次郎太刀と粧裕と絡繰


三日月の背を見送って、粧裕はひとり縁側に残っていた。
昼にした約束を果たすためだ。

「ごめんねぇ、遅くなっちまって。」
「いえ、こちらも少しいざこざがあったもので。」

隣、いいかなと声をかけながら笑う彼は、昼間の絢爛な格好ではなく落ち着いた色の着流しにすっぴんだった。
少しずれて用意していた座布団を勧めると、次郎太刀は笑って手に持っていた布を粧裕へかけてから腰を下ろした。

「これは?」
「兄貴がね。あんたはきっと色々考えながらアタシを待ってるだろうから、自分の事はすっかり何も考えてないだろうって。」
「…」
「あたりだったんじゃないかい?兄貴も隅におけないねェ。」

ははっと笑う次郎太刀に羽織を見遣ると、どうやらいつも太郎太刀が愛用している半纏のようだった。
粧裕には大きいので、すっぽりと隠れるほどだが。

「お兄さん、貴方をとても悼んでおられました。」
「ああ…そう、かもねぇ。悪い事をしたと思ってるよ。」
「悪い事…?」

粧裕が首を傾げると、次郎太刀は美しく微笑んで続けた。

「少し、アタシの昔話に付き合ってくれるかい?」


××××××××××××



昔々。
あれは、どのくらい前だったかなァ。
よく分からないけれど、三日月はもういなかったかな。

その時の審神者殿は、恐ろしく気分屋でね。
それでいて、好奇心旺盛だった。
知らないことがあると、何時間も書庫へ籠って調べものをするような人だった。

とある日にね、奴はアタシたちに言い放った。



『キミたちは、“何”なの?』



奴は、幼かったけれど異常に頭がよかった。
将来は科学者になりたいんだって言ってたかな。
審神者になってからも、その夢は捨ててなかったみたいだった。

科学者の性、っていうのかな。
アタシたちみたいな、“非科学的”な存在は不思議の対象だったらしい。
最初のころはよくアタシも後ろをついて回られたもんさ。

『どうして、刀なのに人の形をしてるの?』
「んん、付喪神、だからかなァ?」
『神なんて非科学的だよ。』
「そういわれてもなぁ…」
『もし居たとしても、神ってのは総じて人間が心の拠り所としてるところだろ?物理的に実在して、ましてや触れられるなんてあってもいいの?』
「主は難しいこというねぇ…」

のらくらかわすアタシに飽きたらしいあの子は、標的を燭台切に変えた。



「…光忠?」
「あの子は何事に関しても真摯に向き合ってくれるからねぇ。きっと答えの出せない問いにも、必死になって相手をしていたんだろうさ。」




奴はいい相手を見つけたとばかりに、四六時中燭台切について回った。
自分に割り当てられた仕事をしながらもずっとついて回る「何で」「どうして」の相手をしてさ。
大変だったろうね。
他のやつらも助けてやろうと違う話をふったりもしたけれど、結局はアタシたちは大昔の記憶しかない。
現代カガク…だっけ?そういうのが当たり前になってる奴の話には、十秒とついていけやしなかった。



奴は頭がよかったけれど、さっきも言った通り幼かった。
癇癪もちで、急に周りに当たり散らすことも多かった。
そうなると、もう手が付けられなかった。

止められるのは、燭台切だけ。

毎回あの子は他の奴らや、間違っても短刀たちに被害がいかないように必死になってた。
普段は少し待てば収まってたんだけどねぇ…



「…普段は?」
「あの日は、本当にひどくてねぇ。何に癇癪を起こしてんのかもアタシたちには分かんなかった。」




「主、やめて!!」
『離せ燭台切!!僕は絶対許さないぞ!!」
「待って、ねえ主ったら!!」
『太郎!!太郎太刀どこだ!!』

主が呼んだのは、兄貴だった。

「主、何か御用でしょうか。」
『お前のせいだ!!お前のその目のせいで…!!』
「目…?」

兄貴も、何の事か分かってなかったみたいだった。

『ころしてやる!!全部、お前のせいだ…!!』
「主!!」

片手にナイフを持って部屋から出て来た奴は、燭台切に抑えつけられながらも兄貴の目を狙ってた。

『離せ!!あいつのせいで、ボクは、ボクは…!!』
「やめ…ッ!!」
「光忠!!!」

奴が振り回したナイフは、燭台切の右目を眼帯ごと抉った。
右目から血を流しながらも、あの子は奴を離さなかった。
丁度見ていた大倶利伽羅が抜刀しそうな勢いで依代を構えたのを大声で制してさ。

「主!!目なら、僕のをあげるから!!金の目がいいんでしょ!!」
『煩い煩い!!!お前の潰れた右目なんかいらない!!』
「なら左目をあげるから、だからやめて…!!」

××××××××××××




「…どういう、」
「さぁねぇ?今となってはもう分からないよ。でも、燭台切は必死だった。多分だけど…」
「?」

言葉を濁した次郎太刀に首を傾げると、小さく溜息をついたあとに続けた。

「奴はあの時やけに金目に固執していた。名前が出たのは兄貴だったけど…」
「…伊達の刀は、皆、金目…」
「そうだね。」

肯定を返した次郎太刀に、粧裕は一期の件を思い出した。
切り付けられた右目につけた眼帯を恐々触った大倶利伽羅の気持ちが、今なら何となくわかる。
きっとあの時の自分は、血を流しながらも自分を庇った光忠がかぶっていたんだろう。

「…」
「話、続けても大丈夫かな?」

粧裕は、小さく頷いた。


××××××××××××


「燭台切、手を離しなさい。」
「太郎さん…ッ」
『太郎太刀!!』
「私が、何か粗相をしたのでしょうか。」
『煩い!!よくもそんなことが言えたな…!!ボクに呪いをかけたのはお前だろ!!』
「呪い…?」

何だかよくは分からなかったけれど、切羽詰まってるみたいだった。
燭台切の手が緩んだ瞬間に、奴は抜け出て兄貴を狙った。

「兄貴!!」

依代片手に慌てて兄貴と奴の間へ入ったアタシに、奴はすっごい顔を顰めてた。
流石にアタシたちも武人の端くれ。
たかだが十ちょっとのガキンチョ相手に、出遅れることはなかったよ。

『退け、次郎太刀!!』
「やーだね、これでもアタシの兄貴なんだ。見過ごすわけにはいかないよ。」
『この…ッ!』

奴は、何かに気が付いたみたいだった。
アタシを見上げて、にんまり笑った。

『そうか…お前も、そうだったな…』
「何さ。」
「次郎太刀、下がりなさい。」
「やだよ。」

兄貴が止めるのも聞かずにナイフを受け止めてたら、奴はアタシに言った。

『お前も…“神”で“金の目”だったな…!』
「何…ッ!!!」

突然言われた言葉に、アタシは反応し切れなかった。
聞いた事あっかな、アタシたちの純粋な強さと、審神者との間の強さは別モンだって。
それを、アタシはあの時痛感したよ。
今まで検非違使やら何やらと激闘を繰り広げてきて、勝ってきたってのに
アタシはこんなちっぽけな人間ひとりにも敵わないんだって。

何が起こったのか、あの時はわかんなかった。
少しして理解できたのは、アタシの胸のあたりにナイフが思い切り刺さってたことだった。

「次郎!!!」
「次郎太刀!!」

一撃必殺、なんてよく言ったものだよね。
付喪神なんて言われながらも、アタシたちの体のつくりは基本は人間。
心の臓が止まれば、それで終わりだ。

一度抜かれたナイフがアタシをもう一度狙うのが、辛うじて見えた。
本能的に感じたんだ。
アタシじゃ“審神者”には勝てないし、もう長くは保たない。

「おやめください主!!」
「次郎太刀ッ!!」
「次郎さん!!!」

アタシは、そう長くはなかった奴との生活で知ってた。
奴は、こうなると自分の目的を果たすまでやめない。
この感じを見てたら、きっと、奴の狙う“金目”が誰か犠牲にならなくちゃならない。
なら、今回はアタシでいい。

「兄貴…!!」

振り絞った声は、思ってたよりも必死でさ。
慌てて元の声へ戻して、最期に一言だけ、兄貴に遺した。


「あにき、また、どこかでね。」


意識のずうっと向こう側で、なんとなぁく兄貴がアタシを呼んでた気がするけど…もう定かじゃなかったな。

××××××××××××


「…」
「これが、アタシがここから消えた経緯、かなぁ。こんなもんでいい?」
「…ええ。」
「燭台切のあの眼帯の下は、そういった事もあって“ああ”なんだよ。」
「“ああ”…とは?」
「見たことないかい?」
「そういえば…光忠が眼帯を外しているところには出会ったことがないです。」
「そっか。なら、アタシがとやかく言うことじゃないね。」

にこりと笑った彼に、粧裕も話しておかなくてはならないことを忘れそうだった。

「…では、私からも貴方に少し。」
「何だい?」

視線を指先へと移して、小さくつぶやいた。

「貴方が、ここへ戻ってきた経緯です。」
「経緯?」
「そう。」

粧裕は、次郎太刀へと視線を移した。

「私は、妖であり、サトリという種族の血を継いでいます。」
「うん、聞こえてたよ。」
「貴方は、自覚がないかもしれませんが…もともとここに居た時の貴方ではありません。」

粧裕の言葉に、目を見開く次郎太刀。

「…どういう意味だい?」
「折れた貴方を再刃する、というのは、半分は嘘ということです。」
「もう少し、詳しくお願いできるかい。」
「ええ。」

粧裕は、研究所で聞いた話を思い出しながら話し出した。

「私…サトリの力は、元は他人の心の中を覗く力。私の父が私を呼んだのも、“此処の審神者の力”が必要だったからではありません。」
「…」
「あの人が欲しかったのは、私の“サトリの力”。」
「サトリの…力、」
「そう。」

次郎太刀の方を向き直る。

「貴方は、別の“次郎太刀”を媒体に、私が記憶だけを移し替えたんです。」
「そんなことが、できるのかい?」
「正直…自信はありません。私だって、やったことないですし…」
「…」
「でも、一応今日一日ふつうに過ごせていたようですし、今の所は大丈夫そうですね。」

ひとまず、と溜息をひとつこぼすと、更に続ける。

「…正直、皆さんをだましている気がしてなりません。」
「何でだい?」
「此処を出る時何も知らなかったとはいえ…貴方は元の貴方じゃない。どこかで、記憶に不備が出るかもしれない。」
「そうだね。」
「でも、他の皆さんは、「いんじゃない?別に。」…次郎様、」

あっけらかんという当事者に、粧裕は困ったように眉を下げた。

「アタシは今、記憶を持った状態で此処へ戻ってこれた。それだけで十分だよ。」
「…」
「あんたが、どれだけの犠牲を払ってアタシを呼び戻してくれたかは知ってる。これ以上を望むのは、野暮ってもんだろ。」
「なんで、」

思わずこぼした言葉に、次郎太刀はにっと笑っていった。

「今日ね、短刀の子らがあんたの話をしてくれたよ。兄貴もね。」
「…」
「『粧裕は本当はあんな姿じゃない』って。」
「……」
「『綺麗な木蘗色をした、“お狐様”なんだ』ってさ。」

粧裕は目を見開いて、自分の濡羽色の羽が生える腕を触った。

「アタシも楽しみにしてるよ、あんたの狐の姿。」
「…別に、本当にいつも狐の姿をしているわけではありませんよ。」
「あれ、そうなのかい?耳でもはえてるのかと思ったのに。」
「確かに今とは違いますけど…見目はふつうの人間と変わりませんよ。」
「そっか、少し残念。」
「すみません。」

緩く笑って謝罪をいれると、次郎は首を振って否定してから右手を差し出した。

「ん。」
「?」
「布があれば、触れるんだろ?」

少し考えてから、自分に力が戻りかけているのを感じた。
先ほども乱や三日月に触れたけれど、歌仙の時のような暴走はなかった。

「(今なら…大丈夫か)」
「アタシは、次郎太刀。ちゃんと自己紹介してなかったもんね。」
「…粧裕です。」
「次郎サン、って呼んでくれていいんだよ。」
「ふふ、では私も名前で呼んでください。」
「もとよりそのつもりだよ。よろしくね、粧裕。」
「はい、こちらこそ。」

手を握り返して笑った粧裕に、次郎に再度笑顔を返した。


  
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