俺たちの交換日記 | ナノ

ピアスの行く末

実渕に約束を取り付けたことで、すっかり安心した湊は、虹彩の面々が来るための用意に勤しんでいた。
パタパタと沢山の荷物を手に右へ左へ走り回る湊を眺めながら、根武谷は小馬鹿にしたようにため息をついた。

「何であそこまで出来るかねぇ?」
「んあ?」
「湊のこと?」

実渕が、根武谷の視線を追って尋ねる。

「自分等のところならいざ知らず、貸し出されてる身だぜ?恩恵を受けてる俺が言うのも何だが、真面目にやるだけバカだと思わねぇのか?」
「あんたみたいに、脳筋ダルマじゃないってことよ。」
「んだと!?」

呆れた視線を向けられ噛み付くが、葉山が間に入った事で流れる。

「ホント、よく働くよねぇ。赤司が欲しがるのも、ちょっと分かるなぁ。」
「アンタはもう少し自分でやりなさい。」
「だって、やってくれるっていうんだもん。「甘えとこ」ってなるでしょ?」
「3人共お疲れさま、これ。」

丁度渦中であった湊が、タオルを持ってやってきた。
3人に視線をぶつけられ、困惑した表情で首を傾げつつもそれぞれに1枚ずつ手渡して行く。

「何…?」
「………、いや。」
「貴女がよく働くわね、って話してたのよ。」
「そうかな、普通だよ。」
「これが普通ぅ?海常の奴らは、随分甘やかされてんだなぁ。」
「やめなさいよ、妬みは醜いわよ。」
「妬みなんかじゃねーって。事実じゃん。」
「どちらかというと、私が皆に甘いんだって言われることが多いけどね。」
「ほら、やっぱそうなんじゃん。」
「全く…ああ、湊。」
「ん?」
「もう片方のピアス、見せてくれる?」

実渕に言われ、まだついたままだったもう片方を外して彼の手へ乗せた。

「…………」
「どうしたの?」
「さっきの、キャッチが緩んだって言ってたでしょ。何回も付け外ししてるなら、もう片方も緩んでるんじゃないかと思ってね。」
「ああ…どうかな?お風呂のときに、毎日外すんだけど。」
「そうねぇ…」

少し触ってから、うん、と小さく頷く。

「こっちも少し緩んできてるわね。」
「部品変えないとだめかな?」
「このくらいなら、少しキャッチを締めてやれば大丈夫よ。一緒に締めておきましょうか。」
「じゃあ、お願いしてもいい?」
「ええ、任せて。」

笑みを返す実渕に、湊は一度ピアスを預けることにした。
大切なピアスなのは実渕も分かっていたので、一度部屋へ置いてくると言い残してその場を離れていった。

「怜央、器用なんだね。」
「そうだな、まあ趣味だから?」
「そっか…」
「……なんだよ、釈然としねぇな。」

根武谷の言葉に、湊自身がはっとしたように少し目を見開き、そしてまた首を傾げた。

「どうしちゃったんだろ…別に何もないんだけど。」
「彼氏サマを思い出してナーバスになったか?」
「…」
「………おい、マジかよ。」
「いや、別に………そういうわけじゃ、」

ない、と言い切れなかった湊の脳裏には、間違いなく森山の姿があった。
何かに付けて、自分ではできないこと、自分には無いものを持つ相手を見ると、あの日見たものを思い出してしまう。

「(……わかってる、由孝さんが、そんな事で今更別れを切り出すわけないってことくらい。)」

何度繰り返したか分からない自分への言い訳を、また繰り返す。
詳しく何があったのかは知らない。
ただ、森山の様子からして、決してそういう子に鞍替えした訳では無い事はすぐわかった。
なのに、この対応を取ったのは、ただただーーー

「怖かったんだな…」
「なにが。」

訝しげに尋ねる根武谷に、湊は苦笑いで、なにも、と返した。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「…」
「………」
「………………」

京都までの道中、海常の面々は伺うようにそれぞれ森山へ視線を向けていた。
森山も、もちろん見られているのは分かっていたが、今はそれを茶化す気にはなれない。


『俺たちと先を生きる道があっても、いいと思うんです。』


赤司の言葉が、只管に頭の中を反響する。
いつもならば、何を馬鹿なことをと一蹴するところだが、湊自身に言われた「一度考えろ」の一言で、再度思い返す。
今度は、湊の立場で。

「(…湊は、俺でいいのか。)」
「森山さん…」

おずおずと声をかける中村だったが、話し始めるより先に別の声が森山を攫った。

「おい。」
「っ、びっくりした、何スか宮地さん。」
「席変われ、2つ前と。」

宮地が指差す先では、裕也が苦笑い気味に中村を呼んでいる。

「…」
「早くしろよ、車、また走り出すだろ。」

随分な物言いだが、態々今言い出すと言うことはきっと湊の事なのだろう、中村は小さく頷いて席を立った。

「…おい、森山。」
「………んだよ。」

珍しく不機嫌を隠しもしない森山の声に、宮地は呆れたようにため息を返す。

「俺のセリフだわ、何ぶすくれてんだ。」
「関係ねーだろ、ほっとけ。」
「あの、宮地さん、」

ヤブヘビなのは分かっていたが、そっと隣から黄瀬が件の写真を2枚差し出す。
画面を確認した宮地は、再度ため息をついて森山に向き直る。

「お前、あんなんでショゲてんのかよ。」
「…ッ!」

考えをまとめる前に踏み荒らされ、声を荒げる。

「お前には、分かんないかもな!湊が笑ってくれるのが、どれだけ俺等にとって特別なものか!」
「「俺等」じゃねぇ、「お前に」とってだろうが。」

あくまでも静かに、宮地は森山を諌めた。

「お前、ズルい奴だな。調子がいい時は「俺の」で、都合の悪いときは「海常の」で括りたがる。」
「……ッ」
「湊の事を特別だと思ってんのは、お前だろうが。」

海常の奴らを盾にしてんじゃねぇよ、と続けられ、森山は奥歯を噛み締めた。
図星なのは、自分が一番よく分かっていた。

「…この話、あいつにも昔したけど。お前も、あいつのヒエラルキーに胡座をかいてたタチだろ。」
「何、」
「あいつの特別が自分だって強い自信があったから、今そんなダメージ受けてんだろ。」
「…」
「そんな簡単に離れていく訳ないって、そう思ってたから。」

宮地の言葉は、的確だった。
言う通り、確かに森山には自信があった。
湊の特別でいられる自信が。

「なのに、突然ぽっと出の黛に横から攫われそうになって焦ってる。」
「…」
「オラ、いつもの自信満々の顔で言ってみろよ、「湊は俺んだし」って。」
「宮地。」
「黙ってろ。」

小堀が我慢しきれなくなって口を開くも、アッサリと取り払われてしまう。
宮地と森山の一騎打ちとなった。

「…」
「言えねぇのか?たかが写真数枚で。」
「お前には関係ねぇだろ、兄貴だからって湊の事に何でも首突っ込んでくんなよ。」

珍しくピリつく森山に、後輩たちは只々オロオロするばかり。
小堀は、小声で「大丈夫だ」と宥めるに留めた。


「よく考えろよ、お前もあいつも、すぐ相手の事ばっか優先したがる。」 
「大事にしたいのは、当たり前だろ。」
「大事にするのと、行く末を相手に擦り付けるのは別モンだ。いいか、相手を優先することは、必ずしも相手のためになるもんじゃない。」
「…」
「今までのアイツ見てて、思わねぇのか?「もっとワガママ聞いてやりてぇな」とか「甘えてほしい」とか「もっと飾らない本音が聞きたい」とか。」



飾らない本音



聞けたらどれだけいいか。
今の湊が、何を感じ、どう思っているのか。

「お前、のらりくらりしすぎなんだよ。先輩風…つーか、年上の余裕的なモン意識してんのか知らねぇけど。お前がそれじゃ、あいつもぶつかれねぇだろ。」
「…なら、どうしろっての。」

返事を期待したわけではなかったが、森山の独り言のような呟きに宮地はにんまりと笑みを返した。

「お前、ぶつかったことあるか?あいつに、思い切り。」

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

所変わって、京都。
休憩時間になり、実渕はすぐにピアスの修理に取り掛かっていた。

「どう?直りそう?」
「そうねぇ…思ったよりも、重症そう。無理にすると、珠のところにヒビが入っちゃうわ。」
「それは、困る…」
「わかってるわよ。一度キレイに飾りを外す事を優先したほうが良さそうね…」

