江雪と妖

「…」
「……」
「…おだんご、食べますか?」
「……いただきます。」

珍しく静かな時が過ぎる、問題だらけのこの本丸。
いつもは短刀たちや一部の面々が賑やかな空間を作っているのだが、今日は偶々そういった面子が皆遠征やら万屋やらで外している。

結果、この本丸に居るのは審神者である湊と、江雪のみ。

基本的にどたばたは眺めるに限ると思っている湊と、名の通り静々と時間を過ごすことが多い江雪。
ゆっくりと流れる時を感じるのも嫌いではないが、いつもの喧騒に慣れてしまっては少しばかり居心地が悪い。

お茶と茶菓子を用意して江雪の隣を陣取ってから、もうかれこれ半刻ほど経つものの
会話らしい会話はほぼなかった。

「…江雪。」
「何でしょう。」
「折角ですし、何かお話しませんか?」
「話、ですか。」
「はい。」

にこりと笑うと、江雪は首を傾げて問うた。

「何を、話すのです。」
「何でもいいんです。最近あったことでも、此処での生活でも、貴方の大切な弟たちの話でも。」

最後の言葉に、ぴくりと湯呑を持った手が揺れた。
中の茶が、小さく波打つ。

「そう動揺しないでください。」
「…」

粟田口の一件があってから、この本丸では湊の前で“兄弟”の話は暗黙の了解で禁句となっていた。
別に彼女が嫌がったわけではなかったが、なんとなくそれは広がった。
個々人の話をする事に対しては湊も何も言わなかったが、やはり兄弟としての話は出来るだけ避けているようにも見えていた。

今回も、勿論江雪は口を閉ざした。

「…別に、私は何とも思いませんよ?」
「…」
「確かに兄というものが嫌いで、信頼や信用はありませんが。少なくとも此処の兄たちは別だと思っているので。」
「…本心でしょうか。」
「ええ、勿論。」

再度笑うと、江雪は諦めたように小さく息をついた。

「…小夜は、よく今剣殿の話をしてくれます。」
「ああ、あそこはずっと仲がいいですよね。」
「岩融殿や太郎太刀殿も、よく面倒を見てくださっているようで。嬉しい限りです。」
「兄として?」
「…ええ、「兄として」。」

半ば言わせたその言葉に、湊は満足そうにまた笑った。

「小夜から、よく貴方の話を聞きます。」
「私、のですか。」
「最近よく厨の仕事を手伝ってくださっていて。歌仙と光忠が居ない時はふたりで夕餉の用意をしていることもあるんですよ。」
「知りませんでした。」
「江雪は、あまり厨へ来る事がありませんものね。」

ず、とお茶を啜ると思考を昨日へと飛ばした。

「本当に、よくそこまで話すことがあるなと思うほど出てきますよ。貴方と宗三の事を、とてもよく知っている気になります。」
「…意外です。あの子が、他人とそこまで話をしているのを見た事がないので。」
「まあ、私とよく話すのも、貴方達の話題の時だけですよ。」
「…」

湊の言葉にほんの少しもごついて、また問うた。

「小夜は、私や宗三の事を何と言っていました?」
「やっぱり、知りたいですか?」
「…ええ。気になります。」
「ふふ、素直な人は好きですよ。」

そうだなあ、と今度は視線を空へ投げる。

「『江兄様は、地のようなひとなんだ。』」
「は…?」
「小夜の言葉です。」

真意がわからず首を傾げる江雪に、湊はつづけた。

「微動だにしないしっかりとした地面や、草花を育てる包容力が、貴方のようだと。」
「……小夜、」
「流石歌仙といただけのことはあります。偶に、同じ空気感を感じることがあるくらいですから。」
「詩や句に付き合っていることもあると言っていました。」
「歌仙に付き合いきれるのなんか、小夜くらいですよ。」

ふふ、と笑う彼女に、江雪は更に問うた。

「宗三の事は、何と?」
「宗三は、空だそうです。」
「はあ…」
「つかみどころがないふんわりした所や、すぐに姿かたちを変える様子、星々を浮かべる夕闇に、小夜は宗三を思い浮かべるそうですよ。」

あまりにも壮大だった例えに、江雪は少しばかり眉を下げた。

「『空が無いと、雨が降らない。地がないと、僕らは自由に歩いたり、物を育てたりすることが出来ない。』」
「…小夜の言葉ですか。」
「ええ。『僕は、兄様たちに生かされてる。兄様たちがいるから、僕はここで生きていける。』そう言っていました。」

些か弟らしからぬ物言いに、今度は首を傾げる。

「小夜の言葉とは、思えないでしょう?」
「…ええ。」
「人らしくある事を避けていた小夜が、『自分は生きている』のだと言った。その言葉だけで、私はとても嬉しかったんです。」
「……」
「あの子を生かしているのは、小夜の言う通り、貴方たちです。」
「…買いかぶりすぎですよ。」
「そんな事ありません。」

少しかぶるように放たれた否定の言葉に、江雪は更に困った表情を浮かべた。

「生きるということは、ただ運動してご飯を食べて寝るだけではありません。」
「…と、言うと。」
「この体を動かしているのは、心です。」
「心…?」

湊は空を見上げ、ゆったりと流れる白い雲を見つめる。

「例えば、身体を解剖して隅々まで探したとしても、それは見つかりません。目で見えず、ある意味非科学的で、不鮮明なものです。」
「はい。」
「でも、生き物には必ず心がある。」

江雪が無意識に着物の合わせのあたりへ寄せた手に、彼女はゆるく笑んだ。

「心とは、その持ち主だけのものであり、不可侵なものです。本来、他の誰かが覗くことは許されず、負の感情が浮かぶことだって少なくない。」
「…」
「でも、そのマイナスの心を融かし、元に戻すのもまた心。」
「…心、ですか。」
「他人の心に触れることによって、浄化されることだってある。」
「…ええ、知っています。」

ふ、と小さく微笑んだ彼は、隣に座る湊を見下ろした。

「私は、特に。」
「そうですね。」

元々心によって自分を封じ、弟たちの心によって戻ってきた彼は、それの存在意義というものを誰よりも良く知っていた。

「小夜や宗三もそうですが。」
「?」
「貴女の心も、私は好んでいます。」

きょとりと目を丸めた湊に、江雪は続けた。

「私には、心を見る力はありません。ですが、心や気持ちというものは、言動へ出るものだと思うのです。」
「言動…」

小さく反芻すると、江雪は小さく頷いた。

「私たち兄弟を、もう一度ここへ集めてくださったこと。他の皆と共にまた同じ場所に在れる事。それは、一重に貴女のお蔭です。」
「そんな、」
「貴女が居なければ、私は未だ埃をかぶるだけのただの太刀でした。」

珍しく相手の言葉を遮ってまで主張される彼のそれに、思わず閉口する。

「審神者の存在意義と言うものを、考えたことはありません。私を最後に顕現した彼女の事は大切にしていましたが、他の審神者たちは見るに堪えない者たちばかりでしたので。」
「ええ、それは聞き及んでいます。」
「ですが、貴女は違う。」

確定を含んだ言葉に、湊は思わず小さく溜息をついた。

「いつも思いますが、貴方達は私を高く評価しすぎですよ。」
「正当な判断だと思いますが。」
「急に現れた妖を名乗る怪しい女への判断がですか?」
「湊。」

手の中にあった湯呑を縁側へ置いて、さらりと長い銀青の髪を揺らして向き直る。

「ここにいる者たちは皆、貴女だから此処にいるのです。」
「…?」
「顕現されたからといって、私たちが審神者のいう事からの拘束はありません。貴女自身も、日常的に私たちを縛る言霊を使うことはないでしょう。」
「ええ、それは勿論…」
「ですが、今この本丸に残っているのは私だけです。」

江雪の言葉が意味するものが理解し切れず、首を傾げる。

「ええと、つまり…?」
「他の者たちが外出しているのは、貴女の頼みだからです。遠征や、万屋、戦場へ出ていくのだって。」
「…」
「功績をあげられなければ、貴女は此処の審神者として生きる道を失います。きっと今までと同様、また次の審神者が来るまで此処は静かな時を刻むでしょう。」
「…ええ。」

