俺たちの交換日記 | ナノ

手綱の先は誰

湊の事もあって、先延ばしになっていた1年生たちのチーム分けを急ぐことになったため、キャプテン3人とリコ、湊の5人は応接室へ籠りっきりになっていた。
机の上には沢山の資料。

「どうしたものか…」
「困ったな…」

紫原や緑間など、比較的簡単に満場一致で決まったメンバーもいるが
何人かは振り分けに困っていた。
それでもふるいにかけ続け、やっと終わりが見えてきていたのだが。

重なる資料の一番上へ出されているのは、火神、青峰、黄瀬の資料。

「火神と青峰はできれば2人セットで大坪の所へ入れられるのが一番ベストだとは思うんだが…」
「青峰は最悪今吉がいるし構わないが、火神とセットは勘弁してほしい。」
「…一緒に入れるとなると、青峰くんと火神くんの手綱を握れる人間がいるしね…」
「そうなると、日向くん入れるのがベストだけど…」
「うちから日向をはずされるのは困る。」
「ですよね…」

岡村率いるディフェンスチームには、火神も青峰もあまりにも合わない。
だからといって、オフェンスチームにまとめて突っ込むわけにもいかない。

「…やっぱり、笠松さんの所に火神くん入れるしか。」
「日向も伊月もいるし、一番適任かと思うんだが。」
「そうなると、黄瀬の所在に困るだろうが。」
「…黄瀬をディフェンスに入れる、事は…」
「申し訳ありませんが、岡村さんに涼太くんをどうにかできるとは思えないです。」
「ワシ自身もそう思う。」

FWチームに青峰と火神を両方入れることはできない。
が、同じく両方ともDFチームへ外すこともできない。
人数の関係上、火神を笠松のいるチームへ入れると、黄瀬をはずさなければならない。
が、忘れてもらってはこまる。
元海常のメンバーがいるから比較的おとなしいが、彼もまた曲者揃いのキセキの一員だ。
勿論、更に扱いにくい青峰を今吉たちの所から外そうなどとは、もとより5人とも思ってはいない。

「…」
「もう、アレじゃな。笠松が黄瀬と火神を丸め込むしかないな。」
「私もそう思うわ。」
「構わねえが、それするなら湊は第3チーム専属にする。」
「「それは困る。」」
「どうしましょう…」

いくら言っても埒があかない。
今日はここでお開きに、ということになった。
凝り固まった体を伸ばしながら部屋から出ると、渦中の彼が湊を見てぱっと表情を明るめた。

「湊さんっ!」

ぱたぱたと尻尾が揺れそうな勢いでやってきて、今日は何があっただとか練習で誰がどうしたとかを嬉しそうに話す黄瀬に、湊は思わず頭を撫でた。

「…湊さん?」

どうしたのかと首をかしげながらも、湊がゆるく微笑むと黄瀬もふにゃりと緩んだ笑顔を返した。

「えへへへへ。」

根本的にはとてもいい子なのだが、如何せん彼も湊と同じで海常のメンバー以外には
無意識に引いている一線がある。

「…いらないところまで似ちゃったね。」
「?」

190近い巨体に些か不釣り合いな、くりっと丸い目が湊を不思議そうに見下ろした。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

数日議論を続けた結果、黄瀬は笠松率いる第3チームへ入れることが決定した。
練習を終えた後に全員をあつめて発表されたそれに、一喜一憂する1年生たち。
最後の最後に呼ばれた自分の名前に、黄瀬の目が安堵の色に染まったのを湊は見逃さなかった。

「涼太くん。」
「?」

これからの事を話しながら寮へと戻っていくメンバーたちの中から、彼を引き留めた。
いつもと変わらない表情で緩く微笑みながら近寄ってくる黄瀬に、湊は残るように伝えた。
不思議そうにしながらも青峰や黒子たちに残る事を告げ、おとなしくベンチに座りなおした彼の隣へ同じように腰かけた。

「何ッスか?」
「涼太くんは、さっきの組み分け、どう思った?」
「どう、って…」

思い出すようにふらりと揺れた視線に、各チームの構成表を差し出す。
ぱらぱらと3枚の紙を行ったり来たりしながら、黄瀬は言った。

「俺が言うのも何ですけど、妥当なんじゃないッスか?」
「具体的には?」
「青峰っちが今吉サン以外の言う事聞くとは思えないし、紫原っちも緑間っちもディフェンスへ入れるのは誰でも考える事でしょ?緑間っちなら、センターラインよりも外側からでも点が取れる。得点率が低いってなら、どう考えても第1チームに入れるべきッス。」
「他には?」
「黒子っちはどこ行ってもやっていけるとは思うっスけど、あれで結構勝ちにはこだわってるッス。火神っちと離れたのにはちょっと驚いたけど、まあ、大学版の青峰っちとのやりとりも楽しみッスよ。」
「うん。」
「他はちょっと分かんないッス。話はするけど、バスケの良し悪しが判別できるほどは付き合い深くないッスから。」

はい、と表を返しながら言い切った黄瀬を見上げながら、湊は尋ねた。

「涼太くんは?」
「ん?」
「涼太くんは、自分でどう思った?」

湊の問いに少し目を見開いた後、目を細めて当たり前のように言い切った。

「俺は、笠松センパイの下でしか言う事聞かないって決めてるんス。」

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「―――と、いう話でした。」
「あいつは…」

夜。
メンバーたちも寝静まった後、仕事をするためにリビングで残っていた湊と笠松。
課題をするために参戦した森山、小堀の海常3年生sを加えて黄瀬との話を繰り返していた。

「はは、らしいじゃないか。」
「俺たちが引退するときには、早川や中村にまでそう言わしめたんだ。むしろお前のその無駄なキャプテンシーにも、問題があると思うけどな。」
「……甘やかしすぎたか。」
「あら、自覚はあったんですね。」
「…」

笑う小堀と面白そうに揶揄る森山に、溜息をつく笠松。
湊のトドメの最後の一言に、とうとう文字通り頭を抱えた。

「でも、本当黄瀬も早川も中村も、笠松の事好きだよなあ。」
「由孝さんと浩志さんのことも病的に好きですけどね。」
「「まじか。」」
「お三方が卒業してから後は、本当に大変でした。」
「やっぱり甘やかしてんのお前らじゃねーか!!!」
「いや、お前もだろ。」
「責任逃れはよくないぞ、笠松ー」

責任の擦り付け合いを始めた3人に、湊はその辺はどうでもいいのだがとじっとり眺めた。

「でも、本当によかったんですか?涼太くん、第3に入れて。」
「あー、まあな。」
「ま、黄瀬のいう事も一理あるっていうかな。」
「黄瀬の手綱が握れるのは、笠松だけだろ。」
「今回の組み分け、俺たちも妥当だったと思ってるよ。」
「…そうですか。」

彼らがそういうなら、そうなのだろう。
深く考えるのはやめて、練習メニューの組み分けに戻った。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

次の日。
講義が早くに終わった湊は、途中で会った清志に拾われて2人で寮へ戻っていた。
距離がある講義棟へ行っている清志は、寮から毎日大型2輪で通っている。
湊も免許は持っているが、他人を乗せることはあまりない。
久しぶりの兄の背中に頭を預けながらぼーっと景色を眺めていると、信号待ちで止まった。

「あ。」
「ん?」
「見ろ、黄瀬に桃井だ。…隣は青峰か。」

指さす先を追うと、確かに先に述べられた3人の姿。
何だかんだ1年生たちも仲がいいなと思っていたが、信号が青になってバイクが進んだ時。
彼らの影になっていたものが見えた瞬間、湊は息を詰まらせた。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

いつもと変わらない練習風景のはずだった。
1年生たちの割り振りも決まって、それぞれキャプテンたちが尽力している。
自分たちは、今日も同じようにマネージャーの仕事を続けるだけだった。

「…湊、さん?」
「ん?」
「どうか、したんですか?」
「何が?」
「…いえ、何か、ぼーっとしてるっていうか…」
「そうかな?」

疑問形での返事ではあったものの、これ以上は聞くなと副音声で聞こえた気がした桃井は
仕方なく目線を湊から引きはがした。

休憩中のメンバーにタオルを渡して回っていると、誰も使っていないはずのコートの方からド派手なダンク音。
思わずそちらを見遣ると、火神や青峰と一緒にコートへ出ている黄瀬の姿があった。

「っしゃー!これで俺3勝目ッス!」
「お前何で今日そんな調子いいんだよ!!」
「ま、俺からしたらまだまだだな。」
「今日なんかイケる気がするっス!青峰っち、相手して!」
「へーへー。ボコボコにしてやんよ。」

楽しそうに笑いながら1つのボールを取り合う彼らに、桃井が溜息をつきながら近寄って行った。

「もー!休憩時間は休憩する時間なの!コートに出てちゃ意味ないでしょ!」
「いいだろーが、ちょっとくらい。」
「口煩いのは変わんないっスね、桃っち。」
「何て?」
「すんません。」

じゃれあう4人に、ふ、と思わず笑顔が漏れたが、
至極嬉しそうにする彼に湊は少しだけ目を伏せて考えだした。

「湊。」
「、はい。」
「…練習終わったら、今日もモップ掛けして戻るか?」
「はい、今日は鈴ヶ丘の練習もないですから。」
「なら、少し付き合え。話がある。」
「…?」

いつもよりも深刻そうな表情で自分を呼ぶ笠松に、湊は首を傾げた。
何かあったのかと1日観察をしてみたが、特に異変は見られない。
じゃれあう森山と黄瀬を見ていると、本当に海常にいた頃と変わらない光景だ。

いくつかの可能性も考えてみたが、どれも背反が大きくて理由にはイマイチ軽い。
結果、答えは出ないまま練習を終了するホイッスルが響いた。

リコの指示を聞いてから、選手たちは各々戻っていく。
体育館はすぐに片づけをして施錠がされるため、残ったのは笠松と湊だけだった。

「今日も、お疲れさまでした。」
「お前もな。」
「まあ、これが仕事ですから。…あ、涼太くんタオル忘れてってる。」

仕方ないなぁ、とごちながらそれを拾い上げると、笠松は腕を組んで壁に体を預けながら言った。

「…昨日の、続きだけど。」
「?」
「……お前は、黄瀬を俺の下へ入れた事、どう思ってる?」
「え?」

昨夜は多少仕方なさそうにしながらも、彼を自分のチームへ入れることには不満は無いようだったのに。
湊はモップがけを一時中断して、彼に向き直る。

「今日の休憩中のあいつを見て、思った。あいつを俺の下へ置いておくのは、宝の持ち腐れだ。」
「…どういう事です?」

眉をひそめた湊に、笠松は1つ小さく溜息をついてからつづけた。

「海常に居た頃は、感じた事はなかった。だが、それは世界が“海常”の中だけだったからだ。あいつは海常のエース、それは俺や他のやつらの中でも揺らいだことはなかった筈だ。」
「ええ。」
「だが、キセキの奴らや他の学校だった1年生が混ざった今、あいつが俺の下に居続ける理由は何もない。」
「…すみません、話が見えません。」
「海常ではあいつと張り合える奴はいなかった。それは、技術的な話じゃなくて、俺も、小堀や森山、中村と早川だってそれぞれ特化したものがあいつと被らなかったからだ。」
「は、あ…」
「青峰や火神とボールを取り合うのを見ていると、あいつはやはり大坪のところへ預けるべきだと思った。」

笠松の言葉に、湊は目を見開いた。

「俺の率いる第3チームは、“バランス”を重視したチームだ。得点率も守備率も他の2チームと比べれば低い。だが、俺たちのチームは、結束力を強みに試合に出る。」
「海常は元々そういうチームだったじゃないですか。」
「ああ。だからこそ、日向がいるのに俺がキャプテンをやってんだ。」

ますます話が分からなくなってくる。
笠松の真意が、読めない。

「黄瀬とは、1年に満たない間だったが一緒にやってきた信頼と自信があった。だから、岡村や大坪が別に黄瀬を入れてもいいと言いだしたのに、うちで引き取った。」
「…そうですね。」

最終的には、確かに癖はあるものの黄瀬ならどこでもやっていけるだろうと半ば投げやりな判断になり、確かに先の2人は自分のチームへ入れてもいいと言った。
だが、そこで笠松はその言葉を遮ってまで自分のいる第3チームへ入れた。
むしろ、だからこそ今のこの話の意図が読めなかった。

「…だが、やはり青峰や火神といったPFの奴らといるのを見ると、思うんだ。あいつにチームワークは向いてない。」
「……今まで海常では、そんな風には見えなかったですけど。」
「あれは、森山や小堀たちがうまい事手綱を握っていたからだ。」

ふ、と浅く息をついてから、笠松がひどく重たそうに言葉を発した。

「あいつは、明日付けで大坪の所へ入れる。」
「は!?」
「黄瀬も意地になってるだけだ。何日か経てば、俺の下じゃなくてもやっていける。」
「あれだけ話をして決めたことです、今更「やっぱり無理でした」は効きませんよ。」
「大坪には俺が頭を下げる。岡村は何も言わないだろうし、相田も黄瀬の事に関してはどこへ行ってもかまわないようだったし文句はねえだろ。」
「俺はあります。」

