俺たちの交換日記 | ナノ

リベンジマッチを俺たちと

次の日の練習は、1年生たちは第2チームへまとめて入れられていた。
第2は、第1とは真逆の“攻”のチーム。
失点率も高いが、得点も8割方は3桁。
ダブルスコアを最初から狙いにいくのが、このチーム。
1点取られたら2点返す、が第2チームのモットーだった。
秀徳の大坪をキャプテンに、桐皇の今吉、若松、海常の早川、陽泉の氷室などが並ぶ。

昨日は守りに固い紫原や遠距離型の緑間が優勢だったが、今日は青峰と火神の独壇場と言ってもいい。
ド派手なダンク音が響くコートを、湊は溜息まじりに見ていた。

「あーあー…」
「ゴールが可哀想になるわ…」

リコも溜息をつくが、隣で桃井はきょとんとしている。

「これが普通じゃないんですか?」
「「…」」

中高と青峰の隣で彼のプレーを見て、且つ桐皇は完全なる攻めチーム。
桃井の“ふつう”は、他のチームと比べて少し歪んでいるようだ。

「どっせええええい!!!」
「カハッ、その掛け声まだ健在なのかよ!!」
「若松ーステイや、あんま切り込んだあかんて何べん言わすねん。」

久しぶりの青峰とのバスケで、若松も大分エンジンがかかってきたようだ。
今吉は困ったように笑いながら窘めるが、ほぼ無意味だという事を過去の数年で知っているため声に張りがない。

ちらり、と時計を見てホイッスルを鳴らと、休憩の合図で彼らが一様に足を止めた。

「20分休憩!」

リコの声に、ぞろぞろとメンバーたちがコートから出てくる。
ノートに前半の練習結果を書き込んでいくと、手元にふいに影がかかった。

「諏佐さん?」
「どうだ、うちの2人は。」

小堀や笠松なら、「1年は」と聞いてくるであろう所だが、そういうところが諏佐らしい。

「大変手がかかりそうです。」
「はは。」

楽しそうに笑う彼に、珍しいなと思いながら話を振った。

「諏佐さんから見て、2人はどうなんですか?」
「ん?」
「青峰くんと、桜井くん。」

んー、と考えるそぶりを見せて、コートの向こう側で若松と戯れている2人を見る。

「変わんねえ、かな。」
「は?」
「3年前と変わんねーよ。人一倍手がかかって、我が強くて。」
「……」
「ああ、でも高校時代に比べれば、言う事は聞くようになったかな。」

どこか懐かしそうに目を細める諏佐に、湊は尋ねた。

「…桜井くんも、ですか。」

少し目を見開いて、今度はにんまりと悪い笑み。

「むしろ、あいつが、かな。」

完全に悪役の顔になりつつある諏佐。
同じく“良心”と呼ばれる小堀とは、似ても似つかないと苦い顔を向けた。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「湊。」

呼ばれる声に振り返ると、今度は若松だった。

「今日はやけに桐皇メンバーに絡まれるな。」
「絡まれるっていうなよ。」
「ごめん。」

どさりとベンチの隣へ腰かけた若松は、湊の手元を覗き込んで顔を歪めた。

「お前のノート、本当解読できねーわ。」
「できないように書いてるんだから、当たり前でしょ。」

湊が練習中に持ち歩いているノートは、彼女の思ったことをひたすら綴るノートだ。
メンバーへ回さなければならない出来事は、部誌として別で纏めてある。
ノートには個々のコンディションやらがかきこんであるため、覗き込まれてもすぐには分からないように書いているのだ。

