中途半端な だから | ナノ
彼の部活の仲間と出会ってから2日。
学校でたまに、あの黄色い彼に会うようになった。

彼は、充洋たちに聞いていたとおりとっても人懐っこくて。
私の姿を見かけると、ぱっと表情を明るくさせて手を振ってくれる。
苦笑いながら振り返せば、ぱたぱたと小走りで寄ってきて早口で何かを告げる。
私が分からないと困った顔をすれば、途端にしゅんとして四苦八苦しながら言葉を選んでくれる。
お堅いイメージが強い真也が目をかけるのも、よくわかる。

「あ!橘さん!」

また聞こえた声に、彼の笑顔を思い浮かべて振り返る。
思わず顔もにやける。

「キセくん。」
「おはようございますッス」
「もう、おひるだよ。」
「でも、俺と会うのは今日初めてッス。」
「そういうものなの?」

知らない事も多いものだ。
どうやら、時間にかかわらず日本人はその日初めて会った時には朝の挨拶を交わすらしい。
ふむ、と頭の中へメモを残していると、彼の向こう側に真也の姿。

「真也。」
「ああ、今から昼練なんスよ。」
「ひるれん。」
「練習ッスよ。」
「へえ。」

がんばるね、と首を傾げると黄瀬クンは笑った。

「まあ、練習はきついっすけど。でも、好きな事っスからね。」
「そっか。」

彼の笑顔は、確かに眩しい。
たしかに、充洋もバスケや仲間たちの話をする時はとっても楽しそうだ。

「黄瀬。」
「あ、はい!俺、行きますね。」
「うん。がんばってね。」
「ありがたいっスけどそれ、俺じゃなくて早川センパイに言ってあげてくださいッス。」

それじゃ、と軽く手をあげて走り去る彼の向こうで、真也がひらりと手を振っている。
私も手に抱いた教科書をぎゅっと握って図書室へと向かった。

△▼△▼△▼△▼△▼


休み時間は、大抵図書室にいる。
部屋にある机は、自習のために個人用に区分けされている。
放課後は早く来ないと埋まっちゃうこともあるけど、昼休みはとっても静か。
真也に、「本を読むのも勉強になるよ」と言われてからは辞書を片手に簡単なものから読むようにしていた。

今日は、原作が英語の本にした。
原作と日本語訳の本を持ってきて、2冊を開く。

日本語の方を読んで行って、分からなくなったら英語の方で訳をする。
偶に後ろを通る人たちがぎょっとした顔で私を見るけど、最近ではもう慣れてしまった。
向こうにいた時にも、確かに英語以外の本を開いている人を見たら何となく見てしまったものだし。
きっと他の人たちにしたらそういう事なんだと思う。

「(えーと…)」

調子よく本を読み進めていると、背後でばさりと音がした。
振り返ると、司書の先生が慌てて本を拾っていた。

「大丈夫ですか。」
「あ、ああ、ありがとう。」

にこりと笑顔を返して、散らばってしまった本を手分けして拾っていく。
どれも小説のようだったけれど、最後の一つは違った。

「『百人一首』…」
「ああ、それさっき1年生の授業で使ったのよ。」
「へえ…」

ぱらりとめくってみると、蚯蚓が這ったような字(草書…だったかな)が並んでいる。
こんな言い方悪いけれど、こんな読めもしない字に美学を見出すなんて日本人は変わってる。

「…興味があるなら、読んでみない?」
「え?」

ぱっと顔をあげると、先生は他の本を抱き上げて立ち上がった。

「草書のところは読めないだろうけど、訳もちゃんと載ってるから案外楽しいかもよ。」
「で、でも、私日本語は、」
「国語が苦手でも、興味を持つきっかけにはなると思うわ。」
「いや、あの、」
「それ、先生の私物だから読んだら返しに来てね。」

それじゃあ、と半ば押し付けるように去って行った先生に、ぽかんとその場に座り込んだまま背中を見送った。
ぼんやりとその本の表紙を眺めていると、午後の授業への予鈴が鳴る。
慌てて荷物をまとめて、図書室を後にした。


△▼△▼△▼△▼△▼



「(えぇと…百人一首とは、)」

英語の授業を受けながら、教科書に隠すようにして先ほど借りた本を開く。
確かに訳も載っているし、私でもなんとか調べながらなら読んでいけそうだ。

思いのほか没頭してしまったようだ。
先生に呼ばれた名前に気が付かなかったらしい。

「…橘さん?」
「あっ、は、はい」

ぱっと顔をあげるとどうかしたのかと聞かれてしまう。
慌てて何でもないですと返すと、怪訝そうな表情で教科書の音読をあてられる。
数ページ進んでしまっていた教科書を捲って、指定されたところから読んでいく。

英語の時間は、すごく楽だ。
文法がどうとかやってた時のはちょっと苦しかったけど、最近はひたすらに本を読んでるのと変わらない。
しかも、まあ、当たり前だけど日本人用だから、お話の中で犯人は結局誰だったでしょう、とか、誰々はあの時何をしたでしょう、とか。
向こうへ持って帰れば、小さなこどもだって100点が取れるだろう。

「…はい、よろしい。座って。」
「はい。」

私の英語の音読が終わると少しだけざわつく教室にも、慣れて来た。
国語の音読が当たった時の、皆のがんばれ、と言わんばかりの空気にも。

その日の英語の授業は、結局全て百人一首を読んで終わった。
全然進まなかったけど。

「ナツメ。」
「あ、充洋。」

やってきて私の手元を覗き込んだ充洋は、首を傾げて本を持ち上げた。

「百人一首?」
「うん。図書室で、貸してくれた。」
「Who?」
「ししょ?の先生。」
「へぇ…」
「English is room for a returnee student.」

揶揄うように言いながら笑う真也に、思わず苦笑いで頭を掻いた。

「Is that fascinating?」
「うん、結構。」
「……」
「充洋?」

ぱらぱらと流し見しながら、充洋が尋ねる。

「Which do you like?」
「え?ええと…」

行き過ぎたページを戻って、ひとつを指さす。

「これ。」
「Why?」
「んーと、他のやつは失恋のやつが多いけど、これは、そうじゃないから。」

カテゴリ分けされているその本は、最初の方が恋の歌だった。
どれも「あなたを待てども」みたいな感じなのに対して、それは相手を想って苦しいほどです、みたいな内容だった。
でも、悲観的じゃなくて。
どっちかっていうと、好きすぎてもうどうしたらいいのか分からないの!みたいな。

「…へえ。」
「When saying so, weren't you called to a teacher?」
「あっ!!」

次の授業の用意を取りに来るように、先生に言われていたのをすっかり忘れていた。
真也に言われて慌てて教室を飛び出した。

△▼△▼△▼△▼△▼


「あいつのおっちょこちょいは、治りそうにないな。」
「…」
「早川?」
「……かくとだに、」
「は?」

中村が怪訝そうに首を傾げて早川を覗き込むと、何も言わずににこりと笑顔を返して本を閉じた。

「なんでも。」
「?」

名残惜しそうに本の表紙を撫でて自分の席へ戻って行った早川に、ただただ中村は首を傾げた。









かくとだに
 えやはいぶきの
  さしも草
 さしも知らじな
  燃ゆる思ひを

← →

戻る


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -