俺たちの交換日記 | ナノ

少しはやい さくらんぼ

べり、と音をたててちぎられたカレンダー。
1年生たちが入ってきて早1月が経とうとしていた。
過ぎ去った4月のそれを丸めながら、ふと考えた。

「(そういえば…)」

5月になれば、日向や福井の誕生日が来る。
また夕飯のリクエストを聞いておかなければならないな、と思ったところで気が付いた。
1年生たちの誕生日も埋めておかなければ、また暴れるメンバーが出てきそうだ。

「(元部長たちなら、知ってるかな…)」

手帳を持って、彼らのもとへ向かった。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

一応全員の誕生日が埋まった。
1年生たちの中で一番早いのは、桃井のようだ。

「どうするかな…」

考えてはみたが、今までほとんど関わりのなかった他校の1年生の事なんて知るはずもない。
何が好きで何が嫌いか、なんて全く予想できない。

「あっ、湊さ〜ん!」

丁度やってきた桃井を、思わず腕を組んだままじっと見つめる。
勿論何故凝視されているのかも分からないので、きょとんとしたまま見つめ返す桃井に
湊は顔をしかめた。

「(本当に分からない子だな…)」
「?」

情報収集を生業としてきた彼女からすれば、自分から情報を漏らすことは絶対にあってはならない。
それは、どうやら自分自身の事についても徹底されているようで。
自分が他人の考えを覗くことに関して長けているのは自負していたが、彼女は本当に読みにくい。
リコも最初出会ったときはそうだったな、と思い出に耽っていた。

「湊さん?」
「……ああ、ご」

謝罪をいれようとしたとき、寮の呼び鈴が鳴った。
寮生たちは鳴らさないそれが鳴るのは、とても久しぶりの事だった。
桃井に小さく手を上げて話を切り上げて、湊はエントランスを開けた。

「はい。」
「湊、やっほー」

ドアを開けた状態で固まった湊は、盛大に顔を顰めた。

「…やめてよ、名前で呼ぶな。」
「はは、そんな顔しないでよ山吹。」

立っていたのは、中学時代のキャプテン。
今までは大学の中でしか会わなかったのに、一体どうしたのかとドアにもたれ掛かって首を傾げる。

「何の用?」
「つめったいなぁ。…ねぇ、山吹。」
「?」

紅が急に真面目な声色でじっと湊を見上げる。

「もう一度、私たちとバスケする気ない?」
「…は?」

思わず漏れた声は、思った以上に不機嫌が滲んだ。
桃井が後ろで話を聞いている。

「男バスの人たちと、本気でやってみたくない?」
「…」
「あんた、私たちとじゃなきゃお話にならないじゃない。」
「そうだけど。」
「なら、また私たちと「ねえ。」」

話し続ける紅を遮って言う。

「そういう探り合いみたいなのさ、やめてくんない。」
「…」
「そうやって言ってくるって事は、お遊びで1戦どう、とかそういうんじゃないんでしょ。」
「ええ。」
「中学のあの試合から、もう6年になる。今更何がしたいの。」

尋ねる湊に、紅はぐっと口を噤んだ。
ちらりと桃井を見て、また湊を見る。

「…もう、選手に戻るつもりはない?」
「ない。」

きっぱりと言い切った湊に、紅は溜息をついた。

「あの時の事は、仕方なかったのよ。ああなる運命だった。」
「…」
「どうやったって避けられなかったんだよ、山吹が気に病む必要ない。」
「もう気にしてない。」

口では言いながらも、左手が右耳のピアスを触る。
桃井も紺の事があったのでなんとなくは聞いたが、深くは知らない。

「ならどうしてそんなに頑なにバスケから離れようとするの?」
「バスケ部のマネージャーにそれ言うのか。」
「選手としてのあんたは、あれから一度も見てない。」
「ストバス出たでしょ、忘れたの。」
「あれがあんたの本気だったっての?笑わせないで。現役時代と全然違った。」
「……」
「私は、SGのあんたなんか、選手として認めない。」

