過去と思い出と記憶


「何…?」
「長谷部。」
「ああ。」

蜻蛉切の声に、後ろから宗三が走り寄ってくる。
粧裕を背に庇うように立って、それぞれ依代へ手をかけた。

「二人とも。」
「非常事態だ。」
「さっきの声聞いたでしょう。例外、も有です。」
「…」

すらりと最初に会った時以来の刀身を晒すふたり。
やけに静かな庭に、考えを巡らせる。

もし、敵襲なのだとしたら、蜻蛉切が自分へ名指しで逃げろとは言わないはずだ。
誰より先に依代を抜いて、他の面々にもそれを冷静に伝達するだろう。
彼は、それが出来るだけの落ち着きがある。
それなのに、彼が咄嗟に発した言葉は、自分への「逃げろ」という言葉のみ。

「…何かが入りこんだか。」
「ですが、此処は政府の管轄になっていて、外側から簡単に侵入できるような場所ではないと聞いていますが。」
「政府など信用できるか。」
「…否定はしません。」

首元でじっと様子を見ていた皇が、何かを感じ取ったようにぶわりと熱風を巻き上げて姿を戻した。

「皇…?」

あやすように手を触れるものの、意味はなく。
ぐるると威嚇するように鳴らした喉にむき出しになった大きな牙。
本当にどうしたのかと更に考えを巡らせようとしたときだった。


ぞわっと急に背筋を駆け抜ける寒気が粧裕を襲う。


思考より先に、身体が拒否反応を起こしているのだ。
早く逃げろと、会ってはならないと本能が告げる。

だが、自分はこの本丸以外に行くところなどないし、何よりもその“なにか”の前に此処の刀剣達を晒したまま自分だけ逃げるわけにはいかない。
とりあえず、その正体を確認しようと視線をうろつかせる。

忙しなく行き来する視界に、ぼんやりと浮かぶ影を見つけた瞬間。
身体がいう事をきかなくなった。
皇が激しく吠える。

「……ぁ、」
「粧裕?」
「どうしたんです、」

宗三が伸ばした手を避けるように一歩後ずさった粧裕は、視界にその影しか移していないようだった。

「粧裕…?」
「おや、名を呼ばせているのかい?」

徐々にはっきりしてくる影に、粧裕は目に見えて怯え始めた。
かたかたと震える身体を、やっとこさその場へ立たせているようだ。

「…宗三、粧裕を。」
「ええ。」
「お前は誰だ、何故此処に居る?」

宗三を下げさせ、ぎろりと鋭い視線を向ける長谷部に、男は依然として笑顔を絶やさない。

「それは、その子に直接聞けばいい。」
「…」
「なあ、粧裕?」

男の口から自分の名前が出た瞬間、粧裕は焦りと恐怖がありありと浮かぶ表情のまま術式を呼び出す。

「ああああああああ!!!!!!!!!」
「粧裕!?」

ぶわりと辺りに舞う紙たち。
途端にそれらは火の玉へ形を変えて、灼熱を纏って男へ向かって飛んだ。
長谷部や宗三ですら視界を腕で覆うほどのそれにも、男は笑顔を向ける。

「…お前は、私が教えた事は何も覚えていないようだね。」

とん、と一度つま先を鳴らした男は、気が付けば宗三の目の前まで移動していた。

「ッ!!」
「宗三!!」

長谷部が慌てて振り返るも、既に遅く。
米神を綺麗に打ち抜いた踵は、そのまま優雅に着地した。

「ッ皇!!」

粧裕が皇を呼び戻して、太刀として握りなおす。
その姿を見た男はにこりとまた笑い、自身も腰に差してあった刀を抜いた。
激しい音を立てて競り合う二人に、長谷部は宗三を抱き起して無事を確認しつつ目を見開いた。

「どうして、」
「お前に、少し話があってね。」

男は刃を滑らせて粧裕の懐へ入る。
刀を逆手に持ち変え、空いた手で粧裕の首を掴んだ。
派手な音を立てて弾き飛ばされた皇は、丁度宗三と長谷部の傍へたたきつけられた。
狐へ姿を戻した皇は傷だらけで、苦しそうに起き上がる。

「す、…ぎ、」
「流石、お前の唯一の家族、だったか。だが、他人を心配している暇があるのかな?」

ぎし、と軋む音がしそうなほどに力を籠められた手に、粧裕が震える手を乗せる。

「何…の、よ、う、です、」
「一応は私も政府に雇われている人間だからね。仕事の話で来たんだよ。」

にこりと笑顔を絶やさない男は、明るい声で続ける。

「お前には、良い話だと思うけれど。」
「……ッ」
「“次郎太刀”という刀を、知っているね?」

偶に話に出てくるその名に、粧裕は酸欠で霞む目を少し見開いた。

「何、で、」
「なに、私が施設で研究している事に関係するのだけれどね。沢山の本丸から、『折れた刀を元に戻す方法はないのか』という問い合わせが後を絶たなくてね。」
「……」
「お前がどう聞いているのか、はたまた何も聞いていないのかは分からないけれど。ここの次郎太刀は、とある理由があって破壊されたんだよ。」

何となくは感じていたが、あっさりとそれを告げる相手に、小さな憎悪が湧く。

「理由は別になんだっていいから割愛させてもらうけれど、丁度私の手元にその壊れた“次郎太刀”があるんだ。」
「!!」

長谷部が目を見開いて息をのんだ。
粧裕はただただ意味も分からず、少しずつ薄れゆく意識の中で必死に男の話を繋げていた。

「復活の第一号に、こいつを使おうと思ってね。それには、此処の審神者であるお前の能力が必要なのさ。」
「…」
「このまま連れ去ってもいいけれど…」

ちらりと男は依然刀を向ける長谷部を見て、またにこりと笑顔を浮かべる。

「ここで一悶着起こすのは、どうやら分が悪そうだ。」

ぱ、と離された手に、粧裕がどさりと地面へ投げ出される。
急に回った酸素に体が反応して、大きくせき込んだ。

「げほっ、げほ、っは、はぁ…」
「無様、だねぇ。」

するりと男が素手で粧裕の頬へ触れる。
ぐいと顔を上へ向けられ、無理やり視線を交わらせる。






「                             」






するりと流れ込んでくる言葉と、沢山の“記憶”。
かたかたと震え続けていた粧裕の身体から、電池がきれたように力が抜ける。

優しく手を離した男は、ゆるく微笑みを残して消えた。
響く静寂に、宗三と長谷部がはっとして慌てて粧裕へ走り寄る。

「粧裕!!」
「粧裕…っ」

肩を掴んで揺さぶってみるものの、粧裕は目を見開いたまま焦点があわない。
その場へ座っているのも、人形を置くのと同じように偶々バランスが良くて維持されているだけのようだった。

「粧裕!!!!」

至近距離から大声で名を呼ぶと、はっとしたように自分の手をゆっくりと見下ろす。
小刻みに震える手で目元を覆って、短く呼吸を繰り返した。

「粧裕、大丈夫ですか、粧裕…?」
「は…っ、は、…は、」

段々と呼吸は浅く、早くなっていく。
少しするとそれは収まるどころかどんどん酷くなっていき、喉が取り込みすぎた酸素に風音を鳴らす。
苦しそうに胸元を握りしめる粧裕に、いよいよまずいと判断した長谷部が粧裕を抱き上げた。

「薬研!!!どこだ、薬研!!」
「長谷部!!」

ばたばたと寄ってくる薬研や他の面々に、粧裕を抱いたまま近づく。

「何があったんだ、一体、」
「話は後だ。粧裕がおかしい。」
「粧裕が…?」

ひゅ、と鳴る喉に、ひとまず粧裕を落ち着かせることが先決だと判断した薬研が他の面々に指示を出し始めた。




  
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