俺たちの交換日記 | ナノ

光る蒼い目

黄瀬と赤司の電話から2日。
湊は朝早くから駆り出され、せっせと用意に勤しんでいた。
まだ京都へ来てからそう日付は経っていないが、特徴的な気候にも今まで身近だった彼らがいない事にも慣れてきていた。

「宮地」
「千尋さん」

呼ばれた名前に振り返ると、黛がしっかり身だしなみを整えた状態で立っていた。
両手に抱えた荷物を軽く抱き直しながら、近づいていく。

「なんでしょう。」
「なんでしょう、じゃねぇよ。」
「え?」

やれやれ、と言わんばかりにため息をつきながら差し出されたのは、1本のボトル。

「え、あれ?」
「落として行っただろ。」
「ほんとだ、一つ足りない…」

すみません、と謝罪を入れると、黛が湊の持ち物の一番上へボトルをそっと足した。

「気が付きませんでした。」
「ボトルで気がついてないってことは、コレもだろうな。」

黛のジャージのポケットから何かを取り出し、湊の前へそっと手を広げた。
今度は何かと覗き込んだが、最初は何かわからなかった。
疑問符を浮かべながら掌を凝視していると、やっとその手の中にある物に気がついた。

「あ…!!」
「無くしたら困るんだろ。」

黛が朝洗面所で拾ったのは、ピアスのキャッチ。
半透明で小さなそれは、湊の大切にしている蒼いピアスの物に間違いなかった。
反射的にキャッチを確かめるように耳を触ると、確かに左耳のピアスが緩んでいる。

「あ、おま、」
「あっ、わ、」

慌てて確認したのできっちり保たれていたバランスを崩し、高く積んでいた物がぐらりと揺れる。
重心を取り直すためにまた上を向くと、湊の左耳から蒼く光るピアスがこぼれ落ちた。
黛にはキラリと光りながら落下するそれが見えていたが、咄嗟に湊を優先した。
慌てて伸ばした腕は湊を支え、湊も荷物を落とさずに立て直すことができた。
ーーーが、ほっとしたのも束の間、一歩後ろへと下がった湊の足元から小さくパキッと音がした。
黛はその音の出どころがわかっているため、ああ、と諦めたように小さく呟いたが、湊は不思議そうに自分の足元へ視線を移し、目を見開いた。

「あ……」
「………悪い、そこまで守れなかった。」

ころり、と転がった蒼い小さなガラス玉についていた部品は根本から曲がり、既にピアスとして使うことはできなさそうだ。

「どうしよう……」
「…大切なものだったのか?」
「えと……その、恋人に、頂いたもので、」

本人はピアスを壊してしまった事に慌てていて気がついていなかったが、黛は湊から出た【恋人】の単語に何より驚いていた。

「お前、彼氏いんのか」
「え?えぇ…まあ」

湊はそんな会話よりもピアスをどうするかの方がずっと大切で、荷物を床へ置いてそれをそっと拾い上げる。
ガラス玉の部分が無事なのは不幸中の幸いだったが、ピアスでなくなってしまった事実は変わらない。
酷く落胆して深いため息をつく湊に、自分は悪くない筈なのに黛は責任を感じ始めた。

