俺たちの交換日記 | ナノ

離された月と青

遡ること、数時間。
まだ誰も起きてこない、朝というには早すぎる時間。
いつもならいくつかの部屋から響く盛大な鼾以外に物音のしないそこから、ひそひそと聞こえるは女3人の話声。

「忘れ物無いわね?」
「うん。どうしても無いと困るものは持ってるから、あとは困っても向こうでどうにかする。」
「そう。」
「湊さぁん…」
「ごめんね、さつき。」

苦笑いを浮かべて、少し下にある小さな頭を撫でる。
寂しそうに、少しむくれながら俯いた桃井に更に苦笑い。

「ここの連中の事は任せて。どうにかやっておくわ。」
「うん。」
「あんただから大丈夫だとは思うけど、むこうで迷惑かけないようにね。」
「分かってるよ。」

いつもと同じように口煩いリコに短く返すと、背後からコンコンとドアをノックする音。

「行こうか。」
「ええ。」
「湊さん、身体には気をつけてくださいね…!」
「そんな大げさな…」

今生の別れとばかりに言う桃井と溜息をつくリコへ手を振って、湊は寮を出た。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「ふぅ…」

思わず出る溜息も、許してほしい。
喧嘩の延長戦をふっかけるように出て来てしまったので、今頃寮は大騒ぎだろう。

別にもとより怒っていたわけではなかった。
確かに、最初は多少むっとした気持ちがあったのは本当だ。
でも、時間が経つにつれてパッケージに写る女性に、自分にない物を見つけるようになって。

しかも最悪なことに、こういう時ばかり昔の事を思い出す。

『私は、森山くんが好き。彼が望む理想の女の子を目指してきたつもりよ。』
『かわいくて、笑顔がステキな、ふんわりした子。』

もう、3年も前だ。
それなのに、未だにその言葉を引きずっている自分がいる。

森山が選んだのは、自分だ。
彼は特別可愛いわけでも、ふんわりした雰囲気を持つわけでもない自分を選んでくれた。
それだけで、十分だったはずなのだ。

「…」

思わず動かしていた手が止まる。
ぼんやりしながら、ふいに空を仰いだ。

京都のじんわりとした暑さが肌にねっとりと絡みつく。

「なーにしてんの?」
「っ」

にゅっと視界に生えて来た頭に、思わずのけぞると、後ろに立つ彼の足へ背中を預ける形になる。
おっと、と言いながら少し雑な手つきで背中を支えてくれる彼に、なんとなく双子の片割れを思いだした。

「ごめん、葉山くん。」
「いいって。」

体勢を整えた湊から離れ、彼は隣へとしゃがみ込んだ。
湊の手元を見てから今度は自分と逆隣を見、更に湊自身へ視線を移した。

「あんた、今日は仕事しなくてもいいって言われてたんじゃなかったの?」
「じっとしてるの、あんまり向いてないから。」

手元の洗濯物へと視線を落とすと、葉山の視線もそれを追った。
綺麗に畳まれたシャツを見て、無意識に漏れたような「ふぅん」という声に目を閉じると背後から別の声に呼ばれる。

「ちょっと、邪魔しちゃダメだって言ったでしょう?」
「玲央姉。」
「実渕く、」

反射的に呼んだ名前を言い切る前に、そっと唇へ手をあてられる。
きょとりと目を丸めると、女の湊ですらどきっとするような綺麗な笑顔で言われた。

「『玲央』って呼んで?」
「…」
「ね?湊。」

「名字だとオニイサンたちを思い出しちゃうわね。」と悪戯に言う彼に、湊は頷く以外の対応を持っていなかった。
いい子ねと誘うように人差し指で撫でられた頬を思わず触っていると、意識を呼び戻す手を打つ音。

「いい加減にしとけ、お前ら。」
「あら。」
「おい、お前。」

高い位置から見下ろされる切れ長の綺麗な瞳を見上げる。

「赤司が呼んでる。」
「征ちゃんが?」
「ああ、そういえば一度話したいって言ってたな。」
「早くしろ、俺が八つ当たりされるだろうが。」
「あ、はい。ありがとうございます、」

ふいに呼ぼうとしたときに、名前が出てこなかった。
3年前からずっと、影の薄さを売りにしている彼の名は、咄嗟には引っ張り出すことができなかった。
彼はそれを見て溜息交じりに、だが慣れたように口を開いた。

