岩融と今剣と妖


本日何度目かの金属の激しくぶつかる音がした。
散った火花の向こう側に見えたのは、短刀だった。

小夜様や他の3振を見たあとだったから、彼らの見目は本体に依存するのかと思っていたけれど違ったようだ。
今短刀を握る彼は、明らかに二メートルを超える巨体を持っている。
相手は片手に短刀なのに対して、こっちは太刀にしかも両手。
それでも、力では明らかに押し負けている。
しかし、後ろの歌仙が退かない限り私も移動できない。

「岩、融…?」

どうやら、彼の事を歌仙は知っているらしい。唖然とした様子で目の前の彼を見ている。
う、とうめく声が出た所で、はっと意識をこちらへ戻した歌仙が手早く自身に巻かれた襷を解いた。
刀身の抜ける音が聞こえたので、慌てて声を張る。

「抜くな!!」
「ッ」

びくりと体が揺れるのが視界の端に見える。
ぎりぎりと嫌な音がすぐ顔の前で鳴っている。
どうしたらいいかを必死に考えていると、突然ふっと相手の力が抜けて、たたらを踏んだ。
驚きながらも、慌てて皇を逆刃に持ち変えて体を相手の懐へ入れる。
腕だけじゃ支えきれないからと思ってしたことだったが、ちょうど倒れて来た彼の頭が私の頭の後ろへしなだれかかった。
踏ん張った足が、先ほど切り付けられた傷を理由に小さく悲鳴を上げた。

思った以上に重い体を押し返すと、大きな彼の左手が何かをとても大切そうに抱いていることに気が付いた。
暖簾のようになっていた彼の服をやっとこさ退けると、そこには銀髪の小さな男の子がすっぽり収まっていた。

「え…?」

私が思わず手を伸ばすと、大きい彼の腕に更に力が籠るのがわかった。

「いま、つる…」
「いまつる…?」

鸚鵡返しに復唱すると、左側から歌仙が彼の体を一緒に支えてくれた。

「今剣…」
「知り合いですか?」
「彼らとは、ここでの付き合いも長いよ。この二振りは、特に仲が良かったけれど…こんな所から出てくるなんて。」
「…とりあえず、置いてもいい、ですか。」
「あ、ああ。すまない。」

そっと土間から上がってすぐの部屋へ二人を一緒に横たえる。
今剣と呼ばれた小さな彼は、煤をかぶってしまっていたのか汚れが酷いけれど外傷はなさそうだ。
問題は大きな彼、岩融、と言ったか。

「傷だらけだ。」
「…前にここに居た審神者が、いたく今剣を気に入っていてね。難癖の強い奴だったので、それから守るためにずっとついていたのだろう。」
「……。」
「彼らは、手入れはしないのかい?」

考えるように顎に手をあてる私に、歌仙が少し心配そうに尋ねて来た。
付き合いも長いと言っていたし、心配なのは間違いないだろうけれど。

「そんな顔しなくても、見捨てたりしませんよ。」
「っ」
「でも、あまり人型を妖気に中てるのは…。」

そっと彼の手の中の短刀へ手を伸ばすも、ぎゅっと物凄い握力で掴みこまれていてとてもじゃないけれど外れそうにない。
それを見て歌仙が不思議そうに首を傾げた。

「岩融の本体はどこへ行ったのだろう。」
「え、これじゃないんですか?」
「…それは、今剣の本体。どこかへ捨て置かれたのか、今剣を抜かざるを得なかったんだね。」
「じゃあ、」
「岩融は、唯一の薙刀だよ。」

薙刀。
なるほど、そう言われればこの体の大きさも頷ける。
しかし、この近くにはそれらしい影は見られない。

「どこかへ隠されたのかな…。」
「ちょっとやそっとでどこかへやれるほどの大きさではなかったと思うけれど。」

きょろりと彼らの元を離れ、二人が出て来た釜戸を何となしに覗き込むと奥の方で何かが鈍く光った。

「…?」
「粧裕?」

ばさりと上半身の着物を、一番下に来ていた首元まであるインナーだけになるように脱ぐと煤が付くのも構わずに中へ半身を突っ込んだ。

「ちょ、粧裕!!」
「っげほ、う゛、なんだろ、こ……え、」

咳き込みながら引きずり出したのは、何かの刃の部分だった。
歌仙を振り返ると、彼がさあ、と顔を青くする。
私は慌てて一度その刃を置いてまた釜戸の中へ戻った。

がさがさと漁ると、いくつかに分解されてしまった柄が出て来た。
折れ目を目安に並べていくと、それは綺麗に一本につながった。

「ッ岩融!!」
「刃が無事なら、まだどうにかなるかもしれない。」

歌仙が、自分の気を吸いすぎたという話を聞いた後にやるのは気が引けるけれど仕方ない。
普通に手入れをしていたのでは、間に合わないかもしれない。

一番端からきっちり繋ぎがあうようにくっつけ、ぎゅっと力を込める。
今日この数時間だけで大分力を使った。
集中して手に力を集めるけれど、とても時間がかかる。

「歌仙、歌仙。」
「何だい。」
「手入れ部屋、分かりますよね。」
「あ、ああ。勿論。」
「そこから手入れ道具を持ってきて、反対側から手入れしていってくれませんか。少しでも、早く終えた方がいいと思うから。」

目線を柄から離さないまま言うと、歌仙は小さく返事を残してばたばたと出ていった。
ひとつめの繋ぎ目がくっついたところで、彼が苦しそうに呻く声がした。

「…妖気は、神様には合わないね、ごめんなさい。しっかり手入れが終わったら、消すからね。」

次の繋ぎ目へ手を伸ばすと、鋭い痛みが手のひらを走った。
黒の手袋が裂けて、切れた手からぼたぼたと血が流れる。
触れていたのは柄だったのに、彼の本能が私を遠ざけようとしているみたいだった。

「…でも、引かないから。」

血は後で洗い流せばいい。
私はそのまま修復をつづけた。

――――――――――――――――――――――――――――――――――

数分して戻ってきた歌仙は、血だらけの私を見て更にあたふたし始めた。
それを苦笑いと共に大丈夫だと落ち着かせて、きちんとした手入れに入る。
一応、ばらばらにされていた柄は全てくっついた。
万全ではないので、それを手入れで戻していく。
やろうとしたら、歌仙にすごい形相で止められたので私は大人しく彼の隣でぽふぽふされる薙刀を見つめている。

「…本当に、これで直るんですか?」
「ああ。」

丁寧に時間をかけて端から端まで手入れを終えた薙刀は、一応は輝きを取り戻した。
人型の方も表情は柔らかく、今剣様と一緒にお昼寝状態だ。

「…どう思います?」
「起きるのを、待つしかないね。」

小さく溜息をついて私は部屋の掃除へ、歌仙は夕飯の支度へ入ることにした。


  
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