霊刀と三条と末弟



一期様に抱かれたまま意識を失ってから、私が目を覚ますと辺りは真っ暗だった。
そっと襖を開けて外を見てみても、月はおろか、星の光すらない。

「どうなってるの…」

新月には、まだ早かったはずだ。
いつもは夜中でも誰かの気配が微かにしているのに、今日は微塵も感じない。
何より、戻ってきているはずの歌仙の姿がない。

ぱたりと後ろ手で戸を閉めると、自分の手を見遣る。
力が戻り切ってない。
このせいで気配が読み切れていないのかもしれない。

「皆は…」

辺りを見回すも、ひたすらにどこまでも静寂が続くだけだ。
皆の無事を確認して回ろうと、廊下を一歩踏み出した時だった。

「もらった!!!」
「!?」

急に降ってきた言葉に慌てて振り返ると、視線のすぐ先に鈍く光る切っ先。
今は皇もいない。
言霊を結ぶにも、相手の名前がない。
ただ目を見開いて見遣るしかない私の背中から、別の声が飛んだ。

「伏せろ!!」

理解するより先に、何かがとびかかってきて私を押し倒した。
目の前すぐそこで、飛んできた何かと私を狙う刃先がぶつかる音がした。
火花が散って、私を狙っていた影がひらりと布を翻しながら少し離れた所へ着地する。

乗っかった腕を退けて声がした方を見ると、ほっとした表情の長曾祢と、少し不満そうに顔を顰めた堀川様が立っていた。
少し向こうには、矢筒を片手に息を乱した和泉守様が後を追ってきている。

「何で、」
「ッ大丈夫!?粧裕さん!!」

がばりと体を起こしたのは、私を押し倒した張本人。
銀朱の髪が夕闇に映える。

「乱…?」
「急に外が真っ暗になったから、何かあったんじゃないかって…いち兄がついてると思ってたんだけど、ちょっとしたら戻ってきたから…」

無事だったんだね、と深く息を吐ききった乱の背を、宥めるようにゆっくりさする。
ありがとう、と小さく言うと、一度冷え切ったその空間に知らない声が凛と響く。



「…君は、こっち側だと思ってたんだけどなぁ、堀川くん。」



やっと視界へ入れられた彼は、長い前髪を右側へ流した、白の羽織を羽織った姿だった。
綺麗に纏められた翠の髪は、悪戯に吹いた風に揺らされている。

視線は、弓を構えた堀川様にぬいつけられていた。

「…僕は、どっちでもありませんよ。今はただ、長曾祢さんと兼さんに言われたから一緒に来ただけで。」
「そう。」
「いち兄が、『青江殿たちの気配がする』って言ってたからね。青江さんの相手するなら、飛び道具がいた方がいい。」

乱が私を庇いながら言うと、青江と呼ばれた彼はにこりと笑った。

「なるほど、一期さんの“告げ口”だったか。おかしいとは思ったんだ。わざわざ張った“此処”に、その化け物以外が入ってくるなんて。」


――化け物


それが、自分を指すことはよくわかっていた。
慣れていたはずのその言葉に、なくしたと思っていた“なにか”が軋む音がした。
無意識に、手が首へ触れた。


「粧裕さんは化け物なんかじゃない!!」
「…乱、」

私の思考を引き戻したのは、乱の声だった。
眉を吊り上げて張り上げたその声は、私たちのいた空間を歪めた。

ぐにゃりとへしゃげた後、硝子が割れる様に視界が開ける。
外は、既に夜だったようだ。
だが、先ほどとは違い月明かりが眩しい。

「…皆に、危害を加えに出て来たんじゃないんだけどな。」

彼は、背に背負っていた矢を抜いて構える。
小さな溜息と共に、反対側で堀川様が同じように矢を構えるのが見えた。

「間に合うかな。」
「どうでしょうね。僕と青江さんの弓引き、五分でしたし。」

言いながらも強くしなる弓の音が、堀川様の本気をうかがわせた。
青江様が狙うのは、乱の後ろの私。
ぴんと張りつめた空気を、二本の矢音が切り裂いた。

私は乱を横へ突き飛ばして矢の軌道から外すと、指を鳴らした。
いつもなら出るはずの火の玉も、今のこの黒烏の姿では無駄で。
不発に終わったそれの向こう側で、矢同士がぶつかる音。
今回はどうやら、堀川様の勝ちのようだ。

