俺たちの交換日記 | ナノ

双子の本気 兄の威厳

鈴ヶ丘チームへ戻る事を決めてから、湊は毎日男バスの練習が終わってから出かけていくようになった。
勿論、自分の寮での仕事はきちんと終えてから。

「湊、行くぞ。」
「待って、すぐ行く。」

心配症な兄や先輩たちのお蔭で、ローテーションで送迎付きだ。
何度も大丈夫だと言って聞かせたのだが、無意味に終わった。
今日は、裕也が連れていくらしい。
2人並んで仲良く出ていったのを見送ると、ぽつりと黄瀬がこぼした。

「裕也さんと湊さんて、双子なんスよね?」
「あ?ああ、正真正銘な。」
「でも、あんま似てるって感じじゃないッスよね?や、似てるんスけど、なんていうか。」
「何言ってんだお前。」

清志が怪訝そうに首を傾げる横で、笠松がアシストをいれる。

「“兄妹”としては似てるけど、“双子”としては似てないってことだろ。」
「そーっス!」
「はあ?」
「つまり、あいつらは似てるけど、それはお前とも似てるだろ。」
「まぁ、兄弟だからな。」
「黄瀬が言ってるのは、双子“らしく”瓜二つってわけじゃねえってことだ。」
「そう!そうッス!」
「笠松、お前すげぇな。」
「これが出来なきゃあいつは丸め込めねぇ。」

素直に関心する清志に、黄瀬はつづけた。

「でも、こないだ聞いた時は湊さん一卵性だって言ってたッス。一卵性って、瓜二つになるもんスよね?」
「あー、気付いてねぇのかやっぱ。」

清志の意味深な言葉に、黄瀬が首を傾げた。

「どういう事っスか?」
「あいつらは、他のやつらに見分けがつくようにわざと似せてねえんだよ。」
「え!?」
「それでも間違われんだから、双子も大変だよなー。」

完全に他人事状態でミルクティーを啜る清志に、今度は笠松が尋ねる。

「間違う、って、あいつらをか?ありえねえと思うけど。」
「それが有り得てんだよ。つか1年が入ってからこっちで、もう大分呼び間違われてんぞ。」
「え?!」

黄瀬が慌てて前のめる。

「何だかんだ1人1回は通る道だしな。あいつらも気にしてねえだろ。」
「て、事は俺たちも1回はやってるって事か。」
「そうだな。黄瀬、お前が昨日ソファに座ってたやつに「裕也さん」って呼んで寄って行ったの、あれ湊だったからな。」
「マジすか!?」
「フードかぶってたし、湊も“裕也”として返事してたから、気が付かなくても仕方ねぇけど。」
「うわあ、どうしよう…」
「しゃーねーって。湊と裕也の判別が100%できてんのは今の所俺だけっぽいし。」
「流石っスね…」
「生まれた時から一緒なんだぞ、当たり前だ。」

呆れたように言う清志だったが、ふと思い出したように言った。

「ああ、でも。」

がちゃり、とリビングのドアが開く。
自然と集まった視線に、開けた本人はびくりと肩を揺らした。

「え、何。」
「…あいつも、俺が知ってる限り間違ってるの見た事ねぇ。」

少しいらついた目線を向けられ、森山は困った表情で首を傾げた。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

中学時代を思い出す練習風景。
ぐい、と流れてくる汗をTシャツで拭っていると、頭から何かをかぶせられた。
あたふたしながらそれをかき分けて目を上げると、送ってきたまま練習を見学していた裕也が溜息まじりに立っていた。

「お前な。いくら双子の片割れとは言え男のいる前でそういう事すんなよ。」
「だって、裕くんだし。」
「……」
「高校時代も、何だかんだ選手の皆と一緒に着替えてたし。」
「それ、絶対兄貴に言うなよ。」
「別に素っ裸になる訳じゃないんだし…」