ぎろりと睨む紅に顔を顰める。
強情なのは、中学時代から変わらない。

「あのね山吹、「あれ、お客さんか?」」

何かを言いかけた紅を遮って、向こうから丁度買い物から帰ってきた火神が声をかけてきた。

「おかえり、火神くん。おつかいありがとう。」
「いや、これくらいは…」
「山吹!」
「ごめんね、すぐご飯作っちゃうから。」
「ねえってば!」
「話は終わり、これ以上議論する意味はない。」

火神を中へ入れて、派手な音を立ててドアを閉めた。
紅はそれ以上は何も言わずに帰って行ったらしく、再度呼び鈴が鳴ることはなかった。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

夕飯を終えて、メンバーたちはそれぞれ部屋へ戻って行った。
湊はいつものように紅茶を淹れてリビングの机へ資料を広げ散らかしてデータのまとめを行っていた。

「…あの、」

おずおずと聞こえた声に背もたれ越しに振り返ると、そこにはうろうろと視線を泳がせる桃井が立っていた。

「何?」

話しにくいことなのかとできるだけ優しい声で尋ねたが、桃井は依然として何かを躊躇するように口を噤んだ。

「聞きたいことが、あるんじゃないの?」
「…」
「何?」

再度押すと、決意したように顔をあげて勢いのまま吐き出すように言った。

「どうして、バスケ辞めちゃったんですか。」

湊が驚いたように目を見開いたのを見て少し後悔した桃井だが、もう発言は取り消せない。
目線はそらさず、じっと湊を見つめる。

「…紺先輩から、その話聞いたんじゃないの。」
「聞きました。でも、紺先輩はご自分の事を教えてくださっただけで、他の4人の事は何も教えてくれませんでした。」
「…」
「3年前のあのストバスの後に話を聞いて、自分なりに他の方たちの事も調べました。あまり何かが得られたわけではなかったですが、紺先輩が見せてくれた写真には、どれも楽しそうにバスケをしてる姿が写っていました。」
「だから?」
「きーちゃんから、海常の人たちとの間の事も聞きました。でも、そこで全て解決しているなら、紅さんの誘いを断る必要はなかった筈ですよね。」
「…」
「どうしてですか。」
「桃井さんは、嫌いな食べ物とかある?」

突然すり替えられた話題に、詰まりながらも答える。

「…キムチが、嫌いです。」
「どうして?」
「辛いからです。」
「理由がはっきりしてるね。」

小さく笑いながら、また紅茶を一口すする。

「私も、同じ感じだよ。単純な理由があって、バスケが嫌いなんだ。」
「…どうして、ですか。」
「辛いから、かな。」
「つらい…?」

首を傾げる桃井に、湊はつづけた。

「いいことはなかった。何も。」
「…1つも、ですか。」
「そうだね。」

あっさりと言い切る湊に、桃井は尚も食い下がった。

「私たちと出会ったのだって、バスケがあったからです。ここの寮生を繋いでいるのはバスケじゃないですか。」
「バスケがなくたって、私は充洋くんと真也くんとは高校時代から仲はよかったし、きっとそのままの繋がりで浩志さんや幸男さん、由孝さんとは出会ってた。涼太くんとも。」
「私たちとは、どうなるんです。」
「私の世界の核は、兄たちと海常の6人。」

ばっさりと言い切られ、少し悲しそうに眉を寄せる桃井。
溜息まじりに苦笑いながら、湊は空のカップを持って立ち上がる。

「別に他の人たちが必要ないなんて思ってないよ、3年生たちは好きだし、1年生たちだって付き合いはまだ1カ月だけど、大切に思ってる。」
「…」
「ただ、中心があの人たちだってだけで。」

