戻ってきた弟と再会と延長戦


太郎様は、確かに部屋にいた。
すらりと襖をあけると、彼は大変驚いた表情で私へ近寄った。

「粧裕…!!」
「お待たせしてしまってすみません。始めましょう、次郎様をこちらへ。」
「しかし、貴女は…っ」
「私の事なら大丈夫ですから。」
「次郎の事なら、今すぐでなくていいのです。そんな事より貴女の方が、ッ」

太郎様の言葉に、私は彼の隣をすり抜けて部屋の奥に立てかけられる次郎太刀へと向かう。

「粧裕!」
「太郎様。」

いつもしている手袋をして大太刀を抜きながら、太郎様の言葉を遮る。

「…なんでしょう、」
「この大太刀は、貴方の弟君なのですよね。」
「そうです。」
「貴方が、何よりも大切にしてきたもの。そうですね。」
「ええ。」

一寸の迷いもなく頷いた彼に、私は溜息をついた。

「ならば、決してその“何より大切なもの”を他の何かと同じ天秤に乗せてはなりません。」
「…」
「相手が何であろうと、それは絶対です。いいですね。」

彼の返事を待たずに、刀へ力を籠める。
ぶわりと巻く旋風の後に、しゃらりと流れるかんざしの音。
現れたのは、太郎様と同じ綺麗な漆黒の髪を持った男士。
一見すれば女性と見間違うほどの美しさを持った彼は、ゆっくりと目を開いて、一番に太郎様を視界へ入れた。

「…兄貴、」
「次郎…、」

震える声で弟を呼ぶ彼に、次郎様は少しだけ困ったように笑った。

「そんな顔しないでよ、折角の再開だろ?」
「次郎、」
「行っただろう、『またね。』って。」

太郎様へ近寄ってそっと手を握って笑う彼の目には、少しだけ涙が浮かんでいる。
いつもの冷静さからは考えられないほど、太郎様はくしゃりと表情を歪めて次郎様を力任せに抱きしめた。

「次郎…!!」
「あはは、痛いよ兄貴。」

あやすように背中を優しくなでる次郎様は、声だけ私へ向き直った。

「あんたが、今回の主なんだね。」
「…一応は、審神者の命を受けております。」
「連れて行かれた先で、あんたの声を聞いたよ。アタシが答えるまで、ずっと呼んでくれてたよね、ありがとう。」
「兄君との、約束だったので。」
「生真面目だねぇ。どうして、そこまで?」
「特筆すべき理由は、別段。」
「変わってる。」
「此処へ来てからは、よく言われます。」

小さく答えて、私は腰を上げた。

「話がありますので、あとで私の部屋へ。」
「今でもいいよ?」
「久しぶりの再会を邪魔するほど、野暮ではありませんよ。夜で構いません。」
「わかった。」
「すみませんが、此処の案内は他の皆さまへお願いしてください。私は、少しもどります。」

ふたりを残し、部屋を出て自室へと向かった。

××××××××××××



部屋への道のりは、こんなにも長かっただろうか。
道半ば、私は縁側へと座り込んでいた。
ぜえぜえと荒い息は、誰が聞いても異常を感じるだろう。

体の中で渦巻く混ざりものの血が暴れる気配を追っていると、ふいに視界へ黒いマントが揺れた。

「大丈夫ですか。」
「…ち、ご様、」

心配そうに顔を覗き込む一期様が私の肩へ触れようと手を伸ばす。
それを体を起こして避け、続かない息で言葉を紡ぐ。

「今、触れないでください。」
「何故。直接触れなければよいのでしょう。」
「この姿の時は、力が暴走するんです。直接的でなくても、相手へ何かを介して触れた瞬間、心内が覗けて、しまう…」
「そんなことですか。」

彼は、失礼、と一言断ってから私を軽々と抱き上げた。
ぐらりと揺れる視界が、私の知らない場面を映し出す。

「…っ、一期様…!」
「見えているのは、“あの日”の事でしょう。五虎退が折れ、私が堕ちた日。」

彼がいうように、確かに私の脳裏に映るのは咆哮をあげる一期様。
足元には粉々になってしまった短刀と、泣き叫ぶ乱の姿。
彼が纏う黒い澱みに、映像の中でも吐き気がした。
思わず口元を手で押さえると、一期様は私を抱いたまま器用に頭をゆるく撫でた。

「私は、もう貴女に見られて困るものはありませんよ。」
「…っ」
「それに、私はもう大丈夫です。貴女のお蔭で、あの過去の上へ生きる道を選ぶことができる。」

ながれこむ記憶が、少しずつ薄れていく。
意図的に彼が思い出しながら書き換えているのを感じ、流れる映像に意識を集中させた。

彼が此処へ戻ってきてからの時間。
決して長くはないが、短くもないこの期間の中での出来事が浮かぶ。

鶴丸の悪戯に巻き込まれて説教をする姿
光忠の作るおやつを弟たちと縁側で並んで食べる姿
日の透ける障子の向こう側で三日月と将棋を打つ姿

私の知らない日常が、浮かんでは消えた。
色んな表情が見えたが、最後は緩く笑う一期様が見える。

肩から無意識に入っていた力が抜けると、彼は撫でていた手を止めて私を抱きなおし、歩き出した。

「貴女がくださったものを、返したい。同じじゃなくても、形を変えて。」
「…」
「貴女が苦しんでいるなら、それを払拭したい。私を絶望の淵から呼んでくださった貴女の声を守りたい。」
「一期、様…」
「私は貴女に呼び戻されてまだ日が浅いけれど、見ていれば皆がどれだけ貴女を想っているか分かります。すべてではなくても、此処で遭った事を知っているから。」
「貴方は、」
「少し話しすぎましたね。」

一期様は私を緩く撫でて、言葉を遮った。

「今は、ゆっくりお休みください。きっとすぐ、また騒がしい日々が帰ってきます。」
「…今より、ですか。」
「ええ。」

にこりと綺麗な笑顔を向けられ、私はそれを視界へぼんやり映してから瞼を閉じた。


××××××××××××


部屋へと彼女を連れ戻り、布団へと寝かせた。
無表情になった彼女を見下ろして頭を撫でながら、ふと彼女の寝顔を見たのは初めてだったと思いだした。

彼女の朝は誰より早く、夜も誰より遅い。
何時寝ているのかと尋ねてみても、妖は基本的に夜行性だから、とだけ答えられた。

勿論納得などできなかったが、今思えばずっと気を張っていなければいけなかった状態でゆっくり寝てなどいられなかったのだろう。

彼女は、私たちの心の傷を治そうとしてくれる。
そのかわり、広く取っている自分の領域へは足を踏み入れて欲しくない。
自分は審神者であるが、主ではない。
人間ではなく、私たちと同じ神仏の類でもない。

その説明を聞いたその時、彼女の話からは自分と私たちの間に敷かれた深い境界線が垣間見えた。

他の面々が無意識に伸ばした手をのらりくらりと避ける彼女に、深い溜息をつく。

太郎殿が顕現した時の話は、少しだけだが三日月殿から聞いている。
ただただ偶然だったのか、本当に神の力がそうさせたのかはわからないが
もしも後者だった場合。

「…次郎殿の事に片が付かないまま、もう一波乱来そうだ。」

本丸の一室に浮かぶ懐かしい気配に、疲労が浮かぶ彼女を想った。


  
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