不思議そうにする湊に、裕也は溜息をついた。
湊は首を傾げながら、裕也に借りたタオルで汗を拭いた。

「山吹ー」
「あーい。」

几帳面にタオルを畳んで置くと、伸びをしながらコートへ戻っていく。

「…お袋、親父、俺どこで間違ったのかな…」

どこかずれている妹と人一倍手のかかる兄に、実家の両親を思いながら再度深い溜息をついた。



「…裕也くん、頭抱えてるけど。」
「いつもの事だから。」
「不憫ねぇ、本当…」
「高校時代からですよ、裕也先輩のアレは。」

けろりと言い切る湊と若草に、紅は心の中で手を合わせた。

「山吹ー」

呼ばれた方を振り向くと、ふんわり微笑む紺が手招きをしている。

「ロードワーク行くんだけど、一緒にどう?」
「あ、はい。」

紅に手を上げて断りをいれると、体育館を出ていった。
一緒に行こうと後を追おうとした若草を、紅が引っ掴む。

「ぐえ、何するんですかキャプテン…」
「今日は、行かない方がいいわ。」
「ええ?」

壁際で背中を見送った裕也も、送ってきたわりに一緒に出ていくことはしなかった。
ただ、ざわつく胸を押さえて湊の帰りを待った。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

2人で並んで走っていると、本当に中学時代のようだった。

紺は、柔和な雰囲気とは真逆のパワープレイヤーだった。
Cとして絶対の領域を持っていた彼女だったが、あの一戦以来ゴール下を嫌うようになってしまった。
海常のメンバーとした試合の時はCとして出ていたが、他の試合は湊と交代でSGで入っていた。

「懐かしいね、中学時代もこうやってよく走りに行ったよねえ。」
「そうですね。」

一定のリズムを保ちながら、明るい街灯の下を走る。
やはりどれだけ離れていても、鈴ヶ丘のメンバーが湊にはよく合っていた。

「今度の試合の話、聞いた?」
「特には、何も。」
「ほら、小さいアマチュア戦とはいえ、一応公式戦じゃない?トーナメント戦で、優勝までは4連勝だって。」
「4戦か…」
「あいつらと当たるのは、決勝だった。」

紺の言葉に、湊のペースが少し乱れる。

「勿論、あっちが勝ち残ってればの話だけど。」
「紺先輩は、大丈夫なんですか。」

湊の問いに、紺は足を止めた。

「何が?」
「…私の記憶では、あの日一番傷が深かったのは紺先輩ですよね。」

紺は、湊の暴走を自分のせいだと思っている。
自分の怪我のせいで湊の暴動があり、自分の怪我のせいで鈴ヶ丘はチームではなくなった。

実際暴力を振るうことになったのは湊であり、そのきっかけを作ったのは相手チームだった。
だが、そんな事よりも紺にとっては、大切な後輩に事を起こさせてしまったことのほうが辛かった。
どれだけ他のメンバーがフォローを入れても、そんなものは慰めにもならず。
彼女はまだ自分を責め続けているのだ。

