小夜と宗三と長谷部と妖


置いていけと言われて、あ、じゃあそうしますとはいかないのが今の状況だ。
相手は小夜様を知っている、なら任せてしまえばいいかとも思うのだけれど。

「…いくら知人でも、そんな目をした人に、この子は渡せません。」
「ッ小夜を離せと言っているんです!!!」

バッと桃色の彼が手を払うと、後ろからまた空を切る音がする。
一度当たっているのだ、二度目はない。
いくつも飛んでくる石を避けながら、一歩ずつ後ろへさがる。
足元を狙われたそれを高く跳んでかわし、体勢を低く着地すると懐に影がうつった。

「!!」
「遅い!!」

むこうにばかり気を取られていて、もう一人の存在に気付くのが遅れた。
大きく下から振り上げられた刀を避けるため、ぐっと足を縮めて間合いを取り、相手を蹴り飛ばす。
こっちの方が一歩遅く、ふくらはぎをざっくり切り付けられた。

体勢を立て直した相手二人は、刀をこちらへ向けて臨戦態勢だ。
そっと腕の中の存在の無事を確認して、ひとまず安心する。
腰布を取って小夜様を優しく包んで横たえ、敵意をびしびしと飛ばす二人へ向き直った。

「貴方たちが私をよく思っていないのも、小夜様の事を大切に思われているのも分かりました。」
「なら、今すぐ小夜をこちらへ渡せ。」
「なりません。」

きっぱりと言い切った私に、二人は更に目つきを鋭くして間合いを詰めた。

「何にそんなに怯えていらっしゃるのか知りませんが、怒りや恐怖に負けて力を振るうようでは大切なものは守れませんよ。」
「何を知ったような…!」
「相手に自分の大切な人が人質に取られているような状況で、力任せに向かっていくようではいけないと言っているんです。」
「……」
「一発で仕留められればそれでいいですが、避けられ、隙を与えてしまったらどうするんです?」

私は腰に手をそろえ、刀を抜く動作と共に相棒の名を呼ぶ。

「"皇"。」

いつものように応えてくれたこの子は、綺麗な紺碧の柄を持った太刀へと姿を変える。
「私が本当にここを潰しに来た者だったら、今頃小夜様は首を刎ねられているところなのですよ。」
「ッ」
「黙れ!!!」

桃色の彼は一瞬何かに怯む様子を見せたけれど、紫の彼は違った。
一瞬で間合いを更に詰め、次の瞬間には私の刀とぶつかっていた。
ぎちぎちと、刃が鳴る。

「お前に、何が分かる!!」
「私にも、私の言い分と理由があります。…聞く気はなさそうですけれど。」

刃を滑らせて弾き、彼の懐へ入る。
刀を左手に持ち変えて、右手で彼の首元を掴んだ。
その時に、彼の手にある刀を叩き落とすことも忘れずに。

「…ッくそ!」
「……貴方は、本当にここの刀たちを大切に思っているんですね。」

落とした時に少し触れただけなのに、彼の記憶が垣間見えてしまった。
まだ見た事のない姿も沢山写っていたけれど、どれも楽しそうに過ごしていた時間のようだ。

「長谷部を離してください。」

彼の背の方から、静かな声が響く。
先ほどまでの激昂した声とは似ても似つかない。

「…小夜と長谷部を返してください。」
「……ッ宗三!」
「刀を持っているのが不満なら、貴方に差し上げます。」

刀身を鞘に納めて乱暴に廊下へ落とした。
彼自身に蹴られた刀は、廊下を滑って私の足元へゆるくぶつかった。

「折るなり、何なりご随意に。その代り、ふたりを返してください。」

彼の目は、二人に向けられていた。
彼にとって、小夜様とこの方―長谷部様は自分自身よりずっと大切なものなのだろう。

「別に、私は貴方たちを取って食いやしませんよ。」
「…」
「言ったでしょう。そういうつもりで来たのなら、まず間違いなく二人の首は今胴体と繋がってはいませんよ。」

手を離すと、長谷部様が少しよろけながらその場へ膝をつく。
皇を鞘に戻して腰にさす。

「乱暴な事をしました。」

宗三様と長谷部様の本体をそっと持ち上げると、手に力を込める。
ぶわりと舞った風が止んで、刀も万全ではないようだが修復されたようだった。
確認したいけど、ここで抜いたらえらいことになる。
小夜様は先ほど触れた感じ、損失が激しいわけではないようだった。
恐らく、顕現するための力の源である審神者が長い間いなかった事によるものだろう。

「ここへ、お返ししますね。」

そっと廊下へ横たえ、彼らの横を通り過ぎて更に奥へ。
長居する理由はない。

―――――――――――――――――――――――――――――

突き当ってしまったので、一番奥の部屋へ入る。
そこは部屋、ではなく土間が続いていた。

「厨…かな。」

相も変わらず手入れの行き届いていないそこ。
まずはここから片していこうか。
きっとごそごそしていれば、向こうから訝しがって寄ってくるだろう。
あまり下手に歩き回るのはよくない、さっきの2人のように刃を向けられる。
たまたまどうにかなったけれど、ここに他にどんな刀がいるのか分からない以上下手な真似はできない。

「ええと、箒とか、井戸とか近くにないのかな。」

きょろりと辺りを見回すも、本当に清々しいほどに汚れ以外は何も見当たらない。

「…皇、」

ちらりと刀を見下ろすと、途端に怯えたようにがたがたと鳴りだした。

「……まぁ、アンタは箒とか、やだよねえ。」
「独り言かい。」

聞こえて来た声に入り口へ顔を向けると、先ほど会ったばかりの彼が立っていた。

「…ええと、歌仙、様。」
「……何を探しているんだい。」
「掃除を、しようかと…使えそうな掃除用具とかって残ってないですかね。」
「……おいで。」

目を伏せて小さく溜息をついて、くるりと踵をかえした。
おいで、と言われたのでその後をついていく。
二歩ほど後ろをついていっていると、ややあってからまた溜息とともに振り返られた。

「?」
「僕の後ろを歩かないでくれるかな。」
「え。」
「刀とはいえ、僕らは武士だ。背中を取られるのは、好かない。」
「ああ、すみません。」

しかし、広くもない廊下を二人で歩くには前後が一番歩きやすいのでは。
足を止めた私に、三度目に溜息が降ってきた。

「別に、隣を歩けばいいだろう。」
「え。」
「…先ほど刃を向けた事は、謝るよ。」

言って、彼は自分の隣を指さした。
しかし、流石に私もバカじゃない。
さっき殺意を向けられた相手の間合いに入るなんて事、簡単にはしない。

目を細めて少しだけ眉を寄せる。
歌仙様と視線を交わらせて数秒、彼はまた困ったように息を吐いて懐から襷を取り出した。
しゅるり、と音を立てながら、彼は自分の刀をそれで柄から抜けないようにキツく固定した。

「これでいいか。」
「…」
「もし僕が刀を抜こうと襷を解いても、君ならその間に間合いは十分とれるだろう。」
「…、まあ。」
「悪いけれど、刀を君に預ける訳にはいかない。流石にね。」

だから、これで譲歩してほしいとまた腰へ刀を戻す。

「…それで、私が急に貴方に切りかかったらどうするんです。」
「その時は、判断を誤った己を呪うだけだ。」

いくよ、と言う彼に今度は私が溜息をついて隣へ並んだ。


  
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