俺たちの交換日記 | ナノ

余裕の復帰戦

「お前の物無くすのと遅刻癖は、いつになったら治るんだ…!!」
「さ、最近はまだマシになったんスよ!」
「甲斐甲斐しく声かけてくれる湊がいるからな。」
「う゛…っ」
「お前まだあいつの事アテにしてんのか!!」
「笠松、後ろで暴れないで頼むから。」

湊の最後になるかもしれない復帰戦。
元いた高校のメンバーたちが1つのチームに集うのもあり、なんだかんだで全員が観戦へ出ることになった。
秀徳のメンバーは、若草がいて且つ湊が出ることもあって一番に仲良く6人で出発していった。
誠凛も日向の統率力によってしっかり余裕を持って出ていったし、一番時間がかかるだろうと思われていたフリーダムの塊陽泉も、一番腰が重い紫原が乗り気だったお蔭でそそくさと出て行っていた。
桐皇も桃井が青峰を引きずって出て行ったため、結果的に一番遅く出発したのは海常だった。

3年前のピンチヒッターで入った湊の試合の時大丈夫だったし、と笠松も少し甘く考えていた。
しっかり準備してさあ出ようと寮のドアに手をかけた時、何の気なしに漏らした言葉から時間は狂い始めた。

「忘れもんねぇな?」

鍵をかけて歩き出そうとしたときに、全員がそれぞれ最低限の荷物を確認した。
これは、海常時代から湊を含む7人の癖のようなものだった。
いつも何かしらが無いと言いだす黄瀬のために始めたもので、毎回洩れなくひっかかるのも黄瀬だった。

勿論、今回も。

「…あ、あれ。」
「……おい、今回は何がないんだ。」
「チケットが、あれ?財布に入れたと思ったんスけど…」
「部屋見てこい。」

最早恒例と化してしまったため、もう笠松も怒らなくなった。
大抵は“忘れ物”なので取りにいけば済む話だからだ。
だが、部屋へ戻った黄瀬は、10分経っても20分経っても戻ってこなかった。

「…中村、小堀、見に行ってやってくれ。」
「はい。」
「今回はどこかな〜」

半ば楽しんでいる節もある小堀が笑いながら中村と階段を上がって行く。
そこから10分、3人がかりでも見つからないようで物音はするものの戻ってくる気配はなし。
予定から30分オーバーした所で、笠松がとうとう腰を上げた。

「黄瀬ェ、まだか!!!」
「黄瀬〜、時間やばいぞ〜」

早川とふたり上がって行ったのを見て時計を確認した森山は、電車で行くはずだった予定を頭で書き換えて車のキーを持って寮を出たのだった。


半ば荒らすように助太刀に入った笠松の力により、雑誌の間へ栞のように挟まったチケットを発掘。
慌てて寮を車で出た時には、もう時間ぎりぎりだった。

「森山、間に合いそうか?」
「んー、正直ギリだな。」

助手席へ座った小堀と話をしながら、記憶の中から裏道ルートを検索する。
未だに後部席でぎゃいぎゃいと言い合いをする黄瀬と笠松、フォローを入れようとして失敗する早川とそれに静かにツッコミをいれる中村をルームミラーで確認して溜息をついた。

「…仕方ないな。」

走っていた大通りを、一本裏道へ入る。
3列シートの大きな車では、ギリギリ通れるほどの狭い道。
途中立っている電柱との間は、紙一重だ。
いつもはできるだけ走りやすくて安全な道を選ぶ森山だが、背に腹は代えられない。
これで湊の初戦に間に合わなかったら、笠松のお説教延長は必須。
流石に黄瀬が哀れになった森山は、ぎりぎりでもそこを通る事を決めた。

「お、おい大丈夫か?」
「平気だけど、ちょっと黙ってて。」

助手席の小堀がひどく心配そうに声をかけるものの、森山はスピードを制限速度ぎりぎりで走り続けた。
後部席は、依然賑やかなままだった。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

6人がついたのは、本当に時間ぎりぎりだった。
開会式はもう既に終わっていて、トーナメントの初戦前半も終わっていた。
運よく湊たちは後半出場。
更に運のよいことに、でたらめに入った観客席の扉は、丁度湊たちの出るブロックのコートの真上だった。

「ラッキー!」
「湊はっ」

先に出たメンバーも固まって座っていて、取っておいてくれた席へ6人も座る。

「おせぇぞ。」
「黄瀬に言え。」
「これからか?」
「ああ。」

清志と笠松の言い合いの反対側で、中村が若松に尋ねた。
わあ、と湧く観客席に顔をコートへ向けると、ちょうど5人が出て来たところだった。

「湊さ――ん!!」
「勝てよ、湊!!」

声が聞こえたらしく、5人が揃って観客席を見上げた。
それぞれ声をかけるなか、柵へ手をかけて紫原がじとりと下を睨み付ける。

「負けたらゆるさねーから。」

静かに、ぽつりとこぼれる様に漏れた言葉はきちんと桔梗へ届いたらしく。
にっこりと笑ってコートへ入っていった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


ビー、と長く試合終了のブザーが鳴る。
結果から言えば、圧勝、としか言いようがなかった。

初戦の相手が比較的弱かったのもあったが、いつぞやと同じように紅は温存。
湊も行動範囲は、センターラインから両側の3Pラインまで。
紺と若草、桔梗は出ずっぱりではあったが、絶好調のようだ。
失点も、トータル20点。

ハイタッチを交わして、5人は涼しい顔でコートを出た。

「マジか…」
「話には聞いてたけど、ほんますごいなあいつら。」

福井と今吉がつぶやくように言う。
少し間をあけて行われた2戦目も、ほぼ同じ。
圧勝を飾って3戦目への切符を手に入れた5人は、まだまだ余裕そうにコートを出ていく。
ふいに桔梗が戻ってきて、観客席を見上げた。

「あっくん。」
「…なあに。」

のっそり立ち上がって下を覗き込んだ紫原へ、苦笑いを浮かべながら言った。

「これからお昼行くんでしょ?久しぶりに一緒にどうかな。」
「…」
「あ、嫌なら無理にとは、「降りるから待ってて。」え、ちょ、あっくん?」

踵を返した紫原は隣に座っていた岡村の腕を掴んで歩き出す。
引きずられる岡村に、福井、劉、氷室も続いて腰をあげた。

「俺たちも行こう。」
「あいつらもどうせ一緒にいるだろ。」
「せやな、とりあえず1階降りよか。」

荷物を一度まとめてエントランスへ降りると、先ほど出ていった紫原が何かにのしかかっている。
彼の脇から伸びる腕は慌てたように背中をタップしている。

「助けてやれや。」
「あら、翔。」
「どーも。久しぶりやな、紺。」

「若草、元気にしてたか?」
「木村さん、お久しぶりです。キャプテンも。」
「ああ。」

「紅あんた働きなさいよ、何あの試合。」
「2戦目までは私と山吹は休みって決めてたの。次からはちゃんと入るわよ。」

それぞれが知り合いへ話をしに行くなか、海常の6人は勿論湊へ寄って行った。
少し離れたベンチに一人片膝をたてて座っていた彼女へ声をかける。

「湊さん!」
「ん、ああ、涼太くん、皆も。」

へらりと笑顔を浮かべたが、ぱたぱた寄って行った黄瀬を押しのけて森山が前へ出る。

「足どうしたんだ。昨日まで何ともなかっただろ。」
「別に何もないんですけど、朝急にリコにテーピングされちゃって。」

ぷらぷら足を動かすと、溜息をつかれる。

「本当に大丈夫なのか。」
「はい。サポーターも、テーピングだけだと剥がれてくるからってつけられただけですし、気にしないでください。」
「…無茶すんなよ。」
「ええ。」

頭を乱暴に撫でられ、湊は笑って立ち上がった。

「ご飯食べに行きましょうか。」
「そうだな。」
「何食いたい、湊?」
「あんまりがっつりは、この後まだ試合があるのでちょっと…」

7人で、昼食へ向けて歩き出すなか、それぞれが試合の感想を言いだした。

「そういえば、何で湊さん温存だったんスか?」
「…やっぱり足、」
「いやいや、深読みしすぎですよ。」

笑って湊はつづけた。

「ただこの後本気でいかなきゃいけない試合が残ってるんで、それでですよ。」
「他の3人は大丈夫なのか?紅以外の。」
「あの3人はいつだって全力ですから。特に桔梗先輩と紺先輩は点取り屋ですからね。」
「意外だわ。」
「皆そういいます。」

笠松の感想に、湊も頷くが黄瀬は多少不満があるらしい。
少しむくれた顔で湊を覗き込んだ。

「でも、本気じゃない湊さん見てててもあんま面白くないッス。」
「(俺)も同感だな。」
「でも、次からなんだろ?」
「うん。」

でもでも、とごねだした黄瀬と早川に湊は苦笑った。

「じゃあ、次は本気でいくよ。」
「本当ッスか!」
「本当は最終戦に残しとくつもりだったんだけど、まあそれはいいや。」
「紅に怒られるんじゃないのか?」
「平気だよ、声かえるくらいは。」

“くらいは”という言葉にひっかかった中村が首を傾げると、湊は笑った。

「無敗だった中学時代、私たちのチームは“カメレオン”って呼ばれてたの。」
「…カメレオン?」
「爬虫類なんてかわいくないって若草は嫌がってたけどね。」

何かを企んでいるような笑い方で、湊は含みを持たせて言った。



「ラスト2戦、“カメレオン”の神髄を見せてあげる。」



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