2人の声だけが交互に響いていた体育館に、別の声が凛と響いた。
笠松と湊が出入り口の方を見ると、渦中の彼が立っていた。
ぎゅ、と握りしめた拳は少し痛々しいほどで、声もいつもの数段低い。

「俺、湊さんには言いましたけど。笠松センパイ以外の下で試合に出るつもりないッスよ。」
「黄瀬…」
「笠松センパイじゃないなら、他の海常の先輩方をキャプテンにしてください。それなら、考えます。」

あくまでも「かんがえます」な黄瀬に、湊はバレないように少し笑った。

「だが、」
「青峰っちは、第2でやることあるでしょ。火神っちに至っては俺とチームメイトな筈っスけど。」
「…そう、だが。」
「それに、俺そもそもオールラウンダーとはいえ、PFじゃないッス。」
「黄瀬…」
「海常で3年やってきて、もうSF一本でやってくって決めてるんスよ。点取りも確かに俺の仕事っスけど、PFとは違います。」

圧倒される笠松に、とうとう湊は噴出した。

「ふ、ふふ…っ」
「湊…」
「湊さんからも何とか言ってくださいッス!!」

近しいやりとりを、彼が入ったばかりの頃にやったことを思い出す。
ごねて自分の思いをぶつけるのは、黄瀬の専売特許だと思っている。

「何とかも何も、私からいう事はないよ。」
「でも、このままじゃ本当に俺大坪さんとこ入れられちゃうッス!!」
「それはないよ。」
「え…?」

にっこり笑う湊は、安心したようにまたモップ掛けを再開した。

「だって、幸男さんさっき言いましたよね。『大坪へ預けるべきだった』って。」
「…!」

湊が言わんとしている事が分かったようで、笠松が目を見開いた。

「預けるってのは、一時的に相手の所へ渡すことで、戻ってくることを前提にする言葉です。」
「!」
「つまり、元々心の底では、涼太くんを手放すつもりなんてこれっぽっちもないんだよ。葛藤は、あったかもしれないけれどね。」
「ッ笠松センパイ!!!」
「ぐえっ、やめろバカ!!」

感極まったように笠松へのしかかった黄瀬に、湊は笑顔を向ける。
やはり、黄瀬は笠松の下が一番よく映える。
元々湊自身も、黄瀬は第3に入れるつもりだった。
それこそ、ごねてでも。

「笠松センパイ、またこれからよろしくお願いしますッス!」
「あー…はいはい…」

観念したように溜息をつく笠松は、どこか少しだけ嬉しそうだ。

「俺が、またチームを勝たせて見せますからね!」
「また、ってなんだよ。」
「じゃあ、涼太くん今よりもっと頑張らないとね。」

湊の言葉に、黄瀬は笠松へのしかかったまま首をかしげた。

「どういう事っスか?」
「第3は他の2チームと比べて、幸男さんが言ってたように得点率も守備率も高くない。」
「だから、俺が」
「でも、全体的な勝率は、第3がダントツで高いよ。」

楽しそうに言う湊に目を見開く黄瀬。

「他の学校とやる時もそうだし、うちの3チーム内でゲームしてもそうだし。第3の強さは異常だよ。これ、私とリコの総評。」

唖然とした黄瀬に、今度は笠松がにんまりと笑った。

「うちは2,3年も多いからな。お前をゲームに出すのはいつになるだろうな?」
「は!?」
「1年も火神や高尾も入ってるし、先は長そうだな。」
「ちょ、笠松センパイ!!」

ぎゃんぎゃん言い合いを始めた2人に、湊はさっさとモップ掛けを終えて窓とドアの施錠を終えた。
タオルを黄瀬に返して3人で寮への道を歩いていた時、思いだしたように黄瀬が言った。

「そういえば、湊さん今日宮地さんとバイク2ケツしてませんでした?」
「え、ああ…まあ。」
「やっぱり!俺ちょっと離れたとこの歩道にいたんスよ!青峰っちと、桃っちと!」

にこにこ話す黄瀬に、湊は笑顔を張り付かせた。
――次にくる、言葉に備えるために。









「今日、中学の時の女バスの子に会って話してたんス!湊さん、知り合いだったんスね!」

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