兄怒りの鉄槌

「「「すんませんでした。」」」

1年生が入ってきてから、もう何度目か分からない懺悔の言葉。
リビングで資料まとめをしていたら説教部屋から聞こえて来たそれに、私は机の上を片付けた。

お説教を受けた3人よりも、していた方の3人の方が疲労の色が濃いのもいつものこと。
赤・黄・青のお説教部屋常習犯信号トリオは、それぞれまだ納得がいっていないようで
誰が悪かった、俺じゃない、俺は巻き込まれただけだ、なんて言葉がひそひそと聞こえてくる。

涼太くんと火神くんのいる第3、青峰くんがいる第2のキャプテンである幸男さんと大坪さんは、ここ最近何度もお説教部屋へ入っている。
勿論、叱る方で。
今日は、リコも一緒だったようだ。

彼等はいつもお説教部屋から出てくると、決まってリビングのソファを2台占領する。
3人掛けのそれに、それぞれお説教する側とされる側に仲良く分かれて。

そこに労りも兼ねてお茶を差し入れるのが、今の私のお仕事でもある。

「お疲れさまです。」
「ありがとう、湊」
「悪いな。」
「いえ。」
「湊、砂糖。」
「それ以上入れると、さつきに私が怒られます。クッキー出しますから、そっちで我慢してください。」

疲れ切っている幸男さんに、おやつのために作ってあったクッキーの残りを差し出す。

「あ―――!!ずるいッス!!」
「俺らにはねーのかよ。」
「もうちょっと反省なさい。先輩方のお言葉、まだ足りないのかしら。」

わざとらしく言ってやると涼太くんは渋々諦めたようで、いつものように甘く作った彼専用のコーヒーを啜った。
思わず笑うと、未だ諦めきれていなかったらしい青峰くんが幸男さんと攻防をつづけながら言った。

「つーか、聞いたぜ。」
「?」
「えらそーな事言ってっけど、アンタも俺らと同じだったんだろ。」

思わず顔をしかめると、火神くんが目を瞬かせた。

「どういう事だ?」
「若松さんが言ってたぜ。今では俺たちが常習犯だけど、その前はアンタがダントツ一番だったらしいじゃねーか。」
「え!?」
「そうなんスか、湊さん!!」

無言で溜息をつくと、話の標的は先輩たちに移った。

「どうなんスか、笠松センパイ!」
「…まあ、そうだな。」
「常連っていうか、湊のためにお説教部屋出来たようなものだからね。」
「いらんモンつくってんじゃねーよ!!」
「私だって欲しくなかったわ!!」

青峰くんに言われ、思わず返す。
は〜、と火神くんが意外そうに私を見上げた。

「あんたでも、先輩たち怒らすことあんだな、です。」
「…まあ。」
「でもでも、別に珍しい事じゃないッスよね!高校時代からも何だかんだ怒られてましたし!」
「涼太くん、明日のお弁当いらないみたいね。」
「すんませんでした!!!」

思わずじとりと睨み付けていると、興味を持ったらしい火神くんが話を引き継いでしまった。

「やっぱ、説教は笠松さんがやんのか?」
「バ火神くん、敬語。」
「です。」
「つけりゃあいいってもんじゃねーんだぞ…」

リコに指摘される彼の中途半端な敬語も、私たちが慣れる方が早そうだ。
幸男さんは最早彼に対しては、そういった事での注意を入れなくなった。

「そうだな、大抵は俺だ。」
「何で説教だったん、で、だ、す。」
「…もういい、無理すんな。」
「だすってなんだよ。」

青峰くんに馬鹿にされながらも、何時まで経っても慣れない敬語を頑張る彼が少し可愛い。

「徹夜で資料作ってたり、本に熱中しすぎて飯時になっても戻ってこなかったり、廊下の蛍光灯手すり乗って変えてたりとか。」
「馬鹿じゃねえの。」
「元海常高校主席に何てことを。」

むっとして言うと、涼太くんはケラケラ笑っていた。

「でも、高校んときからッスよね!ペットボトル知らない奴に直撃させた事も、海常祭で知らない奴の胸倉掴んで喧嘩したこともあったッス。」
「いらないことはよく覚えてるね…」

あんまり蒸し返さないでほしい。
あの時は幸男さんだけで済んだけど、今は兄たちもいるんだから。
バレたら厄介だ。いや、もう時効だと思ってるけど。

「ああ、でも一番酷かった時のは俺じゃねぇな。」
「え?」
「ちょ、幸男さん。」

まさか、と慌てて話を止めに入るけど、途中まで聞いてしまった話を彼等が諦める訳もなく。
にんまりとした3人の笑顔が突き刺さる。

「どういう事だ?」
「誰が一番酷かったんスか?」

とりあえず逃げようと腰を上げるも、がっしりと横からリコに服を掴まれてもう移動できない。
腹を括るしかないようだ。
溜息とともに、自分のために淹れたコーヒーを啜った。

「一番酷かったのは、間違いなく兄貴だな。」
「宮地さん?」

きょとりと聞き返して来た彼らに、仕方なく諦めてもうあってないような弁解に入る。

「ちょっと話に納得がいかなかっただけだよ…」

ええと、と記憶をたどる。
たしかあれは、昨年の秋頃。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「自分が何やったか分かってんだろうな。」

昔から偶にこうやって叱られる事はあれど、大抵は自分が悪い事が分かっていたから大人しく頭を下げていたように思う。

だが、その時は違ったのだ。

ふてぶてしく視線を外し、腕を組んだまま説教部屋の机へ体を預けて立っていた。

「おい。」
「…」
「聞いてんのか!!」
「…っさいな。聞こえてる。」

自分でも少し驚くレベルのドスの効いた声で、苛立ちを隠しもせずに返事をした。
いつもはしっかり閉められているドアも、今回ばかりは荒れる事を危惧したもうひとりの兄が開けていた。
つまり、私たちの声も外へ筒抜けという事で。

後から聞いた話だけれど、由孝さんや充洋くん、浩志さんは困ったようにそれを傍観し、幸男さんと真也くんは我関せずとばかりに本を読んでいたようだ。
部屋の中から聞こえてくる私と清兄の不機嫌丸出しの声に怯えていた面々もいたらしい。

兄も私も、気は長い方ではない。
唯一のストッパーである裕くんも、どうしてもダメにならないと口出しはしてこない。
そのまま私たちの話はヒートアップしていった。

「何をそんなに怒ってんの。意味わかんない。」
「テメェ…喧嘩売ってんのか。」
「納得がいけば、謝ってあげてもいいって言ってんの。」

その時の私は、完全に頭に血が上り切っていた。
喧嘩上等の文字を背負う勢いで、私は兄につっかかった。

「…お前相手に、回りくどく説教垂れる気はねえ。結論からいく。何で手ェ出した。」

ああ、そうそう。
この時のお説教の元は、私が大学の女子バスケの奴らと一発喧嘩したからだった。

うちは、男バスこそ“こう”だけれど、女バスはポンコツだ。
バスケをする気があるのかどうかも怪しいような、部の名を騙る飲み会集団だった。

男子バスケは、私の2つ上はいなかったけど、3つ上がとても上手な人たちが集まっていた。
夏の大会を終えて就活が残っているメンバーもいたため全員が引退して寮を出たばかり。

