歌仙と獅子王と池と夏


大倶利伽羅に貰った向日葵を自室へ持って戻ると、読書をしていた歌仙が粧裕の方を見て目を丸めた。

「おや、それは…」
「いただいたんです。」
「本物を見た事はなかったのだけれど…美しいね。」
「そうでしょう。」

あたかも自分が育てたものが褒められたかのように喜ぶ粧裕に、歌仙は小さく笑って書を閉じた。

「どこへしまったかな。」
「?」
「ずっとそれを握っているつもりかい?すぐに萎れてしまうよ。」

確かに歌仙の言う通りだ。
このままでは、向日葵は数刻とせずに元気を失っていくだろう。

「水…」
「ああ、あった。これを使うといい。」

押入れから木箱を取り出した歌仙は、それを粧裕の前で開けた。
中には、涼し気な青い線模様が描かれている花瓶が横たわっていた。

「綺麗…」
「そうだろう?」

今度は歌仙の方が得意げだ。
これも、彼が作ったものな訳ではないだろうに。
不思議なものだ。

「お借りしてもいいんですか?」
「ああ。埃をかぶるより、花と共に人の目に留まった方がいい。」
「では、お言葉に甘えて。」

そっと向日葵を花瓶へ立てて、それを大事に抱える。

「水を張ってきます。」
「水なら、獅子王の池からもらうといい。あそこは、紛いなりにも“神”が世話をする神気を纏った池だからね。」
「わかりました。頼んでみます。」

足早にまた部屋を後にした粧裕を見送って、歌仙はまた本を開きだした。

××××××××××××


庭へ向かうと、ちょうど獅子王が池から水を引いていた。
どうやら、水やりをしているようだ。

「獅子。」
「ん?ああ、粧裕。どした?」

こてりと首を傾げる彼に、粧裕は花瓶を差し出した。

「これに水を一杯分けてくださいませんか。」
「ああ、いいぜ。お安い御用だ。」

獅子王は一度花瓶を受け取ると、向日葵をそっと取り出してから透き通る池へと沈めた。
ざばりと上げた花瓶は、水を纏ってさらにきらきらと輝いている。
そこへ向日葵をまた丁寧に戻した獅子王は、笑顔で花瓶を粧裕へと差し出した。

「ほら。」
「ありがとうございます。」
「あ、待って。」

花瓶に手をかけた粧裕の手を自分の手で上から覆うと、こつりと額を花瓶へつけて小さくつぶやいた。

『どうか 彼の花に 大きな 祝福を』

少しだけ花瓶の中の水が光り、ややあってからそれは治まった。

「…これ、は。」
「ちょっとは神様らしいトコ、見せとかなきゃな。」
「どういうことですか?」

きょとん顔の粧裕に花瓶を返して、獅子王は言った。

「俺たちには、それぞれ逸話があるんだ。大抵な。雨を呼んだり、雪を降らせたり。俺は鵺を倒した、なんてのが残ってるけどさ。」
「ええ、存じております。」
「良く勉強してんだな。でさ、俺がいた所は、桜の名所だったわけ。」
「桜…」
「ほら、あの木もそうだよ。」

獅子王が指さしたのは、勝手口から真っ直ぐ行ったところに植わっている大きな老木。

「あれが、桜の木…」
「粧裕が来た頃はもう季節は終わっちゃってたし、何より桜どころじゃなかったからな。」

苦笑いしながら、獅子王は続けた。

「この庭を手入れしていくうちにさ、この池に俺の神気が移って、その水を引いて育ててるここの植物にも、俺の気が移る訳。そいつはどうやらこの辺で育てられたやつじゃなさそうだけど、今池の水へつけたから、多少は効くだろ。」
「へぇ…」
「普通に水につけとくよりは、よっぽど長持ちするはずだぜ。大切な花なんだろ?」
「ええ、ありがとうございます。」

至極嬉しそうにする粧裕に満足そうに大きく頷くと、優しくその花を撫でた。

「人間と暮らすようになってから長いけど、本物は初めて見たかもなぁ。」
「歌仙もそう言っていました。花自体は、そこまで珍しい物ではないと思いますが…」
「そうなのか?これ、“太陽の花”だろ?」

獅子王の言葉に少し考えた後、粧裕は納得したように首肯した。

「そういう風になぞらえることもありますね。」
「“なぞらえる”…?」
「どうしました?」
「いや…」

首を傾げる獅子王に自分も首を傾げていると、部屋の方から自分を呼ぶ声。
ふたりでそちらを見遣ると、次郎太刀が太郎太刀を引っ掴まえたまま手を振っている。

「粧裕〜、獅子王〜!燭台切が飯にしようって〜!」
「すぐ行きます!」
「俺、もうちょっと水やったら行くよ!先食ってて!」
「あいよ〜!」

双方声を張り上げての会話はすぐ終わり、粧裕も獅子王へと向き直る。

「では、私もこれを部屋へ戻してきますね。」
「ああ。」
「ありがとうございました。」

ぺこりと小さくお辞儀を残して、粧裕は自室へと歩いて行った。
もう声も届かなくなったところで、獅子王はまた考え込んでいた。



『また本なんか読んでんのか?…わ、何それ?でっけー花。』
『獅子王か。本物は、見た事がないのだけれどね。美しいだろう?』
『へ〜、夏の花なのか?』
『ああ、強い日の光の下で育つ、大輪さ。』
『なんていう花なんだ?』
『“太陽の花”だよ。』



「……揶揄われてたのか?」

昔の会話を思い出しながら、更に首を傾げる。
だが、自分は“なんという花なのだ”と尋ねた。
普通なら、ここで名前が出てくるはずだ。
だが、先ほどの粧裕の返答の仕方からして、これは正式名称ではない。

「…?」

獅子王は、首を深く傾げた。


××××××××××××


「おや、お帰り。水は調達できたかい?」
「ええ、獅子に呪いもかけていただきました。」
「それはよかった。花も長持ちするだろう。」
「ええ。」

文机の上へとそれを置いて、また腰を上げる。

「昼食にしようと次郎が呼びに来られました。行きましょう。」
「ああ、あと数行でこの本が終わるから、そしたら行くよ。」
「では、お先に。」
「ああ。」

部屋を後にした粧裕をしっかり見送った歌仙は、まだ数行残っている本をそのまま閉じて、先ほどこの部屋へ仲間入りしたばかりの大輪へと近づいた。

「…懐かしいな。」

壊れ物を扱うかのような手つきでそれに触れる歌仙は、少し微笑んで、またすぐに少し寂しそうな表情を浮かべた。

「……“君”が約束を放って行ってしまうから、僕は先に見てしまったよ。」

歌仙は部屋の窓を少しだけあけて、向日葵へと日光を当てた。

「…やはり“君”が言った通りだ。」

歌仙は窓をそのままに、昼食へ向かうため部屋を後にした。
一言、花へと言葉を残してから。















「“太陽の花”は、どんな花より美しい。」


  
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