それを、湊はよく知っていた。

「紺先輩は、もう一度あいつらと同じコートに立てるんですか。」

湊の言葉に、紺は笑った。

「山吹や皆が一緒なら大丈夫だよ。」
「……」
「私には、山吹の方が色々ある気がするな。」

紺の言葉に、今度は湊が返す。

「大丈夫ですよ。」
「本当に?」
「ええ。」
「さつきちゃんの事も、平気?」

出された名前に、言葉が詰まる。

「まだ、さつきちゃんには言ってないんでしょ?黄瀬くんたちにも。」
「…ええ。」
「きっと今回の試合応援来るって言いだすよ。それでも、平気?」

紺の問いに、湊は無言で俯いた。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

練習を終えた帰り道、途中で雨に降られた2人はパーカーのフードをかぶって寮の入り口まで走った。

「あー、濡れたー」
「私、雨女なのかな…」

最近の雨への遭遇率に肩を落としながら、エントランスのドアを開けて靴を脱ぐ。

「「ただーいまーぁ」」
「おかえりなさいッス!!」

かぶった声にパタパタと寄ってきた黄瀬が、2人の前でぴたりと動きをとめた。
一応応える気満々だった湊は、手を広げたまま首を傾げた。

「涼太くん?」
「あっ、湊さん!」
「あ、って…」

更に首を傾げる湊にお構いなしに抱き着いた。
横では裕也が呆れた顔で清志からタオルを受け取っていた。

「お前、今俺たちの見分けつかなかったろ。」
「え゛っ」
「お前、本当嘘つけねぇな。」
「うう…」

しょんぼりしながらぐりぐりと湊にすり寄る黄瀬に、湊は笑った。

「パーカーで髪の長さ分かんなかったし、裕くんは靴脱ぐのに座ってたもんね。」
「すみません…」
「なんで?いいよ、双子ってそういうもんだし。」

本当に全く気にしていないようで、笑顔は全く崩れない。
それどころか、面白そうにくすくすと笑いつづけていた。
黄瀬は悔しくなったのか、膨れて湊を見下ろした。

「でも…」
「他の皆だって見分けつかないよ。」

一度とったフードをかぶって、髪を綺麗にパーカーの中へ仕舞う。
身長差が分かりにくいように黄瀬に離れるように言い、リビングのドアをあけた。

『ただいま。』

裕也の声になった湊が声をかけながら入ると、そこにいたメンバーが顔を向けた。

「おかえり、裕也。」
「遅かったな、湊の練習に付き合ってたのか?」
『付き合ってた、っつーか見学っスけどね。』

確かに、皆が彼女を裕也だと思っている。
湊だと知っている黄瀬ですら、裕也なのではないかと疑うほどに。
流石双子、違うのは背丈だけだが元々湊も身長が高いのでパッと見じゃ分からないらしい。

笑いながら会話していると、ちょうど2階から森山が降りて来た。

「あ、お帰り。また降られたろ?」
『はい。でも、多少濡れたぐらいッスよ。』

森山の言葉に、本を読んでいた笠松と小堀がぴくりと反応した。

「…「また」?」
「あったかい飲み物淹れようか。それとも、先風呂行く?」
『や、いただきます。』

にこりと笑ってキッチンへ入って行った森山に、早川と中村が顔を見合わせる。

「…早川。」
「うん。」

何かを確認するように早川を呼ぶ中村に、早川もこくりと1つ頷いた。
少し経って、森山はカップを持って戻ってきた。

「はい。」
『え…?』

条件反射で受け取ろうとしたそれに、湊は手を止めた。
唖然としてそれを見つめる湊に、森山は首を傾げて再度促した。

「どうした?今日はココアじゃないのがよかったか?」
『…いえ、ありがとう、ございます。』

ず、と啜ったそれに、湊は確信した。

「そういえば、裕也は?一緒に戻ってきたんじゃないのか?」

森山の言葉に、海常のメンバー以外は目を見開いた。

「え?!」
「裕也って、え、て事は、」
「…すみません。」

フードを取ってバツが悪そうにもごもごする姿に、やっと彼女が裕也ではない事に気が付いたらしい。

「湊!?」
「まじか、全然気が付かなかった…」
「由孝さん、最初から気が付いてましたね?」
「ん、まあね。何で裕也の声なのかなあとは思ったけど。」

自分の手の中におさまるカップは、高校時代に7人色違いで買ったオレンジのそれ。
湊専用のそれが出て来た瞬間、海常のメンバーは悟っていた。

「早川も気が付いてたぞ、多分。中村も、笠松や小堀だって。」
「違和感は感じてました。海常のメンバーにしか反応しない(レ)ーダーが反応したか(ら)。」
「お前のレーダーどうなってんだよ。」