ぽふ、と桃井の頭を緩く撫でる。

「桃井さんだって、由孝さんや涼太くんたちと変わらないよ。」

やんわりと話を逸らされ、そのままカップを洗いにキッチンへ入って行った。

「もう遅いよ、そろそろ寝たら?」
「…はい。」

ぺこり、と頭を下げて階段を上がっていく。
部屋に入る前に吹き抜けから1階を見下ろすと、またソファに座って資料とにらめっこを始める湊が見えた。

明らかに話をすり替えられた。
それは、「お前に話すつもりはない」という意思表示。

「…「桃井さん」か。」

ぽつりとこぼれた言葉は、自室のドアが閉まる音にかき消された。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

次の日。
いつもと変わらない様子でサポートに回る湊を、桃井は愛用しているノートパソコンを隔ててみていた。

「桃井さん?」

声をかけて来たのは、黄瀬と森山だった。

「何でしょう?」
「や、何か今日ずっと湊を見てるから。」
「どうしたんだろうな、って皆で話してたんス。」

そんなに見ていたかと頭をかいた。

「あの、元海常の人たちって、皆名前で呼ばれてるじゃないですか。」
「湊からか?」
「はい。」
「そっスね。」
「それって、どうしてですか?」
「…「どうして」?」
「強いて言うなら、俺たちが言ったから、ッスかね…?」
「そうだな。」

名前で呼ぶことが、湊の一種の線引きなのかと思って尋ねてみたが、どうやら深い理由はないようだ。
また考え込むように手を口元へ持っていくと、ぽこ、と軽い音を立てて何かが頭に当たった。

「あ。」
「湊。」

顔をあげると呆れた表情で3人を見る湊の姿。

「ちゃんと水分補給してください。」
「ごめん。」

黄瀬と森山へボトルを手渡した後、桃井の前へも同じようにボトルを置いた。

「桃井さんも。あまり根詰めないようにね。」
「あ…はい、」
「おい、黄瀬、森山!入れ!」

笠松の声に、2人は練習へ戻って行った。
湊も別の仕事へ戻ろうと、踵を返す。

「あ…」

昨日の話の続きをしたくて伸ばした手は、湊を掴み損ねてそのまま空を切った。
名前を呼ぼうと口を開いた時、ふいに湊の言葉が頭をよぎった。

『やめてよ、名前で呼ぶな。』

喉まで出ていた声は、急ブレーキをかけてから、修正されて放たれた。

「…宮地、さん。」

弱弱しい声になったが、きちんと聞こえていたはずなのに。
湊は振り返ることなく去っていった。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

その日1日話しかけようと必死になった桃井だったが、部が終わる時間まで終ぞ湊が反応を示すことはなかった。

あまりにも無遠慮に踏み込んだ話をしたから、気を悪くしてしまったのか。
嫌われて、しまったかもしれない。
桃井は凹んだ気持ちのまま、リビングのソファへ座っていた。

「あれ、今日は桃井さんなんだ。」

聞こえた声は、森山のものだった。
顔をむけると、風呂上りのようで肩にタオルをかけたまま小さく微笑む彼がいた。
彼なら、湊の事を一番よく知っているであろう森山なら何か聞いているかもしれない。
すがるくらいの気持ちで、昨日の夜から今日までの話をかいつまんでした。
静かに聞いていた森山だったが、最後には仕方なさそうに笑っていた。

「6年前の話は、興味本位ならあまり突っ込まない方がいいよ。」
「え…?」
「まだ何だかんだ引きずってるんだと思う。あいつにとっては、すごく大きな出来事だったみたいだから。」

ソファの手すりに腰かけながら、続ける。

「俺たちも大方話は聞いたけど、その時も若干無理やりだったっていうか、もう大変だったし。」
「はあ…」
「こんな言い方、ちょっと意地悪かもしれないけどさ。今の桃井さんじゃ、湊の中は覗けないよ。あいつは、ラインの内側と外側がはっきりしてるからね。」
「……」

確かに、彼女と過ごした時間も彼女が向ける信頼感も、桃井が森山や海常のメンバーに勝てるものは何もなかった。
だが、マネージャーの先輩として慕っている桃井は、少しのくやしさを滲ませて森山を見た。