「今度早川と中村連れてくる。」
「ダメだよ。」

高校時代ずっとそれを見て来た2人は、唯一彼女のメモが解読できる。
時々3人でノートを見ながら何か話しているのを聞くが、若松には到底理解できなかった。

「…あ、そうだ。」
「ん?」
「若松くんは、2人をどう思う?」
「あ?」
「青峰くんと、桜井くん。元部長から見て。」

コートで火神や黄瀬と激しい攻防を続けている青峰を見て、今度は少し離れたところで機会をうかがう桜井へ目線を泳がす。

「そうだな…まぁ、昔よりはマシになったかな。」
「やっぱりそうなんだ…」
「やっぱり?」
「ああ、さっき諏佐さんにもおんなじこと言われたから。」

そう言うと、少しきょとんとしてから盛大に笑われた。

「な、何…」
「俺が言ってるのは、あいつらが2年の時だよ。」
「え?」
「あいつら、ああ、桃井もちょっとはそうなんだけどな。」

懐かしそうに目を細めて、ゆるく笑んでつづけた。

「1年の頃は、お前も知ってる通りあんなだったからさ。誠凛に負けてWC敗退が決まってから、大分凹んでたんだわ。」
「青峰くんが?」
「そ。あの、青峰が。」

楽しそうにバスケをしている姿を見て、若松はまた目を閉じた。

「全力で、試合に臨まなかった。先輩たちの最後の試合を、自分はなあなあな気持ちでつぶしてしまった。」
「え?」
「あいつは、そう思ってるんだ。」

言わねえけどな、なんて急に兄貴風を吹かせながら言った若松に今度は湊が目を見開いた。

「あの時本気でかかって行ってたら、最初から全力で試合へ出ていれば。過ぎた後では、ただの“たられば”だけど。」
「…」
「先輩たちが卒業してから数か月は特にひどかった。青峰どころか桜井もダメになっちまって。俺や桃井の力だけでは、どうにもならなかった。」
「若松くん…」
「先輩のデカさを思い知った時だった。俺は、部長としてあいつらに何もしてやれなかったからな。」

じっとコートを眺めていると、ぐっと伸びをして続けた。

「あいつは、多分先輩たちを追いかけてきたんだ。」
「え?」
「結果論だけどな。でも、あいつはずっと、俺が主将してる時も俺の背中や、別の奴が背負う7番にどことなく悔しそうな顔してたし。」
「青峰くんが…?」
「桜井もだけどな。今なら今吉さんがあいつを繊細だって言った理由が分かるわ。」
「へぇ…」
「その分、まだ始まったばかりとはいえ、先輩たちと一緒にプレーができるのが嬉しいんだろ。」

そこで大坪から彼に声がかかり、腰をあげた。

「悪いな、俺からはこれくらいしか言ってやれねぇ。」
「え?」
「あいつらの事、なんか探ってんだろ?」

とんとん、とノートの端を指で叩かれる。

「“Bl2”。あいつらのことだろ?安直だな、もっと捻れよ。」
「…うるさいな。大坪さんに怒られるよ。」

むすっとして言うと若松は笑って戻って行った。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「それじゃあ、ここまで!」
「「ありがとうございました!!」」

野太い声が、リコの高い声の後ろについて聞こえる。
ぞろぞろと出入り口へ向かおうとするメンバー。
だが、青峰と桜井はそのままコートへ入っていく。

「青峰?」
「どないしたんや桜井?」

不思議そうにする諏佐と今吉に、湊が声を張り上げる。

「まだ終わりじゃないわ!」
「は…?」

首を傾げるメンバーに、湊はバインダーをめくる。

「青峰、桜井、今吉、諏佐、若松、コートへ。」
「は?」
「湊?」

続けて更に名前を呼ぶ。

「火神、黒子、伊月、日向、木吉、コートへ。」
「ちょ、湊!?」
「桃井、相田、それぞれサポートへ入れ。」

唖然とするメンバーに、湊は凛とした声で言った。

「エキシビションマッチよ。3年前の、WC1回戦の再戦。」

ブザーとボールを持って、センターラインへ立つ。
意図が呑み込めていないメンバーたちだが、湊は言いだしたら聞かない事はよく知っている。
それぞれが束の間の作戦会議のために円陣を作った。