「まゆ「“千尋”だよ!」おい。」

声を遮って葉山に教えられた名前に、そんな名字だったかなと首を傾げる。
実渕がそれを見てにんまりと笑い、葉山をアシストする。

「あら、何か問題が?千尋サン。」
「そーそー!」
「あのなあ」
「千尋。」

どんどん増えていく声。
合わせたように同時に振り返った彼等の視線を追うと、腕を組んでこちらを見遣る赤司の姿。

「げっ。」
「ほら見ろ、間に合わなかった。」
「呼びに行ってくるといったのに戻ってこないからどうしたかと思えば…」

ミイラ取りがミイラになってどうする、と溜息交じりに言う彼に黛は額へ手を当てて項垂れた。
代わりに葉山が笑顔を携えて詫びた。

「ごめんなー、赤司。」
「まったく…」
「呼んでいたのは、聞いていた。すぐに動かなかった私が悪いわ。」

葉山を片手で制して腰を上げた湊に、赤司が少しだけ意外そうに顔をあげた。

「へぇ…」
「何か?」
「いや…、涼太が仕切りに自慢する女性とは、イメージが少し違っていたからね。すまない。」
「?」

今度は湊が首を傾げる番だった。

「涼太くんが、何か?」
「そうだな…俺が聞いていた風だと…」


『湊さんはすっごいんスよ!!バスケも上手だし、優しいし、可愛いし!
 怒ると最強に怖いっスけど、『人を使う天才だ』って笠松センパイが言ってたッス!』


「…だそうだけれど。」
「…」

釈然としない気持ちを抱えながら言動を改めていると、赤司は緩く微笑んだ。

「おいで。今日はもういいよ。」
「でも、まだ終わってないし、」
「いつもは自分たちでやってるんだ。あまり甘やかしたら、君がいなくなってから部員たちが怠けるようになってしまう。」
「…」
「今日はもう引き上げる時間だ。うちへおいで、少し話もしたい。」

有無を言わさないまま踵を返した赤司に、湊は仕方なく半端なまま洗濯物を部屋の隅へと避けた。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


御曹司、とは聞いていたけれどここまでとは。

連れてこられたのは、大きな純和風なお屋敷だった。
森山の家と似ていて彼の家も大きかったけれど、規模が違う。

「こっちだ。」

ぼんやりしていると、少し進んだところから声をかけられる。
置いていかれては迷子は必至。
湊は自分の荷物を持って後を追った。

「この間の試合、見せてもらったよ。」
「?」
「リーグ戦。君たち優勝してたじゃないか。」
「…ああ。」

目的を果たして記憶から既に消えかかってしまっていたことを引っ張り出し、話を続ける。

「わざわざ、そのために東京へ?」
「いや、父に用があってついでに寄っただけさ。玲央も連れてね。」
「へぇ…」
「本当は涼太たちに会いにいったんだけれど、珍しく真面目に観戦していたようだったからね。邪魔はしちゃいけないと思って。」
「…なるほど。」

少しだけ考えた湊は、赤司へと確信的に言った。

「“あれ”は、赤司くんだったんだね。」
「“あれ”?」

首を傾げた赤司へ湊は続けた。

「コートから、ずっと感じてた視線があったの。皆がいた所とは違う所から感じてたから、誰かと思ってたけど。」
「あれだけ人がいて、“視線”を感じることがあるのか。」
「残念ながら、そういうのには敏感に出来てて。」

赤司は溜息交じりに言う湊に少しだけ考えるそぶりを見せたが、別段何を言うわけでもなく「そうか」と話を閉じた。

「それで、話って?」
「ああ、別に用があるわけではないんだけれど。」

かちゃかちゃと茶器を用意する赤司を見かねて手を貸した湊を見ながら、また意味深な笑顔を向ける。

「テツヤや真太郎はまだしも、涼太や大輝を手懐けた女性の話を聞きたくてね。」
「…別に手懐けたわけではないし、どちらかといえば涼太くんは他人に懐きやすい性質では?」
「あれは職業柄、というのかな。自分のパーソナルスペースへ入れる人間をよく選んでいるよ。」
「…」
「今頃、きっと君が見た事もないような表情で携帯を凝視しているだろうね。」
「?」

楽しそうに笑う赤司に、今度は湊が首を傾げる番だった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


所かわって、バスケ部寮。
湊がいないままの一日を終えた黄瀬は、薄暗い自室で携帯の画面を見ていた。
ぼんやりと浮かび上がるそこに映し出されるのは、一枚の写真と短い一文。

写真は、話をする黛と湊が抜かれている。

双方控えめだが珍しく笑顔を浮かべる二人に、黄瀬は思わず携帯を握る手に力を籠めた。

添えられたメッセージに顔を顰めると、苛立ちを隠しもせずに携帯を机へと放り投げた。
ガチャン、と何かとぶつかり合う音を立てながら光を消したそれを背に受けながら、乱暴にベッドへとダイブする。

「………………許さねぇ。」

赤司に彼女の話を嬉々としてし続けた自分に苛々しながら、すべてを頭から追い出すように目を閉じた。










『彼女の居場所は、本当にそこでいいのかな?』

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