俺たちの交換日記 | ナノ

手のかかるブルースター

桃井に部の事を教えながら、1日の練習を終えた。
青峰たちの方へ合流しに行った彼女の背中を見送っていると、リコがやってきた。

「おつかれ。」
「おつかれ、どう?1年生は。」
「うーん、私今日は桃井さんとしかいなかったから、選手の方はわかんないな。」
「あら、そうなの?」
「リコも今日はCチームについてたんだっけ。気になるなら、岡村さんたちに聞いてみるといい。」

用具倉庫をあけて、モップを取り出す。
1本をリコへ渡してから扉を閉めると、慌てて桃井が寄ってくる。

「私もやります!」
「いいよ、これは私の仕事だから。」
「私はまだ湊に話があるから付き合うだけよ。」
「で、でも…」

おろおろしていると、出入り口の方から青峰と桜井の声が届く。

「行くぞ、さつき!」
「桃井さん、行きましょう!」
「あ、先行って『今行く!』ッ湊さん!」

桃井の声でかわりに返事をして、背中を押す。

「大丈夫、先に行って。」
「私もマネージャーの仕事を、」
「仕事なら帰ってから腐るほどあるから。それに、今日は戻った方がいい。」
「え…?」

首を傾げた桃井に、湊とリコは溜息まじりに言った。

「部屋の片づけを少しでも進めた方がいいわ。」
「昨年私たちも片付け終わるまで大分時間かかったし…」
「桃井さんは、既に手のかかる人たちの御守りがあるでしょ?」

揃って出入り口を振り返ると、青峰が少しイラついたように顔をしかめている。

「落ち着いたら、手伝ってもらうからそれからでいいよ。」
「…それじゃあ、先に行きます。」
「うん、またあとでね。」

薄く笑って手を振る湊とリコに深く頭を下げてから走って行った。
姿が見えなくなってから、リコがあきれたように湊を見る。

「元から手伝わせる気なんてないくせに。」
「当たり前でしょ。別に1人でも事足りる。」

モップを持って歩き出した湊に、リコは溜息をついた。

「湊から見て1年生たちはどう?」
「それは、統率していけるかって事?それとも、即戦力として?」
「どっちも。」

体育館の向こう側で足をとめて、モップに顎を乗せて考える。

「うまくやっていけるかどうかはちょっと分からないかな。私との相性もあるし、何よりうちの部は特殊で、「はじめまして」からスタートの人間が1人もいない。」
「そうね。」
「元々敵同士だった相手にパスを出し、敵だった相手が上に立つことになる。」
「ええ。」
「3年生たちだけだった時も大分モメたって聞いてる。私たちの代は比較的温厚にやってるけど、1年生は問題児が揃う代だからね。」

1人1人の顔を思い出しながら、その直属だった2年生を続けて紐づけていく。

「…一番手がかかるのは、青峰、火神、紫原あたりかな。」
「私もそう思うわ。」
「……でも、」
「?」

開いたサイドドアから外を見ると、ちょうど先の3人が歩いていくところだった。
賑やかな桃井と青峰を、桜井が困ったように笑いながら見ている。
横へ並んできたリコが一緒に見下ろす。

「桐皇トリオじゃない。」
「んー…」
「どうしたの、何かあるの?」
「…いや、何でもない。」
「そう?」

またモップ掛けを再開したリコが離れたところで、桜井が足をとめてふいにこちらを振り返った。
じっと見上げた茶色い目が、街灯の光を反射して光る。
少しの間見つめ合っていたが、桃井に呼ばれて戻って行った。

「…ああいうタイプが、一番手がかかったりするんだよなぁ。」

昨年の陽泉2人や、高校時代の小堀を思い出して溜息をついた。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

寮は、4階階建てになっている。
吹き抜けの構造で、1階は入ってすぐが開けた共用のリビング、資料室に会議室のような部屋が1つ、水回りもすべてここ。
あとは壁に沿ってコの字に2階から4階でそれぞれ学年ごとの個人部屋が並ぶ。

部活の後始末を終えて帰ると、ドアを開ける前から既に騒がしい。
リコと2人嫌な予感しかしない状態で、顔を見合わせる。

「…あける?」
「しかないでしょ。私たちの家はここよ。」

そっとドアをあけるとすぐに何かが飛んできて、慌ててリコを庇いながらそれをはらい落とした。
ぼふ、と音を立てて壁へ激突したそれは、枕で。
顔を上げると、吹き抜けすべてを使って盛大なまくら投げ大会が開催されていた。
今日入ったばかりの1年生たちを筆頭に進行されているらしい。

「おかえりなさい、湊さん、カントク。」
「黒子くん。」

急に聞こえた声に顔を向けると、ソファの影に小さくなって本を読む彼がいた。
隣には困り果てた顔の桃井。

「珍しいわね、こんな騒がしいところに居続けるなんて。」
「1年生の部屋は4階です。この状態じゃ部屋にたどり着く前に枕にあたってしまいます。桃井さんも一緒なら、尚更。」
「まぁ、確かに。」