「ごめんって、そんな目向けないでよ。」
「…すみません、図星です。」
「はは、俺も6年前の事については何も教えられないけど、返事が返ってこないことに関してならどうにかしてあげられるよ。」
「え?」

驚いて顔を上げた桃井に、森山は笑う。

「もう一度、呼んでごらん。」

キッチンに片付けのために小堀と並んで立つ姿を見ながら、促す。
言われるがままに、聞こえる声量で彼女を呼んだ。

「宮地さん!」

ぴくり、と反応したのは彼女ではなく隣にいた小堀で。
振り返って桃井が自分たちを見ているのに気が付いて湊へ声をかけようとするのを、森山がひらりと手を振って止める。
不思議そうに首を傾げたが、そのまま何も言わずに片付けへ戻った小堀を見てから、森山は桃井にいった。

「名前で、呼んでみな。」
「え?」
「湊さん、って。」

言われて眉を顰めたが、大丈夫だと自信満々に言われて意を決して口を開いた。

「っ湊さん!」

放った言葉は、今度は湊にしっかり届いたようでくるりと振り返った。
小堀と一言二言会話して、2人の元へやってくる。

「何?」

特に怒っていたり機嫌が悪そうなわけでもない。
いつもと変わらない優しい声色で尋ねてくる湊に、急に力が抜ける。

「な?」
「…はい。」
「何です?」
「お前が呼んでも返事しないって、桃井さん困ってたから。」
「えっ」

心底驚いたように桃井を見て、頭をかいた。

「ごめん、気が付かなかった。」

どうして、と首をかしげる桃井に森山が種明かしをする。

「この部には「宮地」は3人いるからね。名字で呼んで反応が返ってくるのは3年の兄貴だよ。裕也も湊も、部の奴らからは名前で呼ばれないと返事はしない。」
「そう、なんですか?」
「皆そう呼び分けるから…」

ごめんね、と至極申し訳なさそうに言う湊に、桃井は安心したように小さく笑った。

「ああ、そういえば聞こうと思ってたんだ。」
「?」
「誕生日、今週末だよね。晩御飯のリクエストある?」
「え…」
「誕生日は、晩御飯好きなもの作ってくれるんだ。勿論、限界はあるけど、よっぽどじゃなければ希望通りになるよ。」

森山がアシストを入れると、少し戸惑いながらもいくつかあげていく。
手帳を持ってきて桃井の誕生日のところにメモを残して頷いた。

「わかった、それじゃあそうするね。」

ぱたり、と閉じてまた小堀のところへ戻ろうとする湊を、桃井が呼び止める。

「誕生日のプレゼントにっ、1つお願い聞いてもらえませんか!」
「何?私にできることなら。」

内容も聞かないうちに、既に半分承諾している湊に意を決したように言う。

「私も、名前で呼んでもらえませんか。」

桃井からしたらこの一言もとても勇気がいるものだったのだが、湊は眉をしかめて首を傾げた。

「そんなことでいいの?」
「はい!」
「…わかった、さつきちゃん。」
「呼び捨てでいいです!」
「…?わ、わかったよ、さつき、でいい?」
「はいっ!」

ぱあ、と顔を輝かせる桃井に、湊は苦笑いを零した。

「よかったね、桃井さん。」
「はい、ありがとうございます森山さん!」

にこにこ笑って、上機嫌で部屋へ戻って行った桃井の背中を2人で見送って。
ちらりと森山が少し下にある湊の顔を見下ろす。

「にやけてる。」
「えっ、そうですか。」

ぱっと顔を両手で覆って表情を確かめる湊に、森山も苦笑った。

「俺も、呼び捨てでいいんだぞ?」
「だめです。」
「何で。」
「あくまでも、先輩という立場があるので。」
「彼氏でも?」
「前提は先輩です。」

揺るがない湊の言葉に小さく溜息を零しながら、そっと唇を寄せた。

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