慌てて体勢を立て直した私の目の前へ、青江様が抜いた刀が迫る。

「粧裕さん!!!!」

思わず見開いた目に映ったのは、綺麗な内除け。

「……おかしいな、君は出てこられないと思ってたんだけど。」
「乱が結界を壊してくれたからなぁ。」
「三日月…」

ぎちぎちと鳴る刀の音に、思わず肩の力が少しだけ抜けた。

「こやつは勘弁してくれんか。」
「不思議だねぇ…此処の皆は、口を開けば審神者の殺害予告しかしないような輩ばかりだと思っていたけれど。」
「時間が経てば、前提も変わる。“例外もあり”なのだそうだぞ。」

太郎が言っていた、と笑う三日月が視線を鋭く光らせて刃を力づくで振りぬいた。
押し負けた青江様は、庭の方へと弾き飛ばされた。
庭の石積みにぶつかって、派手な土煙を立てる。

「三日月!!」

後を追おうとした三日月を呼び止めて、庭を見遣る。
ややあっておさまったそこには、青江様だけじゃない影が見えた。

「…誰かいる、」
「粧裕、前へ出るな。俺が行こう。」

三日月へ制されて、一歩後ろへ戻る。
満足そうに笑顔を向けると、その影へと声を少し大きく話しかけた。

「久しいな、“兄様”。」
「え…」
「……お前に、またそう呼ばれる日がくるとは思わなかったな。」

青江様を抱きとめた彼は、止めるために使ったであろう大太刀を器用に回して構えなおした。
彼は私に向き直って、頭を下げた。

「すまなかった、急に刃を向けたりして。」
「え…?」
「この子には、私から少し話をしておくよ。」

腕の中で意識を失っている青江様を見遣って、小さく溜息をついてから再度こちらを見る。

「…戻ってきていたのは、本当だったんだね、三日月。」
「ああ。」
「今剣と岩融の気配もする。…彼等も無事だったんだね、よかったよ。」
「……すべてを捨てて消えたお主が、よくもまぁそのようなことを言えたものだ。」
「…小狐のことは、私の責任だ。逃れるつもりはない。お前の事もね。」

それじゃあ、失礼する


一言残されたその言葉は空に溶けて消え、さっきまで見えていたふたりの姿は、見えなくなった。
静かなその空間を呆然と見ていたけれど、何も言わずに踵を返した三日月に慌てて声をかける。

「三日月!!」
「…」
「今の、大きい彼…あの方は「粧裕よ。」…何、です。」

遮られた言葉に思わず言葉を途絶えると、三日月はいつもと変わらない笑顔でこっちを振り向いた。

「先の出来事…岩融と今剣の耳には入れんでくれ。」
「どうして…ご兄弟、なのではないのですか。」

今剣が偶にしてくれる話の中には、“三条”の兄弟の話が出てくる。
末の三日月、一番上の今剣、続く岩融の他に、もうふたり。
真ん中の“石切丸”と三日月のひとつ上である四番目、“小狐丸”。
名前だけはよく出てくるので覚えている。

先の短い会話の中でも、“小狐”の名前が出ていた。
つまり…

「彼は、“石切丸”なのではないのですか。」
「主は、少し前に言っていたな。」

まったく続かない会話。
ぶつりと切った三日月の言葉は、依然私が発した言葉をそのまま返した。

「『過去の事は、聞かなくても困らない。』と。」
「…」
「俺は、鶴も含めて兄弟たちを大切にしている。だが、“例外もある”。」

口元を袖で隠して目を細めた三日月は、静かに少し妖しく言った。

「お主と同じだ。俺とあれは、あまり仲が良くない。今剣と岩融は待ち望んでおるようだが、俺はやつが戻ってくることだけは避けたかった。」
「三日月…」
「お前には、釘をさしておこうか。」






「あれが戻ってきたその時は、お前との約束も反故にして依代を抜く。あれを消すためにな。」






しずしずと闇に溶けていく三日月の背中を見送りながら、初めて刀剣同士の本気を見た気がした。
同時に、自分が抱える兄への大きなわだかまりに似たものも。


  
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