裕也と共にリビングへ入ってきた清志にツッコまれ、自分でもわからないと頭をかいた。

「俺も、早川が首を傾げたので気が付きました。」
「俺たちは、森山が「また雨に濡れただろ」って言ったから。」
「裕也が雨に打たれたのなんかここ最近見てなかったしな。」
「なんだか、謎解きみたいですね。」

ふふ、と笑う湊はどこか嬉しそうだ。

「秀徳組がいないのが残念だな。」
「あいつらが見てたらなんて言ったかな?」
「さあな。」
「今度やってみましょうか。」

にこにこする湊は乗り気のようだ。

「でも、マジで森山は分かんだな。」
「まあ、そりゃあ。」
「?」

話の流れがつかめない湊が森山を見上げると、少し照れたように目を逸らされた。

「由孝さん?」
「湊と裕也が出て行ってから、ちょうどそういう話をしてたんだ。」
「2人が入れ替わったら、気が付くかってな。」
「それで、宮地がお前らを完璧に見分けられてるのは、今の所自分と森山だっていうから。」

小堀たちの言葉に、この1年をざっと振り返ってみる。
確かに、言われてみれば森山には一度も裕也と間違われた記憶がない。

「…すごいですね。」
「本人が言うのか…」
「や、小さいときは親ですら時々間違ってましたし、私たちが意図的に入れ替われば今でも多分気が付きませんし…」

じっと見つめてくる湊に、森山は少し気まずそうに尋ねた。

「何…?」
「どうして分かるんです?」
「え?」
「どうして、私たちを見分けられるんですか?何を見分ける指標にしてるんですか?」

至極不思議そうに言う湊に、今度は森山が首を傾げた。

「そんなの、聞いてどうするんだ?」
「後学の為に。」
「どういう意味だ。」
「いざという時に入れ替われないと不便なんです。」
「それ聞いて、俺が素直に答えると思うのか?」
「いざという時って、どういう時だよ。」

笠松があきれたように言うが、湊はそれよりもと更に詰め寄った。

「いいじゃないですか。」
「そういわれても…」
「お願いします。」

尚も食い下がる湊に、森山は溜息をついた。

「…まぁ、いいか。」
「!」
「そんな期待した目向けるなよ…。俺は、お前らの目で見分けてるんだ。」
「…目?」
「そ。」

森山の言葉に、黄瀬が湊の目をじっと見つめる。
居心地が悪くなって逸らすと、それを追うようにまた覗き込まれた。

「何が違うんだ?」
「宮地兄弟は、3人とも目の色がちょっとずつ違うんだよ。」
「…そう、か?」
「言われてみれば、違う、かも…」
「やめろ、俺まで巻き込むな。」

話に盛り込まれた清志は、眉間に皺を寄せたまま目を伏せた。

「でも、森山さん俺たちの後ろ姿からでも迷いなく名前呼んでくれますよね。」
「あー、まあ、その、なんだ。」

今度は裕也が不思議そうに聞く。
彼も、湊と入れ替われないのは少々困るようだ。

「皆、俺と笠松を間違えたりしないだろ。」
「当たり前だろが。」
「それと一緒だって。」
「ああ?」
「湊も裕也も宮地も違う人間なんだから、分かるに決まってるってこと。」
「お前、面倒になったな?」
「うるせ。」

この話はおしまいだ、と手を振って洗面所へ消えていった森山に湊は緩く笑った。

「湊?」
「あんなに自信満々に言われることなかったから。」
「ああ。」
「間違われるのが当たり前だったから、特に何も感じてなかったけど…うれしいね、清兄以外にもちゃんと見分けてくれる人がいるってのも。」
「…そーだな。」

厳密に言えば、森山は見分けがつくのではなく、湊かどうかが判別できるだけなのだ。
湊が分かれば、消去法で裕也も分かる。

それを何となく感じ取っていた裕也は、少しだけ困ったように笑った。

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