審神者がいなければ、刀剣たちは顕現できない。
いくら実力があれど、彼等は元をたどれば審神者を媒体にして生を受けた付喪神なのだ。

「私が、良い例でしょう。」
「は…?」
「私は戦が嫌いです。できれば、依代を抜くことがなければいいと思っている。」
「存じております。」
「ですが、時に他の者達を率いて戦場へ赴くことだってあります。貴女が、それを望むからです。」

戦い嫌いという面では、間違いなく群を抜いている彼に言われてしまっては、良い反論材料も見当たらない。
湊は諦めたように小さく息をついた。

「私たちは、貴女から受けた恩を返すために戦に出たり、本丸での仕事を全うしたりします。」
「それぞれ皆さんと最初に出会った時の事を言っているなら、十二分に返していただいてますよ。」
「それだけなら、そうでしょうね。」
「どういう事です?」
「貴女は、返した分の恩をまた違う形で私たちへ受け渡している。だから、私たちはそれに報いようとするのですよ。」
「…無意識でしたが、御迷惑でしたでしょうか。」
「言ったでしょう。一重に、貴女だからなのだと。」

またゆるく微笑む江雪に、多少の居心地の悪さを感じる。

「別に、恩を必ず返さねばならないわけではありません。相手が勝手にやったこと、自分たちには関係ない。ただ、運が良かっただけ。そう思えば済む話です。」
「はあ…」
「ですが、私たちはそうはしません。」
「『私だから』…ですか?」
「その通りです。」

若干の堂々巡りを感じながら、湊は苦笑いを浮かべた。

「完敗です。流石僧侶様。説法がお上手ですね。」
「どちらかといえば、宗三の方が上手ですよ。それに、この手の話は押すに限ると。」
「…誰から?」
「一期殿が言っておられました。この間連れて出た時にそういった事があったのでは?」

記憶をたどると、確かに自分自身思った覚えがある。
これは、いらぬ事が広まってしまったと自分の言動を改めた。

「……気を付けます。」
「良いではないですか。我々も、貴女から倣う事も多い。」
「倣わなくていい事の方が多いものですよ。」

思わず漏れた溜息と共に、門が開く音がする。

「おや。」
「帰ってこられたみたいですね。」

腰を上げた湊と江雪は、茶器類を盆へ乗せて軽くその場を片付ける。

「厨へは、私が運んでおきます。」
「お迎えに行かなくてもいいのですか?」
「あれだけ元気な声が聞こえているということは、今回は別段問題なく終わっているのでしょう。心配はないかと。湊は、行ってやってください。」
「…では、お願いします。」

おずおずと手渡すと、彼はそれを受け取って思い出したかのように言った。

「そういえば。」
「はい?」
「弟たちもそうですが、よく鶴丸殿や一期殿と話をする機会があるのです。」
「ええ、偶に見かけます。」
「あの方たちとの話の中心は、大半貴女ですよ。」

何の気なしにぽろりと落とされたそれに、湊は目を見開いた。

「え、ど、どういうこと、です、」
「さあ、どういう事でしょうね。」
「ちょ、江雪…!」
「ほら、短刀たちが待ちわびていますよ。」

彼の視線を追うと、大分向こうの方で自分を呼んで手を振る姿がちらほら見える。

「…」
「この話は、次の機会に取っておくことにします。」
「……なら、次は鶴丸と一期様も呼んで月見酒でも。」
「私を潰せたら、お話しましょう。」

やけに自信あり気な江雪に、湊は困ったように笑った。

「では。」
「ええ。」

反対向きに歩き出したふたりは、双方普段よりも数段機嫌はよさそうだ。

Dear,ユ里様
企画参加ありがとうございます。
リクエスト、このような感じでよろしかったでしょうか…
内番や万屋など色々考えたのですが、どこへ行っても弟たちが付いてくるもので←
説法をテーマに、江雪がいかに主に懐いているかをだせれば、と思いながら書きました。

書きなおし等あれば、承りますのでおっしゃってください…!

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