見込みとは違い、どうやら部品だけ変えればいいというものでも無さそうだ。

「どうしよう…もう皆が着いちゃう…」
「なに、それまでに欲しかったの?」
「できれば、その、外してるところをあんまり見られたくなくて…」
「そんなに束縛の激しい彼なの?」

湊は少し悩み、彼なら何かアドバイスをくれるかもとかいつまんで話をすることにした。

「なぁるほどねぇ…」
「別に由孝さんの束縛が、ってわけじゃないの。でも、今無いのは…」
「そうね、ちょっと間が悪いわね…」

同意はするものの、今すぐどうにかなりそうにはないピアスを前に、二人はため息をついた。

「とりあえず、踏んづけてない方は締めるだけだし、そっちだけでもつけておけば?」
「そうだね…」
「待ってね、今やっちゃうから」
「おい、バスついたらしいぞ。」

軽いノックのあと開いたドアから、黛が声をかける。

「えっ」
「もう!?まだ予定より1時間も早いじゃない!」
「俺に言われたって知らねぇよ、宮地、赤司が出迎えに出るからエントランス来いって。」
「あ……はい、分かりました。」

心配そうに実渕の手にあるピアスを見たものの、仕事を放り出す事もできず。
湊はパタパタとエントランスへ向けて走っていった。

「………で?直りそうなのか?」
「片方はね。踏んづけた方は、簡単には直らないわ。」
「……そうか。」
「…よし、出来た。湊ももう少し待ってくれたら、片方だけでも渡せたのに。」

小さな青いピアスを持って立ち上がった実渕に、黛は手を出した。

「ん。」
「……何?」
「ピアス、俺が渡しに行ってやる。」
「あら、罪滅ぼし?」
「うるせぇ。お前が行くより、俺が行った方がバレずにアイツまで届けられる。」
「…ま、それもそうね。じゃあ、よろしく。」

こっちまで壊さないでよね、と釘を差されながら渡されたそれを黛はしっかりと握った。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


湊がエントランスに着く頃には、既に虹彩のメンバーはバスから降りて自分たちの荷物を広げ始めていた。

「赤司くん」
「ああ、湊さん。」

赤司の声にいち早く反応したのは、黄瀬だった。

「湊さん!!」
「涼太くん、久しぶりだね、なんか。」
「「なんか」じゃないっスよ!湊さんがいない間大変だったんスから!!」
「いない間って言ったって、数日じゃないの…」

苦笑いを返すと、赤司が近寄ってきて声をかける。

「やあ、涼太。」
「…」

先程の湊に向けていた表情とは打って変わって、ギロリと睨みを効かせる黄瀬。
赤司は愉快とばかりに、顎へ手を当てて笑みを浮かべた。

「どういうつもりッスか、勝手に湊さんを連れてったりして。」
「おや、何のことだい。」
「惚けんな!」

噛み付く黄瀬に、余裕の笑みを携えたまま、今度は視線を湊へ向けた。

「俺は、君を態々ここまで攫ってきたのかな?」
「え?」
「どうだい?」
「………いえ。」
「湊さん!」
「わかったかい、彼女は自分で此処へ来たんだ。声は、こちらからかけたことは認めるけどね。」
「…」
「さ、中へ。うちの面々はどこへ行ったかな?」
「ああ、葉山くんと根武谷くんは多分コートでアップしてるんじゃないかな。怜央は…少し、頼み事をしたから部屋へ戻ってると思う。千尋さんは…どうだろ、分かんないな。探してくるよ。」
「ああ、頼む。」

挨拶もそこそこにその場を後にした湊に、黄瀬は不満げな表情を浮かべる。

「…」
「森山?」
「ん、ああ…」
「どうした、行くぞ?」

バスを降りて、湊に会ったら一番に声をかけようと思っていた。
話がしたい、とまずは伝えないとと決めていたのに。

「(ピアス………、外してる)」

さっき実渕の名前を出したとき、湊はいつものように耳を触る仕草をした。
その手を視線で追ったとき、彼女の耳にいつもなら光っている青いピンピアスがないことに気がついた。

ピアスがないこと、そして実渕や、更には黛までもを名前で呼んだこと。
森山の中に、黒い靄がかかっていく。

「(………ただの嫉妬だ。今の件には関係ない。)」

小さく頭を振って、ため息をつく。
まずは、目の前のことを、と気持ちを切り替えて、前を歩く笠松たちへ続いた。

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