歌仙と厨と妖


彼は、ここの事を本当によく知っていた。
聞くと、一番最初に来た審神者の初期刀が彼自身だったらしい。
つまり、どの刀よりもここでは一番の古株という事だ。
―――その分、彼はここでの惨劇も全て見て来たという事だけれど。

「ここには、何人審神者が来たんですか。」
「もう覚えていない。覚えていられるほど長い間ここに居続けた者の方が少ない。」
「…」
「ここは、墓場に近いんだ。知らない間に増えていた刀もあるから、僕が古株とはいえ話したこともない刀も多い。」
「え…」
「急に誰かがやってきて、勝手に打ち捨てていくのさ。かわるがわるやってくる審神者たちも一度に何十振りも顕現する力はないようだからね。少しずつ顕現していくにしても滞在時間が短いから、僕らが人型を保っていられる時間も僅か。その間に顔を合わせるのもこのだだっ広い本丸じゃ難しい。仲良くなるなんて更に不可能な話だね。」
「じゃあ、歌仙様も、誰がいるのかまでは分からないってことですか。」
「そうだね。ほら、箒。」
「あ、ありがとうございます。」

倉庫から箒と雑巾を受け取る。
途中で木桶を拾って井戸で水を入れて、また戻る。

「やっぱり、根気よくやっていくしかないですね。」
「…」
「……なんです?」
「君、本当にここを受け持つつもりなのかい。」
「ええ。言ったでしょう、私ここ以外に行くところないんです。」
「でも、」
「私も他の刀たちと同じ。打ち捨てられた者なんですよ。」

聞いていた歌仙様は、少しだけ戸惑うそぶりを見せてから口を開いた。

「…君のこと、聞いてもいいかな。」
「ええ、どうぞ。私ばかり聞いていては不公平ですよね。」

あっさりと肯定を返すと、ふらりと一度視線を彷徨わせた後口を開いた。

「君は、名前の縛りはないと言っていたよね。」
「ええ。」

最初に聞くのがこれなのか、と少しだけ拍子抜け。
別に、なんでもいいんだけれど。

「どういう意味か、深く聞いてもいいかな。」
「私が妖なのは、お伝えしましたね。」
「……ああ。」
「信じがたいのは分かりますけど、その話してたらいつまで経っても先に進まないのでそれは前提としておきますね。」
「…わかってるよ。」

もごつく彼に苦笑いを返して、続ける。

「私たち妖の位置づけは、人間を挟んで神と対極に位置する物です。」
「どういう事だい。」
「貴方たち付喪神を例に出すと分かりやすいですね。付喪神が形を留めるのに神気、ええと霊力、ですかね。それを使うのと同じで、私たちは妖力を使って人型を保っています。」
「君たちにも、僕らでいう刀のように原型があるって事かい。」
「そうです。妖それぞれ違うんですけどね。」

ずっと信じられない、って顔を崩さない彼。
もう私自身腹が立つとかよりもおかしくなってきてしまっている。

「なら、君は何の妖なんだい。」

向けられた問いに、ぴくりと一瞬足が止まる。

「…?」
「ああ、ごめんなさい。ええと、」

言い濁すと、首を傾げた歌仙様。
どうしたものかと困り果てた私を見かねたのか、腰の皇がぼふりと小さく煙を上げて元の姿へ戻る。

「!?」
「ああ、もう。」

しゅるりと私の体を蜷局を巻くように腰から首へ上がってくる。
すり、と耳のあたりにすり寄るこの子に、仕方ないなあと笑った。

「それ、は。」
「管狐です。この子も、妖ですよ。」
「管狐…たしか、こんのすけもそうだったと思ったけれど、」
「形は違いましたね。」

皇は蛇のようにしゅるりと長い体に小さな手足が付いている。
瞑らな瞳が、私はとても気に入っている。
小さいときから一緒の、親友であり、兄弟のようなものだ。
頭を撫でてやると、満足したようでまた刀の姿へ戻って腰へおさまった。

「私は、羽衣狐。御伽草子なんかで出てくる、炎に強い狐ですよ。」
「きつね…」
「純血ではないから、ここへ捨てられることになってしまったんですけれどね。」
「え?」

少しだけ目を見開いた彼に、私はへらりと緩い笑みを向けた。

「私は、混血種、キメラなんですよ。羽衣狐を名乗るのは、どちらかといえばそちらの方が私が好きだからなだけで。」
「…君は、名乗っていないのに僕の名前を知っていたね。付喪を呼ぶときは、名が必要になるはずだから。」
「ええ。」
「それが、何か関係しているのか?」

その問いには答えないまま、私は到着した厨の掃除を始めた。

―――――――――――――――――――――――――――

「…大分時間がかかってしまったけれど、このくらいで一応は大丈夫なんじゃないかな。」
「……まぁ、妥協案ですね。」
「君、案外綺麗好きだね。」
「意外とってなんですか。」

少しむっとした顔を向けると、少し肩を竦めて小さく謝られた。

「君は、もっとズボラかと思っていたよ。」
「考え改めて下さいね。…掃除、手伝ってくださってありがとうございます。」
「当たり前だろう。君の、初期刀だからね。」

布をかぶっていた薪を確認していたら聞こえて来た声に、思わず驚いてばっと顔を向ける。
歌仙様が、初めて笑ってこっちを見ていた。

「僕では、不満かな。」
「え、え、」
「どちらにせよ今更野良刀には戻れないよ。人型へ戻される時、あまりにも君の力を吸いすぎたようだ。」

しまった、やっぱりやりすぎたか。
呼ぶ時はまだしも、修理する時はもっと気をつけておけばよかった。
さあ、と顔を青くする私にとうとう彼は吹き出すように笑った。

「僕は別にどちらでも構わないけどね。君が嫌なら、刀へ戻ってまた次の審神者が来るのを待つだけだ。」
「……貴方は、それでいいんですか。」
「言っただろう。もしこれで何かあっても、僕の判断の元だ。責任は僕自身にある。」

箒に両手を添えてにんまりと笑う彼。
最初とはえらい違いだ。少し不気味に思ってしまうのはいけないことなのだろうか。

「…では、お願いします。歌仙様。」
「歌仙、でいいよ。」

満足げに姿勢を戻した彼に、私も返す。

「粧裕」
「?」
「私が歌仙、と呼ぶなら貴方も私の名前を知っておくべきです。」

言うと、彼は目を見開いた。
まだ、どこかで名前への戸惑いがあるみたいだ。

「なんと呼ぶかは、貴方に任せます。でも、知らないままなのはアンフェアです。」
「あんふぇあ…」
「不公平、という事ですよ。」

薪を湿ってしまっているものとそうでないものに選別して、乾いているものを歌仙へ渡す。

「はい。」
「…。」

無言でそれを受け取る彼。

「分かります?くべるんですよ。」
「…僕は料理は好きだ。ここの事なら何でも分かるよ。」
「あれ、意外。」
「…君こそ失敬だぞ。」

ふふ、と笑うと彼も口元に笑みを浮かべた。

「よろしくお願いしますね、歌仙。」
「ああ、粧裕。」

とても久しぶりに他人の声で紡がれた自分の名前に、少しくすぐったい。

「さて、食べられるものはあるかなー…っと」
「釜戸の中も一度掃除しないといけないな…灰が酷くていけない。」

何か探そうと背を向けた時、歌仙が覗き込んだ釜戸の中が光った。
目を見開いた歌仙を押しのけて、私は迷いなく皇を抜いた。


  
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -