俺たちの交換日記 | ナノ

京都と親善試合

湊が居なくなってから、3日が経とうとしていた。
いつもならそれぞれ勉強や部活に追われて、あっという間に過ぎていくはずの日付だが
すでに様々な理由により音を上げ始めるメンバーがでてきた。

時系列順に追って行こう。




まずは、朝の遅刻組。
若松や劉、青峰なんかもここだ。
毎朝ほぼ欠かさず湊が部屋を回って起こしていたので、自分で起きる習慣ができていない。
同級生の若松と劉は、毎日同じ時間にバタバタと大慌てで降りてくる。

「何で起こしてくれないアル!!」
「声はかけたましたよ。」
「しっかり起きるまで見届けてくれなきゃ、意味ないアル!!」
「…それ、言ってて恥ずかしくないの。」

授業は午後からのリコと桃井が、あきれ顔でリビングを行き来する二人を見遣る。
彼等は毎日起きてから出ていくまで、5分もない。

「行ってくる!!」
「あっ!福井今から出るアルか!乗っけていけアル!!」
「お前物を頼む態度ってものがあるだろが。」

溜息をつきながら、今日は誰も使っていなかった軽のキーを荷物へ加える福井。

「若松、お前も乗れ。送ってやる。」
「マジすか!!」
「5棟だろ、途中で下ろしてやるよ。」
「急げアル、福井!!」
「へーへー。」

騒がしい遅刻組が出ていった後も、まだ通学ラッシュは続く。
彼等は授業前に課題の提出があるため、他の学部の生徒たちよりも早く到着していなければならないのだ。

「行った?」
「ええ。」

キッチンからひょっこりと顔を覗かせたのは、小堀だ。
2限以降しか授業を入れていない彼は、毎日比較的遅くまでキッチンの番をしている。

「あ、お弁当…。」
「え。」

湊のいない穴を埋めるため急遽キッチン組へ組み込まれた桜井が、机の上へぽつりと置かれた弁当包みを発見した。

「これ、若松さんです…」
「あー、忘れてったなあいつ…」

こちらも小さく溜息をついて、エプロンを外しながらキッチンの奥へと声をかける。

「なぁ湊、お前5棟通り道だろ。届けてやってくれないか。」

無意識に出した名前に、本人より先に桜井が困った顔を向ける。

「小堀さん…」
「え?………あ。」

弁当に向けられていた視線を、誰もいないキッチンへと戻す。

「…そっか、今湊いないんだったな。」
「お、お弁当は僕が届けます。」
「いいのか?」
「はい、連絡入れてお昼に持っていきます。」
「悪いな、頼む。」
「はい。」

小堀も、多少被害を被っている。
海常のメンバーは基本的に皆"キて"いるが、小堀は精神的というよりは実務的に困っていた。

「…いなくなってみると、本当あいつ何でもやってたんだなぁ。」
「いなくなってなんかないッス!!」

ぽそりと零した小堀の言葉を耳聡く拾ってバタバタ足音を響かせる者が一人。
ぶすりとした機嫌の悪い顔は、モデルとしては0点だ。

「おはよ、黄瀬。」
「おはよーございます!!」

苦笑いと共に差し出された朝食プレートを荒々しく受け取って、がちゃん、と音を立てて席に着く。
それでも、いただきますの掛け声は忘れずに、これまた機嫌の悪い表情で箸を持った。

「湊さんは貸し出されてるだけッス!!今ちょっとだけ居ないだけなんスから!!」
「はいはい。」

黄瀬の機嫌も、湊が居なくなった日から戻らない。
その日の夜に赤司からのメールが届いて機嫌が急降下したのだが、他の面々がそれを知る由もない。

「おはよ。」

そこへ丁度やってきたのは、今回の元凶。
湊が居なくなってからの3日間、森山は異常に静かだ。

「おはよう、森山。」
「ん。」

黄瀬と同じようにプレートを受け取った彼はぐるっとリビングを見渡した後、視線を上へと泳がせた。

「…湊、まだ帰ってきてないんだな。」
「うん。」

困り顔の小堀に、森山は居心地悪そうに視線を更に泳がせた。
それはもごもごと朝食を詰め込む黄瀬を経由してから、その向こうで優雅に紅茶を飲むリコへと移り、そしてまたプレートへ。
聞きたくても聞けない森山の気持ちを、小堀が代弁した。

「なあ、相田。」
「はい?」
「湊って、いつ帰ってくるのかな。」

昨日や一昨日は、流石に聞くには早いかなと思っていたが、そろそろ限界のようだ。
部にも歪みが出来始めている。

カチャリとソーサーへカップを置いたリコは自身の携帯を手に取ると、大袈裟に溜息をついた。

「聞いておきますから、そんな目で見ないでください。」
「え、そんな怖い顔してた?」
「小堀さんじゃなくて。」

リコが指さした先には、バツの悪そうな森山の姿。

「今すぐ連絡してくださいッス!!」
「今すぐぅ?」
「赤司っちの所にいるんでしょ!はやく!」

痺れを切らした黄瀬が、リコへケータイを押し付ける。
わざとらしく溜息を零したリコが、仕方なさそうにアドレス帳を開いた。
3コールの後、呼び出し音が途切れる。

『もしもし。』
「あ、赤司くん?」
『ああ、相田さん。どうしました?』
「いや、湊は楽しくやってるかなと思って。」
『こちらとしては、大変助かっています。このままここに居てくれたらとても嬉しいんですけど。』
「ふっざけんな!!!」

すぐ隣で会話を聞いていた黄瀬が、とうとう我慢できなくなって声を上げた。
リコからケータイをひったくって、怒鳴りこむ。

「湊さんはうちのッス!!他の何処へもやらねぇ!!」
『…涼太か。メールは見たか?』
「見たっスけどそれが?」
『言った通りだ。「彼女の居場所は、本当にそこでいいのか?」』

わざとらしく反芻した赤司に、黄瀬のなけなしの理性はブチ切れそうだった。

「湊さんの居場所は、此処だけだ!!!」

言葉強く言い放った黄瀬に対して冷静さを崩さない赤司は、反対に笑い声を滲ませながら言った。

『じゃあ、ゲームをしようか。』
「…ゲーム?」
『そう。俺たちは、バスケットボーラーだからね。』
「黄瀬、代わって。」

雲行きが怪しくなったのを察して、小堀が話を繋ぐ。

「小堀だ。今の、どういう事だ?」
『お久しぶりです、小堀さん。言葉のままの意味ですよ。』

ケータイをスピーカーにして、机の上へと置く。
それを囲む、小堀、黄瀬、リコ、桃井。
森山は、少し離れた所で事の行く末を見守っている気らしい。

『明後日、京都で練習試合をしませんか。』
「明後日?!」
『そう。迎えは行かせます。俺たちが行っても構わないのですが、“景品”を動かすのもアレなので。』
「景品…だと。」
『試合に賭けるのは、勿論彼女です。』
「湊を景品にするつもりか。」
『勿論、最終決断を下すのは彼女です。しかし、俺たちと先を生きる道があってもいいと思うんです。』

やけに他の連中も懐いているようなので、と付け加える赤司に、黄瀬は頭が沸騰しそうだった。

「いい加減に『赤司くん、ちょっといい?』…っ」

電話の向こう側でうっすら聞こえた、女性の声。
聞き間違えるはずがない。
話の渦中、そして、自分が何よりも焦がれた相手なのだから。

「湊さん!!!」


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「あ、ごめん。電話中だった?」
「いや、大丈夫だ。何か用かな?」
「この間の話なんだけど…」
「ああ、あれか。」

電話のスピーカー部を指で押さえて、わざわざ会話は向こう側へ聞こえる様に。

「そうだ、明後日練習試合をしようとおもうから、用意をお願いしたいんだが。」
「構わないけど…急ね?」
「ああ、ちょっとね。」
「どこと?」

持っていたノートを開いてメモの態勢を取ると、赤司はにっと笑った。

「涼太たちとね。」
「………え?」

少しの沈黙のあと、ペンを握る手の力が抜ける。
拍子抜け、とはこの事だろう。

「皆が来るの?」
「ああ。嫌かい?」
「え?いや、別にそうじゃないけど。」
「じゃあ、よろしく頼むよ。」
「分かりました。」

淡々と話がこちら側で決まっていくのを、黄瀬たちは聞いている事しかできない。
話を終えて、それじゃあ、と部屋を出ていった湊をしっかり見送ってから、赤司はケータイを再度耳へ当てた。

「それじゃあ、明後日。楽しみにしているよ。」
『ちょ、待っ』

赤司はホーム画面に戻ったケータイを見ながら、怪しげな笑みを浮かべた。

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