「ちょ、おいどういう事だこれ。」
「俺にもわかんないっすよ…」
「青峰、桜井、何か知っとるんやろ。教えろや。」

今吉が尋ねても、2人はただ足元を見つめたまま何も言わない。
顔を見合わせる諏佐と今吉に、若松が数時間前の自分の言葉を思い出した。
ふいに目があった桜井と青峰がそれぞれ目線を泳がせたので、思わず吹き出すように笑った。

「若松?」
「いーじゃないっすか。後輩のワガママに付き合って下さいよ。」

未だに分からないと首を傾げる2人だが、若松に促される。

「久しぶりに、キャプテンの掛け声聞きたいッス。」
「そう呼ばれんのも、もう3年ぶりやな。」

今は大坪が率いるチームにいる関係で、もうキャプテンと呼ばれることもなくなった今吉。
溜息まじりに笑って、だがすぐに表情を引き締めた。

「勝てば官軍、負けたら賊軍。とどのつまりは、そーいうことや。」

3年前に言った言葉を、そのまま吐き出す。
苦笑う諏佐に一発蹴りを入れてから、深く息を吸い込んだ。

「行くで!!!」
「「「「おう!!!」」」」

初めて揃った円陣を解いて、コートへと入って行った。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

試合は、3年前の公式戦を思い出させるほど白熱した。
観戦に残った他のメンバーをそわそわさせるほどのそれは、今回は桐皇の勝利で幕を閉じた。
ゲームセットのブザーにばったりと倒れこんだ青峰と桜井に諏佐と今吉が寄って行く。

「おい!」
「大丈夫か?」
「あー…」
「へいきです…」

力を出し切った2人に、先輩3人は苦笑った。

「どないしたんや、ほんまに。」
「…何でもないんです。」
「3年前に、残してきた心残りを回収しただけだ。」

のっそりと起き上がった青峰は、すぐに3つの大きな手にぐしゃぐしゃに撫でられた。

「ッにすんだこの野郎!!」
「かわええやっちゃなぁ、お前は。」
「楽しかったよ、ありがとう。」
「よかったな、青峰、桜井。」

目を見合わせて笑った6人に、湊は今度こそ引き上げの指示を出した。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

ぞろぞろと去っていくメンバーたちを、日課となっているモップを持った状態で見下ろしていると、横に人影。

「幸男さん?」
「よぉ。」

薄く笑ってから同じように下を見下ろした笠松に、湊は首を傾げた。

「どうしたんです?」
「いや?」

目を細める笠松が覗き込んでくるので、居心地悪そうにモップの柄を抱き込む。

「ほんと、何ですか…きもちわる。」
「お前それが先輩に向ける言葉か。」
「すみません、他にいい言葉が見つかんなくて。」
「笠松は、海常を思い出したんだろ?」

反対側に森山が立って、同じように見下ろした。

「黄瀬が入って、俺たちもめでたく全員同じ部だ。」
「でも、同じチームでプレーすることは、恐らくもうない。」

今度はのっしりと頭の上に小堀が顎を乗せる。

「いたいです。」
「はは。」
「退く気はないんですね。」

退けるのは諦めて、森山のほうを向く。

「既に2,3年の俺たちが別々のチームにいる。もう、笠松が率いる海常バスケ部じゃない。」
「そうですね。」
「もう一度またあの時と同じチームで試合に出られたらって。今のチームが嫌いな訳じゃないけど、思わなくはないよな。」
「できないわけじゃないでしょう?」

あっけらかんとした湊の言葉に、3年3人が同じように見下ろした。

「私も、元海常の6人の傍が一番しっくりくるんです。」
「湊…」
「未だにここまで近づいても平気なのは、貴方たちだけだし。やっぱり海常バスケ部は私にとって、かけがえのないものでした。」

昔のように、耳についたマリンブルーのピアスを触る。

「もしまた海常のメンバーで試合に出ることがあったら、私も入れてくださいね。」

ゆるく微笑んだ湊に、3人も笑って返した。

「「「当たり前だろ。」」」

prev / next

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -