昔話と嘘と本当


何とか粧裕を落ち着かせて、彼女を横たえた布団の傍へ全員を集めた。
宗三は未だ顔を伏せる粧裕の髪先をいじりながら、薬研の治療を受けていた。

「一体、何があったんだ。」
「蜻蛉の声は聞こえた。でも、その後部屋を出ようとしたら、何かに邪魔されて襖があかなかったんだ。」
「僕らもだよ。」
「廊下も、結界みたいなのが張ってあって外に出られなかった。」

獅子王や乱たちが口々に先ほどの状況を説明していく。

「何だったんだよ、お前らふたり粧裕の傍に居たんだろ?」
「…それは、」
「僕らにも、正直よくはわかりませんでした。」

視線を泳がせる長谷部とは違い、宗三はきっぱりと答えた。

「僕は途中相手にふっ飛ばされてから、あまり記憶がしっかりしていないんです。長谷部の方が良く覚えているでしょう。」
「長谷部。」

促すように呼ばれ、一度視線を上げたあと困ったように再度泳がせる。

「俺も、詳しくは分からなかった。」
「何だ、聞こえなかったのか。」
「いや、聞こえた。だが、俺が分かったのは相手が粧裕の能力が必要になっているってことだけだ。」
「どういう事だ?」
「…」

言葉を切った長谷部は、目線を太郎太刀に着地させた。

「…?」
「何、どうしたの?」

太郎太刀と燭台切が首を傾げると、とうとう意を決したように話の核心へ迫る。

「………『次郎太刀を、再刃する』と。」
「!!」
「次郎さん、を…?」
「再刃…もう一度鍛刀し直す、ってわけじゃなさそうだな。」

鶴丸が顎に手をあてて言うと、長谷部は続けた。

「どういう縁があってかは知らないが、あいつは折れた次郎太刀を所有していると言っていた。」
「…」
「勿論、此の本丸に居た、あの次郎太刀だ。」
「それを、打ち直すと。そのためには、元居た場所…つまり、ここの審神者の能力が必要なのだと言っていた。」

これ以上は、俺ではわからん。
そう話を切り上げた長谷部に薬研は頭を掻き、今度は視線を蜻蛉切へ向ける。

「じゃあ、次は蜻蛉の旦那。あんただ。」
「…」
「何故、第一声が『逃げろ』だったのか。聞かせてもらおうか。」

きっちりとした居住いを崩さない蜻蛉切に、薬研は続けた。

「俺っちが万が一侵入者を見つけたとしたら、第一声は周りにそれを報せる内容だ。だが、あんたはそうじゃなかった。」
「…」
「粧裕へ名指しで逃げるよう言ったな。聞こえてたぜ。」

半ば責めたてるように紡がれる言葉に、蜻蛉切は居心地悪そうに顔を俯かせた。

「一体なんでだ。聞いてもいいよな?」
「…」
「…とんぼ、」

縋るように自分を見上げてくる今剣に、ほんの少し思案した後。
彼は口を開いた。

「…彼を、知っていた、からだ。」
「知っていた…?」
「……自分は、あの男に会った事がある。」
「確かに、奴は政府の者だと言っていた。一時的にでも政府へ預けられていたお前なら、知っていても無理はない。」
「それは僕らも聞いたよ。ね、今剣くん。」
「はい。」
「それだけでは、ないのだ。彼は―――――、」

続けようとした蜻蛉切の声が、急に途絶える。
口は言葉を紡ごうと動くが、それを届ける声が一向に出てこない。

「…蜻蛉?」
「どうしたのだ。」

三日月と岩融が怪訝そうに首を傾げるも、本人すら分かっていないようで困惑した表情で喉へ手をあてた。

『そこまでに、してもらえますか。』
「!」

そこに居た面々が、一斉に視線を一点へ集める。
ゆっくりと身体を起き上がらせた粧裕は、蜻蛉切へ向けていた手をゆっくり下ろした。

「粧裕!!」
「起きて大丈夫なのですか。」
「ええ、平気です。」

一期の問いかけに、しっかりとした言葉で返事をする。
表情も、いつもと変わらない笑顔だ。

「すみません、少し取り乱してしまって。」
「少し、なんてもんじゃなかったと思いますけど。」
「はは…」

宗三の言葉に苦笑いを返し、髪を整える。
枕元へ蜷局を巻いていた皇が、すぐさましゅるりと首元へ巻きついていった。

「お前の口から聞くのが、一番手っ取り早く、正確だな?」
「何が、あったのです。」

三日月が目を細め、江雪が眉を寄せて尋ねるも、粧裕は依然として笑顔を崩さなかった。

「別に。」
「何もなかった、は流石に通りませんよ。」
「今回は此処へ侵入者を赦したことにもなります。手を打つためにも、内容は把握しておくべきかと。」
「“あれ”は特別です。この本丸の守りが崩れているとか、そういった事ではないので大丈夫ですよ。」

頑なな粧裕の姿勢に薬研がちらりと蜻蛉切を見るも、彼は困ったように喉を押さえたまま首を横に振った。

「大事にしてしまってすみませんでした。」
「粧裕、」
「明日、朝から出かけます。此処の事は、すみませんがお願いしますね。」
「待ってください。」

太郎太刀が、口をはさんだ。

「次郎の、件ですか。」
「ええ、勿論です。」
「なりません。」
「何故です?」

強く止める太郎太刀に、粧裕はただただ首を傾げた。

「こんな事があった後で、おいそれと貴女を送り出す訳にはいきません。」
「ですが、行けば次郎太刀様が戻ってくるかもしれないんですよ。」
「そのかわりに、貴女が戻ってこないかもしれない。」

眉を寄せた太郎太刀に、粧裕は 美人の怒った顔は迫力があるな、なんて無駄な事を考えた。

「それの何が悪いというんです?」
「…はぐらかしたりは、しないんですね。」
「言葉を誤魔化すのは、あまり好きではないので。」

あっけらかんと紡がれていく言葉に、周囲の面々もいつもと違う空気感を感じ取っていた。

「確かに、もしかしたらこれで私は此処へ戻ってこないかもしれない。でも、それが何故いけないんです?」
「此処の審神者がまたいなくなることになる。折角戻ってきた者たちも、また埃をかぶって永い間放置されることになるんですよ。」
「新しい審神者が来るでしょう。それに、弟君の事を気にしていらしたのは他でもない太郎様ではありませんか。」
「貴女を犠牲にしてまで、一か八かの賭けに出たいとは思いません。この本丸の主は貴女でしょう。」
「私は“主”と呼ぶことを赦した覚えはありません。」

淡々と返ってくる言葉に、太郎太刀は更に表情を険しくさせた。
粧裕は一度自分を落ち着かせるように深く深呼吸をして、太郎太刀に再度向き直る。

「私は、あくまでも“媒体”です。私は私の力を糧に貴方達を此処へ呼び戻しているだけにすぎない。」
「…」
「此処にあるべきは刀剣達と、その主のみ。」

言い切った粧裕に、場は静まり返った。
しんとした空気の中、乱が突然立ち上がる。

「乱…?」
「粧裕さんの話だけじゃ、全然前に進まないよ。」

すとんと座ったのは、蜻蛉切の前。
不思議そうにする蜻蛉切の首へ手を当てて、息を詰める。

「知ってること、あるんでしょう?教えてよ。」

ぶわりと巻き起こる旋風に、粧裕は目を見開いた。

「乱!!」

珍しく焦ったように名を呼ぶ粧裕。
何かがはじける音がして、乱は蜻蛉切から手を離した。

「これは…?」
「“呪詛返し”か。よくそんなことが出来るもんだ。」
「三日月さん戻ってきた時の話、してくれたでしょ。僕にだって、真似事は出来るよ。」
「ッ」

慌てて再度口を封じようと左手を上げるも、その手は鶴丸によってぎゅっと握りこまれ、反対の手で口を塞がれた。

「ッ…!!」
「少しくらい聞いてもいいだろ。蜻蛉、急げ。長くは保たんかもしれん。」

弱った体で暴れる粧裕を押さえ付けた鶴丸が先を促すと、はっとしたように話を始める。

「あの男は、粧裕殿の父君だ。」
「……は?」

それぞれが、立てていた予想からはるかに外れたようだ。
皆唖然とするなか、蜻蛉切は急いでつづけた。

「粧裕殿が妖の混合種なのは、知っているな。」
「あ、ああ。」
「そう聞いている。」
「あの男は、粧裕殿へ別の血を混ぜた張本人なのだ。」
「どういう事だ、」
「あの男の手で別の妖の血を混ぜられた。自分も被験体として政府に居たから、話は聞いている。」

未だ鶴丸の下でもがく粧裕を一瞥して、再度続ける。

「自分があの男から聞いたのは、自分の娘が審神者の業に就いてること、娘は“変わった生物”であり、混合種、キメラであること。粧裕殿から直接伺ったのは、政府に居て実験台として血を混ぜられたこと。…この粧裕殿の慌てよう、偶然とは思えぬ。」
「まってください。」

蜻蛉切の話に、今剣が口を挟んだ。

「なら、粧裕がずっと“かえりたくてもかえれない”といっていたのは、そのじっけんしせつとやらということですか?」
「そ『ッ、蜻蛉切!!!』」

鶴丸の手を無理やり外して、粧裕は再度名前に言霊を載せた。
名前が使われた言霊は、そうでないものよりも更に強固だ。
蜻蛉切は、諦めたように口を閉ざした。

「粧裕…」
「…今剣の、言う通りです。」

鶴丸の手を払いのけた粧裕は、ぽつりとこぼすように言った。

「施設は、政府の中でも特別鍵の厳しい場所。おいそれと入ることはできません。」
「…」
「…言いたくありませんでしたけど、今回次郎太刀様の件を受けるのは自分のためでもあるんです。」

強い視線を向ける粧裕に、太郎太刀は溜息をついた。

「里帰りを兼ねると、言いたいのですか。」
「ええ。」
「…」
「先ほどの蜻蛉切様の言葉は、全て事実です。施設には、今も検体として残された者たちがいる。」
「それが、粧裕があいたいといっていた あいてなのですか。」

今剣の問いに、粧裕は緩く頭を撫でた。

「先ほどの話、撤回しましょう。私は、必ず次郎太刀様を連れて戻ってきます。約束します。」

強く言い切ったその言葉に、太郎太刀はややあってから再度深い溜息を零した。

「…わかりました。」
「太郎太刀殿…!」
「貴女の事です。私どもを連れて行けと言ったって聞かないでしょう。」
「…」
「…必ず、戻ってきてください。」
「ええ。」

粧裕は、にこりと表情を緩めた。



  
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