「……」
「………」
「………はぁぁぁ」

観念したようにこちらもため息をついて頭をがしがし掻くと、湊の手からピアスだったそれを取り上げた。

「千尋さん?」
「ったく…来い。」

少し強引に湊の手を引いて、部員たちが集まっているであろう会議室へと向かった。




「おい、実渕。」

音を立てて開いた扉に驚き、開けたのが黛だとわかると更に目を見開いた。

「えっ、どうしたの一体。」

飲んでいたペットボトルを置いて立ち上がると、黛は湊の手を引いたまま実渕へ近づいた。

「これ、直せるか。」
「え?」

ほら、と促されて、湊は手の中の物を差し出した。

「あら、いつも湊がしてるピアスじゃない。……あらら、こんなにしちゃって…どうしたのよ。」
「実は、「俺が踏んだ。」」

思わぬ言葉にぱっと顔を見上げるも、黛は湊を一瞥して続けた。

「ちょっとぉ、湊の大切な物なのよ?」
「知ってるっつの。だからこうしてお前に頼んでんだろ。」
「たく……見せて」

呆れた表情で黛を見る実渕に、そっとピアスを手渡す。
実渕が角度を変えて状態を確認している間に、湊は慌てて黛を振り返る。

「千尋さん…!」
「あ?」
「ピアス、あれは私が…!」
「どっちでも似たようなもんだろ。いいから黙ってろ。」
「………」

黛はただ説明が面倒になっただけなのだが、なんとなくその雰囲気が何処か森山を思い出させた。
言葉は、どちらかといえば笠松に似ているが。

「うん、大丈夫そう。」
「直りそうか。」
「ええ。部品だけ取り替えれば平気そう。ただ、素人だしうまくいくかどうか…」

大切な物ならちゃんと修理に出したほうがいいんじゃない?と言われ、少し考えたものの湊は首を振った。

「どのくらいで直るかな?」
「そうねぇ…もう練習が始まっちゃうから、10時に休憩が入るでしょ。そこで修理してみるわ。」
「よければ、お願いできる?」
「いいの?」
「うん。」

赤司に聞いている話では、虹彩の面々が到着するのが昼過ぎだった筈だ。
勿論、今回のメンバーの中には森山の名前も入っている。
顔を合わせるのは必須だ。
そうなると、遅かれ早かれピアスが無いことに気が付かれてしまう。
どうしても、昼までに修理を終えておきたかった。

「じゃあ、預かっておくわね。」
「ありがとう、お願いします。」

深く頭を下げる湊に、実渕は笑みを返しながら部屋に置いてある、道具の入った箱を頭の中で開けた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


先の話を飴を齧りながら聞いていた葉山。
ふぅん、と特に興味もなさそうだったが、ふいに目に入ったものにニンマリと怪しい笑みを浮かべる。

持っていた携帯をカメラに切り替えると、実渕だけフレームアウトするように画面を調節して数枚写真を撮った。

「(んー…ボチボチか………おっ)」

確認していくと、最後の1枚を見た瞬間更にニヤリと笑ってそれを赤司へ転送した。

「(面白くなりそー…)」


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


所変わって、こちらは既に東京を出発した虹彩組。
赤司の約束どおりにやってきたバスに乗り込み、あとは京都へ着くのを待つだけだ。

「湊さん、元気っスかね?」
「そんな元気か気にするほどの時間経ってねぇだろ」
「もし何かあったら、相田が知ってるはずだしな」

いつもどおり仲良く話をする海常組。
その中でも、普段なら騒がしい方な森山は、ただ窓へ頬杖をついて考えを巡らせていた。

湊と会うのは、あの日以来だ。


『…それって、別れよう、ってこと…?』
『……出した結果が、そうであるなら』


湊は、自分を振り返る事なく言い切った。
森山も、この数日の間考えに考えた。
湊の言うとおり、自分にとって彼女でよかったのか。

だが、何度考えようが一緒だった。
当たり前だ。
森山は何年もの間湊の事を一途に想い続けてきたのだから。

では、反対に湊はどうなのか。

『このままで本当にいいのか』

それは、自分の恋人という位置でいいのか、と言うことなのか。

DVDを見つかった時の、あの表情。
他の面々の多くは、湊は怒っていると思っているだろう。
だが、本当はそうではない事、勿論森山はわかっていた。

湊は、怒ると必ず表情に出る。
ぐっと眉間に皺がより、ピアスを触る。
だが、あの時は違った。

ピアスにも触れなかったし、どちらかというと無表情だった。
あの顔は…

「(ショックを……受けてた)」

そう、傷ついていた、が一番近かった。
だからこそ、本当に別れる事になるかもしれない、と思った。

普通なら、きっと誠心誠意謝って、自分が大切に思っているのは君だけだと伝えれば、多少機嫌も直るものだろう。
ただ、今回の場合は別だ。

湊は、あのパッケージの女性を見てショックを受けた筈だ。
あまりにも、自分と違っていたから。

湊は、贔屓目を抜きにしても美人だ。
背も高く、プロポーションもいい。
だが、そういう事への自己評価は低い。

人見知りが激しく、付き合いが苦手なこと。
地毛でも明るい、髪色のこと。
人気者な兄たちのこと。
その他諸々あるが、全て湊にとってウィークポイントなのだ。

「(俺からしたら…どれも)」

湊の柔らかい笑顔を思い出していると、隣で黄瀬が驚いたように声を上げた。

「ちょ、何スかこれ…!!」
「どうした?」

通路を挟んで向こう側に座る笠松が黄瀬の携帯を覗き込んで、目を見開いた。
笠松があそこまで分かりやすく表情を変えるのは珍しい。
一体何が写っているのかと興味本位で視線を向け、それを確認した瞬間
がばりと黄瀬の手に覆いかぶさるようにして画面を再度確認した。

「………」
「も、森山さん……」



そこには、手を握った状態で見つめ合う、黛と湊が写っていた。

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