、と促されて、主の膝へ頭を乗せる。
ぱち、と爆ぜる音をさせた火鉢をぼんやり眺めながら彼女を見上げると、にこりと笑ってまた本を読み始めた。
丁度わしからみると影になっている。
明るすぎず、暗すぎず。

ふらりと泳がせた視線がとあるものを捉えた時、やっと自分が今日眠れない理由を探り当てた。

「(…ああ、そうか。今日は、)」

眠れないのは、寒いからじゃなかった。
その証拠に、気温はそこまで変わらん筈なのに、わしはすぐにそのまま意識を手放した。







朝、外がやけに騒がしくて目が覚めた。
すぐそばにあったはずの主のぬくもりは、とうに冷え切っていて。
そのかわりに、わしには彼女の布団がかけられていた。
離れれば気付くだろうと思っていたけれど、主のにおいがすると安心するのかもしれない。

火鉢も火を絶やしていて、主がこの部屋をあけてから久しい事を指していた。
むくりと起き上がって戸をあけると、外は一面銀世界が広がっていた。

「……ゆき、」
「あっ!おはようございます、陸奥守さん!」
「おはよう、秋田。元気じゃのう。」
「はいっ!ぼくは風の子なので!」

鼻のあたまを真っ赤にして笑う秋田につられて小さく笑い、頭にかぶっている雪を払ってやる。
えへへと照れたようにまた笑うので、また頭をゆるく撫ぜてから尋ねた。

「主を知らんがか、夜までは一緒におったちゅうが、起きたらおらんくなっとう。」
「主君ですか?今日はまだお見掛けしてませんが…」
「そう、か。」
「…どうかしたんですか?」

秋田が、今度は困ったように眉を垂らして首を傾げる。
わしもまたつられて首を傾げると、少し目を泳がせた。

「なんだか、元気がない、ように見えたので。」

喉の途中に、言葉が引っかかった。
ほんに、藤四郎の子は敏いもんじゃ。

「いや、寒いのが苦手でな。そいでじゃ。」
「なら、ぼくらと一緒に雪合戦しませんか?体もあったまりますよ!」

雪の中を出ていく気にはなれんかったが、折角のお誘いじゃ。
わしは一度部屋へ戻って、短刀たちとの雪合戦へ気を引き締めた。





ひとが通る度に目線を向けるものの、毎回探し人ではなかった。
洗濯物を持って歩く燭台切だったり、防寒着を着込んだ三日月だったり、気を遣って温かいお茶を淹れてくれる堀川だったり。
今日初めて会う相手には主の事を尋ねたが、誰も今日は見ていないようじゃった。

「(……どこへ、行ったんじゃ。)」

ぼんやりと彼女の顔を思い浮かべていると、短刀たちからの猛攻に遭った。
ばふ、と音を立ててあたった雪玉は、崩れて服の中にまで入ってくる。
慌ててばたばたと雪を落としていると、縁側の方からくすくすと笑う声が聞こえた。

ぱっと顔を向けると、余所行きの服装でわしらを見て笑顔を浮かべる主の姿。

「主!!!」

雪合戦を放棄して、足にまとわりつく雪に些かいらいらしながら寄って行く。
縁側分があって少しわしよりも高い位置から、彼女がわしの頭を触った。

「ああ、雪をかぶってまっしろじゃない。」
「どこへ行っとったがや、探しちゅうに。」
「ごめんなさい、今日は審神者試験の日で。」

審神者には、階級があるらしい。
わしら刀剣男士の練度も勿論じゃが、上の戦場へあがるには審神者の采配力も必要になる。
それの試験日じゃったようで、朝早くから外へ出ていたのだと笑いながら言った。
ほ、と息をついたわしの頬を、主の小さな手が包む。

「こんなに冷えて。一度温まってから続きをしたら?」
「そう、じゃな。」
「秋田!皆も!一度あがりなさいな!」

主の声に、チビたちは雪玉を放り出して大部屋へ戻っていった。











むっちゃんに私の部屋へ行くように伝えて、厨へと足をむけた。
ちょうど弟たちのためにお茶を淹れていた一期と出会って少し話をし、私は自分と彼の分のお茶を持って戻った。

戸をひらくと、火をいれなおした火鉢をつつく後ろ姿が目に入る。
寒さからか、きゅっと小さくなっている背中がかわいい。

「はい、むっちゃん。」
「おお、すまんな。」

あちち、と声を漏らしながら受け取った彼に少し笑ってから、机の前へ腰を下ろした。

「どうじゃった?」
「ん?」
「試験。」

お茶を啜りながら聞かれたそれに、袂を探る。

「はい。」

ぺらりと出したその紙は、今日受けた試験の合格通知。
満点とまではいかなかったけれど、九割五分の成績を示したそれに彼も笑った。

「流石じゃな。」
「夜遅くまで勉強した甲斐がありました。」
「そうじゃな、おつかれさん。」
「ありがとう。」

と、そこでやっと彼を部屋へ呼んだ理由を思い出した。
また袂を探って、小さな包みを取り出して彼へ手渡す。

「?」
「私から、むっちゃんに。」
「何じゃ?」
「あけてみて。」

促されるままに、お茶を一度置いて意外にも几帳面に包みをあける彼に、少しわくわくする。
彼の手の上へ出されたそれは、桜色の小さな布包み。

「…?」
「おまもり、なんだって。」
「お守り?」

言葉を反芻した彼に、こくりとひとつ頷く。

「一度だけだけど、破壊から守ってくれるんだって。」
「へえ。」
「今回の試験の合格祝い的にもらったものだから、ひとつしかないの。他の子には内緒にしておいてね。」

私が言うと、むっちゃんは驚いたように目を見開いた。

「そんなもの、わしが持ってていいがか。もっとレア度の高いやつらや、壊れやすいチビたちに、」
「いいの。むっちゃんが持ってて。」

言い切ると、少し困ったように眉を寄せる。

「じゃが、」
「あのね、むっちゃん。」

遮るように言うと、彼は私の言葉を待ってくれる。

「私はむっちゃんが大事だよ。唯一無二の、私の相棒。」
「あいぼう…」
「確かに皆大事だけど、やっぱり一番はむっちゃんなの。」

むっちゃんの手を、おまもりごとぎゅっと両手で握る。

「私、審神者としてまだまだだし、演練に出ても同じくらいのレベルの審神者さんにも負けばっかりじゃない?確かに、演練だと破壊はされないけど、いつもこれが本当の戦場だったらってぞっとするの。」
「主…」
「初めての出陣の日、血まみれで帰ってきたむっちゃんを、私は絶対に忘れない。忘れられない。」

むっちゃんは、視線を私から桃色のそれへ移す。

「私の気持ちだと思って、持っていてくれない?」
「?」
「私が、むっちゃんを大切だって思う気持ち。」

ね?と促すと、とうとう彼は観念したように小さく息をついた。

「狡い女よのう。そう言えば、わしが何とも出来ん事をしっちゅうに。」
「それも、女の魅力でしょ?」

ふふ、と笑うとむっちゃんはぎゅっとお守りを握りしめた。

「必ず、おんしの元へ戻ってくるぜよ。それでまた、おんしの元でたたかっていく。」
「うん。」
「おんしは、わしの「相棒」じゃからな。」

にっと笑った彼に、私も笑顔を返した。

1210

冷たい温度を知った日に、あたたかな手に包まれた。

Dear,氷菓様
企画参加ありがとうございます。
新人審神者ということで、連載とはまた違った「普通の女の子」をイメージして書きました。
むつ自体一度も小説へ出した事がなかったので、どうしたもんかと試行錯誤を重ねた結果このような形になりました…
方言むちゃくちゃですみません…

できるだけいただいたお話を入れこめるように書いたつもりですが、いかがでしょうか…
共感、というか、ご自分へ重ねていただけるととっても嬉しいです。

拙い文になってしまいましたが、これにてお礼とさせていただきます。


| #novel_menu# |
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -