独眼竜と飴


朝日の反射する本丸。
きらきらと眩しい太陽と、刀剣達の笑顔。

粧裕はそこには加わらないまま、屋根の上から庭を見下ろしていた。

最初に来たばかりのころとは打って変わって賑やかさが増したちょっと特殊なこの本丸。
決して自分のお蔭だなんてことは思っていなかったが、その嬉しい喧騒の中に自分の居場所を作ってくれる彼等に感謝はしていた。

あまりにもそれを日常としすぎて、忘れ掛けていたこともあったのだ。

それを、昨夜痛感した。



『あれが戻ってきたその時は、お前との約束も反故にして依代を抜く。あれを消すためにな。』




比較的いままではおっとりとした年長者の余裕を醸し出していた三日月だったが、緑の彼に会った瞬間すべてがひっくり返ったようだった。

「…」
「きゅう?」

袂で昼寝をしていた皇が小さな目をしぱしぱさせながら頭を擡げる。
首を傾げて自分を不思議そうに見遣る姿に緩く笑みを返して撫でてやった。

「あ!粧裕さーん!」

庭で遊んでいたらしい短刀たちと、岩融が揃ってこちらを見上げている。
降りてきて一緒に遊ぼう、と誘ってくれる乱に断りをいれるように苦笑いと共に手をあげる。
首元でうずうずしている皇を乱の元へと送り出し、一匹増えた鬼ごっこを目で追い始めた。

楽しそうな高い声に混ざる、豪快な笑い声。
明るく皆を呼ぶ今剣を乗せて短刀たちを追い回す姿は、さながら幼稚園の先生だ。



彼らは、昨夜の事を知ったらどうするだろうか。



「おい。」

ふいに後ろから声をかけられ、振り返る。
いつの間に上ってきていたのか、大倶利伽羅が腰布を払いながら近寄ってきた。

「珍しい事もあるものですね。」
「長谷部がお前を探していた。今週末に出さなければならない書類は終わっているのかと。」
「おつかいですか…」
「煩い。」

深い溜息をつきながら、粧裕の隣から同じように庭を見下ろす。

「…何かあったのか。」
「え?」
「狐を自分から離した。」

大倶利伽羅の言葉に、思わず目を見開いた。

「…皇を、乱たちが誘ってくださったからですよ。」
「いつもなら、お前も一緒に降りていくだろ。」
「……」
「誰にも邪魔されずに考えたいことでもあったのか。」
「…そこまで分かっている事に正直驚きましたが、それなら放っておいてくださってもいいのでは?」
「お前はいつも俺を放っておかないからな。」

報復だ、とでも言いたげな彼に、粧裕は溜息をついた。
誰でもいい。
今の自分の気持ちを、聞いてみたかった。

「…大倶利伽羅は、逢いたい相手はいますか。」

粧裕の言葉にほんの少しだけ、目を見開いた。
少しだけ口を開いた後きゅっと結び直し、踵を返した。

「倶利伽羅?」
「来い。」

短く言うと、大倶利伽羅は傍に立つ大きな樹へと移り、屋根から降りていった。
このまま一人で考えるよりは有意義だろうと、粧裕も腰を上げた。


××××××××××××


少し前を歩く大倶利伽羅の後をついていくと、彼の自室へとたどり着いた。

「倶利伽羅…?」
「あ、伽羅ちゃん。長谷部くんが何か言ってたけど。」
「無視しろ。」

同室の光忠と短い会話を交わして、部屋の隅へとかけられた麦わら帽子をふたつ取る。
片方を自分に、もう片方は粧裕にかぶせて再度部屋を出る。

「今日は夕立が降るって!今剣くんが言ってた!」
「ああ。」

短く返事を返し、向かう先はどうやら庭の反対側。
先ほどまでの騒がしさが嘘のように、そこだけ切り取られたかの如く静寂が続く。
さわさわと優しく吹いた風が、二人の間を駆けた。

「大倶利伽羅、どこへ、」

ややあってから足を止めた二人の目の前には、粧裕の背丈ほどある草むら。

「…これは、」
「向日葵だ。」
「向日葵?これ全部…って、ちょ、倶利伽羅!?」

がさがさと慣れた足取りで入っていく倶利伽羅に、慌てて後を追う粧裕。
かき分けながらも傷をつけないようについていっていたが、途中で見失ってしまった。

「あ、あれ…倶利伽羅?」
「この向日葵は、預かりものだ。」
「預かりもの…?」

姿は見えないものの、向日葵畑の中にはいるようだ。
どこからか聞こえてくる大倶利伽羅の声を逃さないように耳を欹てる。

「俺たち伊達の刀は、皆同じ色の瞳を持っている。」
「金色の眼、ですよね。鶴も、光忠も同じ色です。」
「そうだ。他にも金目はいるが、少しずつ色が違う。この飴色は俺たち特有の色だ。」

がさり、気配が動く音がして、そちらへと顔を向ける。

「この向日葵は、光忠たちの為のものだ。」
「光忠の…?」

光忠とは厨に共に入る関係で比較的話はする方だが、向日葵の話など一度も出たことがない。
彼なら、きっと甲斐甲斐しく世話をするだろうのに。

「光忠の右目…眼帯の下を、見た事があるか。」
「…いえ、」

昨夜の次郎太刀との会話とかちりと嵌まりそうな話題に、更に聴覚を研ぎ澄ます。

「あいつの眼帯は、元々は持ち主だった伊達政宗公を真似た物だった。敬意だと、そう奴は言った。」
「…次郎に、少し伺いました。太郎様と前任の間で起こったいざこざに、巻き込まれた形だったと。」
「太郎太刀が悪い訳じゃない。すべては、あの審神者の責任だ。」

がさり。
更に気配が移動する。

「あいつの右目は、審神者に潰された。事を収束させて傷を塞いだ光忠の目は、次に開いた時にはもう左目のような飴色じゃなかった。」
「…変色した、ってことですか。」
「俺たちは、“持ち主”である審神者の影響を強く受けやすい。ナイフが刺さった時、“自分”じゃない刃物を取り込んだらしい。奴の霊力をそこから受けて、あいつの目は変わった。」

無意識に自分の右目に手をやって、優しく触れた。

「あいつは、身なりに特に気を使ってる。その中でも一等大事にしていた、伊達の誉である眼帯と飴色の目を失った。」
「…」
「あいつの眼帯は、“矜持”から“背徳”に変わった。」
「背徳…」
「今のあれは、見られたくない醜い瞳を隠すための、ただの“盾”だ。」

がさがさと終始動いていた気配がぴたりと止まった。
視線をそちらへ向けると、ややあってから緑の隙間から大倶利伽羅が姿を現した。

「この向日葵は、あいつの右目だ。」
「どういう事です?」
「あいつが右目を失ってから、俺はずっとここに向日葵を植え続けてる。ここに咲く向日葵が、飴色を映すからだ。」
「…」
「昔、ここにはもう一振、伊達の刀がいた時代があった。」
「え、」
「伊達の刀は、人型で呼ばれているのは全部で四振。俺と鶴丸、光忠、それから…」

少しの空白をあけて、大倶利伽羅の声は知らない名前を紡いだ。

「…貞。」
「貞…?」
「…太鼓鐘貞宗、同じ飴色を持つ、短刀だ。」

大倶利伽羅が、おもむろに右手を粧裕の前へと差し出す。
その手には、大輪の向日葵。
他がまだ小さな蕾をつける中一輪だけ美しく輝くそれは、確かに彼が言うように飴色を映していた。

「綺麗…」
「ここの向日葵は、元は貞が植えたものだ。どこから聞いてきたのかは知らないが、俺たちと同じ色の花が咲くんだと毎日楽しそうに言っていた。鶴丸と光忠には、すべての花が咲いたら見せるから内緒だと、俺も巻き込まれて世話をしていた。」

粧裕の頭に乗った麦わら帽子のつばを少しだけ掴んで俯かせた。
この帽子は、きっとその“貞”のものなのだろう。
粧裕は左手で優しく帽子へ触れた。

「いつだったか。突然何の前触れもなく貞は消えた。あいつがここに在った証拠は、もう今ではこの向日葵畑だけだ。」
「…」
「今まで、何年もここで向日葵の世話をしてきた。だが、一度として花を咲かせたことはなかった。」
「え、でも…」

目の前に差し出されたそれを不思議そうに再度見遣ると、大倶利伽羅は淡々と続けた。

「言っただろう。俺たちは、審神者の影響を深く受ける。よくも、悪くもだ。」
「…」
「俺がどれだけ大切にしようが、ここの向日葵は蕾はつけることはあっても花開くことはなかった。それは、今までの審神者たちが、俺たちに向ける感情と同じだ。」
「おなじ…」
「大切にされていても、根本的にはそうじゃなかった。理由は、それぞれだろうがな。」

だが、お前が来て変わった。

大倶利伽羅が紡ぐ逆説に、ぎゅう、と胸のあたりが苦しくなった。

「まだ夏には少し早いが、俺は初めて此処の向日葵を見た。」
「…」
「俺は、貞を探す。」
「!」

持ち上げられた帽子に誘われるように視線をあげると、強い視線とかち合う。

「貞にこの向日葵畑を返して、光忠の右目を取り戻す。」
「…」
「何があってもな。」

断言されたそれに目を丸めると、少しの沈黙の後その向日葵を手渡された。

「聞きたかったことは、これでいいか。」
「…」
「お前が誰に対して何を尻込みしているのかは知らないが、俺はもう一度此処に“伊達”を取り戻す。その為に、此処に居続けてるんだからな。」

彼等の昔話と共にもらった問いの答えに、粧裕は小さく頷いて飴色を抱きしめた。




  
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