小夜と夜と妖


とりあえず一室だけ徹底的に掃除して部屋を換気がてら開けたまま出ると、
ふわりといい匂いが漂ってきた。
寄って行って歌仙の横から鍋を覗き込むと、ふんわりと香るダシの匂い。

「いい匂い。」
「今日はあまり凝ったものを作っていたら遅くなってしまうから、雑炊にしたよ。簡単で悪いけれど、きっと二人も時機に起きるだろうしね。」
「十分です。」
「道具も一度全部洗わないといけないね。」
「そうですね。」

ほぼ具のない雑炊になってしまったけれど、これはこれで楽しいと思う。
散策して発見したちゃぶ台を、今しがた掃除したばかりの部屋へ持ち込んで歌仙とそこへ座る。

「いただきます。」
「どうぞ。」

丁寧に返してくれる歌仙に少し嬉しくなりながら、雑炊を啜る。

「おいしい。」
「それはよかった。でも、こんな雅の欠片もない夕飯は今日限りにしたいものだね。」
「畑もあるって聞きましたし、明日は散策がてら畑仕事ですかね。」
「…畑、ね。」
「掃除とどっちがいいですか?」
「掃除の方がマシだけれど、君を今この本丸で一人にするわけにはいかないからね。」

仕方なさそうに笑う彼に、ほんの少しだけほっとする。
歌仙の中でどんな心境の変化があったのかは分からないけれど、最初のあの刺々しさは見受けられなくなった。

「お布団も、明日探し出して干しましょう。」
「そうだね。大体どの部屋にもいくつかあるはずだけれど。」
「じゃあ、歌仙には布団干しをお願いしようかな…私は畑の方探しに行ってみますから。」
「君は僕の話を聞いていなかったのか?」
「?」

首を傾げると、ふう、と溜息をつかれた。
…何回目だ。

「君を一人にするわけにはいかない。」
「皇も連れて行きます。大丈夫ですよ。」
「そういう事じゃない。」

歌仙の眉間に皺が寄る。
その表情は、心配とかそういう類のものより、どちらかと言えば呆れが滲んでいた。

「粧裕、君、道を覚えるの、あまり得意じゃないね。」
「えっ、」

急に断定されたその言葉に、私は驚いて言葉を詰まらせた。
なんで、と顔に出ていたのだろう。
歌仙は今度は少しだけバカにしたように笑って言った。

「粧裕と初めて会った部屋から、君の妖気、と言ったか。それを追ってここまで来たけれど、曲がりすぎて何度か同じ部屋の前を通っているね。」
「えっ!?」
「やっぱり気付いていなかったのか。」
「…しらなかった。」

たしかに、私は方向音痴で道を覚えるのも得意ではない。
こんなに早く当てられるとは思っていなかったし、後ろを歌仙がついてきていたことにも驚いた。

「君はもう少し、危機感を持った方がいいね。」
「…肝に命じておきます。」

――――――――――――――――――――

一応、いくつか部屋を回って比較的綺麗でかび臭くないものを引っ張り出してきた。
最終的に起きてこなかった二人には纏めて布団をかけておき、歌仙もその隣へ布団を敷いていた。

「君は寝ないのかい。」
「もう少し、起きてます。先に寝てください。」
「…わかった。」

特に何も聞かずに布団へ潜った歌仙を見届けて、私は一人縁側へ座った。

空を見上げると、暗い夜空にぽっかりと穴が開いたように少し歪な月が浮かんでいる。
多少霞がかっている空を見上げていると、とたとたと軽い足音が聞こえて来た。
音の方へ顔を向けると、すぐそこの曲がり角から青い頭が覗いているのが見えた。

「よければ、こちらへいらっしゃいませんか。」

優しく隣を撫でると、影は少しだけ躊躇したように揺れてから私の視界へ現れた。

「起きてこられたんですね。」
「…うん。」
「はじめまして、ですね。」

警戒心を刺激しないように、こちらからは近寄らない。
小動物と接しているような気分になるけれど、それを知ったら彼は怒るだろう。

「…これを、返しに来た。」
「あら、ご丁寧にどうも。」

彼――小夜様を包んでいた腰布は、とても几帳面に畳まれて私の手元へ戻ってきた。

「ねえ。」
「はい。」
「貴女が、ここの新しい主なの。」
「まあ、便宜上はそうなりますかね。」
「…貴女も、前のやつらと、一緒なの。」

ぐ、と細められた目に、鋭い光がともる。

「前のやつらを知らないので何とも言い難いですが、少なくとも私はここを途中で放り出したりする気はありませんよ。」
「…」

小夜様は、私の後ろにある襖をほんの少し開けて視線を巡らせ、寄り添って眠る二振りを見てほんの少しだけ表情を和らげた。

「今剣を、拾ってくれたんだね。」
「拾う、というか…どちらかと言えば、あの薙刀の彼が連れて出てきたんですけれどね。」

ゆるく笑うと、彼は再度目線を彷徨わせた後、決心したように、けれど静かな声で言った。

「貴女に、頼みがあるんだ。」
「何なりと。」
「…僕の、僕らの兄を探してほしい。」

彼の言葉に、一瞬自分の表情が強張るのを感じた。

「…兄上、ですか。」
「一番上の兄が、ずっと行方不明なんだ。この本丸の中に在るのは間違いないのだけれど。」
「お名前は。」
「江雪左文字。薄い水色の長い髪をした、僕と同じ袈裟姿の太刀。」

太刀、ということは今日出会った刀たちよりは大きいという事でいいのだろうか。
…ああ、薙刀の彼は別だけれど。

「…わかりました。今日はもう遅いし、暗い中で探しても効率が悪い。明日の日の出から散策も兼ねて捜索いたしましょう。」
「……頼むよ。」

私の言葉に、ひとまずは満足したようで。
彼は袈裟を翻して来た道を戻って行った。

また、音が消えた縁側。
私は再度、同じように空を見上げた。

―――――――――――――――




「おっはよ――――ございます!!!」

すぱん!と小気味良い音を立てて、襖が左右に勢いよく開いた。
まさかこんな登場の仕方をされるとは思っていなくて、少しだけ目を丸くして振り返った。

「おはようございます。よく眠れましたか?」
「はい!ぼくもいわとおしも、しっかりかいふくです!」

部屋を覗くと、岩融様が盛大な鼾をかいていた。
歌仙はもう起きていて、迷惑そうに横たわる巨体を見下ろしている。

「おはようございます、歌仙。」
「ああ、おはよう。…まったく、これだから岩融と同室は嫌なんだ。」
「ぼくはきになりませんけどね。」
「だからずっと一緒くたに部屋へ突っ込まれているんだろう。」

歌仙の呆れた顔も、まだ出会って1日経っていないのに見慣れてしまった。
苦笑いを浮かべると、くるりと綺麗な銀髪を翻して彼が私に向き直った。

「ぼくは、いまのつるぎ!よしつねこうの、まもりがたななんですよ!」
「よしつねこう…?」
「あれ、しりませんか?」
「歴史はちょっと…」

ごめんなさい、と謝ると今剣様はすぐに笑顔を返してくれた。

「いいんですよ!これからは、あなたがあるじさまなのでしょう?」
「うーん…まあ、そうなる、んですかね。」
「よろしくおねがいしますね、あるじさま!」
「よろしくおねがいします、今剣様。でも、私を主とは呼ばないでくださいね。」
「では、なんと?」
「歌仙は、"粧裕"と。」
「なら、ぼくもそうします!ぼくのことも、いまのつるぎとよんでいいですからね!」
「では、そうしますね。」
「あれのことも、いわとおし、でかまいませんよ。」

すぐ傍に転がる巨体を指さして、今剣があっけらかんと言い放った。
少し考えるそぶりを見せると、きっと様をつけて呼んでも同じやりとりを繰り返すことになるだけだと歌仙が小さく笑った。

「ふふ、じゃあ、そうしましょうか。」
「他の刀たちも、別にそう呼ばなくてもいいと思うけれど。」
「最初の礼儀は大切ですよ。」
「まあ、確かにそうだね。」

思い直したように言った歌仙にまた笑う。
畑を探しに出ると言うと、今剣も一緒に行きたいと言いだしたので必然的に岩融、が起きるまで掃除をして時間を潰すことにした。


  
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