深く溜息をついて、無駄と分かりながらも声を張る。

「やめなさい、迷惑してるメンバーもいるでしょ!!」
「聞こえてないな…」

どうしたものかと頭をかくと、背後でがちゃりとドアがあいた。
振り返って帰ってきたメンバーを確認したところで、今の状態に合点がいった。

「…なんだこれ。」
「あーあー、えらいこっちゃ。」
「あいつら…」

惨状を見て同じように溜息をつくのは、いつもはこういった事態を止めてくれる大人組。
なるほど、いつもは止めてくれるストッパーがいなかったからか。

「どうにかしないと、ここから1歩も動けませんよ、どうします。」
「湊ならどうにでもできるやろ?」
「無駄な体力は使いたくありません。」
「しゃあねぇな…付き合え、森山、宮地。福井も。」

床に落ちたクッションを拾って、飛んでくる諸々をよけながらリビングへ向かう笠松。
呼ばれた3人も、それぞれ1つずつ拾って後を追う。
横を通り抜ける時に、森山は湊にふわりと笑って頭を撫でた。

「ちょっとだけ待ってな。」
「はい。」

ぽん、と一度だけ重さを確認するように投げ上げてから、4人はそれぞれ四方へ向いて力いっぱい手の中のものを投げつけた。
投げたものはそれぞれ主犯格クラスであろうメンバーにクリーンヒット。
同時に4人が倒れたことで、一気に寮内が静かになる。
ゆっくりと下を見下ろす1,2年生たちは1階にいるメンバーを見て一様に顔を青ざめさせた。
2年生たちは3年生たちの恐ろしさをよく知っているし、1年生たちも高校時代に刷り込まれた記憶がよみがえっているのだろう。
人数のわりに恐ろしく静かな空間に、笠松の声が重く響く。

「主犯はだれだ。」

それぞれが顔を見合わせた後、一様に先ほど倒れた4人を見遣る。
笠松は痛む頭を抑えながら、片付けを言い渡した。
全員で一通り片付け終わった後、また笠松の声が地を這う。

「青峰、火神、黄瀬、高尾、応接室へ。今吉、日向、大坪もだ。」

溜息をついた先輩3人はそれぞれ問題児を連れて笠松の後を追った。
黄瀬はもとより笠松の恐ろしさを知っているので、お説教を受ける心積もりが出来ているようだった。

ぱたり、と閉まったドアにまた静寂が流れる。

「久しぶりだな、「お説教部屋」が埋まるのも。」
「数か月あいたんだけどな。」
「まぁ、1年が入った時点で仕方ないと思おうぜ。」

2年生たちの言葉に、湊が手を叩いて声をかける。

「ほら、お説教やってる間に仕事終えること!水戸部くん、小堀さんご飯の用意進めましょう。1年生は各自部屋の掃除すすめて。時間になったら呼ぶから。」

2,3年生はそれぞれ持ち回りになっている仕事へと散らばって行った。
慣れたように腕まくりをして並んでキッチンへ立つ3人。
メニューはもう分かっているので用意を進めていく。

「いやあ、懐かしいね。皆仲がいいのはいい事だけど、たまにはこういう事があっても楽しいと俺は思うけどな。」
「小堀さん、何気に好きですよね…」
「……」
「私も水戸部くんと同じで静かに過ごしたい派です。」

困った顔で笑う水戸部に同調する湊。
それを見ていたずらに笑う小堀。

「あれ、歴代で一番のお説教部屋要因はダレだったかな?」
「…。」

ぐっと口を噤んで、野菜の皮むきへ入ることにした。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

夕飯は全員で仲良く食べて、片付けを終えたところで湊は1人リビングのソファに座っていた。
ふ、と天井を仰ぐと視界を森山の顔が遮った。

「由孝さん。」
「今日もおつかれ、マネージャー。」
「前途多難ですよ。思った以上に1年生たち、曲者揃いです。」
「はは。」

高校時代から愛用しているオレンジのカップを手渡す。
森山も自分のカップを持って隣へ腰を下ろした。

「ありがとうございます。」
「ん。」

森山が淹れるココアが、湊は大好きだった。
ココアパウダーから淹れるので、甘さや濃さは作る人間にゆだねられている。
湊に作ってくれるココアはほんのりと甘い程度で、苦みの方がどちらかといえば強い。
ちら、と森山が飲んでいるココアを見ると、そっとそれを横から一口奪ってみる。

「どうしたの、湊。」
「…あまい。」
「そりゃ、そうだよ。俺とじゃココアは合わないって。」

ぐ、と眉間に皺を寄せて自分のカップを煽る。
困ったように笑った森山は、そっと湊の頭を撫でた。

「大変だな。」
「頑張ります…」
「なあ、あんた。」

誰もいないと思っていた空間から声がかかり、2人で背の方を振り返る。

「あんたが、この部を握ってんだろ。」
「部長は私じゃないよ。」
「でも、キャプテンたちに同じ目線から話ができるのは、貴女だけです。」
「…なにか、用かな。」

湊が静かに尋ねると、2人は声をそろえて言った。

「「頼みが。」」

ぎらり、と光る眼光に高校時代の彼らを思い出した。

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