三人と畑しごとと妖


結局待っても起きない岩融を今剣に任せ、歌仙と二人散策に出た。

「いい天気ですね。」
「そうだね。」

空を見上げると、歌仙がつられるように同じように天を仰ぐ。

「折角ですし、布団を出しながら進みましょうか。」
「ああ。」

襖をかたっぱしから開け放ちながら、押入れを探していく。
空気の入れ替えをしながら、作業を進めていった。

「…そう言えば。」
「?」
「歌仙は、『江雪』という太刀をご存知ですか?」
「ああ、小夜の兄弟刀だね。一度だけ、会ったことがあるよ。」
「小夜様の事も、ご存知だったんですね。」
「大分昔、ここへ呼ばれる前に一時同じ家に仕えていたことがあってね。君も、もう会っていたんだね。」
「ええ、昨日の晩に少しお話いたしました。」

ばさりと少し大げさに音を鳴らしながら布団を広げる。

「…小夜から、寄ってきたのかい?」
「ええ、まあ。『江雪』を探すよう言われました。」
「……へえ。」
「何か?」

顎に手をあてたまま釈然としない顔で目線を逸らした歌仙に、こちらも首を傾げた。

「いや、あの子は昔から少し…なんというか、ああ、そう、危機感の強い子だったから。君と違って。」
「…異議あり。」

言葉を選んだようだけれど、小夜様のかわりに私がバカにされた気分だ。

「小夜から、寄ってくるなんて珍しいと思っただけだよ。」
「…そうですか。」
「得体の知れない君に自分から近づいていくほどに、気持ちは焦っているのかもしれないね。江雪がいない事に対して。」

何かを思い出すように視線をゆるめた歌仙に、私は無意識に顔を顰めたようだ。
今度は彼が、怪訝そうに首を傾げた。

「そんなに、兄とはいいものなのでしょうか。」
「どうしたんだい、急に?」
「…いえ、少し疑問に思っただけで。」

ふい、と顔を逸らして庭を見つめる。

「ここにいる刀は、それぞれ何かしらの繋がりはもっている。それこそ、兄弟だったり、僕と小夜のように昔同じ主の元にいたり、戦から離れた後に落ち着いた先が同じだったりね。」
「…へえ。」
「兄、と呼ばれる刀も多い。皆、一癖も二癖もある者ばかりだけれど、やはり無条件で弟たちの事は大切にしていたよ。」

歌仙の言葉を聞いて、もう戻れない屋敷が脳裏をよぎる。

「…粧裕?」
「ん、はい。」

呼び戻され、少し気の抜けた返事を返した。

「…君には、兄弟はいないのか?」
「……兄弟?」
「急にここへ連れてこられて戻れなくなったんだろう。兄弟じゃなくても、父上や母君とか…君を想う者がいるんじゃないのかい?」

私は歌仙に緩く笑みを返して、先に部屋を出た。

――――――――――――

「粧裕ー!」
「あら。」

いくつか部屋を回り終えた所で、廊下の向こうからぱたぱたと足音が聞こえてきた。
それと同時に、手でも引かれているのだろうか。
不規則な乱れた足音がばたばたとついてくる。

「おきました!つれてきましたよ!」
「起きたのではなく、起こしたのだろうが…」

どうやら痺れを切らした今剣に、文字通りたたき起こされたらしい岩融はがしがしと頭をかきながら私に向き直った。

「昨日は、すまなかった。」
「とんでもない。当然の対応です。」
「今剣を呼び戻してくれた事、感謝する。」
「彼については私は何も。貴方がずっと大切に守ってきたのでしょう。」
「…」
「粧裕!これからなにをするよていなのですか?」
「ん、ああ、部屋の片づけも今日はこのくらいにしましょうか。畑を探しに出かけましょう。」
「わーい!かせん、いきましょう!」

ぴょこぴょこ飛び跳ねながら足取り軽く外へ出ていく今剣を、仕方なさそうに歌仙が追う。
必然的に、ここには大きな彼と私のみ。

「…粧裕、か。」
「私の名前です。主、とだけ呼ばなければ何とでも好きに呼び分けてください。」
「なら、あの二人に倣う事にしよう。」
「そうですか。」

特に呼び名にこだわりはない。
名前で呼ぶというのなら、そうすればいいと思う。

「なあ、粧裕よ。」
「はい。」
「お前は、俺たちをどうしたい?」

彼の言葉に、ゆっくりと目線を上げた。
かち合った視線は私を値踏みするようにも見えるし、今すぐ私を殺しにかかってきそうな鋭さを持っていた。

「どう、とは。」
「お前を、俺はよく知らない。だからこそ、お前をここでの歴代の審神者どもと重ねるつもりもない。」
「はあ。」
「だが、今剣や歌仙、ここの刀たちに刃を向けるつもりならば、俺は容赦はしない。」
「…」
「俺はここでは練度は高い方だ。皮肉にも、お前が手入れをしたお蔭であと何日かすれば万全の態勢へ戻る。そうなれば、昨日のお前の太刀筋から見て、俺が負けることはありえない。」

言い切った彼に、私は頷いた。

「そうですね。私では貴方には勝てないし、それ以前に無暗に貴方たちをどうこうしようなんて思ってません。…でも。」

彼の隣から抜け出して、歌仙たちの背を追うため縁側を降りた。
ゆるく振り返って、更に高くなった彼を見上げる。

「私とて、表面上とはいえ今は貴方たちの上へたつ立場。そこへ胡坐をかくつもりはありませんが、いざとなれば貴方たちをねじ伏せる手段はいくらでもある事を、お忘れなく。」

ぽかんとした顔で私を見下ろした彼は、ややあって急に豪快に笑い始めた。
少しだけ首を傾げると、岩融は私の隣へ降りてきてにんまりとした表情に変えた。

「お前には些か昔の主の面影を感じるわ。」
「はあ…?」
「粧裕ー!いわとおしー!」
「早くしないか!」
「ほれ、呼んでおる。行くぞ。」

先ほどまでのびしびしと刺すような空気は一変し、あたたかい笑顔を向けられる。
前を歩く岩融の背中を、首を傾げながら見守った。

――――――――――――――――

「…」
「……」
「………」
「粧裕は、あまり はたけしごとにむいてはいないようですね!」

畑まで連れていかれ、とりあえず一人一畝作ろうという事になった。
端から歌仙、私、今剣、岩融で同じように作って行ったはずなのだ。
出来たら、種類は違えど同じように種を植えた、はずだ。

「粧裕…」
「…」
「僕は確かに等間隔で埋めろとは言ったよ。言ったけど、どうして全部埋め終わって、まだ畝が半分手つかずで残っているのかな?」
「……ちゃんと等間隔で埋めたんですけど…」
「間隔が短すぎるだろ…」
「折角耕して作った畝も、上から踏んでしまっては意味もないな!」

がっはっは、と笑う岩融と全力で溜息をつく歌仙。
今剣もおかしそうに笑っている。
畑仕事は、今剣が一番上手なようで綺麗につくられた畝と測ったかのように等間隔で埋められた種の後が見える。

「粧裕は、ぶきようさんなのですね。」
「そう、なんですかね…」

今まで生きてきて、そう感じたことはなかったのだけれど。
客観的に見てそう見えるなら、そうなのだろう。

「さ、井戸へ行って水を持ってこよう。」
「あ、ぼくらがいきます!粧裕、いきましょう!」
「え、ああ、はい。」

くい、と袖を引っ張られ、つられるように立ち上がる。
じゃあ、よろしくねと言う歌仙と手を振る岩融を置いて井戸へ向かった。



井戸で水を汲んだ帰り道。途中で、綺麗に手入れの行き届いた庭を見た。
それは、私が一番最初に呼ばれた部屋の真ん前にある場所で、他の所は建物も含めて手入れどころか一般的な掃除も満足にされていない状態だったのに、そこだけはとても手がかかっていて美しく、多少大袈裟な言葉を選ぶなら“別世界”のようだった。

「今剣。」
「はい?」
「ここだけ、庭がやけに手が入っていますよね。」
「ああ、はい。」
「誰かが、手入れをしているんですか?」

水の入った桶を置いて小さな池の際へしゃがみ込むと、私たちの後ろから怒鳴り声を投げつけられた。

「そこへ近づくな!!!」



  
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