中途半端な だから | ナノ
「早川はさ、あの子の事好きなのか?」

部活の休憩中、俺の足元に座っていた森山さんが声をかけてきた。
タオルで汗を拭いたまま見下ろして固まる。

「…?」
「ほら、橘サン。」
「…ああ。」

出来れば、部活でその名前を出してほしくなかった。
俺の名前とセットなら更に、好きかどうかなんて問いと共になら尚更に。
でなければ、あいつが寄ってくる。

「え!?早川センパイ好きなコいるんスか!誰ッスか!?2年ッスか?!」
「…」

好奇心の塊である後輩が目を輝かせながらやってきた。
いつもはそういう話は森山さんの独壇場だから、珍しいんだろう。

「あ――…」
「わり、早川。」
「や、いいッス。」

まあ、耳に入ってしまった以上仕方がない。
気にするのはやめて、先輩と後輩の問いに答える事にした。

「好きです。」
「マジか!!!」
「わあああああ早川センパイのコイバナあああ!!!」
「そんなにテンションあが(る)ことか…?」
「珍しいでしょ!笠松センパイが女子と歩いてるのと同じくらい珍しいッス!」
「…そうか?」

確かに、言われてみれば好きな子とかできたのも久しぶりかもしれない。
それこそ、小学校の時以来とか。

「んん…」
「どんな人ッスか?!」
「めちゃくちゃ可愛かった。」
「森山センパイ会ったんスか!!」
「いいだろ!!」
「早川センパイ俺も「いやだ。」何で!!」

なんでどうしてと食いついてくる黄瀬に、思わず目線を逸らす。

うちの部は皆顔が整っているメンバーばかりだ。
自分がその中でちょっと浮いていることも自覚している。
だからこそ、今まで部のメンバーの前では一緒にいるところは見せないようにしてたのに。
…中村は、まあ、仕方がないとしても。

「どんな人ッスか!?」
「言うわけないだ(ろ)。」
「森山センパイ!!」
「わるい、今回ばかりは俺も言えない。」
「な―――ん――――で――――!!!」
「黄瀬、笠松さんが呼んで(る)ぞ。」

指さす先には、練習へ戻れと声をかけるキャプテンの姿。
流石の黄瀬もあの人の言葉には逆らえないようで、後でまた聞きますからね!と捨て台詞のように吐き捨てながら戻って行った。

「…お前、本当あの子の事に関しては徹底してんな。」
「まさか。(森)山さんたちに会っちゃった時点で、既に想定外ッスよ。」

話をしていると、あいつに会いたくなった。

△▼△▼△▼△▼△▼

「あ」
「あ」
「「「「あ」」」」
「?」

いつものように6人で帰宅していると、昇降口で丁度靴を履き替えているナツメに会った。
小堀さんはひらりと手を振りながら森山さんの首根っこを捕まえている。
キャプテンはちょっと困ったように眉を寄せていて、中村はいつもと変わらない。
黄瀬だけが、いまいち状況が読めていないらしくきょとんとしている。

…黄瀬といるときに、会ってしまった。

「充洋。」
「Hey,Do you come home?」
「うん、さっきまで先生に呼ばれて、資料室のかたづけてた。」
「『片付けしてた』な。」
「片付けしてた。」

中村に指摘されて少しだけ恥ずかしそうに訂正を入れる。
俺の英語に唖然としていた黄瀬が、はっとしたように俺を押しのけて話に入ってくる。

「ど、どういう事っスか?!あ、もしかして、この人が早川センパイが言ってた人ッスか!?」
「え、」
「黄瀬、」
「俺、黄瀬涼太っス!早川センパイのバスケ部の後輩で、同じチームでプレーしてるッス!先輩、2年生っスよね?早川センパイとは仲良いんスか?」
「あ、」

急にまくしたてられ、目が完全に泳いでいる。
きっといつも以上に聞き取れていないだろう。

「黄瀬、やめ(ろ)。」
「センパイ!この人ッスよね!この人がセンパイが言ってた気になる人ッスよね!」
「ちょ、おい黄瀬!」
「いいです小(堀)さん。ああ、そうだ。」

背に隠した彼女は、少し肩越しに見てみてもきょとんとした顔で俺を見上げていた。
こういうときは、本当に彼女の語彙力、というか、日本語力の無さをありがたく思う。
黄瀬がした「気になる人」という言い回しも、ナツメが拾えなかった理由の1つだろう。

「わあ、ね、ね、俺とも話しましょうッス!」
「だめだ。」
「何でッスか!俺もこの人と早川センパイの話したいッス!」
「………だめだ。」
「ちょっと考えただろ、お前。」

横で中村が少しあきれた表情でいるけど、そっと見なかった事にする。

そりゃあ、好きな相手と、これでも大事にしている後輩が自分の話で盛り上がってるのなんか嬉しいことだ。
この2人には、感情の違いはアレだが好かれてる自信はそこそこあるし。
でも、だめだ。

「帰(ろ)う、ナツメ。」
「え、あ、うん…?」
「早川センパイ!!」
「ぐえっ」

黄瀬を置いて歩き出そうと踵を返したところで、首根っこを思い切り引っ掴まれる。

「何すんだ!」
「す、すんません…そんなクリーンヒットで手が襟に入ると思ってなくて、じゃなくて!」

申し訳なさそうな表情でしゅんとしたと思ったら、すぐにキャンキャンと自分も彼女と話がしたいと吠え始めた。
頭が痛くなってきて手を額へ当てて顔をしかめると、下でナツメが心配そうな顔で俺を覗き込んでいるのが見えた。

「充洋…?」
「ん、I'm OK.」

笑うと、彼女も少しだけ安心したように笑った。

△▼△▼△▼△▼△▼

結局、一緒に帰路につくことになった俺たち。
俺と黄瀬の間にナツメを挟んだ状態で歩道を歩く。

「じゃあ、ナツメサンってキコクシジョってヤツなんスね?」
「ん、そう。」
「かっけー!」
「か…?」
「So cool.」
「Ah…Thanks.」

黄瀬との会話の中で分からない単語があると俺を見上げるので、その度に英訳してやる。
…何で間取り持ってんだ、俺。

「俺の友達にも、アメリカ帰りがいるんスよ!」
「バスケの子?」
「はい!東京の学校にいる火神ってヤツなんスけど」

ナツメは基本聞きに徹していた。
黄瀬が話す友達の話を聞きながら、にこにこと笑顔を向ける。

「早川。」
「はい。」

後ろから森山さんに呼ばれたので、一歩下がって他のメンバーの話へ移動する。

「お前、いいのか?」
「え?」
「黄瀬、あれでもモテ男だぞ。隣譲っちゃっていいのかよ。」

森山さんの言葉に俺が首を傾げると、隣で中村が溜息をついた。

「無駄ですよ、森山さん。」
「は?」
「そいつ、分かってんですよ。」

どういうことだと話を続ける森山さんを置いて、また前の会話へ戻った。

△▼△▼△▼△▼△▼

「何が分かってる、なんだ?」

小堀さんが話に入ってきて尋ねる。
俺は前を歩く3人を見て、また溜息をつく。

「あいつは、ナツメが自分以外を好きになる事がないことを知ってるんですよ。」
「……は?」

時間が止まったかのように、先輩3人が唖然と俺を見た。

「ちょ、マジどういう事だ。」
「え?付き合ってんの、あいつら?」
「いや、付き合ってはないんですけど。」

少し考えて話を整理してから、つづけた。

「あいつの場合、無意識なんですけど。分かってるみたいですよ。」
「そ、そんな事有り得んのか?」
「黄瀬が入ったばっかの時、笠松さん黄瀬に付きっ切りだった時期あったじゃないですか。」
「あ、ああ」
「あの時も、じっと2人を見てましたけど何も言わなかったでしょう?」
「…たしかに、そうだな。」
「それも、笠松さんが何だかんだ俺たちの事も大切にしてくれているのを知っていたからなんですよ。」

ぽかんと口を開けた笠松さんに、小堀さんが続けた。

「言われてみれば、そうだな。」
「早川は、ひとりにされるのが一番嫌いなんですよ。あんなんですけど。」
「まあ、寂しがりなのは、なんとなく感じるけど。」
「笠松さんの時は、黄瀬のことも大切にしてたってのもあるけど、今回は完全に“そう”ですよ。」
「…離れて行かない自信、か。」
「はい。」

さらに溜息を上乗せした俺に、森山さんが心底腹立たしいとばかりに蹴りを入れに行っていた。

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