そんな時だった。
少し用があって女バスの(仮の)部室の前を通ったのは。

彼女らは、うちのメンバーを狙っているようだった。
まあ、今までもなかった訳じゃなかったし、馬鹿らしい、としか思わなかった。

自分の荷物を抱え直して前を通り過ぎようとしたとき、中から丁度出て来た彼女らに捕まった。

内容は察するに余りあるだろうが、まあ、そういう事だ。

顔のいい兄たちを筆頭に、海常の先輩、同輩たち。
他の学校からきたメンバーもその対象だったようだ。

今度、自分たちの練習も兼ねて合同練がしたいと言ってきた。
勿論、私は断った。

最初は食い下がってきていた彼女らだったけれど、途中から私が引かないと分かった途端荒れ狂ったように不満を投げつけてきた。

仕舞いには、私をブスのくせにだとか、兄たちの七光りだとか、好き勝手言ってくれた。
別にそれは、どうでもよかった。

溜息をつきながら、馬鹿だなこいつら、としか思っていなかった。

さっさとそこを去ろうとした時、後ろからその中の一人が投げつけてきた言葉が、琴線に触れた。

「あんた、森山と付き合ってんでしょ。なら、別に他の人たちの事言われる筋合い無くない?」
「本当、それだよね。」
「てか、あんだけイケメン揃ってて森山とか、笑えるんだけど。」
「顔はいいけどさ、やっぱ他の奴らには見劣りするよねぇ。」

思わず足を止めて、ゆらりと振り返ると彼女らは面白がってそのまま更に言葉を連ねた。
何を言っていたのかは、思い出すだけで腸が煮えくり返るので記憶の奥底へ封印するが、私が機嫌悪く彼女らを睨み付けたのは覚えている。

少し聞き流していたけれど、すぐにぶつりと堪忍袋の緒が切れた。
感情のままに、部室のドアを殴りつけると彼女らは先ほどまでが嘘のように口を閉ざした。

「もう、いいか。」
「え……」
「そろそろ我慢も限界だ。それ以上言うようなら、次は当てるけど。」

プレハブに近いその建物は、存外脆く出来ていたようだ。
ドアはほんの少しだけれど、みしりと音をたてて凹んだ。
その後何も言う様子の無い彼女らに、クズが、とか何とか吐き捨ててその場を後にしたのだったと思う。

頭を冷やすために少し遠まわりして帰ると、いつもの様にソファに座った幸男さんがちらりと私を見て溜息をついた。
何だろうと思っていると、無言でドアの開いた説教部屋を指さされた。
低い声で名前を呼ばれた瞬間、ああ、見られていたのかとやっとそこで気が付いた。

で、今、というわけだ。

「別に出してない。」
「笠松から聞いてる。嘘は通らねえぞ。」
「当たってない。」
「当たってなけりゃいいってもんじゃねえだろ。」
「常に物騒なお兄様には言われたくないね。」

馬鹿にするように言うと、兄の額に青筋が浮かぶ。
若干彼のイライラを見て、楽しくなっていた節も、あったと思う。

「いいか、お前は此処の部の部員なんだ。勝手な真似は許されねえ。」
「別に迷惑かけてないじゃない。今回の事だって、あいつらが被害者ぶっても勝てる自信しかないわ。」
「自信家なのは結構だが、お前のそれはただの思い上がりだ。」

清兄の言葉に、さらにかちんときて言い返す。

「小さい子供じゃないのよ、やっていい事と悪い事の分別はついているつもりだけど。」
「そういう奴は、普通は脅すような事したりしねえ。」
「ちょっと驚かせただけじゃない。あんなことでぐだぐだ言われたくないわ。」
「何度も言わせるな。お前の言動は、部に迷惑をかけることにもなりかねねぇんだぞ。」

兄も、相当いらいらしている。
それでも言葉を選ぶ余裕があるのを見て、少し面白くなかった。

「なら、私をここから出す?」

挑発的に笑って言った私の言葉に、リビングで聞いていた海常のメンバーが顔を上げたのが見えた。

「私が部にいるから、いけないって事でしょ?なら此処から出て行けばそれで済む話。」
「お前…!」
「言っとくけど、今回の事は私は悪くない。どんだけ説教されても、諭されても変わらないから。」

ぎろりと睨みつけると、兄は目を細めて眉を寄せた。

「この話はどれだけやったって堂々巡りだよ。本人に反省はないからね。」
「…」
「目に余るなら、此処から出せば?なんなら、今すぐこの場で退部届書こうか?」
「…黙って聞いてりゃ、いい気になりやがって。」

ぼそりと洩れた声は、久しぶりに聞く兄の本気の怒声だった。

「黙って聞いてろとは言ってないけど。」
「お前のその折れない所は嫌いじゃねぇが、周りを見る事もいい加減覚えろ。」
「分かってないな。私これでも言葉選んでるんだけど。」

一度溜息をついて、ゆっくりと一度瞬きをして言った。

「私を切り離すだけの度胸がないのに、説教だけ垂れてんじゃねーよって言ってんだよ。」

見開かれた目と共に、私の胸倉をつかもうと兄の手が伸びて来た。
さて、どうこの場を去ろうかと冷静に考えていると、急に視界が真っ暗になった。

「え、」
「……退け。そいつは一発痛い目見なきゃ分からねえんだ。」
「それじゃ、湊と一緒だろ。」
「湊も、少し冷静になれ。な?」

そっと退けられた手に、視界が戻る。
兄の手を止めたのは、もうひとりの兄で。
私の視界を覆ったのは、ある意味この話の渦中の人でもある私の恋人だった。

「…由孝さん。」
「話がずれてきてんだよ。兄貴だって分かってんだろ。」
「…」
「湊。」
「………はい。」

優しい彼の視線に、心がすこしだけ落ち着いた。

「湊が怒った理由、笠松から聞いた。」
「…」
「俺も、きっと反対の立場だったら同じようにしたと思う。」
「おい、森山。」

声を荒げる清兄に、由孝さんはへらりと笑った。

「そりゃそうだろ。大事な部の仲間や、大切にしてきた恋人が好き勝手言われてるのを黙ってられるほど、俺は大人じゃねえよ。」
「…」
「お前も、きっとそうしたと思うけど。」

由孝さんの言葉に、兄は閉口した。
彼は私に向きなおって、またにこりと笑った。

「でもな、湊。俺はお前を此処から失いたくないよ。」
「…」
「俺たちには、お前が必要なんだ。」
「由孝さん…」
「それに、お前にだって俺たちが必要なはずだ。そんなに簡単に離れられる場所じゃないと思ってるけど違ったか?」

もう彼の勝ちは決定しているようだった。
彼は時に、20年近く付き合ってきている兄たちよりもずっと、私を理解している。

「…分かりました、分かりましたよ。降参です。」
「ん。」

にこりと笑った彼に、兄との一触即発の言い合いはあっさりと幕を閉じた。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「…森山センパイ流石ッス。」
「宮地さん、俺大学はいってからの付き合いだけど、んな言い合い出来ねえわ。」
「そこは、まあ兄妹だからね。」

はは、と苦い顔で笑うと幸男さんがカップを置いて溜息をついた。

「兄貴たちが一緒になって、お前ももう少し大人しくなるかと思ってたが…」
「逆ね。」
「まあ…宮地も、気は長い方ではないし…説教は秀徳では俺や木村の仕事だったからな。」

遠い目をする大坪さんが少し不憫になりながらも、恐らく私も海常の彼等には同じように思われているんだろうなと口を噤んだ。

「人の名前を出すな。どうせ良くねえ話なんだろ。」
「何?何の話?」

後ろから声をかけられて振り返ると、丁度話に出ていた清兄と由孝さんが居た。

「あら、お帰りなさい。」
「おお。」
「説教部屋からの帰りか?」

ひょい、と軽くソファの背もたれを越えて私の隣へ着地した由孝さんは、幸男さんの皿からクッキーを1枚くすねた。

「あまり食べないでくださいよ。さつきに怒られます。」
「ええ…」
「最近チョコレート、お好きみたいですね。知ってますよ。」
「…わかったよ。」

不満そうに言う彼に、思わずふふ、と笑ってしまった。
大人っぽく私たちへ話をする彼もすきだけれど、やっぱり由孝さんはこうでなければ。

少しレアな彼を思い出しながらも、説教部屋は当分御免だなとコーヒーを煽った。



Dear,さおり様
企画参加ありがとうございます!
遅くなってしまい、申し訳ありません…

説教部屋の話、ということで兄Verで書かせていただきました。
いいところは森山が持ってったみたいになりましたが…

今後も兄たちとの絡みはつけていくつもりなので
ゆるりと待っていていただけると嬉しいです。

本当にありがとうございました。


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